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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第二章 星の聖女
29/120

29 プロローグ 調停機関

読んでくださっていた方、お待たせしました!二章の始まりです!


毎日、もしくは隔日で限界までいこうかと思っているので是非ご一読ください。

 僅かな燐光だけが輝く薄暗い部屋の中央、そこに円卓を囲む幾つかの人影があった。


 その過半数は経る年月を感じさせるだけの積み重ねられた深い(しわ)や豊かな顎ひげを蓄えており、またその鋭い眼光には同じだけの時間で熟された知性が感じられる。

 肩にのし掛かるような重苦しい雰囲気の中、とりわけ豪奢な衣服に身を包んだ老人が言葉を発した。


「―――――由々しきことだ」


 言葉に重みがあるというのはこの事を指すのではないか。胸に響く、深い意味が込められているといったことではなく、ただ純粋に言葉自体が一つの物質となって聞く身に降りかかるのを錯覚してしまうほどの力がその声には込められていた。


「―――――由々しき、ことだ」


 再び、同じ言葉を繰り返す。

 それに応える言葉はない。応えることの出来る人物はいなかった。


 それもそのはずで、唯一この場で発言する老人は教会における最高権力者である教皇その人であり、長くその座を務め得るに足るものを彼は持っていた。

 そこに必要なものの中の一つ、こと情報の分野において彼の子飼いの部隊の名を知らぬ者はこの場にはいない。


 教皇ルドルアーク・ウェン・ソルティウスは誰も声の発さない円卓の上で静かに指を組む。長く教会を統括する上層部――――調停機関に属している構成員だけが分かる仕草。滅多にない、ルドルアークの苛立ちなどの感情を内に秘めるための行動だ。その証拠に、よくよく注視してみると組んだ左右の手の表面が白くなっていることが分かる。


 緊張に撓む心臓の音すら聞こえてきそうな静寂の中で、さすがに見かねたのか教皇に次ぐ地位につく老女が沈黙に終止符を打つ。


「嘆いてるだけじゃ仕方ないさね。事実は事実として受け止めなければいかん」


「パロマ枢機卿、ではやはり...」


「ああ、そうさね。―――――影の国が戻ってきよった」


 その言葉にようやく円卓が騒々しさに包まれる。彼らとて信じたくは無いのだ。


 数千年前、我らが神々を不当に追い詰め陽暦から陰暦へ、希望の光が世界を包む暖かな世界から絶望の暗闇が漂う冷たい死の世界へと堕とした吸血鬼たちはやがて立つ祝福を授かった英雄によって永遠にこの世界から淘汰された。

 それが市井の共通認識だった。というのも積極的に教会からそのような過程を経て現在があると説いて回っているからだ。


 しかし、調停機関だけが脈々と受け継いできた記録にある記述はそれと異なる。

 実際は吸血鬼を退ける事が叶わなかったかつての英雄たち。しかし最後まで諦める事なく抵抗を続けていたところ、突如として吸血鬼たちが国ごと消えてしまったというのだ。

 その時の記録には同時に考察も載っていた。

 神々の奇跡、信仰の勝利、などから世界の狭間へと旅立ったなどの希望的な観測まで書かれたそれは調停機関をして眉唾程度にしか信じられないものだった。


「で、ではやはりあの記述が正しかったので…!?彼奴らはただ狭間へと旅行に行っていただけだとでも!?」


「市井にはどう発表するおつもりか。もはや先の発言を取り消すことなどできませんぞ。教会の威信が揺らぐ」


「それよりも各国に呼びかける事が先決では?」


 堰を切ったように各席から意見が飛び交う。

 ようやく議論のできる場が整ったようで、若い者から年配の者までもが知恵を振り絞り、状況の落とし所を探っていた。


「聖女はどうされるので?何やらトルケーンの調査隊の元へと慌ただしく飛んでいきましたが……」


「あの子か……。至急呼び戻した方が良さそうじゃないかい?吸血蛭どもの企みが不透明な今、あの子に何かあればまずいどころじゃないさね」


「確か、聖女どのには探し人がおられたのでは?」


「ああ、それならたぶんこやつじゃろうて。儂が調査隊に送る者を選別しようと調査隊の隊員の詳細情報を精査しておるときに丁度出くわしてな。()()を見た途端目の色を変えよったわ」


 ある老人が手元からひらりと紙を取り出す。

 そこに写っているのはある少年の姿だ。よくよく見てみると、その少年の顔立ちがこの大陸ではあまり見られないものだという事も分かる。また髪色も人族にはあまり見られない黄色がかったもの。


「いや、これは...。驚いたな、ケンタウロスか」


「英雄の血脈か。この状況下で泳がせておくには惜しい、か」


 英雄の血脈。乱世と呼ばれる時代や人類が苦境に立たされた時にどこからともなく現れ、そして名を残し、いずれ消えていく儚くも力強い現象。その遺児や、類するものをそう呼称する。


 特にケンタウロスという種族からは歴代数々の英雄が輩出されてきた。類い稀な身体能力に戦闘勘、巧みな魔力操作とその優れた点を挙げるとキリがない。

 唯一弱点らしい弱点といえば弓以外の武器を使う事が出来ないというものがあるが、そもそもケンタウロスとは弓を使う狩猟民族だ。さしたる障害にはならずに数々の武勇などを立ててきた。


 教会によって新しく公表された聖女。その回復魔法は歴代を通してみてもなお優秀で、文献に残る初代の奇跡にも迫るほど。

 その聖女が首ったけとなっている英雄の卵に、調停機関の面々は興味を隠せない。


 取り込み教会の矛とする。聖女の付き人とする。次代の英雄として名を借りるなどその使い道は様々だ。


「――――――なんとしてでも取り込みたいな」


 若くして枢機卿の地位に就く青年が言葉を発する。それを聞いた者も一も二も無く頷く。


 誰であれ、私兵を持ってはいるが、連日の魔物騒動で手が回らない事も多くなってきていた。南大陸には新参の魔王が立ったとの報告もある。それが教会の戦力になるとしても、逃す手はない。

 ほとんどの者がそういう考えを持っていた故だった。


 それから再びいくつかの議題が掲げられ、多くの時間を費やして一つ、また一つと丁寧にそれらが片付けられていった。

 平時ではおおよそ考えられない事だ。そしてそれこそ、誰もが今の状況を重く見ている事の証左に他ならない。


 数十年に渡る魔王の乱立。それとほぼ時を同じくして観測された魔物の増加。

 それだけでも手一杯だったにも関わらず、畳みかけるように現れた『影の国』。間違いなく現状を一番に把握しているのは教会であり、またそれを各国も分かっていた。

 これからがどれだけ忙しくなるかは自明だった。


「以上で、本日の機関議会を閉会する。各自、与えられた業務を滞らせる事のないように」


 平時の倍ほどの時間をかけて、最後にソルティウス教皇のその一声によってようやく息の詰まる会議は終わりを告げた。

 その瞬間に誰に憚ることもなくそそくさと一人、また一人会議室を後にしていく。


 ものの数分で大部屋の中からはソルティウスとパロマの二人以外の人影は消え去ってしまっていた。


「はぁ、あの若造共め。いつまで経っても及び腰であってからに。―――――ルド?」


 ぶちぶちと文句を零しながら、パロマがゆっくりと席を立とうとして、そこで長く時を共にしたソルティウスの顔に憂慮が浮かんでいる事に気が付いた。


「シトネ。私はまだ...間違えないでいられているか?」


 机上で指を組み、伏せた頭を支えながらソルティウスはパロマに問う。その言葉の真意をパロマは正確に汲み取った。

 今でも思い出す事の出来る遠くて近い記憶の底。そこから端を発した人生で同じ言葉を何度聞いたことだろうか。


「さてね。あたしにももう、どっちが正しいのかなんて分からなくなっちまったよ。でもね、ルド。前には進めているはずさね。それでいいんじゃないかい?」


「そう、なのだろうか...。私は...」


 その先に続く言葉はなかった。あるいはパロマが聞き取れなかっただけなのか。

 しかし、パロマの脳裏にはその言葉の続きがありありと思い起こされていた。いつの間にか紡ぐことのなくなった、夢の先にあった言葉を。


 不意に、ソルティウスが迷いを振り切るように頭を振り、その顔を上げた。

 そこには先ほどまで深々と浮かんでいた憂慮は見て取れない。表情を隠す術だけは歳を取るにつれて上手くなるばかりだ。

 今では分からなくなってしまう事の多いその表情から目を逸らし、パロマは小さくため息を吐いた。


 確実に流れが動いている。パロマはここ数年で確信にも似た思いを抱いていた。

 時代の動き、運命の奔流。

 前時代の遺物は淘汰され、新しい時代を告げる風が吹く。その兆しは既に見え始めている。


 パロマはそう考えながら再びソルティウスに一瞬視線を遣り、しかし業務へと戻るべく足早に部屋を去った。


 お互いに降り積もる濃厚な老いの気配を感じながら。

最後まで読んでくださりありがとうございます。


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