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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第一章 大地の洞
22/120

22 古より来る刺客 後編

人生で一番多いアクセス数でしたまる

『違う、そうじゃないのよ。もう一回』


『も、もう…無理……。魔力が……』


『ふん、だらしない奴』


 なんとでも言ってくれ...。これ以上はほんとに無理だ。

 魔法と言うやつは俺の想像以上に難しいものだった。何しろ、恐らく法則が違う。

 地球では物理法則やエネルギー保存則といった法則、理に縛られていたが、この世界ではどうも違う。

 加えて魔力という今まで見たことも使ったこともない概念を扱っているのだ。魔法一つ使うに当たっても、ミノットという先達がいるとはいえ、一から全て手探りといっても過言ではない。


 それにも関わらず、ミノットはそれはもうスパルタに教育してくる。そりゃ俺が異世界から来たなんて言ってないからだろうけど、こんなの言い出したやつとなんか俺は普通に一緒にいたくない。だから言うつもりはないんだけどね。


『いい?影魔法っていうのはもっと柔軟で、それでいて力強いものなの。使い手は少ないけど、その汎用性も威力も五大魔法にひけをとらないのよ』


『五大魔法って火、水、風、土、雷のこと、ですよね?字面的に絶対影魔法じゃ勝てませんってー』


『お前……それをよく(わたし)の前で言おうと思ったかしら……。まあお仕置きは後からするとして、五大魔法って言うのは結局ヒト、もっと言えば教会が定めているのに過ぎないのよ。ただ、奴らの信奉する神たちがその象徴ってだけ』


『だから、本当は魔法の種類によって強弱はないってこと?』


 俺の問いにミノットはゆっくりと頷いた。

 なるほど。どれもそれ単体では優劣はないということか。

 ただ、やはり属性という概念がある以上、相克はあるらしいが。まあ影魔法にはほぼ関係ないと言っていいか。


 一人納得する俺を尻目にミノットは諭すように説明を続ける。


『さっきも言ったように、影魔法は一方では柔軟、もう一方では剛直。そういう性質を持った魔法なの。加えて、(わたし)たちの種族特性を合わせれば、影魔法が負けるはずがないのよ』





 ◆





 頭の隅を、ミノットに言われた言葉が過る。

 その言葉の意味がいまならはっきりと分かった。そして俺は今からそれを再現してみせる。それが俺がここから生きて帰る、つまりはこのおっさんに勝つための道筋だ。


 肩越しに射殺さんばかりの視線を送ってくる巨人。そこにどんな恨みが降り積もっているのか、どれほどの怒りが燃え上がっているのか俺は知らない。

 このおっさんがこうして最難関の迷宮だというこの場所の、それも最下層に身をやつしているのかも俺は知らない。そこにはさぞかし深い理由があるのだろう。

 だが、だからといって俺は死んでやるわけにはいかない。

 おっさんにやり遂げたい本懐があるように、俺にもやらなければならない義務があるのだ。


「だからおっさん、悪いな―――――『黒縛(ムスタ・ムスト)』」


 影に刺さった楔から煙のようにまた新たな影が生み出される。

 かと思えば茨のように巨人へと絡みつき、その先端が巨人の身体に深く深く抉った。


『グ、おおおおッ!?……おのれ、薄汚れた蛭め!唆された言葉の真意にも気付けぬ愚昧め!そんな輩のために我らの永劫世界が崩れ去ったというのか!』


 『影楔』とは違って、この魔法が縛るのは魔力だ。もちろん魔力全てを縛れるわけでもなく、許容量は存在するが、それでもあれほど考え無しに魔法を連発した巨人を封じ込めるには十分だろう。一番恐れていたあの大技ならば間違いなく無理だが、使わずに何事かを吠えている所を見ればもう使えないのかもしれない。


『恨むぞ!呪うぞ!我らの世界は永遠でなくてはならぬ!我らの存在が至高であらねばならぬ!我が物顔でいられるのも今のうちだ!必ず、必ず我が同胞が貴様らを根絶やしにする!必ずだ!!』


「結局何を言っているのか分からなかったけど、相当恨みが積もってるみたいだな。そうして生きるのは辛いだろ?苦しいだろ?今楽にしてやるから...」


 この考えは傲慢なのかもしれない。

 恨みを、憎しみを持つ事を俺は否定しない。感情というものは等しく行動への原動力となるものだ。だから俺は、感情を抱えた先でそのような行動に移すかだと思っている。

 だけどこのおっさんはもうだめだ。

 内に潜む憎悪が深すぎる。暗すぎる。

 だからここでひと思いにやってしまった方が―――――。


 命の価値は分かっている。死んだ方がいい命なんてないし、生きることが出来るならその生が続く限り生きるべきだ。

 だけど、認めたくはないが、例外というものはある。何にでもだ。

 今の場合、このおっさんがそうだ。俺に出来ることは、憎悪の檻から解き放ってあげることだけ。


「『零に還(ゼロ・)』ーーーーー」


 油断を、していたのだろう。

 安心しきっていた。魔法という全能じみた力を手にいれて、だからこそ過信した。

 この世に絶対はない。完全に相手が沈黙するまでは戦いは終わらない。


『終わらん!まだ我は終わらんぞ!例えこの身が朽ちようと、我らが本懐の欠片を成し遂げる!我が神威よ、我が命を吸え!我が生命の胎動を力と成せ!我らが仇敵を擂り潰し、噛み砕き、抉り出せ!』


「なッ……?!」


 轟くほどの雄叫びを上げ、巨人が僅かに身動ぎをする。


 そんなばかな…!『影楔』も『黒縛』も完全に決まっていた!

 動けるはずがない。この魔法の効力のほどはこの身が知っている。


 それほどか。それほどなのか、目の前のこの男の怨恨は。


『見よ、同胞よ!我らが世界よ!我が神威の脈動を!我死すれども、我らは死なず!』


 今にも断ち切られそうな影魔法。もはや節約することを考えている場合ではない。

 俺は残る魔力を注がんと右手を突き出した。

 それによってボロボロだった影魔法が強化されていく。過剰に魔力を注ぎ込んだ『影楔』、『黒縛』はもはや上級を超えて王級にすら片足を突っ込んでいるほどだ。

 間違いなく俺が今出せる全力。魔力と時間をふんだんに使った渾身の魔法だ。


 ーーーーーだが、目の前の巨人は止まらない。止められない。


「ふざけんな!こんなところで俺は…!俺はっ……!!」


 新たに『黒縛』を発動する。影から伸びる無数の闇の蔦を、巨人は避けるでもなく、そのまま受け入れる。

 一瞬それで動きは止まるものの、それだけだ。直ぐに行動を再開し、それに伴い綻びが大きくなっていく。


 ふと、巨人の身体が燐光を放っていることに気付いた。

 同時に爆発的に上昇していく巨人の魔力も。この感覚には覚えがあった。しかもつい先ほどだ。


 だが先ほどとは決定的に違う事があった。

 さっきの大技の魔法は完全に外界に対して働き掛けるものだ。だからこそ巨人自身は自分の魔法にのまれることはなかった。だけど今回のはそれとまったくの逆、完全に魔力の方向性が内側だ。

 それはつまり、あの空間を抉るなんていう埒外な魔法を自身の内側を座標の原点として発動しようとしているという事に他ならない。

 それも、空間に散発されたさっきと違って、巨人を中心とした恐らく一点集中なものだ。

 その威力は比較にならないものになる。


「くそッ!止まれ!止まれよ...!」


 いくら魔力を送ろうと、いくら魔法を追加しようと、荒ぶる巨人を止める事は叶わない。

 顔は憤怒に歪み、白目さえ向いてもはや正気すら喪失している。俺の勝利は揺らがないはずだった。それなのに今はどうだ、死の足音すら近づいているように思える。コツコツ、コツコツとゆっくり歩み寄ってくるそれは、心なしかどこか親し気にすら聞こえてくるほどだ。


 瞬間、張り詰めていた糸が切れる音がした。


 もう、無理だ。よくやったよ俺は。だってどうだろう、目が覚めたらこんな訳の分からない場所にいて、何度も何度も、何度も死にそうな目には合う。いつの間にか自分の身体は人間じゃないものへと様変わりしている。顔見知りも、苦難を分かち合う友もいない。

 そんな中で俺は俺なりに頑張った。


 ―――――心残りは、ある。

 天理くんたちには悪いことをした。真彩とはもっとしっかり話しをしておけばよかったし、紗菜にもちゃんと向き合ってあげればよかった。

 天理くんとのわだかまりだって残っている。

 それに......。


「紫葵ちゃんともっと喋りたかったなぁ......」


 呟いた瞬間、巨人の身体が熟れたザクロのように膨らんだのが分かった。

 もうじきあそこから目もくらむほどの燐光とともに大魔法が飛び出る。今の俺には逆立ちしても止めることも、防ぐことも出来ない代物だ。


 俺は呆けたように、巨人が一個の爆弾へと様変わりしていく様子を見届けて―――――。





 世界を覆うほどの極光が、広間にあふれかえったのを最後に捉えた。
















「まったく、まだお前には早かったようね」


 俺の前に凛々と広がるその背中を、俺は生涯忘れる事はないだろう。

 たなびく長い裾の黒いロングドレスに身を包み、冷気すら感じるほどの冷たい瞳が俺を見下している。

 だけど俺は知っている。その瞳の中に、同じくらいの熱量を持った優しさが潜んでいるという事を。


 俺とミノットを覆い隠していた半球状の闇がほどける。俺とは比較にならないほどに熟達した『黒朱纏』、いやもしかしたらその上位に位置する魔法かもしれない。

 魔法の効果が打ち切れ、顕わになった視界に俺は絶句した。

 大広間が、いや大広間だったものがその大魔法の持つ威力の凄絶さを物語っていた。

 床は数メートルの深さで捲り返り、壁にはいくつもの洞が顔をのぞかせている。

 無事なのはミノットによって守られた半径三メートルほどの球状の床部分と......、巨人が立っていた場所だけだった。


 巨人は広間の中心、相変わらず神々しさを放つ祭壇の上に立っていた。

 『影楔』も『黒縛』も、俺が魔法を消すか魔力が尽きるまでは絶えず相手を縛り続ける。

 ゆえに、巨人はいまなお俺の施した魔法によって縛られたままだった。


「......大したものなのよ。ここまでの魔法を受けながら、それでも自らを代償に神威を放つその精神力」


 ミノットが巨人に目を向けながらぽつりと言った。ミノットはこのおっさんの事を知っているのだろうか。

 口ぶりからすると、このおっさん単体の事は分からないが、このおっさんの種族の事は知っているような気がする。


「お前を放置していたのは(わたし)の怠慢なのよ。だから、憎しみも、苦しみも忘れてもう眠りなさい」


 そこまで言ってミノットは俺をちらりと見た。

 その視線の意図を掴み切れず、俺は首をかしげる事で応える。ミノットの深い溜息が聞こえた。解せぬ。


 内心の不満を視線に込めていると、ミノットが巨人へと向き直った。その俺と変わらない身体に俺とは比較にならないほどの莫大な魔力が集まっていくのを感じる。

 

「――――――『零に還る葬送(ゼロ・レクイエム)


 ミノットの暴力的なまでの魔力を媒介に、この場にある全ての影がほとばしった。

 いつの間にか全ての影を支配下に置いていたのだろう。それらしい挙動すらなかった。さすがの技量だ。底がまったくと見えない。


 影が渦を巻いて巨人を飲み込んでいく。文字通り葬送だ。

 あの闇の中ではどんな生命も無へと、闇へと還っていく。

 やがて渦は球となり、そして次第にその体積を縮めていく。そしてその最後には何も残らない。




 こうして戦いは静かに終わりを告げた。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

ついでにブクマ評価とかどうですかね。

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