24 水面の花、英雄の星 ⑤
ダリフラ...とてもおもしろい......。
深く深く生い茂る森林の中央にひと際目を引く岩山があった。
周りが緑豊かゆえ、そのごつごつとした土色の岩山はひどく目立つ。それこそ、魔物たちの住処となるほどに。
「左から多面百足が五匹、右から死喰怪鳥六羽!ルーシカは左を、僕は右をやる!」
「りょーかーい!」
そんな魔境に恐れを知らずに踏み込む二つの影。
一人は小柄な少女だ。二つに結んだ髪を耳のように揺らしながら魔物へと駆け寄るその姿は思わず小動物を思い起こさせるほど。
だが、それもその戦い方を見るまでだ。
小柄で華奢な体格を生かした低位置からの斬撃、加えて少女自身の速さと言ったら疾風迅雷という言葉をそのまま体現したのではないかと見紛うほどのものだ。
稲妻の如く多面百足へと肉薄し、そのまま両の腕で持つ小振りな長剣での目が覚めるような剣舞。たちまちのうちに多面百足はコマ切れとなっていった。
そこから少し離れた位置にいるのは黄色がかった短髪を揺らす青年だ。構える獲物は身の丈程の大弓。番える矢すらそれに見合うほどの大きさ。
小さく息を整え、目標を見据えて矢を放つ。放たれた矢は大砲のような威圧感を撒き散らしながら、死喰怪鳥の胴を大きく穿った。
弓撃はそれだけに留まらず、間髪入れずに放たれた矢によってものの数分もしないうちに一帯に現れた魔物はその姿を消した。
「どう?どうテンリ?オレ、すげーだろ!?」
「すごいっていつも言っているじゃないか……」
青年ーーーー天理の言葉にゆるゆると頬を緩めるルーシカ。その男勝りな口調に比べて、随分と少女らしい可愛らしさだ。そのギャップが彼女をひどく魅力的に見せている。
天理があれよこれよのうちに調査隊へと入隊してから、おおよそ数ヶ月の月日が経過していた。
その主な理由は、支援物資の調達だ。述べ五百余人に及ぶ調査隊ということもあるが、国をあげての大事業だ、国の威信もかかっているため、雑な支援などしていられない。
支援の内容は多岐に渡る。
希望する隊員への武器や防具貸し出しや、調査過程での地図や食料、必要な魔道具、長距離の移動手段など、それこそ年単位でかかってもおかしくはない。
だが、そこはやはり列強国トルケーンというべきか、もうほとんどの準備は終わっているようだった。
「なー、早くギルドに戻ろうぜー?これ終わったんだからもうオレたちBランクだよな?な?」
「まだ分かんないよ。試験っていうからには倒すだけじゃなくて、魔物の素材の状態とかも見られるかもだし」
言いながら、天理は手元の魔道具を稼働させる。魔物狩りのギルドから貸し出された拾うものだ。その性能は単純明快で、周囲にある命尽きた魔物を回収するというものだ。ここ最近の天才魔道技師がそれこそ数年がかりで完成させたものというが、その努力、才能が使い手にも伝わってくるほどの出来た。ギルドで貸し出されているこれは簡易版で、もっと上位、それこそSランクの魔物狩りはその魔道技師が手ずから丹精込めて作ったものを使用しているのだという。
その性能も量産品のものとは違い、容量は数倍、さらに中で素材をある程度小分けにしてくれるなど、ギルドにとっても優しい性能となっているのだとか。
天理の言葉に大きく顔を歪めたルーシカ。それもそのはずで、彼女の狩った魔物はそれこそ跡形もないと言っていいほどにコマ切れにされている。ここから使える素材などあるはずもない。
「て、テンリぃ...。嘘だよな?だいじょうぶだよな?な?」
涙目と上目遣いという凶悪なコンボをかますルーシカだったが、それを見る天理の目はひどく冷たい。
ルーシカは天理と同じ調査隊だ。それも無名の市井から天理と同じようにスカウトされたところまで一緒。それを聞きつけたルーシカによって、天理は押し切られるように彼女とバディを組むことになっていた。
別に主体性がないわけではない。天理とてこれまでの人生は常にクラスにて委員長と呼べる役割を担ってきていた。原因は別にある。
一つは熱烈と言えるほどのルーシカのアプローチ。これには天理も辟易した。
それが恋愛という方向に向いたアプローチだったのなら、天理はあしらい方を知っていた。だが、彼女のそれはとてもじゃないがそうは見受けられなかったのだ。
突然に現れては、『オレと勝負して勝ったらバディ組んでくれよ!』と来たものだ。さすがの天理もこれに対する対応は即座に思い浮かばず、気付けば勝負の日取りは決まっていた。
そこに助言をくれたのが天理をスカウトした人物、ルイドだった。
彼が言うには、魔物狩りはソロで動く事はほぼないのだという。ゆえにだいたいがバディやチームを組むのだそうで、正直ルーシカの提案は渡りに船だと思っていい。そう言われれば、天理も断りづらくなり、結局勝負にも負け、彼女と暫定でバディを組むという事になったのだ。
それが調査隊が結成された次の週の話だ。そこからルーシカと共に魔物狩りの登録をしにギルドへと向かい、時間があればルーシカと共に魔物狩りへと邁進した。
時間だけはたくさんあった。この国では王族の系譜にケンタウロスの血が入っているため、その関係からか弓を武器として使うものが少ないというのだ。
天理としては英雄が使うものならば皆もこぞって使うのではないかと思ったが、そうでもないらしい。ルーシカに聞いたところ、『弓はなんか時代遅れって感じ』なんて言っていたので、そういう事だというわけだ。
とはいえ、天理が扱える武器といえば弓だけだ。そんな関係から、天理は早期のうちに支援物資として今使っている大弓を借りる事ができたというわけだ。
「まあ、共同ってことで僕が狩った分を見せればたぶん」
「―――――!だよな!な!じゃあ、帰ろー!」
「いつも思うけどその元気はどこから出てくるんだよ......」
帰り道でも当然のように魔物と出会ったが、ルーシカが自分の獲物だと言わんばかりに猪突猛進を繰り返したため、天理は碌にすることがなかった。
楽と言えば楽だが、こうして魔物狩りとして精力的に働いているのは来る調査に向けての鍛錬も兼ねている。
やはりステータスというからには魔物などを倒すのがレベルを上げるのにはうってつけであり、そうして戦場に身を置くことで副次効果としてスキルなどのレベルも上がる事を天理は確認していた。
そのため、どちらかといえば戦闘をしたいのだが、言っても聞かなさそうな彼女を見ていると、最終的には諦観の念が湧いてくるのだった。
無事に王都へと戻った後、魔道具を開くと職員が驚くほどに魔物の死骸が溢れ出た。CからBへの昇格の際の試験では異例なことだという。
実力申し分なしとしてBランクの称号を受け取る事が出来たのは、それからすぐの事だった。
♦
調査隊の準備が整った。そう知らせが来たのはそれから数日後の事だった。
「――――――やっと来た。皆無事だよな......?」
宿屋の一室で呟く。不安がっていても仕方がないが、それでもここまでで転移から半年近くの年月が流れている事も確かだ。
そしてそれだけの、いやその半分以下の日数でも人は簡単に死ぬ。
それが分かっているからこそ、天理は込み上げてくる憂慮を無視することが出来なかった。
「―――リぃ!――――――ンリぃ!」
宿の外から甲高く天理を呼ぶ声が聞こえる。ルーシカだ。
おおよそ、調査隊の話を聞いて天理のいる宿にすっ飛んできたのだろう。
天理は素早く身支度をし、宿から出た。そこには当然のように待ち構えるルーシカの姿があった。
彼女は天理が宿から出てきたのを見て取ると、花が咲いたような笑みを浮かべ、いつものように小動物らしさを漂わせながら小走りで天理の下へと駆け寄る。
「テンリ、おはよー!いよいよ出発だな!な!」
「そうだね、本当にようやくだ」
「テンリは探してる人がいるんだっけ?オレも手伝おうか?テンリのトモダチならたぶん強いんだろ?」
相変わらず人を判断する基準が人とはずれているルーシカに、どこか安心感を覚える。天理はその事に遅れて気付き、小さく苦笑した。
数か月を共に過ごすうちに、ルーシカは天理の日常の一部へと浸透していたのだ。
唐突に笑みを浮かべた天理を、ルーシカが心底不思議そうに見上げる。なんでもないと手ぶりで伝え、天理はルーシカと肩を並べながら王城前の広場へと向かった。
ほどなくして、目的の場所へとたどり着く。王都の街並みももう既に見慣れたものだ。細かい所ならまだしも、おおざっぱな所ならばどこに何があるかは地図を見なくても分かるようにまでなった。
同時に郷愁にも似た念を抱く。どうあがいても、ここは天理たちのいた世界とは違う。ここには天理にとっての帰る場所というものはない。
そうした考えはある時に急に現れて、未だに天理を捉えて離さない。恐らく他のクラスメイト達も同じように感じているのかもしれないと、天理はそう考えていた。
ここ数か月の天理の思考はいつもこのように終わりを告げていた。どこにいるともしれないクラスメイトいを思う所で。
「―――――皆のもの、長らく待たせてしまった。国のしがらみというものは面倒なもので、民のために軍を編成しようにもどうにもない腹を探ろうとするものが出てくる。だが、ここに備えは全て整った。ゆえに、国王たる余が命じる。民のために、国の安寧のために、英雄よその身を捧げてくれ」
国王の宣誓に、頭を垂れてかしこまっていたもの、王の傍に控えていたものたちがこぞって鬨の声を上げた。
広場の熱狂具合は徐々にその熱を上げていき、気付けば天理も周囲の人々と同じように拳を突き上げ、口を大きく開いて声を上げていた。隣にいたルーシカもそうだ。そうさせるだけのカリスマを国王は持ち合わせていた。
やがて国王が去り、波が返すように静寂が訪れた。だがそれは空間に満ちた仮初の静寂だ。先ほどまでの熱は個々人の胸の内に確かにたぎりを見せている。
国王が去った後、宰相を名乗る男から調査隊の編成が発表された。
隊は大きく二十と一に分けられる。それが今のところ確認出来ている星が降った地点だ。そしてもう一つ振り分けられた、それは。
「星の雨の発生地点の調査...?」
天理の振り分けられた隊の任務だった。
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