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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第二章 星の聖女
42/120

42 新たな目的地

更新しましたー。

 南大陸はその温暖で湿潤な気候を利用して、どうやら農業国が多いようだった。

 俺たちが大地の洞がある中央島から船を飛ばして約十日の距離にある北端の街カイザースもその国の一つ、農業大国キャンブリアに属する。キャンブリアは貿易国でもあるようで、自国で作られた作物などを他の三大陸や、中央島に輸出することで国庫を黒字に傾けているらしい。


 しっかりとした舵捌きで俺たちを南大陸まで届けてくれた船長たちに感謝を込めて敬礼し、短い共同生活に終わりを告げる。敬礼は船の男の挨拶らしく、いい笑顔で見送られた。本当にいい人たちだった。


「いやぁ、お兄さんが船酔いになったこと以外は随分快適な船旅だったねぇ。どれもこれもわたしの舞のおかげだけどネ!」


「あれが快適と言えるなんてどんだけ波乱万丈な人生を送ってきたんだよ。結局守り神さんも船に襲い掛かる事なく気付いたらいなくなってたけど、イレイヤのせいで沈没してても仕方がなかった気がする」


「そこはそれ、倒せばいいのでは?」


「元凶のイレイヤをか。よし来た任せろ」


 追う俺と逃げるイレイヤ。わーきゃー言いつつ走り回る俺たちを見る視線がどことなく微笑ましい。

 さすがに恥ずかしくなってきたので、何も分かっていないイレイヤを連れてそそくさと船着き場を離れ、街の入り口へと向かう。


 この世界は基本的に魔物への対策のため、各国や各街なんかは堅牢な壁に囲まれていたりする。迷宮の『大氾濫』があったりするため、当然と言えば当然か。そしてこの街カイザースもまた入り口が街の北側の船着き場に一つと南側に一つの二つしかないらしい。そのうちの一つであるここにも、やはり例のごとく衛兵がいた。海賊対策や海の魔物対策だったりするのだろうか。

 一応全ての船は船着き場に着く前に証文によって公式の船か非公式の船、つまりは海賊船かを確認しているらしい。俺たちの乗っていた船もされていた。


「失礼、身分を確認できるものをお持ちか?」


 ある程度近づいたところで衛兵がさりげなく道を遮り、そう尋ねてくる。

 やっぱりこういう身分確認はあるのか。ギルドカードを作っておいてよかったな。あの時の俺の選択に感謝。そして口添えをしてくれたイレイヤにもちょっぴり感謝。


「これでいいですか?」


「あ、わたしもー」


「お預かりします。……協力感謝します。では、どうぞ」


 何やら偉く物々しいような気もするが、何かあったのだろうか。


 門を抜け、街へ入りつつイレイヤに密かに耳打ちする。


「これ、いつもこんなに警戒してるのか?海賊の被害でも頻繁にあったりするのか?」


「へ?あぁ、違うよー。だからお兄さん、武闘大会があるって言ったでしょ。それで厄介な人にこられても困るから、南大陸中で検問みたいなことしてるだけだよ。中にはブラックリストに載ってる人とかいるからね」


「そんな危なげな大会なの?そんなのに参加するタイプじゃないと思うんだけどなぁ」


「参加するかどうかじゃなくて、聞き込みが主目的なんだからこれでいいの。どうせお兄さん、他に当てないんでしょ?」


「そうだけどなぁ……。まあ、文句が言える立場でもないことは確かか」


 聞き込みかぁ、あんまりしたくないなぁ。忘れがちだけど俺は吸血鬼だ。いや喉の渇きとかあるから全然忘れる事なんてないけど。とにかく俺は一目につきたくない。

 あまり魔力なんかを使わなければそれだけ吸血もせずに生きていけるが、それにも限度がある。一応船の上では吸血が必要にはならなかったけど、ペース的にこの街か次の街くらいで来るはずだ。まあ俺が何するでもなくモリーに強制的に注射されるだけだが。


 そんなモリーも可哀想な事に俺の懐に突っ込んでいるままだ。船では一応イレイヤの目を盗んで解放していたりはしたが、何しろ相手はイレイヤだ。神出鬼没過ぎてハラハラが終始止まらなかった。早めにモリーの事だけは言っておいた方がいいのかもしれない。案外軽く流されて終わるかもしれないし。


 情けない事に先頭をイレイヤに任せ、ひとまずの仮宿を探す。宿というのは大体街の入り口近くにあるものだ。来る者も去る者も理由し易く、それでいて衛兵の詰所が近いため揉め事があった時でも安心だ。


「あ、お兄さん、あの宿とかどう?見た目綺麗だし、結構お洒落じゃない?護衛代としてちょっぴり入ったし、少しくらいなら贅沢もしていいと思うけどなぁ」


「確かにな。イレイヤの舞踊代でカサ増しもしてくれたし、船長達には本当に頭が上がらないなぁ」


「結局お兄さん何もしてなかったもんねー。わたしがいなかったらどうなってた事か」


 その時は気合で叩き伏せていたよ。吸血鬼って事がバレてただろうけど。


 それにしても、お洒落な宿だ。その道のセンスがない俺から見てもそう感じるほどなのだから、見る人がが見れば感嘆ものなのだろう。

 だが、それはすなわち利用客も増えるという事に繋がる。武闘大会も開かれるという事でぼちぼち南大陸へと渡って来る人々も増えて来ているはずだ。いつに開催されるのか知らんけど。


「……なぁ、イレイヤ。今更だけど、武闘大会っていつ、どこで開催されるんだ?俺まったく知らないけど、イレイヤ、分かる?」


「え?」


「え?」


 そのえ、は何なんだろう。たぶん、え、そんなのも知らないの、という意味合いのものだろう。うん。


「ま、まーまー、とにかく宿に入りましょうよー。ほら『海のせせらぎ亭』だなんてすごく小洒落た名前じゃないですかー。お兄さんもきっと気に入りますってー」


「俺は知ってるからな。イレイヤがそうやって敬語を使う時は何かを誤魔化そうとしてる時か、からかってる時かだって」


「は、はは。お兄さんってばわたしの事大好きなんだからー」


「ツンツンすな。……そこの所はまた後で話すとして、今はとりあえず宿か。まあ、別にこだわりはないし、イレイヤの気に入った所にしとこうか。その代わり満室でも俺は知らないぞ」


「ぃやったー!さすがお兄さん、話が分かるぅ!さっそく行こ!」


 途端に元気になるイレイヤ。それを呆れた目で見る俺。そしてさらに俺たちを微笑ましく見る周囲の視線。これからはもう逃れようが無さそうだな……。


 心なしか駆け足気味になるイレイヤに続き宿へと入る。内装も簡素だが、味気がないという事にならない程度には装飾が施されていた。かと言って手抜きであるというわけではなく、散りばめられた装飾の細部にそれとなく目をやると、名工が手を加えたのだと一目でわかるほどに繊細な意匠が凝らされていた。


 やはり隠れた名店などというわけもなく、入って一歩も踏み出さないうちにこの宿、海のせせらぎ亭が人気宿であるという事が分かる。人が多い。俺は密かにフードを深くした。


 ちなみに俺の今の服装は上下共に身体にピッタリとくっつくタイプの服を着ている。中央島の探索者を見た感じこのような服装をしている人がほとんどを占めていた。そしてその上から目立たないように暗い色のフード付きマントを羽織っている。

 イレイヤは反対に明るい系の組み合わせで、髪の色まで配慮したのではないかと思えるほどに見事な着こなしをしていた。女性ものの服には詳しくないから、似合っているとしか表現は出来ないが。俺のとは違って、どれも一つ一つ試着して悩みながら買ったのだろう。隠れた努力が感じられる。


 イレイヤには話していないが、俺の服は買ったものではない。影魔法には影纏なる魔法があり、その応用で身に好きなように魔力を纏えるのだ。それを活かしてミノットは魔力で服を編むという荒業を生み出していたらしく、そのためか最下層の居住区には装飾品としての服というのはほとんど見当たらなかった。あったとしてもローズちゃんが何とかして作った魔道具としての機能を持つバトリングドレスなどで、最初にその魔法の存在を知った時は驚いて元々着ていた日本の服を取り落としてしまったほどだ。何たって数度に渡る戦闘やその他行為のせいでもう押さえてないと勝手にはだけていくまでボロボロになっていたからな。


 そういうわけで、生活の基本である衣食住のうちほぼ全てを捨てる事となったのである。悲しいね、魔法って。


「お姉さん、お姉さん。部屋って空いてる?こっちの怪しい人と二人で一部屋か、二人で二部屋があるとそこを取りたいんだけど」


「はい、丁度どちらも空いていますよ。どうされますか?」


「だってー、どうするお兄さん?」


「二人で二部屋」


「即答!……二人で二部屋で」


「かしこまりました。こちらがお部屋の鍵になります。食事は一階の食堂で食べていただくか、別料金でお部屋まで届ける事も出来ます。その他注意諸々は各部屋に張り出されておりますのでご参照ください」


 丁寧なお辞儀に見送られ、割り当てられた部屋へと向かう。幸い隣同士だ。話し合いなんかをするのに部屋が離れていては面倒で仕方がない。誰かがキャンセルを入れたのか知らないが、ありがとう。


 未だ即答したことをぶつくさ言うイレイヤを無視しつつ、各々の部屋へと入る。同室だと困るんだよ、察してくれ。

 たぶんだけど、イレイヤはまだパーティーメンバーに置き去りにされたことを消化出来ていない。元々が寂しがり屋で、長時間一人でいる事に耐えられないのだろう。船でも客室は二人とも個室だったにも関わらず強襲を何度も受けた。仕方がないとはいえ、そう何度も来させるわけにはいかない。


 ともあれ、一通り部屋を見て回ったらすぐイレイヤの事情聴取だな。


「おぉ、これはなかなか……」


 つい簡単が零れてしまうほどの内装。この宿屋はさり気ない華美さを目指しているのか、どうもそんな装飾が多く見られる。全然嫌味にならないように工夫して配置もされているようだ。同じような作りだとか、手抜きだとかいう感想は微塵も湧いてこない。なんだかんだイレイヤの感性は正解だったと言える。


 ひとますイレイヤの部屋に行く前に収納魔法の中に入っているもので、出せるものは予め部屋に出しておく。鍵も掛けられるのだから、そう簡単に強盗に入られる事もないだろう。そしてモリーも置いておくのがいいかもしれないな。ずっと服の内側に隠しておくのはあまりにも可哀想だ。


「お前、部屋に残るか?」


「キィ」


 頷くような動作をしてぱたぱたと飛び、ベッドの上に着地するモリー。嫌に聞き分けが良いな。最初なんて服に入る事すら嫌で暴れていたのに。いや、あんな狭い所に入れられれば誰でも暴れるか。俺でも暴れる。


 諸々のやる事を終え、部屋を出て鍵を閉める。向かう先は隣室のイレイヤの部屋だ。

 扉の前に立ち、ドアノブを回そうとしてふと思い立って軽く数度ノックする。うん、マナーは守らないとな。


「ちょっと待ってー。すぐ行くー」


 扉越しのくぐもった声でそう言うイレイヤ。俺のように部屋の中で何かと準備なんかをしているのだろう。鍵が開いてたからってずかずかと入り込まないでよかった。これで着替えてたり、風呂上りだったりすればこれからの旅路に多大なる影響が出ていたところだ。


 しばらくして扉が内側から開かれる。そこからぴょこっと顔を覗かせたイレイヤがちょいちょいと手招きをするのに従い、部屋へと踏み入る。

 部屋の中は俺の所と内装は一緒だが、ちらほらと置かれた小物からイレイヤを感じる。どこにいれていたのだろうか。小さな背嚢くらいしか見て取れなかったが、それに全て入れるのは至難の業に思える。女性の収納術は魔法のそれだ。


「さて、じゃあ第二回定期会議もとい事情聴取を始めようか」


「やだなぁ、事情聴取だなんてお兄さん……。だいたいお兄さんも知らないくせにわたしの事ばっかり責めれなくない?」


「いや、まあそれはそうなんだけど。でもイレイヤだってあんなに自信満々に言ってた癖に日時とか場所とか知らないのもちょっとな」


「あー、ほらそうやってすぐわたしのせいにする!日時も場所も分かるし!場所は……、ほらあれ、ゾード帝国!……は去年の開催国だっけ?―――――待って待ってそんな残念な子を見るような目で見ないで!ほら、日時!日時はだいたい今頃!」


「今頃って事は、もう終わってる可能性もあるんじゃないか?」


「うぐっ、確かに……。そ、そんなに言うならお兄さんが聞き込みしてくればいいよ!」


 そ、それは困る。フードがついているとは言え、今まで人と関わらないようにしようと思ってきたせいか、少しでも関わろうとすれば拒否反応が出てくる。具体的に言うと発汗と吃音だ。ただのコミュ障だ。


 もう一つ一人で行動、というか屋外で行動したくない理由がある。中央島になかったため油断していたが、この街には教会の支部らしき建物がある。それとなくイレイヤに確認したところ、少しでも大きい街にならどこにでもあるようだ。本当に怖い。なんでそんなに影響力があるんだ教会とやら。


「よ、よし。俺が悪かった。さっき見かけたおいしそうな屋台奢ってやるから、一緒に聞いて来よう?な?」


「はぁ、まったく。お兄さんはわたしを何だと……。わたしがそんなのに釣られるほど子供に見えてるの?」


「おいその割にはよだれ垂れてるぞおい」


 結局その後の二人での聞き込みによって、開催国はゾード帝国とその属国の二国主催で開催されることが分かった。ついでに天理くんたちの事も聞き込みしてみるがそっちは収穫ゼロ。まあそんなにすぐにヒントが見つけられるとも思っていない。


 これで次の行き先が決まった。南大陸の中央部に位置するゾード帝国だ。そこまでの距離は長く、また列車も近年の魔物の増加によって止まっている。大人しく馬車か徒歩での移動になりそうだ。

 そう思いながら、俺とイレイヤはひとまずの仮宿で一夜を過ごすのだった。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

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