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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第二章 星の聖女
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31 銀の鈴

毎日更新三日目、順調でございます!

ブクマ登録してくださった方、とても嬉しいです!これからも増えてもらえるように頑張りたいです!

 結局何体もの魔物との熾烈な鬼ごっこ、かくれんぼの果てに中層から離脱出来たのはかなりの時間が経ち吸血鬼としての特性が戻ってきてからだった。もう既に実家のような安心感さえ感じるほどだ。


 上層に入ってから、ちらほらと探索者と思わしき人たちを見る機会が増えてきた。

 迷宮というものは常に死と隣り合わせだ。それゆえ慎重に慎重に、それこそ石橋を叩いて渡るくらいの心構えが必要になってくるのだろう。いくら数奇者(すきもの)である探索者といえど、それくらいの分別はあるのだろう。


 そう考えると、碌な準備もせずに迷宮から出ようとしている俺の立つ瀬がなくなるが、それは成り行き上仕方がない。俺個人の戦力の底上げなんかの出来る限りの準備はしてきたつもりだ。


 と、そうこうしているうちに遠くに一組の探索者らしき人たちが戦闘状況にあるのが見えた。思わず反射的に壁を陰に身を隠す。

 これは、こう何ていうかもう習性のようなものだ。別に吸血鬼が殲滅対象に入っているだとかそんな理由なんかじゃない。

 今まで極力他人を避けて生活していた弊害のようなものだ。つまるところ、ぼっちのそれ。コミュニケーション能力の欠如からくる逃避行為に他ならない。


 分かっている。分かってはいるんだけど、いざ治そうと思ってもすぐに治せるものじゃない。

 こういう時に効果的なのは成りきり、つまりは自身を他者に置き換えてみるのが効果的というのを耳にしたことがある。

 その対象として自分に身近でその分野に秀でた人がいいというが……。俺の場合は、和也……だろうか?


『お?あんなところに美人さんがいるじゃん!お姉さーん、何かお困りっぽいですねー!あ、そうでもない?まあまあ、そんな固い事言わずに!―――――そだ!じゃあ、これぱぱっと終わらせて一緒に迷宮攻略でもどうですかね?』


 言いそう言いそううざいうざい。


『うざいとか言うなよ親友!』


 想像から話しかけてくるな。


 とにかく和也を見習えばうざがられて終わるだけってのは分かり切っているな。と言っても他にいるかと言えば……天理くんか?


 いやいやいや、俺にあんなコミュ力がないことくらい分かっている。あれが出来ていれば俺だって今ごろ人気者だ。………いや、それは違うか。


「うん、俺の手に負える状況じゃないな。―――――無視するか」


「キィ!?」


 モリーが驚いたように鳴き声を上げる。いやそんな声を出されたとて無理な物は無理だ。

 身の丈に合った行動をするよう心掛ける。出来なければ破滅するのみ。それが真理だ。うんうん。


 探索者パーティーに背を向け、そそくさとその場を後にする。

 若干心苦しいが、視た感じそこまで危ない状況にも思えなかった。恐らく自力で突破する事は可能だろう。それに横から入っていって痛くもない腹を探られるのも嫌だし。

 いや、よく考えると吸血鬼って事は隠さないといけないのだから、とんでもないものを腹に抱えているって事になるのか。そりゃ誰とも関われない。


 うんうん、順調にぼっちを極めることが出来そうでなによりだ。


 ……泣きそう。








 ♦







 そんなこんなで順調に上層を突き進み、出口、というより入り口もそろそろ見えてくるだろうかと思えてきたときのことだった。

 常時発動させていた魔力視が唐突に奇妙な反応を捉えた。何が奇妙かと言うと、その出どころが奇妙だった。

 それまでは基本的にちょくちょく後ろを警戒しつつ前方に意識を向けるというやり方を取っていた。やはり発見速度はモリーのそれには劣るが、モリーの感知には数が分からないという欠点がある。


 その点魔力視では今は感度は悪いが、大まかな数は感知出来た。ゆえに魔力のもとはだいたい前後から感知出来ていたのだが、今は違う。零れる魔力の源の発生源が()()()()()()()()


「どういう事だ?何かあるのか?」


 壁に手を付き、感触を確かめる。今までとなんら変わらない。迷宮の奥とは材質が違うが、それでも一貫して石から成っている。

 どこもおかしい所は見当たらないが……。


「モリーなんか分かる――――――ぉ?」


 妙な期待を持ってモリーに話しかけると、モリーはぴょんと肩から飛び降り、壁に体当たりをした。すると、モリーが体当たりした場所を中心に紋様が浮かび上がる。

 どこか見覚えのある紋様だ。これは、そう。最下層の居住区に入るときにも同じような小さなものを見たことがある。


 あれは『開け』という言葉をキーに魔法的なからくりで扉が開いていたが、これはどうも少し違うようだ。


 少し後退って見守る俺の目の前で、浮かび上がった紋様はそのまま縮小し、壁へと吸い込まれていく。

 と思うと、音もなく目の前の壁が消え去り、その先に通路が現れた。居住区と同じ仕様だろうか。最下層には居住区があったが、上層のここには何が待ち受けているのだろうか。


 足を踏み入れてみると、そこは今まで通ってきた通路より薄暗いという事が分かる。吸血鬼としての夜目により差支えのないくらいには見通せるが、常人には難しいだろう。魔力視を使えば魔力を持つものならば見分ける事もできようものだが、やはり迷宮に漂う濃密な魔力がネックとなる。大人しく携帯出来る光源を持ち込む方がいいだろう。


 と言っても、見た感じここから先に足を踏み入れていくのは難しいように感じる。魔力視があれば違和感に気付くことも出来るがそれまでだ。モリーのように開く事まで思いつくことの出来る者は極々少数だろう。


「あっ、おいモリー!」


 そこまで考えて、やはり引き返すべきかと思い直したところで、モリーが今一度肩から飛び立ち、通路の奥へと進んでいく。

 さっきから思うがどうも使い魔なのに俺が振り回されているようにしか思えない。

 ちょっと物申したいが聞こうとしないからな、あの子。


 仕方なく先導するモリーの後に付いていく。モリーには確固たる目的なのか、何らかの確信なのかがあるらしく、一度も後ろに続く俺の事を振り返る事なく一定の速度で通路を飛ぶ。

 どれくらい歩いた頃か、通路の少し先が開けた小部屋になっているのが見えた。と同時に魔力視に反応があった。通路の先、そこに見える部屋に漂う魔力の密度が今までの比じゃないのだ。


 だがそれと同時に違和感も覚える。確かに濃い。濃くはあるのだが、魔力は空間にほとんど均一に拡散されているのだ。

 魔力を持つ生物、例えば人や魔物なんかを魔力視を通してみると、そこだけ周囲より魔力密度が高い。当然だ。そこに源たる肉体が存在しているのだから。


 だが、今目の前に見える部屋。そこには濃厚な魔力は漂ってはいるものの、塊と言えるものはないと言ってもいい。―――――という事は。


「過去に戦闘があった、か」


 魔力を持ち、かつ生命を有しているものが絶命すると、その肉体に蓄積されていた魔力は時間経過とともに宙へと溶け出していく。その様をじっくりと見たことはないが、ミノットがそういうものだと言っていた

 し、確かに死骸を視ているとほんの僅かずつだが肉体から魔力が昇華されていっていた。


 つまりどれくらい時間が経ったのかは分からないが、この先の部屋で魔物か何かが絶命したという事だ。モリーが警告を発さない事からも、部屋の中にはもう既に何もいないという可能性が高い。


 それでも警戒しつつ、部屋へと向かい歩を進める。通路側からわずかに見えている一部分には異変は見受けられない。あるとすれば死角部分だろうか。

 いつでも魔法が使えるように準備しながら、ゆっくりと部屋へと近づいていく。


 残り八歩。未だ覗くことの出来る部分には異変は見られない。


 残り四歩。見える範囲が広がってはいるものの、見える景色には変化はない。


 最後の一歩を大きく踏み出し、そのまま身を素早く一回転捻る。流れる視界の中、部屋のどこに何があるのかを瞬時に把握しようとして、その隅に異常を捉えた。


 着地し、その方向へと身体を向ける。

 そこにあったのは一体の躯だった。ここで何があったのかは分からないが、鎧はひしゃげ、手足の骨は折れ、皮膚を突き破っている。

 それでもなお掴んで離さない身の丈ほどもある大剣には元の色が分からなくなってしまっているほどに黒ずんだ血液がこびりついていた。


「なんとまあ……、悲惨な仏だな。一応供養だけはしておくか」


 仮にも葉桐家の人間だ。これくらいはしておかないとご先祖様に怒られてしまう。

 手を合わせて目を瞑り、黙祷をする。気休めにしかならないかもしれないが、これで安らかに逝ってくれる事を願うばかりだ。


「……ん?っちょ、モリー!それはダメだって!」


 黙祷を終え、目を開けるといつの間にか移動していたモリーが仏さんに飛びつき、なにやら懐をごそごそと漁っていた。

 ちょっとばかり許容し難い行為だ。さすがに止めに入り、モリーを引きはがす。


「全くお前は。―――――これは、鈴と……」


 引きはがしたモリーが咥えていたもの、それは僅かに装飾の入った銀の鈴だった。魔道具の一種なのか、そこからは独特な魔力が感じられる。

 そしてその鈴に付けられた紐が伸びる先、そこには半透明の薄いカードのようなものが。


「キィキィ」


「これって、たぶんだけどミノットが言ってたギルドカード、か?聞いていたのとはだいぶ形とかも違うけど」


 探索者といえど、その数や同行などを管理するための組織があるらしく、そこに所属することで引き換え渡されるものらしく、大半の探索者はこれを持っているという。

 中には登録をしない、俗にいう闇漁りというものがいるらしいが、今は関係ないか。


 ミノット曰く、迷宮の中で探索者の遺体を見かけた時には、このギルドカードを持ち帰り、探索者ギルドに返すとありがたがられるらしいが……。


「持ってけってことか?俺に?」


「キィ」


 鳴き声によって応えるモリー。どうやらそういう事らしい。そのためだけにここまで来たのだろうか。今一度見渡してみても、特に目ぼしいものは見当たらない。

 もう一度、確認の念を込めてモリーに目を向ける。

 銀の鈴をおいしそうに食べていた。


「え?何してんの?なんで食べてんの?」


「もきゅもきゅ」


「聞いてないなこれ」


 器用に紐を食いちぎり、鈴だけを口に含んでいるモリー。というかいいのかこれ?遺品とかにならないのか?


 ……俺は何も見てないし、何も知らないぞ。ギルドカードだけ残ってましたということで。


「はぁ、ほんとにお前はよくわかんないなぁ。ほら、もう行くぞー」


 なんだか一気に疲れを感じ、投げやりに声をかける。

 どうせもう上層も終わりが近い。つまりこの迷宮からもついに飛び出すことになる。

 そう考えると嬉しさなのか寂しさなのかよく分からない感情が胸の内を渦巻いて止まない。使い魔がやってくれた事に一々気をとられている場合じゃないのだ。


 言い聞かせ、振り向いて部屋を後にする。最後に再び黙祷する事も忘れない。

 こういう時ばっかりはモリーの行動はとてもはやく、今だって満腹そうに腹をさすりながら肩の上の定位置に居座っている。


 ちょっと振り落としてやろうか、なんて意地の悪い気持ちが湧き上がってきたけれど、そうした時の後が怖い。何しろ何をするか分からない生き物なのだ。可愛くはあるけれどその分厄介極まりない。

 そういうものだと慣れて行くしかないんだろうか。


 ともあれ、迷宮での生活は程なくして終わりを告げるだろう。

 俺の目的は未だに変わらない。俺の不注意が招いたこの状況を何とかして収束させる事だ。それまでにどれだけの障害があるのかはとんと想像が付かない。だが、それがどうした。

 俺は何があろうと目的を成し遂げるそれだけだ。それが俺の免罪符となる。


 俺は今一度気持ちを新たにし、迷宮から出るべく足を進めるのだった。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

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