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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第二章 星の聖女
30/120

30 脱・迷宮への第一歩

遅くなりましたけど更新です!

ギリギリ毎日更新継続?ということで。

 世界に存在するいくつもの迷宮のうち、最高難易度に位置する迷宮『大地の洞』。その所以は勿論、単純に出現する魔物の強さが他の迷宮に比べて一段階上であることもあるが、そうでなくとも他では見られない類の魔物が分布しているため対策が上手く立てられていない事も挙げられる。

 また、今までの調査から出現する魔物が一定周期でがらりと変わることから、集団進化もしくは何処かから魔物自体が逐一供給されていると言ったような説が有力となっている。


 加えて、その難易度を引き上げているのは迷宮に点在する不可視の死を招く罠(デス・トラップ)だ。

 勿論、他の迷宮にも罠の類いは存在する。侵入者を手荒く歓迎するその存在が迷宮の成り立ちに過去の偉人などの墳墓が関係しているというのが研究者たちの定説だ。

 だが、大地の洞を守護するのは他のそれとは一線を画する。


 そこらに隠された罠一つ一つが単純に、簡潔に、直線的に命を刈り取らんと襲いかかってくるのだ。

 年間での大地の洞での犠牲者数は数万人。その難易度と悪名を鑑みれば、挑戦者はことのほか多い。


 それだけ、大地の洞に眠ると言われている秘宝は魅力的なものであるとされており、挑戦するものは後を立たない。

 また、…………。

 …………。

 …。





 ◆





「これ...すごいな...」


 俺は通路の片隅に背を預け座り込み、胡坐をかいた足に乗せるようにローズから貰った魔道具を開いていた。

 それはまさしく情報の羅列。どのような理屈で動いているのかは全くと見当がつかない。初めに開いたときは全ての頁が索引として夥しい数の文字で埋まっていた。その頁数もおおよそ見た目のものとは一致しないほど膨大で、見た目は一冊の本だが、その中に世界中の本を集めた図書館が詰まっているかのようだった。


 本と言うよりは辞書に近い。そう気付いた後に適当に今いる迷宮の詳細でも調べてみようとしたところ、それまでが嘘のように全ての頁が索引から迷宮への詳細が書かれたものへと変わった。

 その詳細たるや、ゲームなんかの攻略本もかくやと言えるほどで、ざっと見たところ出てくる魔物の詳細や罠の配置なども書かれている。


 さすがに全部は見ていられないので、冒頭の部分をさらっと流し読みして、後はパラパラと捲りながら眺めただけにとどめたが。







 ミノットたちの住む最下層にある居住区。そこを出た俺は恐らく数日の時間を掛け、ようやっと中層へと辿り着いていた。

 ミノットが逐一魔物の間引きのために使っている道を通れば一息に上層まで行けたが、そこはそれ、このような世界で人を探そうというのだ、持つ力は多い方がいい。


 ミノット曰く、魔法の上達への近道はやはり使うことだそうだ。筋肉なんかと同じように、やはり常日頃の地道な努力こそが最後に実を結ぶのだという。

 だからこそ、俺はこうして自らの力で上層へと足を進めている。


「にしても全然探索者とか見ないな...。ここまで来られていないだけか?」


 探索者。それは迷宮に心を奪われた者たちの総称だ。

 富や名誉を追い求める者、ただ単に迷宮という場所に死に場所を見出した者などその在り様は様々だが、共通して高い戦闘能力を持っていると聞いている。

 そりゃあ、こんな所に好き好んで入るやつなんて強いか馬鹿かに決まってるか。


「キィキィ!」


「―――――!魔物か...?」


 ミノットから譲り受けた使い魔、モリーが警告を促すように肩の上で短く鳴く。

 俺が鍛練の一環で中層に降りてきていた時とは違って、上手い具合に進むことが出来ているのはひとえにモリーの存在によるものが大きい。


 俺自身、魔力視により魔力の揺らぎを辿ることによって魔物の存在を知覚することは出来るが、迷宮などの魔力濃度が元々濃い所ではやはり正確さは損なわれる。

 ところがモリーはどういうわけか素早く、そして正確に魔物を発見する術を持っている。


 最初なんて何でキィキィ鳴いているのか分からなくて宥めようと撫でてたら思い切り噛まれたんだよな...。

 そんな能力があるなら先に言っておいて欲しかった。ほんとうに。


 ちなみにモリーというのは俺がつけた名前だ。コウモリだからモリー。覚えやすい。


「『巨虫這這』か」


『巨虫這這』、通称クロウラーはその字の通り芋虫を大幅に巨大化させた見た目をしている。

 俺が迷宮(ここ)に転移してから会ったのもこいつだった。苦い思い出だ。


 だけど今なら。


「『影嵐』」


 背後から音も無く近付き、影魔法を放つ。

 翳した手から溢れ出た影の渦が荒々しく巨虫這這を飲み込む。魔法の効力が切れた時には、見るも無惨な姿となった魔物が―――――。


「―――――ッ!!」


 ―――――いるという事はなかった。消え去った魔法の影から現れたのは白い糸で紡がれた繭と思わしきものに身を包んだ巨虫這這の姿だ。

 それを認識した瞬間、うなじに走る冷たい感覚に従って地を割る勢いで思い切り横っ飛びを繰り出す。

 足が地面を離れるか離れないかといううちに、視界の片隅で繭がほどけ、そこから顔を出した巨虫這這が口から糸を吐き出すのを捉える。

 ただの糸吐きじゃない。『影嵐』を完全にとはいかずとも防ぐことの出来るほどの強度を持った鋼鉄の糸を、弾丸のごとき速度でもって発射する。その威力はまさしく現代兵器の銃のそれに近いだろう。


「いちいち……厄介なんだよっ!」


 再び繭に籠られる前に床を転がりながら『影楔』を放つ。前回のおっさんとの闘いで使った楔としての使い方ではなく、弾丸のように攻撃目的での使用だ。

 唸りを上げて宙を走る五つの黒い弾丸。初級魔法ゆえに威力は心もとないが、繭の無い状態の巨虫這這の外皮を貫くほどの威力は十分にある。


 ―――――と、糸を吐いていた巨虫這這が突如その頭の向きを変えた。その行動の目的が魔法を避ける事ではないのは明らかだ。どう見ても避けるには角度が足りない。

 そう、避けるというよりあの顔の角度は。


「―――――ブギィ!」


 独特な断末魔を上げて巨虫這這はその場に崩れ落ちる。

 その身体を遠目からしばらく眺め、完全に絶命していると見て取った俺はずるずると身体を引きずって壁際に移動した。


 最後の巨虫這這の行動。それは避ける事は叶わぬと悟った故のやけくそじみた攻撃だった。

 グロテスクな口もとから放たれた高密度な糸。それは己が死の淵に立たされているにも関わらず、正確に俺の胸部を貫いていた。

 常人なら致命の一撃だ。吸血鬼となってほぼ不死の肉体を得たとは言え、痛いものは痛いし、薄れたものの死への恐怖は確実にある。


 自らを白い糸が貫く直前、俺は怖いと思った。おかしな話だ。肉体が傷つけられてもそれが死へとつながるという事はない。それは今まで異世界で生きてきた短い期間の中で十分すぎるほどに理解していた。


 ―――――俺は未だに、自分の事を人間だと思っているのだろうか。


「……ははっ。人間?これが?」


 血のように赤い煙とも霧ともつかぬものが纏わりつき、みるみるうちに塞がっていく患部を見て、俺は自嘲げにそう零す。

 そうだ。俺は人間じゃない。ただの化けも―――――。


「ぃって!?」


 思考が暗い淵に沈み込みそうになった瞬間、首筋に鋭い痛みを感じた。

 すわ何事かと首を捻って痛みのもとに目を向けると、なんとモリーが俺の首筋にむしゃぶりついていた。


 は?


「ちょちょちょ!?何してんの!?痛い痛い痛いぃ!」


 全身を駆け巡る激痛に地面を転げまわりたくなる衝動をなんとか堪え、モリーを引きはがそうと手を伸ばす。掴む。引っ張る。離れない。


「噛みつきすぎだろ!?ほんとに何してんだ!?」


 そうこうしているうちに、痛みの発生源が首元からではないということに遅まきながら気付いた。この身体を芯から焼き尽くすような痛みには覚えがある。


 これは、そう。ミノットの血を飲んだ時の痛みだ。


 痛みはしばらく波打つように身体を苛み、そうして嘘のように消えていった。

 激痛の残滓が身体を走り、いつまでも地面に横たわっていたい衝動に駆られる。が、そうもしていられない。


「お前、もしかして今ミノットの血を……?使い魔ってそういう……?」


 色々と聞きたい事や言いたい事があったが、今はこの場から移動する事が先決だ。何しろモリーによって注入されたのはミノットの血液、つまりは吸血鬼の血液なのだ。

 同族からの吸血。禁忌の代償。

 身を裂くような激痛の後に待ち受けるのは、吸血鬼の特性の消失だ。


 何もない状態でここを歩き回るなんて正気の沙汰じゃない。

 仮にも『大地の洞』。そしてその中層だ。

 今まで進むことが出来ていたのも、吸血鬼の特性を活かしたごり押しといっても過言ではない。それが無ければただの魔法が使えるというだけの脆い砲台だ。


 幸い中層には一度ミノットに連れてきてもらった事があった。その時は上層までの簡単な道のりを教えてもらうだけに留まっていたが、今はそれがありがたい。


「いや、というか何でこのタイミングで血をくれたんだよモリー……。もうちょっとこう、あっただろ?」


 あっ、こいつ全然聞いてないわ。

 いかにも私聞いてませんなんて顔をしてそっぽ向いてやがる。そこはかとなくミノットを感じる。親は子に似るってのは至言だな…。


 ともあれ、過ぎた事はもうしょうがない。今はこの状態でいかに魔物と会う事なくせめて上層へとたどり着く事が出来るかが大切だ。

 俺は今一度気を引き締め、脳裏にミノットから教わった道筋を思い浮かべる。

 そこまで遠い距離ということはない。運が良ければ魔物と会わずに切り抜けることが出来るだろう。


 別にフラグとかではないが、俺は実はそれなりに運のいい方だ。恐らく大丈夫だろう。


 そう考え俺は上層へと続く道を歩き出した。


 ……その先々で何度も逃げ回ることになったのは言うまでもない。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

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