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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第二章 星の聖女
41/120

41 星の聖女 ②

すみません、遅くなりました……。まあ、いつも通りのことですが……。

「魔法を使えるようになりたいって?」


 数か月振りに再会を果たしたクラスメイトに言うのは気恥ずかしさが残るものの、それでも聖女である紫葵が外部の人間と関わりを持てる数少ない機会を逃す手はない。そう思い、天理と語り合った数日後にそう思いきって天理に伝えた。


 訝し気に聞き返される事も承知の上だ。日本でそんな事を聞けば嘲笑され、可哀想な目で見られる事間違いない。友人から天然と称される事もあるが、ここが死が隣接する危うげない世界であるという事はとうに分かっている。ここでの魔法は、向こうでの教養に似て非なるものだ。身に付ければ身を守る事につながる。


「そう、わたしも出来る事増やしたいなって。天理くん、使えるんでしょ?」


「紫葵も使えるだろ?回復魔法。それで聖女やってんだから」


「そうじゃなくて。回復魔法は何でか分からないけど、最初から使えたから。わたしが、わたし自身の意思で努力して身に着けたいの。それも出来れば自分で自分の身を守れる魔法を」


 人に任せきりは性に合わない。今までもそうしてきた。

 天理を直接手伝うにはどうしても聖女という肩書が邪魔になっては来るが、紫葵はそれもはやいうちにどうにかするつもりだった。


 元より自分が聖女をしている事が間違いだと紫葵は考えていた。確かに紫葵には不可思議なほどの治癒魔法の素質があった。それは紫葵が何かをして得た能力ではない。日本に居た頃に密かに熱中していた異世界転生ものによくある転生特典のようなものだろう、と紫葵は結論付け、素直に教会の人たちにそう言おうと思ったのだが、言うに言えず、曖昧に濁していたうちに祝福(ギフト)だなんだと祭り上げられ、気付けばあっという間に聖女となる下地が出来上がってしまっており逃げられない状態となっていた。


 無責任だなんだと糾弾されようが、紫葵にとって現実はここではなく日本だった。『今』という現実を否定しているのではなく、ただここを『異世界』であると区切りをつけているだけだ。全くこれのどこが聖女なのだろうか、と自嘲したくなる。


「……またクルトに何か言われそうだね」


「もう、天理くんはクルトの事が苦手すぎだよ。あれであの子、結構いいところあるんだよ?」


 彼女は愚直なまでに命令に忠実なだけだ。調停機関から紫葵を守れと命ぜられれば、紫葵に近づく全てのものを排除しようと思うほどに。加えて、彼女が男装をしているというのも初対面で苦手に思われる原因の一つだ。護衛なのだから舐められてはいけないというのは分かるが、元々端正で鋭い顔立ちをしているのだ、男装なんてするとなおさら取っつきにくさが全面に出てしまう。元はかなりいいのだからもったいないと思ってしまうほどだ。


 ともあれ、後からお叱りがある事は承知の上。その上で紫葵は天理に教えを乞うていた。天理なら断る事もないだろうという打算付きだ。


「じゃあ、まず僕がこれまで魔物を討伐してきて気付いた事から言うね。まずスキル……魔法もこの中に入るんだけど、これには二種類あるんだ。一つはSP(スキルポイント)を使って習得するもの、もう一つは習熟したものがスキルとして昇華されるもの。……僕のステータスを教えてあげた方が早いか。あとから紫葵のも見せてね、僕だけじゃなんだか恥ずかしい」


 そう言って仄かに羞恥をちらつかせながら、恐らくステータスを開いて、その詳細を紙に書き始める。他人に見えないという事実は既に共有済みだ。そして恐らく異世界人、ここでいうクルトやルーシカにはステータスという概念自体が存在しないという事も。


 少し経って、天理から紙を受け取る。そこには天理らしい達筆でステータスが書き上げられていた。


 名前:蓮花寺 天理(テンリ レンゲジ)/ケンタウロス/男


 LEV:48


 HP:1220/C     MP:1220/C


 ATK:1500/C+    DEF:760/D


 MAK:1050/C-    MDF:1050/C-


 AGL:1450/C+    LUC:55/EX


 SP:120


 スキル;


 ・千里眼・天


 ・騎馬招来(サモン・ソウル)


 ・弓術 LEV:6;

 ・轟雷

 ・迅雷

 ・爆雷槍


 ・短剣術 LEV:2


 ・騎乗 LEV:6


 ・野営 LEV:2


 ・料理 LEV:3


 ・静心 LEV:3


「わっ、すごい。天理くん、やっぱり強いんだね。それに……本当にケンタウロスなんだぁ。全然馬っぽくないのにね」


「僕はケンタウロスの村で気が付いたんだけど、村人たちもみんな僕みたいにほとんど人間と変わらなかったよ。ただ、騎馬招来(サモン・ソウル)で馬は呼べるみたいだけど」


「馬!やっぱ何かしら馬と関係はあるんだねー。あとから見せてよ」


「相変わらず好奇心旺盛だな」


 呆れたように言う天理に笑って応える。何だかこうして笑い合うのも久しぶりだ。本当なら今もこうして真彩や紗菜たちと馬鹿な事で笑い、ありふれたことで悩むような学校生活を送っていたはずなのだ。時々ちょっぴり琉伊も加えて。


 正直最初は進路なんかを真面目に考えていたほどだ。もし志望校に行けなかったらどうしよう、両親を困らせたらどうしようだなんて。その前提である『異世界からの帰還』がそもそもの話検討すらついていないにも関わらずだ。


「それで、スキルだけど、僕がSPを使って取ったのは野営と料理、そして短剣術の三つ。それぞれ100、100、160のSPを使って習得した。習得した後はたぶん熟練度で上がっていくんじゃないかな。静心はある日急に出てきたからたぶん習熟して習得したスキル。矢を放つ時に集中して心を静めるからなんじゃないかと思ってる」


「ほほー。わたしも出来ればその、習熟?して習得する方の魔法を使えるようになりたいんだけど……。無理っぽいかな?」


「どうなんだろうな。僕のは魔法っていうより技術って方が近い気がするし。これも基本的なところだけはケンタウルで教えてもらってたしなぁ」


「SPはレベルが上がると増えるんだよね?」


「たぶんそうだよ。最初だけ20上がって後は10ずつかな。そういえば紫葵のステータスはどうなの?」


 問われ、天理と同じようにステータスを開き紙に書き写す。天理と比べると赤子のようなものだ。


 名前:有栖川 紫葵(チナ アリスカワ)/人間/女


 LEV:1


 HP:100/E     MP:200/E+


 ATK:100/E    DEF:70/E-


 MAK:90/E-    MDF:90/E-


 AGL:100/E    LUC:999/EX


 SP:0


 スキル;


 ・幸運の寵児


 ・回復魔法 LEV:9


「れ、レベル9?!最初から?!」


「う、うん……。やっぱりおかしいよね、これ」


「おかしいなんてもんじゃ……。いや、確か紫葵は獣医目指してたんだっけ。それが関係してるのか……?僕も弓術は初めから高かったし……」


 そこまで言って天理は混乱した思考を切り替えるように頭を振った。

 おかしいとは分かっても、その原因を究明する術を紫葵たちは持っていない。疑問には思うが、どうしても解決しないといけない謎ではない。

 そう判断したのだろう、天理は当初の目的、魔法の習得のための説明を始めた。


「とりあえず、僕のステータスを見てくれ。SPが中途半端な数になってるだろ?これはさっきも言ったようにレベルが上がれば増えていくみたいで、ある程度貯まったときに思い切って使ってみたんだよ。そしたらーーーーー」


 そこで一度言葉を切り、再びステータスの書かれた紙に筆を落とす。そしてなにがしかを余白に書き連ね始めた。


「こんな風に新しくウインドウが出て来た。本当はもっとずらっとあったんだけど、覚えてるのと僕が取ったのを含めるとだいたいこのくらいかな」


 ・野営、料理、短剣術、解体術、雷の加護、指笛、話術………。


 書き並べられたそれらに共通点は見当たらず、どこか散発的だ。SPというのはその個人が持つ隠れた才能を開花させるために使うのだろうか。


「まあ、何にせよやるべきは魔物狩りかな。………と、そろそろクルトの我慢が効かなくなって来る頃合いかな?一人にしてるルーシカも心配だし。話し合いはこれまでにして、紫葵が良ければ明日から魔物狩りの仕事に付いて来てもらおうかな。たぶんクルトに何か言われるだろうけど、僕は何の力にもなれないし。………最後に聞くけど、本当に良いんだよね?」


「もう、天理くんも心配性は相変わらずだなあ。わたしはいいの!クルトも何とか説得する!それに何かしてないと、待機命令のせいでする事がないんだもん、そういうのが一番嫌」


「待機命令……。教会からはあれから音沙汰無し?」


「そ。聖女は都市国家群で星の雨調査隊と共に待機せり、だなんてほんとに何なんだろうね。わたしたちはこんな事してる場合じゃないのに」


「教会にも何か考えがあるんじゃ、としか僕は言えないな。それに慎重になるに越したことはないだろ。あんなのが空に出てくればさ」


 そう言って天理は窓の外に目を向けた。丁度今は雲の陰に隠れて見えなくなってしまっているが、天理が何に視線を向けているのかが容易に想像できる。

 教会は何の心配もいらないと言っているが、紫葵も天理も何かが起こる前兆な気がしてならなかった。


 天理とはそれからどちらからともなく別れを告げ、扉の前で待機していたクルトが入れ替わりで入ってくる。初日からずっと続くこの密談時の退室をクルトは未だに渋っているが、クルトとて教会の一員だ、さすがに聞かせられないような話もしている。教会の愚痴とか。クルトには悪いが話を聞かれるわけにはいかなかった。


 何とかクルトに話を付け、一日に決まった時間、それもクルトと少なくとも天理がいる時だけという制限付きで魔物狩りをしても良いとクルトから許可が下り、早速翌日から天理に連れて行って貰ったのだが、そこでようやく現実に直面した。


 魔物とは言え生き物を手にかける忌避感ともそうだが、そもそもの話紫葵は凶器になり得るものを包丁しか握ったことがない。いや、包丁を凶器として認識しながら扱っている人など極々少数だ。そんな小娘がいきなり実戦など出来ようはずもなく、初日は何も出来ないまま涙目になって終わって行った。








 ◆







 天理と魔法習得のための魔物討伐を始めて数日が経った頃、ようやく事態が動きを見せた。


 その日も天理と陽が落ちるまでレベル上げに精を出しており、珍しく混ざっていたルーシカと、小言を言いつつハラハラと見守っていたクルトの四人で和気あいあいとした帰途についていた。

 一応槍を振るのも様になって来ており、小型の魔物ならば天理たちの力を借りることなく一人で倒せるようにまでなった。それでもやはり忌避感は付いて回るが。


 それはそうとして今の紫葵を見て、聖女だと思うものは誰もいまい。修行用として取り寄せた服は連日の修行で汚れが面積を増し、もはや洗濯をしても落ちないほどだ。

 この国に長く滞在する予定はなかったために、資金をあまり多く持ち込んでいなかったのだ。一度補給はあったものの、それもこの十数日の滞在で大分減ってしまった。この先もどのくらい待機命令が出続けるか分からないため、浪費も出来ない。


 そんな理由から新しい服を何着も買えないでいた。さすがに洗濯したにも関わらず汚れがほとんど落ちていない服を着るのは気が引けたが、それに身を包んでいる間は憂鬱な聖女という肩書きから解放されている気になり、一度それを楽だと感じてしまうと少しのみっともなさも感じなくなってしまった。


 クルトはそれを見て何度も嘆いていたが、紫葵は気にしたのは最初だけで、後は童心に返ったかのような心地にするなっていた。


 住宅街も抜け、程なくして宿へと辿り着く。四人とも同じ宿なため、強いて別れるということもなく、そのまま他愛の無い雑談を交わしながら扉をくぐった。


「ーーーーー失礼、聖女様ですか?」


 くぐったすぐ先でそう声を掛けられる。その声を聞くや否やクルトと天理が紫葵を庇うような動きを見せた。ルーシカは何も分からないかのようにぽけっとしているのみだ。


「その紋章ーーーー。はっ、司教様でございましたか。これはとんだご無礼を」


「司教。わざわざ司教位にある方がわたしの所まで来るなんて、何かあったのですか?」


 司教。基本的には本山待機または各国の教会支部に派遣され、そこの統治を任される役職だ。そのような位に立つ人物が、まさか遊びで紫葵の下を訪れるということはあるまい。

 十中八九、教会からの伝令だ。待機命令がようやく解けるのだろうか。


「いや、いいのですよ。急に声をかけちゃったわたしが悪かったのです。アルマーニ司教、と今は名乗っている者です。この度は調停機関から伝言を預かって参りました」


 年の頃は四十半ばといったところだろうか。妙齢の美女という言葉がぴったりとくるような女性だ。司教服に包まれた体も、女性らしい起伏に富み、母性というものが目に見えそうなほどにあふれでていた。


  アルマーニ司教は用件を伝え、司教服の懐へと手を入れ、そこから文書を取り出した。教会の印が押された直命書だ。


「都市国家郡に待機中の聖女、並びに星の雨調査隊へと命ず。貴殿らは即刻南大陸へと渡り、ゾード帝国に向かうべし。魔王の出現情報有り。……との事です」


「魔王を、聖女に討伐させると?そのような危険なことーーーーー」


「不満は分かります。ですが、調停機関の定めたこと。わたしも手を貸したいのですが、許可が下りませんでした。彼らはどうやら英雄を作りたいようなのです」


 そう言い、アルマーニ司教が天理に視線を向ける。

 過去にケンタウロスの英雄がいたことは紫葵も聞き及んでいた。だが、だからと言って、それで天理を英雄に祭り上げるつもりなのだろうか。そこに聖女である紫葵も向かわせることで民衆の心を掴もうと。


 そういう事は教会本部にいた短い間の中だけでも何度もあった。正直ウンザリしている。だが、だからと言って魔王が出没したという帝国に向かわないというわけにもいくまい。

 魔王というのはそれはそれは悪どく、老若男女に分け隔てなく死を撒き散らすものだと聞かされた。人に世界を支配されるのを面白く思っていない魔族の王だと。


 誰かが傷付いているのを見ていたくない。聖女となって何人もの信徒や、そうでない人たちを治癒してきたことで、そんな感情が芽生えたのも確かだ。これでも一応紫葵は医師を目指す端くれだ。患者がいるのならどこへでも、は無理かもしれないが、出来る事はしておきたい。


「それともう一つ情報が。こちらはあまり声を大きくして言えないのですが、どうやらその魔王の顔の作りが聖女様と似ており、どうも南大陸では見ないものだそうで……。聖女様も探し人がおられると聞きます。もしかしたら魔王も、また……。いや、それは考えすぎかも」


 言葉尻を小さくしぼめていくアルマーニ司教だったが、話を聞いていた天理も紫葵もそれどころではなかった。クルトも、ルーシカも、アルマーニ司教も、それに街行く人々もそうだが、この辺りには日本風の顔立ちは極端に少ない。それが紫葵たちが異世界人だからなのか、それともただ単に会えていないだけなのかは分からないが、もし、もしその魔王とやらが紫葵たちと同じような顔立ちをしているになら。


 少しの希望と大きな不安を抱えながら、紫葵は南大陸にあるゾード帝国に向かう事を決心した。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

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