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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第一章 大地の洞
25/120

25 さよならを告げて

一章はあとエピローグと幕間で終章となります。

そして次の二章にあたってですが、お知らせはあります。

こればっかりは完全に作者の力量不足なのですが、二章の更新はおおよそ一か月後となります。理由としましては、プロットを修正したいのと、書き溜めをしておきたいなどです。

最近はアクセスも伸びてきたり、ブクマ評価をしてくださる方がいて大変うれしく思っています。それに報いる事の出来るようになるべくはやく、それでいて高いクオリティのものを書き上げたいという一心での事なので、どうか温かい目で見守っていただければ幸いです。


 ローズちゃんから餞別を貰ったその足で、そのまま俺はいつもミノットから手酷い鍛練を受けていた部屋へと来ていた。

 体育館ほどもあるその広間は、鍛練のうちに何度も大きく損壊していたけど、戻ってくる度に何事もなかったように修復されていた不思議な部屋だ。ミノットはこの部屋のことを『吸血鬼のような部屋ね』、なんて言っていたけど、ここを作った人は本当に吸血鬼を参考にして作ったんじゃないかと思えてくる。


 入り口から広間の中心へと、ゆっくりと周りを見渡しながら歩いていく。

 今はもう見えなくなっている傷跡だけど、その場所やどうやってついたかなんかが一つずつ簡単に思い出せる。


 ミノットだけじゃない。たまに顔を出していたローズちゃんにも稽古をつけて貰った時もあった。いや、あれは稽古と言うより遊びの延長かもしれないけど。

 ローズちゃんは魔道具をこよなく愛しているらしく、その戦闘方法の大半は魔道具に頼ったものだ。

 加えてその魔道具の能力がこれまたピンキリで、しかも想像もつかないような能力を持ったものばかりなため、俺は手も足も出ずに翻弄されるばかりだった。でもローズちゃんが笑っていたのでそれはそれでよしだ。


「―――――少しは俺も、強くなれたのかな」


 広間の中央で、ぽつりと呟く。

 俺には才能はない。それは地球でいやというほど思い知らされていた。いや、才能がないというよりも、あると思っていた才能が、それほどでもなかった、という方が正しいか。前者はまだ救いがあるように思える。才能がないという現実を突きつけられるのは辛い事だけど、はっきりと分かるそれは諦めるという他の道、可能性へとつながるための礎になってくれる。


 だけど後者のそれは違う。まるで舞台の上で観客を笑わせるために踊る道化のようだ。

 自分は世界の中心にいる。自分は他の人とは違う。自分は......。

 そんな妄想に取りつかれ、周囲を顧みない愚者の行いだ。


 だけど、いずれ現実が妄想に追いつくときがくる。夢の終わりだ。現実という名の新たな悪夢の到来だ。

 それまでの甘い甘い蜜のような全能感は機械的に冷たく事実を伝え続ける劣等感へと変わり、それに伴いようやく周囲にまで気が回る。そこで初めて自分の状況に気付くんだ。


 ――――――ああ、俺は道化なのか、と。


「だけどそれももう終わりだ。俺は、前に進むことにしたよ、天理くん」


 今はいない、己に現実を知らしめた過去の幻影に言い聞かせるようにつぶやく。


 強くなったかは分からない。最後まで俺はミノットにおんぶにだっこだった。

 だけど、やるべき事を成すための力はミノットに、ローズちゃんに授けて貰った。今はそれだけでいい。


 俺は誰もいない、無人の広間に背を向けた。







 ♦






 鍛錬の間を出た俺の足は自然とミノットを探そうと動いていた。

 それは毎日のように見ていた彼女の顔を今日はまだ一度も目にしていないからだろうか。それとも俺は彼女に何か求めている言葉があるのだろうか。


 だが、いくら探そうと、結局ミノットが見つかる事はなかった。


「―――――じゃあ、俺はもう行くよ」


「寂しくなるねー」


 一通り居住区を見て回り、ミノットを見つける事は叶わなかったが、一応は気持ちの整理がついた。そして決意もまた。

 暇そうにしているローズちゃんに簡潔に声をかける。

 その対応もまたとても簡潔なものだった。


「ミノットは、やっぱりいないのか...」


「照れてるだけだと思うけどねー。あれでミノは結構ルイの事を気に入ってたんだよ?」


 そんな馬鹿な。あの態度が気に入った人に向けるそれなはずがない。もしそうならミノットの精神状態は小学生男子と一緒って事だぞ。いや、それよりももっとひどい。


「いや、それはないって...。たぶんローズとの時間を邪魔する虫くらいにしか思ってないぞ...」


「いや、たぶんそうも思ってるんだけど」


 思ってるのかよ。なんだよ、大分自分を卑下して言ったのにまさかそれが当たるのかよ。


「でもね、やっぱりそれだけじゃないんだよ。ミノはね、あれで寂しがり屋なの。だから......」


「......余計なことを言わないで欲しいのよ、ローズ」


「あははっ、やっぱりいたんだね、ミノ」


 ローズちゃんの言葉を遮るように彼女の影から現れるミノット。その頬は照れからか仄かに色付いていた。

 ローズちゃんの方を見ながら、ミノットは頑なにこちらを見ようとはしない。その表情も、長い黒髪と陰に隠れてはっきりとは見通せない。


 俺は現れたミノットを見ても、言葉が出せないでいた。

 何かを、何かを話さないと。そんな強迫にも似た思いが喉の蓋をこじ開けようともがくも、こぼれ出てくるのは吐息に混じる掠れた音だけだった。


「......なんて顔、してるのよ」


「ミノット......」


 ぽつりとミノットが言葉を漏らした。

 そうすることでようやく、口のつっかえが取れる。


「俺は、俺はローズと...、ミノットと出会えて本当によかったよ。腐ってたんだ、どうしようもなく。勝手に舞い上がって、勝手に見切りをつけて、不貞腐れてた。でも、ミノットたちと会って分かったんだよ。こんな俺でも、出来損ないなんて馬鹿にされてた俺でも、何かが出来るって。前を向いてもいいんだって」


「...安易な諦観なんていうのは、時には自分だけじゃなくて他人までも巻き込んで腐らせる毒なのよ」


「そう、毒。その通りだ。俺はずっと見えない毒に蝕まれ続けてた。でもそれも、もうなくなった。それが今はとても清々しいよ」


「お前が勝手に開き直っただけなのよ」


「違う、それだけは違うよミノット。ミノットがいてくれたから、ローズが言葉をくれたから、俺は変わる事が出来たんだよ。だから、今度いつ会えるか分からないから、改めて言いたい事があるんだ」


 ――――――俺を認めてくれてありがとう。俺と出会ってくれて、本当にありがとう。


 送る言葉に、どれだけの感情を込めることが出来たか分からない。どれだけの感情を伝えられたかも分からない。

 だけど、これが俺の心の底から溢れない出た暖かい思いだ。俺が餞別のお返しとして出来る精一杯の事だ。


 伝えたいことは伝えることが出来た。

 もうこの場所に思い残すことはない。これ以上言葉も不要だろう。


 俺はくるりと彼女たちに背を向ける。

 この扉一枚の先が始まりの場所だ。俺とミノットが出会った場所だ。

 あの時はまさかこんな事になるだなんて思ってもみなかったんだよな...。いや、感傷に浸るのはもういいか。


 そう思い、『開け』と唱えようとしたところで。


「―――――待つのよ」


 背中に小さく声が投げかけられた。躊躇いがちな普段からは考えられないようなほそぼそとした声だった。

 驚いて反応が遅れた俺に、畳みかけるようにミノットが言葉を紡いでいく。


「お前、ローズに餞別を貰ったわね?」


「あ、うん。貰い、ました...」


 今度は驚きからではなく、恐怖から後ろを振り向けないでいた。ローズちゃん命のミノットの事だ、渡さないとか言って無理やり奪ってきたりしないよな?さすがにこれは渡せないぞ?


「......(わたし)も、あげるのよ」


 囁くような言葉の意味を、脳が理解するのに数秒の時間が必要だった。


 ......え?

 い、今のは俺の聞き間違いかなんかか?

 ミノットが、俺に贈り物を?


「ほら、こっちを向くのよ」


 促されるままに、ゆっくりと振り向く。

 その先にはそっぽを向いたミノットが立っている。横にいるローズちゃんのにまにまとした顔と言ったら。


 ミノットはまたもや頑なにこちらに視線を向けようとしないまま、自らの頭へと手を伸ばした。

 その細く白い指が掴んだのは、珍しく付けられていた花形の髪飾りだ。そのまま、ミノットは俺へと手を差し出した。


「ん」


「あ、ありがと...う」


 意味のなさない音とともに差し出された髪飾りをそっと受け取る。

 この花には見覚えがあった。

 真彩の、篠枝の庭園によく似た花が咲いていたのを覚えている。


 ―――――これは、勿忘草だ。色は向こうと違って黒だが。


「―――――うわぁっ!?」


 混乱の冷めやらぬ意識を、さらに混乱が襲った。受け取った髪飾りがぽんっと軽快な音を立てて弾けたのだ。予想も出来ない事態に思わず両腕で頭を庇う様に手を上げた。


「きぃぃ」


 下ろした手の先で、視界に映ったのはいやにコミカルな見た目のコウモリだった。

 大きさはだいたい握りこぶしほどか。そんな小さくも可愛いコウモリがぱたぱたと飛び回り、俺の肩に摑まった。


「これ、は...?」


「使い魔みたいなものよ。古臭い呪法と思えばいいかしら」


 使い魔か。

 俺は今一度まじまじとコウモリを見つめる。あっちではペットなんか飼ったことがなかったから新鮮だ。

 と思うと、ふんっとばかりに顔を逸らされた。

 子は親に似るってことか...。子としてカウントしていいのか分かんないけど。


「二人とも、本当にありがとう!―――――じゃあ、またいつか」


 ミノットもローズちゃんもそれ以上言う事はないとばかりに、片や癒されるような笑顔、片やつんとしたすまし顔を浮かべたのを最後に見て取り、俺はコロッセオへとつながる道を開けた。

 もう振り返りはすまい。

 天理くんたちを探し出して、帰るための方法も見つけて、それでもまだ余裕があれば、再び彼女たちを探そう。ここまで俺は変わる事が出来たよ、と胸を張って誇ろう。


 こうして俺の数か月にも及ぶ迷宮に咲く二輪の花たちとの生活は終わりを告げた。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

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