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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第一章 大地の洞
27/120

27 幕間 薔薇と勿忘草

注意:今話はちょっとした百合?描写があります。苦手な方は後書きに要約を載せておくので本文を飛ばしてそこだけご覧になっていただければ。


それにしても遅筆&難産は救い難いですな……。

 少年が小さくも、初めとは異なり逞しくなった背中を見せて去っていく。

 別離は初めての経験という訳ではない。

 これまでの永劫ともいえる長い時間の中、幾人もの人と出会い、時間を共にし、そして死に別れた。


 そして生に飽き、人々を纏めてここではないどこかを夢見た影の国の女王とは違い、迷宮の底に封じられ砂時計の上砂が落ちるかのごとく速度で緩やかな死を迎えることを望んだこともあった。


 少年の姿が既に見えなくなり、彼女―――――ミノット=フォガットは肩を揺らしながら小さく吐息を漏らす。

 悲嘆や名残惜しさからではない。どちらかと言えば奇妙な達成感のようなものがミノットの胸を満たしていた。これまで久しく感じることのなかった感情だ。


 そんなミノットに目敏く気付いた白い少女、ローズがいたずらっぽくくすりと笑みを浮かべる。


「そんなに寂しいのー?」


「ちがっ?!......こほん、違うのはローズも分かってるはずなのよ」


「ふふっ、冗談だって。それにしても」


 話しながら部屋に戻るように促し、ミノットは素直にそれに応じる。ローズの提案から琉伊を鍛える事を了承したものの、当のローズはその鍛錬にほとんど参加することはなかった。休眠期が近い故に仕方のないことではあったのだが。


 それでも合間を見ては琉伊の事を見てやっていたローズにミノットは少しばかりの疑念を抱いていた。ローズが気まぐれを起こす事は珍しくはない。それはいつも唐突に起こってきた。今回の事だってそうだ。

 だが、それにしても身の入り方が違った。それこそ餞別として神級の魔道具を渡すほどに。


大地の洞(ここ)からの出方、あれでよかったの?」


「......いいはずなのよ。そもそもアレに影渡りまで使えるようになるとも思えないし」


「えー、そうかな?でも中々の筋の良さだったよね?熱意もあったし」


「熱意...?アレに...?」


 ローズの言葉にミノットの脳内は疑問符でいっぱいになる。隙を見てサボろうとすらしていた琉伊のどこにローズは熱意を感じる事が出来たのだろうか。

 だが、熱意はともかく、筋の良さは確かにあった。目と勘がいいのだ。それも末恐ろしいと思えるほどに。魔法も扱えないうちに魔力視を使えるようになるだなんてミノットは聞いた事もなかった。普通は不可能に近い事だ。ある程度魔力の扱いに習熟して、そして師などから感覚を教わりながらようやっと使えるようになる技術だ。

 それをあの奇妙な同族が何でもない様にやってのけた時は、顔には出さなかったが大きな衝撃をミノットは受けていた。


「影渡りは次元魔法に片足突っ込んでいるのよ。それに、むやみに広めてエリザみたいなのが湧いたらそれはそれで困るのよ」


「あー、確かに。ルイって結構お馬鹿さんだから、影渡りなんて使えるようになったら影の国にもう一回行きそうだもんね」


「追放されたくせにまた行くなんて厚顔にもほどがあるのよ」


 ローズが自室へと入り、ミノットもそれに続く。

 ローズは迷宮の居住区にいくつもの自室を抱えている。作った魔道具や、元々持っていた魔道具などの物置として使っている部屋が大半だったが、今足を踏み入れたこの部屋は違う。

 この部屋だけは、ローズに限らずミノットにとっても特別と言える部屋だった。


「ローズはなんで魔道具を渡したの?」


「んー?ああ、琉伊ってなんだか危ないところがあるでしょ?色々知らなかったりさ。それにまだまだ弱いし。だから、放っておけないというか...、何より折角久々に会ったミノの同族だしね!早く死んじゃったりしたら、何かとつまんないし」


「いらない世話なの...」


 ローズの行動が結局は自分を見据えたものだった事に、小さく頬を染めるミノット。

 そんなミノットに笑いかけながらベッドにぼすんと座り込むローズ。そのまま自分の隣をぽんぽんと叩く。ミノットを呼ぶ合図だ。それに気付いて大人しくローズの隣に座りこんだ。


 座ったまま、ローズは状態を横に倒した。丁度ミノットの膝へと頭が落ちる形だ。

 そのままローズはころんと寝転がり、仰向けでミノットの顔を見つめる。ミノットもまた慈しむような表情を浮かべながら、柔らかくローズの頭を撫でる。

 かと思うと、ふと表情を真面目なものへと正し、口を開いた。


「―――――影の国に、行く必要があるのよ」


「琉伊の事?」


「そう。それに少し気になる事もあるのよ」


「気になる事?エリザさん?」


「いや、あのバカはどうでもいいわ。薄く、本当に薄くだけどアレ、視られていたのよ」


 ミノットの言葉にはっとしたようにローズも表情を引き締めた。ミノットが今現在アレと呼ぶ人物はただ一人。奇妙な吸血鬼である琉伊だ。


「どういう経緯でアレが『観測者(オブザーバー)』に目をつけられたのか知らないけど、視られている以上ここも安全とは言えないのよ。だから癪だけど、アレの事をエリザに聞きに行くついでに少し話でもしてくるのよ」


「...だからミノは珍しく使い魔なんてあげたんだねー。あたしと初めて会った時なんて口すら聞いてくれなかったくせに」


「えっ!?いや、だって、あの時は、あれなのよ!仕方がなかったって言うかっ...!」


「んふふ〜」


「ローズぅ!」


 からかうような表情を浮かべて状態を起こしたローズに、ミノットはわざとらしく怒った表情を浮かべて覆いかぶさる。

 ここからいつもみたいにじゃれ合いが始まるものとミノットは思っていたが、その考えに反してローズは抵抗する様子を見せずにそのままミノットによって押し倒された形となった。


「ーーーーーいいよ?」


 ポツリと零したローズの言葉に、ひた隠しにしていた欲望がはち切れんばかりに高まったのをミノットは自覚した。同時にこくりと喉が小さく動く。

 それを見て取ったローズは諭すように柔らかい声音でミノットを誘う。


「ミノ、頑張ったもんね?ルイもいたし、あたしを気遣ってずっと血、飲んでないもんね。私はもう大丈夫だから、もうミノの好きにしていいんだよ?」


 一つ、また一つと紡がれていく言葉になけなしの理性が紐解かれていく。断飲をしていたのはひとえにミノットの意地だ。吸血という行為は吸血鬼にとって特別なもので、基本的に吸血者と被吸血者のみによる個人的な空間下によって行われる。そこに余人の介入する隙間などはありはしない。

 ゆえにミノットも万一を考えて琉伊がいる間だけはと長く我慢していた。幸いミノットは琉伊のように短い期間に吸血しないだけで暴走する子供でもない。


 だからこそ、琉伊のいなくなった今、ローズからの誘惑は抗い難いものだった。


「ローズ...」


 名前を呼ぶ。

 応えるようにローズが小さく笑みを浮かべる。

 そのまま顔を輪郭をなぞるように、ミノットはローズの頬を撫でていった。

 そしてそのままミノットはゆっくりとローズの首筋へと顔を近づけていった。


「......んっ」


 首筋をゆっくりと這う舌先の感触にローズは思わず吐息を漏らす。それを見届け、ミノットは歯を剥き優しく首筋に埋めた。


 それはまるで絵画から切り取ってきたかのようなワンシーンだ。清らかで神秘的、それでいて紅潮した身体や潤んだ瞳から淫靡さが漂ってくるよう。

 時々堪えきれずに漏れる吐息もまたそれに拍車をかけていた。


 言葉もなく、静寂と互いの息遣いのみが支配する空間で二人は深く深く繋がっていく。

 上気する肌、乱れる髪、荒くなる吐息。二人を隔てる境界が次第に薄くなっていき、意識さえも溶け合うような甘美なまでの快感がそこにはあった。

 絡み合う視線と視線。潤んだ瞳が訴えかける思念。二人だけの世界。それがこのままずっと続くかに思えたその時。


「ーーーーー!」


「……ちっ、また侵入者。最近多すぎるのよ」


 苛立ち混じりに吐き捨てられた言葉が、それまでの蜜のように甘い空間を切り裂いていく。

 既に二人の表情は張り詰められたそれだ。だが鋭く細められた眼や、荒々しく空気を押し潰すほどに垂れ流された魔力がその怒りの程を物語っていた。


 ベッドから立ち上がり、軽く頭を振る。それだけで乱れていた黒髪が纏まり、またそっと髪を撫でるとまるで元からそこにあったかのように髪留めが現れた。

 ミノットに続き、ベットから起きようとするローズをミノットは手で制する。


「ローズはここにいていいのよ。すぐに終わらせるから」


「……そ、じゃあ気を付けてね、ミーーーーー」


「その必要はないよ」


 ふと低い声が響いた。明らかにミノットやローズとは違う第三者の声。あり得ないはずのそれは二人に数瞬の硬直を齎す。

 先に我に返ったのはミノットだった。

 無詠唱による魔法の行使。隙をつけるはずのそれは声の主を捉えることなく宙に消えていく。だがそれだけでは終わらない。通り過ぎた魔法が宙空で弾け、周囲を影が覆っていく。闇はミノットにとっての狩場に等しい。


 これでどうにでも出来る。そうミノットは確信していた。

 だがその一方でこれで終わるはずがないという根拠のない直感もまた。


 闇に染まる寝室。現れた影。

 琉伊のいなくなった迷宮で誰も知らない密かな戦いが始まった。

要約:餞別を受け取り、琉伊が去った後の迷宮、そこでミノットはローズに影の国に近々向かうことを告げる。その理由は、琉伊が『観測者』に視られていたため、大地の洞も危ないかもしれないからというものだった。加えて、影の国出身であるという琉伊の素性を調べるという目的も。

しかし、影の国へと訪れる前に、一人の侵入者が現れたのだった……。


最後まで読んでくださりありがとうございます。

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