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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第二章 星の聖女
39/120

39 海上の舞姫 前編

頑張ったぞーー!うおーーー!

読んでください(切実)。

 船に乗る事は初めてじゃなかった。記憶もあまり定かじゃない幼い頃に両親に連れられどこかに言った覚えが微かにちらつく。

 確か天理くんや真彩もいたはずだ。紗菜は……どうだったか。


 何にせよその時の記憶にはないのだが、俺はどうやら致命的に船上というものが向いていないらしい。あるいは意図的に自分で封じ込めたのかは分からないが。


「……ぎもぢわるぃ」


「お兄さーん」


 所謂船酔いと言うやつだ。折角の周り一帯が水色一色ということで景色も楽しめる船旅になるはずだったのに、何という事だ。もったいない精神が刺激されて止まない。


 というか、渡航するにあたってギルドでわざわざ許可証を発行して貰うのはそう易々と供給出来ない船舶を護衛する役割を担う必要があるからだ。魔物の増加というのは何も陸上のものに限った話ではなく、海中に生息する魔物にも適用される異常事態らしい。

 こんな状態では護衛出来るものも出来ない。魔物なんか出たらもう三十六計待ったなしだ。


 ―――――なのだが。


「お兄さーん」


「おう、探索者のあんちゃんよ。つれえのは分かるが今はちょっとばかし我慢してくれると嬉しいねぇ!」


「わ、かってますよー……うぷっ」


 分かってはいるのだ。今が緊急を要する事態だという事ぐらいは。

 俺がこんな状態になっている事よりももっと早急になんとかしないといけない事になっている奴がいるのだ。


「お兄さーん」


「主舵いっぱーい!!取りつかれるぞぉ!!」


 急な旋回に船体が大きく揺れる。いや、原因はそれだけではない。海の中を覗き込めば分かるが、そこら中にちっこいのがうじゃうじゃいる。

 そりゃあこんなに魔物が出るのなら、皆あの島から出ようともしないはずだ。そもそもあの迷宮に挑戦したくてわざわざこんな中をあの島まで渡ってくるような連中だ。俺たちみたいに四大陸に戻ろうとする方がかなり珍しい。


 ともあれ、魔物の掃討をしないといけないわけなのだが、如何せん俺は動こうにも動けない。いや、本気で後先考えずに動こうとすれば動けるのだが、そうしてしまうと後々に響く。そりゃあもう盛大に。

 誰か一人の支援があれば大分楽に動けるのだが、それも望めない。


「お兄さーん。おーい」


 ……さっきから外野のむさいおっさんたちの声に紛れて小さく女の子の声が聞こえるのは決して空耳なんかじゃない。どうしようもなく聞き覚えのある呼び声が遠くから響いてくるのが分かる。


 うん、現実逃避はこれまでにしよう。




 なんと驚いた事に、俺が一緒に人探しの旅をするはずの相方は、絶賛魔物の海を遊泳中だ。








 ♦







 さて、こうなった経緯だが、至極簡単だ。

 時間は少し遡り、ギルドから許可証を発行して貰った後、船着き場へとたどり着いた頃の話だ。


「いやー、やっぱり船ってのはいつ見てもおっきいねー。……前よりおっきくなってない?」


「嬢ちゃん、こちとら最新鋭の戦艦よ。魔物が多くなってきてるってことで各国が少しずつ出してくれてな。探索者を乗せないときにゃあ、俺らは積み荷を乗せてっからな。この島っていうお得意様をどこも逃したくないんだよ」


「ほへー。おじさんたちも大変だねぇ」


「なんの。俺らは海に生きて海に死ぬ。それが出来れば本望よ」


 それは渋すぎるって。


 内心で船員のおっさんに突っ込みを入れながら、俺もイレイヤを倣って出航目前の船を見上げる。

 大きい。ただそんな感想だけが胸を占めるほどだ。船というものはこれほどまでに大きいものだっただろうか。小さい頃に見た限りだったからか、やはり記憶との齟齬が激しい。


 海鸞丸(かいらんまる)というらしいこの船は、東国(あずまごく)が主体となって作ったものだそうで、何の因果か日本風に近い見た目となっている。やはり極東の国という事でその性質は似てくるのだろうか。天理くんたちを見つけ終わって余裕があれば見に行ってみたいものだ。いや、もしかしたら探していく過程で寄る事もあるかもしれない。まあ、その時はその時だ。


 航程はおおよそ十日。狂暴な魔物の住処や、危険な海流なんかを避けての最速の日程だ。

 その間に俺たち二人がやる事は単純明快。船の護衛だ。ギルドとしてはいつでも護衛についてほしいため、島外への出向者は大歓迎なのだそうだが、如何せんその絶対数が極端に少ない。故に依頼という形で出しているためその方面では赤字なのだそうだ。


「ほら、お兄さん、すごくない!?何か出るよ!?」


「あー、こらこら。下手にいじっちゃいかんぞ。あんちゃん、ちゃんと見てやってくれ」


「あぁ、すみません……。おーい、イレイヤ、客室に行くぞー」


「いいけど、後から甲板に出て一緒に海見ようねー!」


「分かったー」


 既に乗り込んでいるイレイヤに声をかけ、俺も同様に船に乗り込む。

 中も外面に負けないほど立派なつくりで、快適で楽しい船旅が送れそうだと予感出来るほどだった。


 イレイヤも心なしかいつもより機嫌がいいように思える。自分で『渡り鳥』と言っていたように、やはり旅をすること自体が好きなのだろう。

 笑顔でいるのは実にいいことだ。暗い顔をしていたって言い事なんて全くない。


 客室に入り、魔力の節約のため収納系魔法にしまっていた物をほとんど放り込み、一息ついたところで船が出航の合図を出した。

 ほどなくして船が動き出す。最初は動いているのが分からないほどゆっくりだったが、客室にはめ込まれている窓から外を見て、動いている事に気付いた。なんだかテンションが上がって二人揃っておおーっ、と歓声を上げたほどだ。


「すごいねー!来るときの船とは大違いだよ!この分なら料理も楽しめそうだなぁ。前は量はいっぱいだったけど、味の方がいまひとつだったからずっともやもやしてたんだよねー」


「確かに楽しみだけど、なんかお腹減らないなぁ」


「またまたぁ、男の子がそんなわけ……あれ、お兄さん、ちょっと顔色悪くない?」


 しばらく時間が経ったところでイレイヤにそう指摘される。吸血鬼になってから渇くという事はあっても空腹という状態にはなっていない。そのため、そのままイレイヤに伝えただけのつもりだったが。

 いや、言われてみれば確かに気持ち悪いような気もする。なんだこれ。


「お兄さん、もしかして船に酔う?こういう時ってどうすればいいんだっけ……」


「俺、船酔いするの?いや、たぶんこんの寝てれば……」


 そう言ってソファに横になろうとしたところで船体が大きく揺れた。高波でも来たのだろうか。いやそれよりも。


「あっ、これやばいやつ……」


「きゃあああ!お兄さん、やっぱ船酔いだって!顔色真っ青!と、とりあえず外出よ、外!たぶん風に当たってるとましになるとかだから!」


 随分必死に言うものだ。そんなに危うい顔をしているのだろうか。

 イレイヤに促されるままに、ふらふらとした足取りで甲板へと向かう。出航前にイレイヤと交わした約束が早々に果たされそうで何よりだ。


 甲板へとたどり着く間にも船員たちから心配げな視線を送られたり、中には酔い止めの薬っぽいものを渡してくれる人さえいた。なんという優しい世界なのだろう。

 症状が治まった暁には張り切って船を護衛しちゃおう。


「あっ、ほらお兄さん、すごい景色!―――――ってそんな場合じゃないんだっけか」


「……なんかもう立ってるのすら辛いような。楽になりたい」


「それはどう解釈すればいいのお兄さん……。ほら、あっちにベンチあるからあそこまで頑張ろ?ね?」


 なにやらいつもと関係が逆転しているような気がしてならないが、今の俺にはそれに言及する事の出来る余裕すらない。

 情けのないことにイレイヤの肩を少し借りて甲板に備え付けられているベンチまで今にも倒れそうなほどによろけながらたどり着く。と同時に本当にベンチに倒れこんだ。

 自分が思っていたよりも大分弱っていたようだ。身体が心底安寧を願い出ている。大人しく従おう。


 吸血鬼になったと言うのに船酔いにはなるんだな。意外な発見だよ。


「……あぁ、イレイヤ、俺はここで横になってるから、イレイヤは好きに景色とか見てていいぞ。たぶんすぐによくなるだろうし」


「ほんとに?いや、でも薬も飲んだし、船酔いって結構すぐ治るって聞いたこともあるような……。うー、絶対無理しちゃだめだよ?ずっと横になってるんだよ?」


「大丈夫大丈夫。イレイヤはイレイヤで楽しんで」


 そう言うと不服そうな顔をしつつもようやくイレイヤは俺から離れた。折角の旅なのだ、俺の都合にイレイヤを巻き込みたくはない。楽しめるところは楽しんでほしい。


 が、安心出来ていたのはその時までだった。

 少しばかり楽になれたので、さてイレイヤは何をしているのかなと久々に目を向けると、なんと船の先端、つまりは舳先に立っていたのだ。それも器用に片足立ちで。


 もちろんすぐ下を見れば魔物がいるらしい海だ。一体そんなところでそんな事をして、何のつもりなんだろうか。


「あ、お兄さーん!ここ風がすっごく気持ちいいよー!」


 いや、おかしい。そんな危うげな足場でよくこちらを振り向けたものだ。俺にそんな事を報告しなくていいから、とりあえずそこから甲板に戻ってきてくれ。俺の精神が持たない。


「おい、さすがにそれは―――――」


 見かねて声をかけようとしたところで、大きく船が揺れた。ベンチから落ちかけた自分に一瞬意識が持ってかれかけるが、すぐにイレイヤに意識を戻す。

 ただでさえあんなに不安定な足場だったのだ、少しでも揺れさえすれば彼女は。


 そんな思いで舳先へと急いで目を向ける。自分の不調なんて気にしてなんていられない。

 だが、その目を向けた先にはイレイヤの姿はなくなっていた。


「ーーーーーッ!イレイヤ!!」


 慌てて舳先へと駆け寄り、下を覗き見る。出航前に言われていたはずだ。海の魔物は陸の魔物とは少しばかり異なると。

 陸上では好きに動ける探索者も、海中では満足に身動きできず海の藻屑と散っていく。


 最悪の場合には俺も飛び込んでイレイヤを救い出さなければ。そんな風に意気込んでいた俺の目に飛び込んできたのは、元気に泳ぎ回るイレイヤの姿だった。


 そして時間は冒頭に戻る。







 ◆







「お兄さーん」


「分かったって!今縄を垂らすからとりあえずそれに掴まれ!早くしないと置いていかれるぞ!」


 どこかのんびりとした声で俺を呼び続けるイレイヤに怒鳴り返す。まだ旅は始まったばかりなのだ。俺が巻き込んでしまったばかりにこんなところで死んでしまうのはさすがに寝覚めが悪すぎる。


 船員に取ってきて貰った頑丈そうな縄を受け取り、気持ちの悪さを押し込んで海へと垂らす。狙い通りとはいかずにイレイヤから少し離れた位置に着水したが、泳げるイレイヤならば大丈夫だろう。

 それより心配なのは小型の水棲魔物だ。今はなぜなのかイレイヤが標的として認識されていないからいいものの、一度気付かれてしまえばそれまでだ。鯉池に落としたパンのようになるのは見ずにでも分かる。


「ちゃんと体に縛ったか?!引くぞ?!」


「だいじょーぶー!」


 腑抜けた返答を聞き、それに合わせて縄を引く。船に取り付けられている柵を使った、テコの原理を利用したものだ。ちょっと荒々しくなるかもしれないが、そこはイレイヤの頑丈さに賭けよう。彼女ならきっと大丈夫だ、うん。


「よーいしょー!!」


 確かな重みを感じながら、縄を手繰り寄せる。船自身、中々の速度で走っているため、イレイヤには少々怖い思いをしてもらうことになるかもしれないが、自業自得の範疇だろう。いや、イレイヤならそれすらも楽しみそうだが。


「お兄さん、ちょっとストップ!」


「なんだ?!」


 その声に海上に目を向けてみると、さすがに気付いたのかイレイヤのもとに何匹もの魔物が群がろうとしていた。目が退化しているのか、あらぬ方向に突進している魔物もいるが、イレイヤの元に到達するのも時間の問題だ。縄を引くのを止めている場合じゃない。


 そう思い、釣りを再開しようとしたところでイレイヤが動きを見せた。

 近付いてきた一体に素早く抜き取った短剣を刺し、動きを止めたところをその個体を足場に跳躍。つられて跳ねた他の個体を、もう一振り短剣を取り出し、空中で身を捻ることでなます斬りにしていく。


 動きはそれだけにとどまらない。空中にいる間も、縄で体が固定されていることを活かして斬った魔物を足場に使い、跳躍を繰り返していく。

 同じような事が繰り返され、気付けば群がっていた魔物のほとんどは肉塊へと変わり、かろうじて生き残った個体も分が悪いと判断したのか逃げ帰ってしまっていた。


「すごいな。まさかあの嬢ちゃん、『渡り鳥』か?全滅したと聞いていたんだが……」


 柵に脚をかけ、ギリギリのところで踏ん張っていた俺に船員の一人が話し掛けてくる。

 何度も聞いた、『渡り鳥』という言葉だ。そんなに有名なものだったのだろうか。個人を指すのか、それともグループを指すのかいまいちよく分からないが。


 ともあれ、無事危機を潜り抜けたようだ。今はとにかくさっさと横になりたい。

 そんな思いで俺は残った縄を引き揚げる。なんだか無駄に疲れた気がしてならない。


「お兄さーん」


 俺の疲れの原因が、再び俺を呼ぶ。今度は何だろう。


「下にまだ何かいるー」


 ……嘘だと言ってくれ。


 どうやら海上での戦闘はまだ続いてしまうらしい。未だ危機の去らないイレイヤを尻目に、俺は密かに溜め息を吐いた。

最後まで読んでくださりありがとうございます。


評価とかブクマとか感想とかあってもいいんですよ?(催促)

というか欲しいです:)

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