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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第二章 星の聖女
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37 未知との遭遇

追い込まれないと筆が乗らないのはなぜ……。

 この町の朝はどうやら早いらしい。陽が昇って間もない内からちらほらと生活音が聞こえ始めてきた。

 住人のほとんどが探索者だからだろうか。一に迷宮探索、二にも迷宮探索という猛者ばかりなのだろう。

 

 部屋の窓から町並みを眺め見る。差し込む朝日がいやにまぶしい。そういえば日光に当たっても別に灰になったりやしないな。もしかしてこっちの吸血鬼っていうのは弱点らしい弱点がないのか?そりゃあ人々に恐れられ、嫌われるのも分かる。人が自分たちと違うものを迫害し、遠ざけるのは半ば本能のようなものだ。される方からしたらたまったものでは無いが。


 その時、廊下をどたどたと忙しなく走る足音が聞こえた。イレイヤだ。もう起きたのだろうか。


「おっはよー!!良い天気ですね!」


 扉をすさまじい勢いで押し開け、開口一番に挨拶を飛ばすイレイヤ。

 その横で思い切り壁にぶつかった扉が悲鳴を上げるように軋んだ音を立てている。当たり前だ。そもそも俺は鍵を閉めていた。それをぶち破るだなんて生半可な力じゃ出来ない。そんな威力のまま、壁にぶつかったのだ。そりゃあ壊れる。


「おい」


「いやぁ、晴れて良かった良かった!旅立ちの朝が曇天や雨天だなんて格好が付かないもんね」


「おいって」


「まぁ、たぶんわたしがこんなものを作ってあげたおかげだろうけどね?ほら、分かる?てるてる坊主って言うんだよこれ」


「いや、てるてる坊主は分かったから。え、なんで扉壊したの?鍵掛かってないと思ったの?」


 いや、そんなやつがいてたまるものか。宿屋に宿泊していて扉に鍵を掛けないとか火事が起きた時に屈まないくらい意味が分からないぞ。

 いやだめだ。例えが全然よく分からない。イレイヤの行動が謎すぎてこっちまで謎な思考に陥ってしまった。つまり全てイレイヤが悪い。


「え、ほんとだ……壊れてる……。こういう時はちゃんと主人に言わないとダメなんだよ?」


「壊したのイレイヤだって。なんで俺が壊したみたいになってるんだよ」


「そ、そんな馬鹿な……。こんな女の細腕のどこにそんな力が……?まさか、わたしにも粛清官様のように祝福(ギフト)を授かったとでもいうのかッ……!?」


 朝から戯言をぬかすイレイヤをひっさげ、宿屋の主人に謝りに行く。もちろん修復代は全てイレイヤ持ちだ。俺は何も悪くない。

 そう、前日の夜になんか立て付けが悪いなー、なんて思ってガンガンやってた訳では無い。そうしているうちに不安げな音が出たわけでもない。ないったらない。


「さて、改めまして、おっはよーお兄さん!」


「あんな事があったのにまるで無かったかのように振舞えるのはイレイヤらしいな」


「えへへ~。そんなに褒めないでよ~」


「実は褒めてないんだけどな。馬鹿にしてる」


 なんで!?みたいな顔をする前にその無駄にふくよかな胸に手を当ててよく思い返してみるといい。


 宿を出てイレイヤの案内で町の中の商店街のような場所へと向かう。迷宮に潜る前なんかに探索者たちがお世話になる店がたくさん並んでいるそうで、ここに行けば旅に必要なものもだいたい揃うのだという。

 迷宮から出てきた魔道具なんかも買い取ってそのまま並べているところもあるらしく、割高な店もあるが、ほとんどでは安い金でいいものが買えるのだとイレイヤが自慢げに話していた。長くここにいたようだし、相当お世話になったのだろう。


 少し心配をしていたが、イレイヤの様子には変わりはないようだった。それこそ、昨日聞いたすすり泣きが嘘だったかのように。

 いつまで経っても俺は中中途半端だ。気に掛ける事はするくせに、踏み込もうとはしない。踏み込み、そして拒絶されてしまったら、と考えるといつも二の足を踏んでしまう。悪い癖だ。


 だが、安易に踏み込んでしまうのもダメだ。まだ俺は人一人を安心させるだけのモノを持っていない。


 ……また後回し、か。


「とりあえず必要なものは、飲食料に野営道具一式、装備の見直しも一応しといた方がいいし……。ある程度正確な地図も必要。それになにより航海するために船と船員が必要!」


「え、ここが四大陸の中央にある孤島ってのは分かったけど、南大陸まで俺たちで船出すのか?定期便みたいなのは出てたりしないの?」


「ああ、そっか。今はねやっぱり魔物の増加のせいで船を出すにはギルドの承認がいるんだよ。でもそれには条件があるから、今じゃ無理かも?いや大丈夫か?」


「どっちだ。その条件ってのは?」


「一応大地の洞の攻略具合なんだけど……。お兄さん、どれくらいまで行けた?」


 最下層で迷宮のラスボスみたいな人たちと暮らしてました、だなんて言えるはずもない。俺もラスボス扱いされてしまう。俺をあんな目を剥くような強さの人たちと一緒にしないでくれ。


 これたぶん低すぎるとダメなんだよな。下層には全然探索者は見なかったし、中層くらいにしておくのは無難か?


「中層、かな。一応魔物の素材も持ってるし、証拠にはなると思うよ」


「中層!やっぱりお兄さんって強いんだねー。わたしも一応中層まで行ったし、許可は出そうかも。なら渡航については安心だね」


 イレイヤも中層までいける実力があるのか。

 やっぱり見た目によらず中々の実力を持っているらしい。心強い限りだな。


 にしても魔物の増加ってのをよく聞くな。そんなに危ういのだろうか。

 いやそうか、地球で言うと街に野生動物の大群が現れたようなものだ。そりゃあ然るべき対応をされて当然か。


「とりあえず、買い物に行くか?」


「そーだね。……お兄さん、これってデートっすよデート。どう?」


「何がどうなのだか分からん。ただの買い物だよ買い物」


「またまた~、照れちゃって~。男女が買い物したらそりゃあもうデートでしょ。でへへ」


 それはさすがに言いすぎだ。俺は男女間の友情が存在すると信じているタイプだからな。和也には笑われたけど。


 でへでへするイレイヤから心持ち少し距離を離して市場へと向かう。道程で何人かとすれ違うが、皆真新しい装備に身を包んでいたり、一目で業物と分かるような魔道具を提げていたりしている。

 その顔は皆一様に綻んでいた。確かに新しいものを勝ったらわくわくするものだ。


「わたしがよく行く店があってね。割引したりしてくれる優しい人なんだよ」


「ほー。何の店なんだ?」


「ここはそういう専門店とかじゃないんだよね。店の人自身も迷宮に潜ったりもしてるから品物もまちまちなの。でもそこは他の所に比べて品数は少ないけど品質は良い物ばっかりなんだよ」


 イレイヤがそういうくらいだ、相当なんだろう。商店街を奥まで歩いていき、道行く人を避けながら横道に入っていく。程なくして一つの店に辿り着いた。看板も何も下げられてない一見民家にしか見えないような建物だ。ここがイレイヤの言っていた店なんだろうか。


「おやっさーん!来たよー!!」


 イレイヤの元気な掛け声に店の奥から野太い声が返ってくる。少しして店の扉をガタガタと揺らしながら一人の男性が現れる。

 中肉中背だが外から見てわかるくらいに引き締まった身体。吊り上がった目にひん曲がった口元を携えた強面だ。明らかにその男性は迷宮の深部に籠ってそうな風貌をしていた。


「た、たぬき……?」


 しかし、頭から飛び出る二つの丸い耳とお尻から伸びるこんもりとした尾がその男の印象を大幅に柔化させていた。

 これはあれだ。獣人ってやつだ。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

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