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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第一章 大地の洞
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21 古より来る刺客 中編

遅筆に磨きがかかってやがる……。

 消滅した部位をどこからともなく現れた血煙が覆いつくしていく。

 吸血鬼の再生というのは無から有をそのまま産み出すというものではない。

 元々あるエネルギーを肉体という形に変換しているだけであって、そのエネルギーが底を付けば当然それ以上の再生は望めない。


 そしてそのエネルギーの源とは、他者から摂取する血液だ。

 普通の吸血鬼ならば、生き物であれば何からでも吸血することが出来る。つまり戦闘中に吸血鬼の力の源を供給しながら戦うことだって出来るのだ。


 反面、俺やミノットのような欠陥を抱えている場合は違う。

 相手が女性とかならば同じように戦えるが、それ以外の場合は常にエネルギー枯渇の危機と背中合わせだ。

 だからこそ、その対策を持ち合わせている。


 俺は再生した右手でコートの左胸の部分をそっと撫でた。そこには万が一の状況を考えてミノットから余分にもらった血液瓶が入っている。

 飲んでから数分ほどは吸血鬼の能力は使えないが、こと隠れること、隠すことに関しては影魔法は十八番と言ってもいい。それくらいの時間なら十分に逃げおおせる自信はある。


 とは言っても、一番はやはり使わずに勝つことだ。

 そのためにはミノットから教わったことを全て出し切ることが必須。


『生命の源たる血潮を徒らに弄ぶその傲岸!我々を冒涜するかのようなその肉体!どれを取っても全てが我らを否定しているのだ!たとえ塵のような一粒であれど、ここで吹き飛ばさずしては気が晴れぬ!』


「だから何言ってるか分かんないんだって…。いい歳したおっさんがみっともなく喚くもんじゃないぞー」


『塵芥のように消えろォッ!!』


 問答無用とばかりに降り注ぐ不可視にして致命の衝撃。

 勘と少しばかりの運によって一つ、また一つと回避していく。全てを避ける必要はない。そもそも避けられるとも思っていない。

 今すべきことは足を止めないということだけだ。


「―――――吹き荒れろ、『影嵐』」


 詠唱に従い、この世界の理が魔力を現象へと置換していく。

 体内から汲み上げられた透明だという俺の魔力が身体から漏れ出て、出た先から魔法へと変換されていくのを肌で直に感じる。

 傍目には俺からドス黒い渦がうねりを上げて巻き起こってるように見えるだろう。その一つ一つが圧縮されることによって密度を増し、可視化された高純度の魔力の塊だ。

 それらは肌を穿ち、肉を食い破り、骨を砕くに足る威力を伴ってとぐろを巻き巨人へと襲いかかる。俺が今使える中で個人的に一番使いやすい魔法だ。


『小賢しいわァ!』


 轟く言葉とともに振り払われた巨人の右腕。それによって『影嵐』が巨人のもとへとたどり着く前にかき消される。

 不可視の衝撃だ。

 恐らく魔力を極限まで凝縮して放っているのだろうそれは、たやすく俺の肉体を食いちぎれるだけの威力持っている。


 この不可視の衝撃にしろ、さっきの『黒朱纏』で防ぎきれない大技にしろ、どれを取ってもこのおっさんは俺の上をいっている。

 救いといえば、大広間の中央にある祭壇のようなものの上からまったくと動かないことか。


『穢れた種族である貴様らに敗け!方舟にも選ばれなかった我がどんな思いを抱えここに臥したのか、貴様に分かるか!?いつかは、やがていつかはと自身に言い聞かせ、屈辱に涙を呑み、恨みを分かち合う同胞すらいない地の底で!』


 理解の出来ない言語で猛々しく喚く巨人。だが、それでも言葉に乗せた悪意だとか、恨みだとかは伝わってくる。

 しかもこのおっさんのそれは相当なものだ。こうして向き合っているだけでもピリピリとした気迫が伝わってくるほど。


 だが、俺にどれほどの恨みを持っていようとそんなもので殺されるのはごめんだ。

 胸を張って死にたくないと言えるほどの人生を歩んできたとは口が裂けても言えないが、俺の対処が遅れたせいでこうして俺と同じようにこんな所に来てしまったという可能性がある以上、天理くんたちを見つけてなんとか元の世界に戻すまでは死ねない。


「影魔法は影を制することから始まる……」


 ミノットに言われた事を思い返す。

 基本は自分の影を操る事だ。だが、その先は相手の影を操る。

 ミノットならば瞬く間にやってしまうが、俺では魔力も練度も足りない。自分の影を依り代にして、それを相手の影に繋げることでようやく出来るレベルだ。

 普通の相手ならばまず出来ない。目まぐるしく状況が変わる中でそんなことをやってのけるのは不可能に近い。


 だが、今この場なら。

 あのおっさんが祭壇から動かず、尚且つ怒りで周りの見えていない今なら。俺の拙い影魔法でも()()が使えるかもしれない。


『神の裁きを受けよ!』


「ぅおっ!?」


 再び不可視の衝撃が耳元を掠めて飛んでいく。

 今の所あの巨人はこの攻撃を主につかってくる。だが、この攻撃ならなんとか勘で避ける事が出来る。俺の目の良さと勘の鋭さはあのミノットですら認めるほどだ。

 問題はやはりあの大技。あれを完全に防ぐ術は今はまだ持っていない。


 とはいえ、逆を言えばあの技さえなんとかしのぐことが出来れば俺にでも勝機はある。


「まずは第一段階として......『影楔(シャドウ・ウェッジ)』」


 攻撃の合間を縫い、魔力を練り上げて魔法を形作る。

 文字通り楔を打ち込む魔法だ。俺の影が僅かにうごめき、数本の楔を生み出した。それらが俺に追随するように周囲を浮遊する。


 問題はどうやって打ち込むかなんだよな...。

 さっきと同じように馬鹿正直に正面から魔法を撃っても相殺されるばかりか、上塗りしてくるほどだ。上級の『影嵐』でそうなのだから、初級のこれでは一秒と持つまい。


『どうしたァ!逃げ回るばかりか、砂利がァ!!』


「よくわからんが馬鹿にされてる事だけは分かるな。―――――あ、数で押せばいいのか。戦いは数って言うしな」


 ふと悟りを開いて、俺は追加で『影楔』を作りだす。初級ゆえの魔力消費の少なさだ。


 余談だが、魔力というのはもちろん無限というわけではない。元々バグってたステータスにも書いてあったが、バグとはいえ数値で表されている以上それは確かに有限な何かだ。

 バグっているステータスを見る気は起らないし、俺は最初そんな事すら忘れていたためそれはもう乱発した。魔法が使えるっていうのはそれほどまでに魅力的だったからだ。

 子供のころのような全能感に浸れるというか、そんな感じだ。


 そうしたら案の定魔力枯渇となって死にかけた。体力と同じだ。尽きているにも関わらず無理を通そうとすれば体に大きな負担がかかる。

 最初はテンションが上がっていて全然気になっていなかったが、魔力枯渇にも段階的な兆候がある。僅かな倦怠感から始まり、最後にはそれこそ意識を失い、悪ければ死ぬ事さえあるという。


 今感じる倦怠感のほどからいって、残る魔力の量はだいたい8割と言ったところ。トドメをさすためには4から5割は残しておきたいところだ。

 そして枯渇させるわけにもいかないから、最終的に残すのは2割。そう考えると自由に使える魔力はほとんどない。

 ここからの行動には慎重さが求められる。


 再び巨人が腕を振るった。それに合わせて空間を不可視の衝撃が抉っていく。

 だけど俺にはもう効かない。十分過ぎるほど視たし食らいもした。完全にはやっぱり避けることはできないけど、最初に比べれば全然ましだ。

 不可視の衝撃を右へ、左へ、それも出来ない時は跳躍し、身を捻り、次々と躱していく。

 まさか全てを捌かれるとは思っていなかったのだろう、おっさんは目を見開いて驚きを露わにした。


 そこには確かに隙といえるものが出来たわけで。


「おっさんの影、もらったぜ!」


『影楔』が意思を汲み、弾丸のように発射される。

 狙いは巨人の影一点。機関銃のように放たれた『影楔』が狙い違わず巨人の影へと迫る。


 しかしさすがと言うべきか、おっさんがおっさんにあるまじき反応を見せた。

 吸血鬼の能力を知っていたのかわからないが、迫る『影楔』に向けて両腕を縦横無尽に走らせた。そこから生み出される不可視の衝撃は今まで以上。威力を犠牲にして数を出して来たのだ。一発一発は『影楔』と相殺する程度。だが数えきれないほどのそれは次々と俺の魔法を打ち消していく。


 ーーーーー安全策を取っていて、良かったよ。


『ーーーーーッ!?』


「『影潜(シャドウ・ダイブ)』……さすがにこれは気付けないよな」


 俺の魔法を全て撃ち落としてドヤ顔を晒す巨人の背後、丁度影を目前にした場所から俺は巨人を見上げる。

 その目には幾ばくかの驚きとそれを大いに勝る怒りが揺らめいていた。


 巨人が動かす事が出来るのはすでに目だけだ。『影楔』は単体では攻撃魔法に分類される。だが、それを相手の影に打ち込み、そこで魔力によって影を制することができれば丁度楔のようになるのだ。

 これで最後の段階に行くことができる。

 ミノットのお使いから始まった激戦の幕が今閉じようとしていた。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

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