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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第二章 星の聖女
35/120

35 星の聖女 ①

すみません、お盆シーズンという事であまり時間が取れず更新が遅れ気味です……。

たぶん次話は17日辺りになるんじゃないかと……。

 突如として遥か上空に浮遊物が姿を現してから、数日が経っていた。


 人というものは初めこそ未知への恐怖に怯え惑うが、それでも次第に慣れていく生き物だ。浮遊物が現れてから特にこれといった異変が起きずにいたため、一部の人間を除いて市井の興味は他へと移り変わっていっている。

 その最たる要因はやはり教会から発表された声明だ。


 『空に浮かぶ岩塊は過去の遺物が今更起動したに過ぎない。神の御名の下市井の安全は我ら教会が守ろう』


 こうした声明を教会が出すのは珍しくない。魔物の異常増加の時もそうだが、市井にまで届きそうなほどの異常が発生した際に対応に回るのが教会だ。その成り立ちから教会は上層部の意向はどうあれ、無辜の民に寄り添うものとなっている。

 それを人々が分かっているからこそ、教会が声明を出した今これまで通りの日常を何を憂う事なく過ごしているのだが。


「……はぁ」


 都市国家群サルマ・ロマネの中でも有数の高級宿屋の一室。その隅で窓からサルマ・ロマネの街並みを見下ろしながら彼女は溜息を吐く。

 彼女の身を包むのは一目で最高級品と分かるほどの布や貴金属をふんだんに使い装飾された一品だ。見た目も相応だが、対魔法の性能も一般に魔物狩りや探索者の使うそれとは比較にならない。

 また、衣服だけではなく、傍らに立てかけられている宝杖も並みのものではない。超一流の工匠が数人ががかりで作り上げた稀代の魔道具だ。その胸に光るペンダントもそうだ。

 つまるところ身を包む全ての装飾具が高価であり、また優秀なものなのだ。


 それはすなわち彼女がそれを身に着けるに足る人物という事。


「どうかされたのですか、我が聖女」


「クルト……。そうやって呼ばれるのあんまり好きじゃないって言ったのに」


「これは失礼。何しろ窓際で憂いにふける貴女がどうしようもなく神々しかったもので」


 聖女と呼ばれた少女が咎めるように部屋の扉前で控える騎士へと言葉を投げる。それに対して騎士―――――クルトは気障ったらしい仕草で応える。それすらも嫌味を感じさせるものではなく、ただただ似合っているという感想を抱かさせるものになってしまうのはやはりその端正な顔立ちによるものか。


 とその時、不意にクルトが腰に帯びた剣に手を這わす。そのすぐあとに扉を軽くノックする音が続いた。クルトが聖女に目線を送る。判断を仰いでいるのだ。

 魔物という共通認識の敵がいるにも関わらず、人同士の争いは起こる。それに際する聖女という肩書ほど面倒なものはない。

 教会も決して一枚岩というわけではなく、ましてや彼女はぽっと出と言っても過言ではない。その関係から警戒は厳にしておく必要があるのだが。


「クルト、大丈夫。開いてるから入っていいよ」


「ですが―――――」


「いいの」


 そう言われ渋々と言った様子で扉に目をやるクルト。騎士としてはそうやすやすと人を招き入れたくはないが、主がそう言う以上従うしかない。


 来訪者は中での問答が終わった気配を感じ取ったのか、ゆっくりとドアを押し開けた。


「やっぱり。ほら、そんなに遠慮しないで。さっ、入って入って」


「でも……」


 来訪者がクルトへと視線を向ける。彼がこうして聖女の下を訪れるのは初めての事ではない。そのたびにクルトに追い払われ、満足に話をすることが出来ずにいた。すっかり苦手意識が残ってしまっている、


 その様子を見て聖女は苦笑を浮かべる。普段の彼からは想像できない姿だ。過保護なクルトには手を焼いてはいたが、こうした場面では少しいたずら心からクルトを(けしか)けたい気持ちも湧いたりはするが、自重する。またクルトに口うるさく言われるのが分かっているからだ。


「大丈夫だよ、天理くん。クルトには何回も言って聞かせたから。だから、話そう。わたしたちにはまだまだ話さないといけないことがある。そうでしょ?」


 聖女の問いかけに来訪者―――――天理は表情を改め、頷いた。


 それを見て、聖女はクルトに部屋から出るように促す。不服そうな顔をしつつ、やはり従い、部屋の外で待機するとだけ言い残して部屋を後にした。


「ほら座って座って。……じゃあまず、わたしから話そうかな」


 そう言い、聖女―――――有栖川 紫葵はこの数か月の間に起こった出来事をゆっくりと話し始めた。







 ♦







「教会のど真ん中に転移して、聖女認定されたって……。なんかもうよく分からないね」


「そうなの!それなのに皆して聖女聖女って、もう嫌んなっちゃうよー」


 溜め込んでいたものを吐き出す勢いで紫葵が言う。不満は言い尽くせないほどある。


「それで……僕以外の人は、誰か見付けた?」


 それが、天理の聞きたかったことなのだろう。紫葵は自身が転移した直前に星の雨が降ったということを聞き及んでいた。その数は二十を優に上回るほど。


 天理の問いは彼が紫葵と同じところまで考えを巡らせていた証左だ。そして聞く限り、天理は紫葵以外とは出会えていない。


「一人、見付けたよ。今は教会で保護してもらってる」


「やっぱり、そうなのか。クラスの、全員が……」


「たぶんそうだと思う。……これから、どうする?」


「探すしかないだろう。これは僕のせいみたいなものなんだ。僕がなんとかして探し出すよ。例えどれだけ時間がかかっても、ね」


 そんな事はない。そう言いたかった。だが、そのような言葉をかけられたからといって何が変わるだろうか。天理は決して格好つけなんかのために言っているわけではない。ただ事実として受け止めている。自分がもっとしっかりしていればこのような事態は起こり得なかった、と。


「わたしも手伝うよ。一人じゃ絶対に無理だよ。こういう時、権力を持ってる人の助けがいるでしょ?」


 だから紫葵は紫葵自身に出来る事をするまでだ。

 それは立場を最大限に利用した力技。教会という巨大な後ろ盾を持っているからこそ、その中でも聖女という特異な立場にいる紫葵だからこそ出来る方法だ。

 

「でも……」


「断ろうとしても無駄だよー。もうやってるしね」


「……とんだ聖女だね」


 天理の他に一人見つける事が出来たのも、聖女として動かせるだけのものを動かした結果だ。だが、逆に言えばそれだけの量をもってしてもせいぜい一人見つけるのが精いっぱい。

 今回天理を見つける事が出来たのも奇跡に近い。


 加えて、全員見つけ出したとしてもその先をどうするかという問題もある。

 どう転んでもここは地球ではなく、どこかにある異世界なのだ。ここに転移した方法に検討が付かなければ、帰る方法もまた同じくだ。

 幸いこの世界には魔法という奇跡に近い現象が存在していた。ひとまずのアプローチとしてはその方面を調べるという事でいいだろう。


 出来る事をやる。今はそれしか出来ない自分たちの力不足を内心嘆きながら、二人の語らいは陽が落ちるまで続いた。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

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