50 心の距離
短くて申し訳ないですが更新です。
今になってじくじくと疼き出した左目を意図的に意識の外に放り出しながら、ルネの下に近づき横抱きにする。
「熱ッ……!?なんだよ、これ……」
「ぅ……あ」
「ルネ!おい、ルネ……!」
声掛けに返ってくる反応は辛そうな呻き声だけ。それが俺の心を大きく揺さぶっていく。
どうすればいい。どうすればいい……!?
俺自身が考え、行動を起こさなければならないのに、こんな場面でも自分以外に答えを求めてしまうことに気付き、自己嫌悪に陥る。
そうじゃない。自分で考えろ。今何をすべきか。俺はルネのために何を出来るのか……!
とにかく町まで連れて行かないといけない。この高熱は人が耐えられるもののはずがない。時は一刻を争う。
俺はルネを背負って森の出口へと向かった。
当初の目的であった魔族を探し出す事はもう諦めていた。色々整理したい事があったし、なによりこの状態のルネを放っておけるほど俺は人間をやめちゃいない。
歩き出した俺に付き添うようにモリーが飛んで来る。ミノット曰くモリーにはもうほとんどミノットが分け与えていた血はないという。だから俺はこの先吸血行為にも気を遣っていかないといけない。
ーーーーー今ならルネから吸血出来るんじゃないか?
「……ッ!お、俺は何を考えて……!」
邪な考えが一瞬胸を過り、自覚した瞬間直ぐに捨て去る。有り得ない。唾棄すべき考え方だ。
そも、こんな考えが浮かんでくることがもう既におかしい。身体は吸血鬼になってしまったが、俺は心は未だ人間のつもりだ。つもりだった。
だけど、もし精神が肉体に引き摺られる、なんてことがあったら?
気が付かないうちに心までもが人を喰らう鬼となってしまっていたら?
「ーーーーー。大丈夫、俺は、大丈夫だ……。大丈夫」
頭を小さく振り、嫌な考えを振り払う。
今はルネを助けることだけに注力すべきだ。それ以外は……どうでもいい。
俺は魔力操作により身体能力を底上げし、その場を駆け出した。
ルネを背負っているとはいえ、少女一人分などそう負担になるわけでもない。
およそ来たときの半分くらいの時間で俺たちは町へとたどり着いた。
◆
町を出る時は深夜ということで渋っていた衛兵たちも、酷い顔で見るからに体調の悪いルネを背負っている俺を長時間足止めするのは気が引けたらしく、思ったよりもスムーズに町に入ることが出来た。
町の入り口から泊まっていた宿屋まではそう距離が離れていなく、俺はそこまで周りの目を気にもしないで駆けた。
宿屋が目の前に見え、安堵したのも束の間宿屋の前にイレイヤが膝を抱えて座り込んでいるのが見えた。傍には心配そうに、だがどう声を掛ければいいのか分からずに狼狽えるじいちゃん。
と、こちらに気付いたのかじいちゃんの表情が一転して明るくなり、手を振ってきた。だが、俺にはそれに返せる余裕がなかった。
イレイヤがこちらに気付いたのと、じいちゃんが異変に気付いたのはほとんど同時だった。
イレイヤが涙と鼻水でぐずぐずになった顔を隠しもせずに走り寄ってくる。
「お、兄さん……、なんっ、で……なんでっ……独りにっ……!」
慟哭が胸を突く。力無く叩かれた握った手のひらから感情が流れ込んでくるようだ。
どうして。どうして。どうして。
俺はずっと自分の事しか考えていなかったのだと、やっと自覚した。
イレイヤが夜独りでは眠れないことを知っていたのに。戦う力のないルネを連れていけば何かしらの危険に会うことは分かっていたのに。
ただ俺が知りたいから。俺が気になるからという理由で二人を蔑ろにした結果がこれだ。
「ごめん、イレイヤ。話ならいくらでも聞く。後からいくらでも謝る。だから、今は」
「ぅえ……?ル、ネちゃん……?」
「これは……一体どうなさって……。酷い高熱だ……」
「分か、分からないんです。急に倒れて……、それで俺、どうしたらいいか分かんなくて……」
俺たちの声が余程大きかったのか、騒ぎを聞き付けた宿屋の人が出て来た。じいちゃんはさすがというべきか宿屋の人に治療院に連絡を送るようにお願いする。
治療院とは教会が運営している所謂病院で、あっちの病院と違うのは科学の力ではなく魔法の力で治療を行うところだ。
それ故に科学では治せないだろうものを治療出来たり、逆に科学では簡単に治療出来ることが出来なかったりする。
ひとまず宿屋に入り、ルネを柔らかいソファに寝かせていると、ものの数分で治療院から送られてきた回復士が到着した。患者であるルネに配慮してくれたのか若い女性の回復士だった。
触診から始まり、魔力による検査や、その他にも簡単な魔道具を使った検査を行っていく。
やかで検査が終わったのか、難しい顔をした回復士が俺たちを呼び出した。
「え……原因不明……?」
「はい、正直に言ってこんな症状見たこともありません。前後の状況が不明瞭ゆえになんとも言えませんが、このままでは手の出しようがないとしか」
観測者に会ったことは何となく言わない方がいいと判断し、魔法の訓練のために出ていたところ、急にこのように熱を出し倒れたと説明してある。
魔族に会いに行き、気付いたら倒れていたなんて言えようはずもない。
結局町の小さな治療院では治療が難しいということになり、より高性能な魔道具の揃っているゾード帝国か、もしくはぺルネ王国の王都へと向かった方がいいということで結論付いた。
迷いは一瞬もなく、速い方がいいということですぐに町を出、王都へと向かうこととなった。
馬車はこれまで通りじいちゃんのものだ。さすがに回復士の人に付いてきてもらうことは出来ず、俺たちにでも出来る簡単な治療法だけを聞いて町を飛び出した。
「お兄さん、さっき言ってたの、本当なの?」
道中で猜疑心に満ちた目で俺を問い詰めるイレイヤ。その手には氷冷の魔道具が握られていた。元々は短期的に物を冷やすために発明されたものだが、今はそれでルネの体温を下げるために数個用いている。
「……それ、は」
言葉に詰まり、視線を泳がせることしか出来なかった。
秘密はまた更に秘密を生む。そうやって苦しむのは結局俺自身なのに、どうしても言えない事が増えていく。
俺が口ごもったのを見て取ってのか、露骨にイレイヤは話題を変えた。
それから王都に着くまでの間、俺はずっとイレイヤの顔を見ることが出来なかった。
最後まで読んでくださりありがとうございます。