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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第二章 星の聖女
46/120

46 見通す者

更新、しましたぁ。

長くなっちゃいましたがご勘弁を。

 小麦の町ワニヤには教会もなく、特に長く滞在する理由がなかったので、消耗品を補充しルネの日用品などを買い込んですぐ出立した。その資金源はロモリ村に着く前に討伐しておいた魔物の部位だ。あまり需要のある魔物ではないが、それでも丸々一体ずつだと部位ごとで売却するよりかは財布の足しになる。今は馬車で移動しているため、収納魔法も圧迫されずに済んだ。


 そこからは順調に進んだ。多少魔物に遭遇したり、同業者の商人と道中でもめ事になったりもしたが、そこはそれぞれ俺やイレイヤ、じいちゃんがそつなく対応した。

 だが、順調にいかなかった事もあった。


 俺は最後までルネの説得を諦めなかった。自分でも何故そんなに執心しているのか分からないほどだった。

 別に復讐を肯定するわけでも否定するわけでもないが、日本で今まで生きてきて丹念に積み重ねられてきた常識が納得を拒否しているのだろう。

 この世界では個人の持つ力というものはあちらとは一人比較にならないほど大きい。日本では害獣が出ればニュースになり、自衛隊なんかが処理に当たるのをのほほんと安全圏で待つのみだ。

 だが、こちらの世界ではむしろ自分たちで進んで倒す風潮の方が強い。

 だからこそ一定数の魔物狩りや探索者が存在しているのだ。


 力というものにはそれが何であれ責任が伴うものだ。故にこそその責任は本人のものであり、イレイヤはそれを尊重する姿勢を取ってはいるのだろうけど。

 問題はルネにその力があるかということだ。


 ルネは聞いた限りただの村娘の範疇を超えない。

 農業の手伝いや、家庭用の魔道具なんかを扱う力はあるだろうが、それが対魔物との戦闘において何の役に立つだろうか。俺には無駄死にする事しか想像出来ない。

 それともイレイヤはルネの復讐に付き合うつもりなのだろうか。


 もしそうなのだとしたら、残念だがイレイヤたちとはここで別れを告げる事になる。

 俺の目標はあくまで天理くんたちと合流する事だ。それ以外はほとんどが優先順位において大幅に下回る。

 酷薄だと罵られようが、俺は意見を変えるつもりはない。そのための力だ。その力で果たす責任に、ルネの復讐の手伝いは含まれていない。


「ルイ」


「ん?……あぁ、ルネか。どうした?」


 何度も考え直すように言ったせいか、ルネとの距離感は大分縮まったように思える。最初の頃の反応が何だったのかというほどにルネの方から話しかけてくることが何度かあった。


「ルイは……どうして強くなるの?」


 脈絡のない会話だ。ルネと話していると何度か経験するので、慣れたものだ。


 だが、なんと答えたものか。正直に言うと天理くんたちを探すに当たって何か障害があったときに対応できるようにってところだけど。

 まあ、隠す必要はないか。


「俺は人を探してるってのは言ったよな。でも全員どこにいるかとんと検討がつかなくてな。世界中を探し回れば、それだけ魔物と遭遇したり、国同士のしがらみだったりに巻き込まれるわけだろ?そういう時に『力』が無くてはいダメでした、なんてのはあまりにも。ーーーーーあまりにも滑稽だろ?」


「滑稽、ね」


「そう、滑稽だ。死にたくなるくらいにな。だから出来るだけ『力』を伸ばしとこうかなと。……満足したか?」


「……まぁまぁ」


 そう答えてルネは会話を切り上げイレイヤの元へと歩いて行った。


 やはり復讐を諦める気はないということだろうか。もう俺も半ば説得は諦めていた。

 イレイヤの言うこともまた分かるからだ。日本にいたときだって、横から口出しされれば自分が決めた道なのに、他人が入ってくるな、なんて思ったことは一度や二度じゃない。


 結局自分の人生は自分のものでしかない。その決定の権利と責任は時には他者を巻き込むこともあるが、基本的には自分に降りかかるものだ。

 ルネが復讐を選んだのなら、そうすることで心の安寧が保てるならば、保護した立場としては見守り、そして手助けすることこそが役目なのではないか。ルネとともに過ごす内にそう思えてきたのだ。


 天理くんたちを探す上での邪魔にならない程度ならば、手伝うことだって吝かではない。ルネに戦い方を教えるのも、天理くんたちを探しながらでだって十二分に出来る。


「お兄さんは考えすぎなんだよー。他の人の分まで背負おうとしちゃってるの。わたしのこともそうだし、ルネちゃんのこともそう。もっと気楽に自分の人生を楽しんでもいいんじゃない?」


 イレイヤはどこか達観したようにそう言葉を紡いだ。


 日本なんかより余程密度が大きいこの世界で生きてきたのだ。俺と同じくらいの年齢であろうと、その人生観には深く感じ入るものがあった。


 丁度そのくらいからだろうか。どちらからともなくルネに戦い方を教え始めたのは。


「ルネは魔女と戦士どっちがいいんだろな」


「んー、まあ少なからず才能ってあるしねぇ。どっちも一朝一夕じゃあ無理だし。でも最初はどっちも鍛えといて損はないよ。魔力も気力も扱い方は似たようなものって話、よく聞くし」


「魔法、使う」


「え?」


「ルイも、魔法でしょ?だから、魔法」


 いつの間にかルネの好感度がうなぎ登りしていたらしく、その一言で基本的に俺が魔法を教えることになった。

 俺自身魔法を使い始めてそんなに時間は経っていない。にも関わらずある程度扱えるようになったのは単に疲労や怪我なんかを無視してぶっ続けでミノットの扱きを受けていたからに他ならない。


 勿論人族であるルネにそんな真似はさせられない。故にゆっくりとしたペースで、ゾード帝国の属国、ぺルネ王国領に入るまではある程度魔力操作が出来るようになる、ということを目標にマンツーマンの授業を開始した。ワニヤを出て四日目のことだった。







 ◆







 才能、というものを目の当たりにする機会は一生を通してそれほど多くない。

 テレビなんかで達人の試合を見て、その技の冴えや煌めきを見てそれを才能という人もいるが、そこから分かるのは積み重ねた努力の痕跡のみだ。努力し続けることを才能というならば話は別だが。


 俺の場合、幼少の頃にそれを経験していた。

 相手は天理くんだ。それが才能の差だと気づく頃にはもう既に天理くんは遠いところに行ってしまっていたが。


 そして今目の前で二度目を経験していた。


「そう、そこで魔力を中心に集めて……そう!次に大事なのは魔法をのイメージ。さっき見せたみたいに想像して……そして魔法名を唱えるーーーーー」


「ーーーーー『氷弾(アイスバレット)』」


 紡がれた言葉が音となって空気を揺らし、それに呼応するように掲げたルネの手のひらから氷の礫が放たれる。

 正真正銘の氷属性の魔法だ。まだ操作が甘く、向上の余地しかないが、それでも数日で身に付けたにしては十分すぎるほどだ。


「でき、た……?」


「す、すごいすごい!ルネちゃんすごい!こんなに早く魔法の習得が出来るなんて聞いたことないよ!才能あるぅ~」


「……ん、やめて、イレイヤ。髪が乱れる」


 無表情で喜びを噛み締めるルネをイレイヤがもみくちゃにしていく。それを見ながら俺はようやくバカみたく呆けていた状態から立ち直った。

 兆候はあったとはいえ、まさか発動までこぎ着けることが出来るだなんて思ってもいなかった。


「ルイ、どう?ちゃんと、出来てた?」


「……うん、いや。うん。すごい、なんてもんじゃないよ、ルネ。じいちゃんも見た、今の?ルネ、やり始めてまだちょっとしか経ってないんだぜ?」


「いやはや、若さとはすごいもんですな……。年寄りからしたら眩しくて敵いませんて」


「今日は宴だー!もうすぐでぺルネ王国入るんだよね?確かこっち側からだとジョロンモ?みたいな名前の町があったと思うから、そこの酒場を貸し切りにして宴しよ!宴!」


「宴には賛成だけどその金はどっから出て来るんだよ……。それにジョン・ロモな」


 さっきじいちゃんが言ってた話聞いてなかったなこいつ。


 ともあれ、めでたいことに変わりはない。未だにほとんど感情の動かないルネの代わりに俺とイレイヤ、そしてじいちゃんが目一杯はしゃいで次の町ジョン・ロモへの道を急いだ。

 その甲斐あってか、予定より少し早くジョン・ロモに着くことが出来た。出来たのだが。


「何か、暗くないか……?」


「たしかに。何かあったのかな?」


 暗い、というのは物理的な暗さではなく、町の雰囲気の話だ。まだ夕方だというのに町からは活気が感じられず、そもそも人通りがなんとなく少ない。門を抜けるときに衛兵たちに驚いたような表情を向けられたことも関係あるのかもしれない。


「ちょいとわしが聞いて来まさぁ」


 そう言って道の端に馬車を停め、単身歩いて門へと戻るじいちゃん。その間に俺たちは泊まる宿屋と宴をする酒場を見つける。


 程なくしてじいちゃんが戻ってくる。その顔は心なしか強張っているようだった。


「まずいですよ。どうやら魔族が出没したようで」


「……魔族?」


 一番に反応を返したのはルネだった。村を襲った主犯格が魔族かも知れないというのは俺を除いた皆の共通見解だった。無理もない。


「何やら、少し前から町の周り魔物が異常に増えたようで。最初は凌げていたらしいんですが、そのうちどんどん手が足りなくなって来て、元凶を叩くしかないとより魔物が出る森に総力を送り込んだらしいんですが……。そこで見たらしいんですよ、その魔族を。そこから何故かばっと魔物の出現が収まったらしいですが……」


 お祝い気分でいる俺たちに冷たい水が差されたようだった。

 本当に魔族だったのかは分からないが、魔物の発生と魔族は関係無いことは断言できる。

 だが、何も知らないイレイヤたちからしてみるとどうだ。日頃から敵視している魔物たちの産みの親だ。また同時に恐れられてもいる。常ならばそんな面倒なところからはさっさと退却しているところだが。


「少し、いいか?まず俺の意見を言わせてほしい。俺は、このままここで一夜を過ごすのでいいと思う。理由としては、二つ。消耗品が少なく、補充が必要なこと。そしてもう一つは、今は魔物の被害が収まっているということ。正直どう転ぶか分からない。だから慎重に行動するのが一番だと思う」


「うーん、わたしはさっさと次の街へ行くべきだと思うなぁ。どう考えても教会案件だし」


 意見が割れたが、俺のものは完全に建前だ。俺はただ俺以外の魔族に会いたいだけだった。

 俺が魔族として転生?した以上、俺以外もまた魔族としてこっちに来ている可能性がある。魔族、として特定されて会えるという機会はほとんどない。その機会が巡ってきた今、逃したくはなかった。


「ルネは、残りたい。お祝いして、くれるんでしょ?」


「断固残る!異論は認めない!」


 ルネの上目遣いにあっさりと意見を翻したイレイヤ。さも初めから残る派だったように振る舞うのは止めていただきたい。







 そうこうしてひとまずは滞在することが決定し、消耗品を補充したあと目をつけていた酒場に直行し、なけなしのお金を使って細やかな宴を開いた。この時ばかりはルネもいつもより表情が和らいでいたのは見間違いではないだろう。


 一頻りはしゃいだ後、イレイヤのセンスに従って宿を決めた。二人一部屋を二つ取り、その内訳は勿論じいちゃんと俺、イレイヤとルネということになった。丁度いい。じいちゃんなら抜け出して気付かれることもないだろう。


 その日ははしゃぎ疲れたということで皆各々早めに部屋へと引き上げた。じいちゃんもやはり老体には厳しかったのか、部屋に入って直ぐ様寝息を立て始めた。だからそんなにたくさん飲むなと言ったのに。

 頃合いを見計らい、服を黒いものに差し替えてそろりと宿屋を出る。こういう時、本当ならば上位の影魔法が活きてくるのだが、俺にはまだ満足に使いこなせないものばかりだった。


「ルイ、何処に行くの」


「ひゃえ?!あ、あれ、ルネ?何でこんなとこに……」


 唐突に後ろから声をかけられ、あまりの驚きに心臓が口から飛び出そうだった。なんてことをしてくれるんだ。


 いや、そんな事よりどうして気付かれた?これでも不完全ながら気配を薄くする魔法を使っていたんだけど。


「……魔族に、会いに行くの?」


「……どうしてそう思った?」


 質問に質問で返すのはよくないが、それでも聞かずにはいられなかった。

 今までの話の流れから俺がそうするなんて予測が付くはずもない。もし、予想が出来たというならば、それは。


「ただ、魔族の話の時に変な顔してたってだけ。行くならルネも連れてって」


「え、ルネを?敵討ちとか、そんなか?」


「違う。ただ気になるだけ、色々と」


 追い返そうとも思ったが、ルネが頑固なことは見に染みて分かっている。今はその問答すら惜しい。

 大体の場所は分かっているとはいえ、広い森の中を探すのだ。最悪一晩では終わらない。

 俺は直ぐ様ルネを追い返すのを諦めた。出来る限りの事はするが、ここまで来たら自己責任だ。それだけを伝えるとルネは確りと頷いて俺の後に続いた。


 魔族が潜んでいるという森は町を出て東北へ進んだところにあった。かなり古くからある森らしく、そこから採取できる素材はいいものばかりなのだという。

 先の殲滅戦でその森の中に人が住めそうな小さな小屋を見つけたのだそうだ。不思議に思っていると、そこから出てきた人物が、あろうことか狂暴な魔物を手懐けていたらしい。

 全て伝聞だが、なるほど。魔族は魔物の産みの親と考えているのならば、魔族だと思っても仕方がない。だが、最悪ただの魔物使い、という可能性も考えていた方がよさそうだ。


 数十分ほど走り、森へと辿り着く。驚いたことにルネは我流で魔力操作をし、身体能力を底上げしていた。魔力視の応用としてようやく出来るようになったものなため、こんなにも早くに拙いながらも習得していることに驚きを隠せない。

 引き離せば諦めて帰ってくれるかも、なんて儚い希望は見事に打ち砕かれた。


「思ったより深い森だな……。ランタンでも持ってくればよかったか」


 俺には夜目があるため、俺用にではなくルネ用にだが。


 無いものは仕方がない。ルネに俺のマントの裾を握っているようにと指示を出し、聞いていた位置へと進んでいく。

 いつ何があってもいいようにとその小屋までの大体の道のりに印をつけていたようで、思いの外スムーズに辿ることができていた。


「ーーーーールネ?」


 そう感じていた矢先のこと。唐突にルネが立ち止まったのか、裾が軽く引っ張られる。不思議に思って振り返ると、ルネが今まで見たこともないほどに険しく鋭い目を虚空に向けていた。


「キィ!キイィ!!」


「うわっ、なんだ、いたのかモリー。寝てたようだったから置いていこうと思ってたのに」


 どうやって入り込んでいたのか、懐からモリーが飛び出し、いつもよりも激しく泣きわめいた。

 そこでようやく俺も嫌な予感を覚え始めた。こういう時は録な事しか起こらないものだ。早計だったか。やはり魔族だからといって興味本位に見に来なければーーーーー。


「やぁ、葉桐琉伊くんだね?」


「ぁ?」


 その人物は唐突に闇の中から浮かび上がるように現れた。


 地面を擦るくらいまで伸びた白いローブに身を纏い、深くフードを被っているために顔は見えない。また、その魔力の質はどこか常人とは異なるものだ。どこか機械を思わせる。


「私は、そうだな。『観測者(オブザーバー)』とちゃんと名乗っておこうかな?」


 その単語が刺のように記憶を刺激するが、今はそこに意識を向けている場合じゃない。

 俺はこの目の前の男に会ったことがない。それなのにこの男は俺の名前を知っていた。それもどこか日本語を思わせる発音だったのだ。怪しいなんてもんじゃない。


「改めて、葉桐琉伊くん。私はずっと君を探していたんだ。ようやく見つかって良かったよ」


 いっそ友人にでも語りかけるような朗らかさで『観測者』と名乗ったその男は俺に笑いかける。





 ーーーーーその笑みの意味を、俺はまだ知らない。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

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