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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第一章 大地の洞
26/120

26 エピローグ 始動

ようやっとエピローグです。なんとかここまでこれたのはひとえに読んでくださる読者の皆様のおかげです。ありがとうございます。

次は幕間になります。

 教会、正式には神聖管理教会は魔族撲滅を謳うとともに、この世界の人々の多くに根付くほどの力を持った組織だ。

 古くに神々が邪悪にこの地を追われ、世界が闇に包まれた。光は差さず、降る雨すらも漆黒に染まった色のない世界で絶望を覆す希望をもたらしたのが教会の前身となる組織だ。


 その関係と、純然たる組織の力から、この世界にあるいくつかの国の中でも権力は上位に位置する。

 ゆえに、トルケーン王国の王都を出た天理の属する調査班は、教会から派遣される派遣兵を迎えるために、トルケーン王国と教会総本山の丁度中間に位置する国へと向かっていた。


「テンリぃ~。まだ着かないの~?」


「ルーシカは我慢弱すぎるよ。元々どれくらいかかるかって最初に言われてただろ?」


「そーだけどさー」


 退屈そうに天理の前で身体を預けるルーシカ。そのままぐりぐりっと天理の胸元に後頭部を擦り付ける。細い絹糸のような金色の髪が、衣服の上から肌を舐めていく感触がひどくこそばゆい。

 かと思えば、そうすることにも飽きたのか、いつの間にかルーシカは危なげに身を乗り出し、遠くを見通している。


 天理とルーシカは魔装車に乗る他の隊員とは違って、その横を騎馬招来(サモン・ソウル)によって呼び出した天雷とともに駆けていた。

 別に、他の隊員によっていびられているだとか、そういった事実はない。ただ、天理が己の特訓のために自らに課しただけだ。

 ケンタウロスとしての習熟は、友との絆の深さと集落のケンタウロスは口を揃えて言った。どれだけ友と繋がり合う事が出来るかだ、と。


 ゆえに天理は天雷とより多く交流を取る事の出来るように日々努めていた。これもその一環だ。

 ルーシカも乗りたいと言い出したのは確かに誤算ではあったが。


「―――――魔物だ!」


 すぐ下でルーシカの嬉々とした声が響く。

 身を乗り出してまで遠くを見ていたのは、魔物を探すためだったのか。ルーシカの指す方向を天理もまた見つめる。と同時に、天理の内に眠るスキルが発動する。米粒ほどだった黒い影。魔物と判別することも難しいそれが、拡大され、細部までを言葉に表す事が出来るほどに認識出来た。


 天理のスキル、千里眼・天だ。

 今の所、スキルというものはレベルの上昇、練度の上昇、そして最後にSP(スキルポイント)の消費によって獲得できるという事を天理は確認していた。

 千里眼・天はいつの間にか生えていたスキルだという事から、レベルの上昇によって習得したスキルである可能性が高い。

 その効果は単純。遠くのものをまるで近くにあるかのように判別することが出来るというものだ。


 弓を扱う天理にとって、これほど有用なスキルはない。なにせ、狙うべき的が触れれば届くと錯覚するほどの距離にあるようにすら見えるのだ。加えて、その距離感も正確に測り取る事が出来る。

 これによって天理の弓の腕は飛躍的に伸びたと言っていい。それこそ地球にいた頃よりもずっと。


「前方超遠距離に魔物を視認!数は10、軍隊鼠(アーミーマウス)です!数分後にはかち合う!」


「了解!テンリはそのまま状況を報告していてくれ!各員、戦闘配備!」


 隊長の指示により、魔装車に乗り込んでいた他の隊員が動き始める。まずはじめに顔を見せたのは、要塞のようないかつさを持つ魔装車の側面の四人。自己紹介で魔法使い(メイジ)と名乗った者たちだ。

 まずは魔法使いによる遠距離攻撃で数を減らし、残党を剣士たちが狩るといったところか。それならば、天理も手伝える事がある。


 ルーシカに声をかけ、持ってもらっていた弓を受け取る。背中の矢筒から一本の矢を取り出し、ゆっくりと弓に番えた。

 千里眼・天とは別に、天理は弓術というスキルにも目覚めていた。読んで字のごとく、弓を扱うにあたって有利に働くスキルだ。それは弓による通常攻撃ももちろんの事、派生スキルにもその恩恵がかかる。

 派生スキルというのは、弓術が一定のレベルに達したことで使えるようになったスキルだ。使う事の出来る派生スキルはいくつかあるが、今使うのは一撃に重さと強さを付与するスキルだ。


「―――――『轟雷』!」


 魔法使いたちの呼吸に合わせ、天理はスキルを放った。

 色とりどりの魔法の波を掻き分けるように、するどい一閃が空間を穿つ。ついで、遅れて轟音がほとばしった。その様はまるで天から降る雷だ。

 いや、事実、放たれた矢には纏わりつくような黄色い竜が見える。荒々しくも美しい、光と音の融和。


 他の魔法を追い抜かし、天理の放った矢が真っ先に魔物の群れへとたどり着く。かと思うと轟音を響かせて矢が大きく弾けた。眩いまでの閃光が空間を焼いていく。少し遅れて魔法が半死の魔物を蹂躙する。

 煙が晴れて顕わになった視界には、倒れ伏す何頭もの魔物と、遠くよろめきながらも懸命に逃げようとしている数匹の魔物の姿だった。


 それを見て取ったのか、ルーシカが駆ける馬の上から大きく跳躍した。そのまま着地すれば大怪我は避けられない。が、どういう運動神経をしているのか、ルーシカはなんともないように柔らかく着地し、閃光もかくやという速さで逃げる魔物を追撃する。

 満面の笑みでルーシカが天理の下へと戻ってくるのは、そのすぐ後の事だった。







 ♦






「ようこそ、都市国家群サルマ・ロマネへ。我々はあなた方を心より歓迎いたします」


「お心遣い痛み入る。して、先方はもうお着きに?」


「それが、もうしばらくかかるとの……」


 都市国家群。それは一つの都市やその周辺地域が国として興り、周辺にある同じような国々が盟約を結んだことにより成立している。

 その関係から全ての国が不戦条約の元に軍事戦力を破棄しているのだ。

 そのあり方は日本のそれに近い。天理は詰所の中、隊長と衛兵の話し合いを遠巻きに見つめながら思いを巡らせる。


 衛兵の言葉から、教会からの派遣兵は到着が遅れているのだという。

 彼らが到着するまでは最上級のおもてなしをするので、ゆっくりと休んでいってくれというのが衛兵から伝えられた言葉だ。その言葉通り、衛兵と隊長の話が終わるとすぐに壱ノ国にある中でも一番という宿へと案内される。


「おぉー、でっかいな!な!」


「ルーシカ、頼むから大人しく...」


 と言っても、そんな苦言を聞き入れるほど素直な子ではない。ルーシカは目の前にそびえ立つホテルに近い形状の建物を見上げながら目を輝かせる。


 トルケーン王国と比べてこの都市国家群にある建物は縦に長いものが多い。限られた狭い土地で発展するに当たり、そうした方が合理的だったからだろう。

 そんなところさえもどこか日本を思い起こさせる。だが、郷愁に浸っているばかりではいられない。なんとかはしゃぐルーシカをなだめて苦笑する衛兵の後に付いていく。


 部屋は一人一室ということで、それぞれが割り当てられた個室へと案内される。何の因果か、天理の隣室ルーシカであり、それを知った彼女は満面の笑みを浮かべていた。

 別に天理はルーシカを嫌っても苦手とも思ってはいないが、その天理への甘え方にどこか紗菜に通ずるものがあるのだ。


 早々に天理の部屋へと押し入りをかけてきたルーシカの対応をしつつ、天理は窓の外を眺めながら自身を兄と慕ってくれている少女紗菜へと思いを馳せらせる。

 一度、彼女に相談されたことがあった。夜が嫌いだと。何もかもを飲み込んでしまいそうな暗い闇が怖いと。


 いつの間にかすっかり夜も更けてしまっていた。もうルーシカを自分の部屋へと返してやる必要があるだろう。そう考えた天理は窓から目を話そうとして。


「―――――何だ?何か......」


 小さく棘のような違和感が脳髄を貫いた。今一度、窓の外に目を凝らす。それだけじゃ足りずに窓を開け放ち、身を乗り出して一点を凝視する。

 何かが、という小さな違和感が天理を捉えて止まない。

 だが、見上げる夜空はこれと言って異変は見受けられない。何が意識を掠めたのか、それすらも定かにならないまま、気のせいだと片付けようとしたところで、ルーシカが天理と同じように窓から身を乗り出した。


「何か、来る」


「え...?」


 ぽつりと零した言葉にははっきりと確信の念が込められてた。こういう時のルーシカの勘は当たる。それを天理は知っていた。

 弾かれたようにもう一度違和感を感じたあたりに目を走らせる。

 と、不意に視界が歪んだ。いや、歪んだのは視界じゃない。

 遠く、天理の見つめる一点が、唐突に()()()のだ。それも空間ごと。


 初めは小さなずれだ。それが波のように次第に周囲へと広がっていく。

 いつしかそれは見上げる空のほとんどを覆うほどの歪みとなって、天理たちを荒々しく見上げていた。


「何だ、あれ......!?」


 漏れ出た問いに答える声はない。ルーシカだって目の前の不可解な現象に目を丸くするばかりだ。

 すばやく天理は窓の下、住宅街に目を走らせる。何人もの人々が何事かと騒ぎ立てながら家の外へと飛び出してくるのが見える。そしてそれを捌こうと奔走する衛兵たちの姿も。


 誰もがそれを理解できないでいた。


 どれくらいの時間がたったのか、状況に変化が訪れる。夜空を割く摩訶不思議な色合いをした大きな歪みから、何かがその一部を覗かせた。その時点で気付くことが出来たのは天理を含める極端に視力のいい一部の人間だけだった。


「城、なのか...?」


 それはまるでおとぎ話でも見ているかのようだった。歪みから現れたもの、それは浮遊する島だ。それも生半可じゃない大きさの。

 加えてその島の上、そこにはいくつかの建築物さえ見て取れる。


 ――――――あれは、国なのか。


 天理は直感的にそう悟った。

 天理の知らないところで何か大きな流れが動き出そうとしている事を感じずにはいられなかった。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

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