44 生存者
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「ひどい……。魔物か、それとも盗賊か……、いやもしかしたら魔族なんてことも……」
目の前の惨状を目にし、衝撃から呟いたイレイヤの言葉に内心ドキリと心臓を弾ませる。
魔族。俺たち吸血鬼が属しているというその種族は現在進行形で教会から目の敵にされているという。教会が各街にあるというくらいの浸透具合を鑑みれば、恐らく一般市民ですら同じような認識を持っていると言っていいだろう。
だがミノットから裏話を聞いた俺から言わせれば風評被害も甚だしい。ほとんどの魔族は人族と変わらないし、あっちを魔族と言うなら獣人もよく似た何かだ。教会としては自らの存在意義の確立のために何かしらの悪を用意したかったのだろうが。
今更一個人が抗議したところで何も変わらないし、逆に魔族認定されて追い回される事になるから俺には何も出来ない。俺には自分がなんとかバレないようにして過ごす事くらいしか出来ないのだ。恐らく俺と同じようにして細々と人族の社会で過ごしている魔族もいるのだろう。何とも生き辛い世の中だ。
「あ、ああ……。そ、村長さんは?親父さんに、皆は……?」
よろよろとした足取りでじいちゃんが御者台から降り、壊滅した村へと歩み寄っていく。先ほどまでのじいちゃんを知っているから止めようにも止められない。俺たちに出来るのは村をこのように壊した元凶が近くにまだ潜んでいた時のために周囲を警戒することくらいだけだ。
幸いと言っていいのか、その何かは村を壊滅させた事で満足したらしく、周囲にはその破壊の痕跡だけを撒き散らしているだけで本体の気配はない。
そこまで確認したところで俺とイレイヤは互いに警戒のレベルを一段階下げ、震える手で倒壊した建物の残骸を掘り進めるじいちゃんの下に小走りで駆け寄る。
その背に悲壮感をただただ漂わせるじいちゃん。だけどこの状況じゃ、さすがに生き残りは……。
「あ、おいモリー!」
唐突に俺の肩から飛び出した使い魔を呼び止める間もなく、モリーはぱたぱたとかつてない速さで飛び去っていく。じいちゃんを越え、壊れた家の残骸をいくつも越え、そこでようやく地面に、というか壊れた家屋の残骸の中へと入っていった。
「キィキィ!キキィ!」
「おい、なんだよモリー。急にどうして―――――」
駆け寄り、モリーに行動の真意を問おうとするもその先の言葉は喉につっかえたように出てこなかった。
モリーが降り立った場所、そこに丁度柱がつっかえ棒となって倒壊の下敷きを免れた形で少女が横たわっていた。
ぱっと見た感じ外傷のほとんどは擦り傷だ。命に関わりそうなものは一つもなく、恐らく衝撃的なものを目撃したせいで精神的にショックを受けて意識を失ったのだと思われる。
「イレイヤ、じいちゃん!こっちに来てくれ!たぶん生き残りだ!」
そこまで確認したところでイレイヤとじいちゃんを呼ぶ。イレイヤがいると同性という事で色々面倒を見てもらえるし、目が覚めた時にも安心感を与えられる。じいちゃんにはこの子の身元の確認をしてもらいたい。
突然のモリーと俺の行動に驚き、何をするでもなく見守っていた二人だったが、その声を聞いてようやく俺の下へと走り寄ってくる。
特にじいちゃんの様がすさまじい。内心じいちゃんも全滅を覚悟していたのだろう。それがもしかしたら一人だけかもしれないが、好きだった村の生き残りがいたのだ。それに生き残りがいたという事は村の襲撃の真相も知れるかもしれないという事ふだ。じいちゃんの剣幕も分かるというもの。
「とりあえず馬車まで運びましょうや。目が覚めた時にまたこの様子を見せるのは酷でありましょう。それに……わしもあまり見ていたくは……」
「……分かりました。イレイヤはじいちゃんとこの子を頼む。俺はもう少しここを探してみるよ。まだ、生き残りがいるかもしれないし、他にも何か分かるかもしれないから」
「分かったよ。こっちは任せてよ、お兄さん!」
頼もしく胸を張るイレイヤ。普段の様子からは考えられないほど凛々しい表情を浮かべていた。
たぶん任せても大丈夫だろう。俺は俺のやる事をやろう。
意外な怪力を見せて少女を横抱きにかかえ、馬車へと運んでいくイレイヤを後目に俺は生存者を探しに向かった。
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結論から言うとやはり生存者はあの少女を除いて一人も見当たらなかった。遺体は倒壊に巻き込まれたものが少数。何らかの噛み跡によって激しく損傷していたものが多数を占めていた。
それでもじいちゃんに聞き及んでいた数には到底足りなかったので、何人かの遺体が持ち去られてしまった可能性が高かった。
遺体を一つ一つ丁寧に掘り出し、空いている場所に並べていく。吸血鬼としての人間離れした力と魔法を組み合わせれば一人ですることも難しくない。
全員の身を出来る限り綺麗にし、その上からそこらから持ってきた中でまだ綺麗な布をかけていく。
本当ならば全員をいち早く弔ってあげたかった。だが、そうするにも一応彼らと関わりのあったじいちゃんの意見を窺ってからの方がいいと判断したのだ。
この選択が正しいかは分からないが、じいちゃんはあんなにも会いたがっていたのだ。俺はその気持ちを汲んであげたい。
「探索者様、あの子の目が―――――」
「じいちゃん……」
「……いや、大丈夫でございます。ここまでしてくれた探索者様には感謝も尽きませぬ。ですが、どうか。どうか今ひとたびはわしを一人にしてくださりませぬか……?」
「分かり、ました……」
それ以外掛ける事の出来る言葉が見当たらなかった。その言葉を区切りに俺はじいちゃんに背を向けた。背後から聞こえてくる音を聞かない様にしながら。
一応入る前に扉をノックし、返事の後に馬車に乗り込む。
中に入るとイレイヤが少女に食べ物と飲み物を分け与えているところだった。少女の視線が目の前の食べ物から俺へと移り、のけぞるように馬車の隅へと移動する。
怖がらせてしまったのだろう。猛威を振るった何者かを目の前で見たのだ。それも村人がああも無残に死んでいく様を。今は何事にも敏感になっている時だ。見た目無害そうなイレイヤに今のところは魔科さて、俺はここから撤退した方がよさそうだ。
視線で出る事を伝えると、イレイヤも同じように判断したのか小さく頷く。俺は恐々と視線を向けたり外したりしているのを背に感じながら馬車から出た。入って十秒もしないうちにだ。
「歯痒いな……」
馬車を出て一人になったところで俺はそう呟く。じいちゃんの所にも行けず、イレイヤの手伝いも出来ずで見事に手持無沙汰になってしまっていた。
何も出来ない無力な自分が嫌になる。流されやすい事は自覚しているが、一度関わってしまったのならば俺はなるべく最後まで関わりたい。やむを得ない場合はさすがに除くけども。
俺はひとまず今できる事を考える事にした。
と言ってもそうそう思いつくことでもなく、結局俺はうなだれたまま馬車の前で胡坐をかいている事しか出来なかった。
そんな俺を慰めるかのようにどこかに行っていたモリーが肩に止まり、身を寄せてくる。優しい子だ。とても癒される。
そんな俺にようやくイレイヤからのお声がかかったのはかなりの時間が経った頃だ。馬車の扉を開け、そうっとイレイヤが出てくる。辺りはもうすっかり夜になっていて、イレイヤが照明の魔道具を手に持っている事でようやく周囲が見渡せるほどだ。夜になり雲が出てきたせいか星明りもなく、日本で言う幽霊でも出てきそうな夜だった。
「一応色々話は聞いたよ」
「そっか。ありがとな、イレイヤ。俺何にも役に立てなくてさ。……あの子、どうだ?」
「……強い子だよ。一回も涙を零さなかった。現実が分かっていないんじゃなくて、分かっていてそれでなおしっかりと受け止めてた。今はやっぱり精神的な疲労が大きかったから寝かせてる」
紗菜と同じか一個下くらいの年に見えるのに、すごい子だ。その年齢の子が受け止めきれる現実じゃない。逃避してもおかしくないそれを、しっかりと受け止めているのだという。
それからイレイヤが少女―――――ルネから聞いた話を俺に聞かせてくれる。
村を襲ったのは大量の魔物の群れとそれを統率する巨大な魔物だったようだ。街道近く、それも人里にも近いにも関わらずに魔物の被害を受けるのは本当に珍しい事のようで、ここには教会の調査が入るらしい。それもいつになるか分からないというが。
ルネ自身、自分がなぜ生き残ったのかが分からないという。最後に覚えている記憶は両親に押し込まれタンスの扉を魔物に開かれるところ。そこで記憶がなくなり、気が付いたらイレイヤがいたのだという。
色々と疑問が残るが、イレイヤの話によるとこういう子は教会に届けるのが基本らしい。
それはまらルネが目を覚まして、そして落ち着いてからにした方がよさそうだというイレイヤの意見に俺も賛成した。
幸い教会の支部ならば数多くあり、これから向かおうとしているゾード帝国にも、それまでの道程にでも立ち寄る事は出来る。
問題は俺が教会には近寄れないという事だが、それは何かと理由をつけて遠目で見守る事にして、事情の説明や付き添いはイレイヤに一任することになるだろう。少しどころじゃなく俺が頼りないという事になっているが、それは事実なのでどうしようもない。次に何か力を貸せるときが来たら全力を尽くすだけだ。
そんな話をしていると、ようやくじいちゃんが馬車の方へと戻ってきた。気持ちの整理がついたのかは分からないが、さっきよりは表情に明るさが戻っていたのでなにかしらの区切りをつける事は出来たのだろう。
じいちゃんから直々に埋葬に協力してほしいと頼まれたので一も二もなく頷く。名前は分かる範囲でじいちゃんが石に刻み、墓石として一つ一つ丁寧に設置していった。最後に三人で黙祷をし、馬車へと撤退する。じいちゃんには収納魔法から取り出した野営セットを使わせ、イレイヤには中でルネが起きた時のための見張りを頼んだ。精神的に参っているとどういう行動をとってしまうか分からないからだ。
一方睡眠をほとんど必要としない俺は夜通しの見張りだ。本当はここから移動しておきたかったが、暗くてしまったため逆に危険という事で村から少しだけ離れた場所に馬車を移動したのみとなっている。
もしかすると村を襲った魔物がもう一度戻ってくるかもしれないため、見張りは必須だ、イレイヤは俺だけが見張りとなる事に最後まで渋っていたが、今の所ルネの相手はイレイヤしか出来ないため、この配置が合理的だという事を懇切丁寧に説明したところ、ようやく不承不承といった体で頷いてくれた。
恐らく二人が寝静まり、いつでも戦闘状態に移れるように警戒をしてはいたが結局魔物が現れる事もなく、無事に朝を迎える事が出来たのだった。
最後まで読んでくださりありがとうございます。