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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第一章 大地の洞
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02 無思慮の対価

この調子で毎日いけたらいいなと思っている次第です、はい。




 最初に五感の一つを刺激したのは、土特有のどこか鼻をつくにおいだった。

 大自然を感じさせる独特の香りというか、とにかく人工物にはないそんな香りだ。好みは分かれるだろうけど、俺は嫌いじゃない。


 と、そこまでのんきに考えたところでようやく意識がはっきりとし始めた。


「——あ? ……え?」


 ばね仕掛けのごとく跳び起きた俺の眼前に広がっていたのは、テレビなんかでたまに見る事のある発掘風景に近いもの。

 周囲四方を岩なのか土なのかで出来た壁に包まれたまっすぐと伸びる通路だった。


「……おーけーおーけー、落ち着こう。まだ焦る段階じゃない」


 壁に手をつき、ゆっくりと立ち上がる。壁面は固く、どっしりとした安心感をもって俺の身体を支える。


 崩れはしないものの、そのまま手でなぞれば凹凸がある事が分かった。人工の通路か?どこなんだここ。


 というか、光源もないのにやけにはっきりと見えるのはなんでだ。


「——そうだ、紫葵ちゃん!!」


 最後の記憶、それは部屋の中に入った四人をとにかく部屋から出そうとしたところまでだ。そこからどうなってこの状況になったのか全然分からないが、他の四人も近くにいてもおかしくない。


 とにかく歩き回って探すしかない。


 こんな時に役立つのが左手法。恐らくだいたいは耳にしたことがあるだろう有名な法則。

 迷路なんかにいるとき、左手を壁に添えながら歩いていくと最終的には出口に辿り着けるというあれだ。


 欠点とかもあるらしいがそこまでは詳しく知らない。知らなくてもなんとかなるだろう、たぶん。


 と意気揚々と歩き出したはいいものの、少し歩いたところですぐに道が二股に分かれていた。とにかくこのよく分からない所から出るのも目的の一つだが、とにかく今は紫葵ちゃんや天理くん、真彩、そして紗菜を探すのが先だ。道が間違っていた時のために分かれ道なんかは極力ない事を願っていたんだけど、その願いはどうやらむなしく散ってしまったらしい。大人しく左側に行こう。


「——お?」


 左側に曲がってすぐ、何かを目がとらえた。視覚と脳の処理能力が正常に働いたのは丁度そこまでだった。


 何か、といってもそれは無機物なんかじゃなくれっきとした有機物、生き物だ。


 しかし、常識の中にあるのはそこまで。


 問題なのはその大きさにあった。


 全長はゆうに三メートルを超えるほどの威容を屹立させ、その口からは見るからに頑強な線の太い糸を幾束も吐き出している。


 その足元にはよくわからないが、節足動物のような特徴的な部位がばらばらにされ、その大きな部位の一つ一つを丁寧に糸でくるんでいるようだった。


 あまりの常識外の光景に竦んだように足が動かなくなる。本能がどれだけ警鐘を鳴らそうと、それに応えるはずの身体が未知に対する恐怖によって縫い付けられたまま動こうとしない。


 ふと、眼前で一心に繭を紡いでいた巨大な芋虫が振り向いた。

 その頭部と思われる部分には、目に当たる部位が見当たらない。それでも、その芋虫の意識が完全に俺に向いているという事を肌ではっきりと感じられた。


「う、ぁ……あああああ——!!」


 たまらず叫び声をあげて反転をし、そのまま後ろを顧みる事なく走り出す。


 なんだあれ!なんだあれ!なんだあれっ...!


 あんなものがいてたまるものか。なんだあれは。


 混乱に恐怖、焦燥と様々に去来する感情が行き場を無くして溢れていく。

 もつれる足をなんとか鼓舞しながら走り、いくつかの曲がり角を曲がった所でようやく壁に背を預け立ち止まった。


「はぁッ……、はぁッ……、ぁ……!」


 乱れた呼吸を整えながら、壁から少しだけ顔をのぞかせ今来た通路の様子を窺う。

 そこに追ってくるものがいない事を確認してようやく人心地ついた。


 いや、あれはおかしい。


 冷静に考えて、いや冷静でなくともあんなものが闊歩している事が未だに信じがたい。

 少なくとも子供のころに見ていた虫図鑑とかには出てこなかったし、あんなサイズなら一躍有名人になる事間違いない。人じゃないけど。


 というか今考えると、芋虫の足元に転がっていた節足動物っぽいやつの部位もばかみたいに巨大だった。

 ここの生態系はみんなそんな感じで巨大化してるってのか?芋虫であのサイズなら他の動物なんかはもっとシャレにならない大きさという事だ。


 なんというか、ガリヴァーの世界に入った気分だ。あの冒険記の中にも何もかもが巨大な国に迷い込んだみたいなやつがあったように思う。うろ覚えだけど。


 ともあれ、これで下手な行動は死を招くという事が分かった。冗談抜きの本気で。歩いた先にあんなものがごろごろいると考えるとこの場から動きたくない。逃げた先で会わなかったのは恐らく奇跡的でしかないのだろう。


「と言ってもそういうわけにもいかないんだよな……。天理くんがいればなぁ、絶対なんとかしてくれそう」


 天理くんへの過剰な期待は置いておいて、問題はこの先どうするかだ。

 正直さっきの出会いがトラウマでならないが、動かなければ見つかるものも見つからない。出口にしろ、天理くんたちにしろだ。


 慎重に、そう慎重に動けばいいだけの話だ。


 さっきのは今思うと無謀にもほどがある。ここがどんな場所で、どんなものがいるのかも分からない状態で呑気に何も警戒せず歩いていた俺自身が悪い。

 ここから先は全てに警戒して、五感を研ぎ澄まし、最悪を常に予測しながら進んでいこう。


 ひとまず、さっき来た方向には向かいたくないので、逃げてきたこの方向に左手法を使っていこう。


 ゆっくりと、あくまでゆっくりとだ。


「天理くんや真彩、それに紗菜はともかく、紫葵ちゃんが心配でならない……。というかなんで俺だけはぐれてんだよ……、ってあれ、置いてかれた?」


 いや。

 いやいやいやいや。さすがにそれはないでしょう。

 確かに俺はクラスではダイブ微妙な立ち位置にいる。それというのも天理くんと真彩に睨まれているからだ。


 天理くんの家、蓮花寺家といえばかなり古くから続く家元で弓道に秀でた名家だ。その道で知らぬ者はなしと言われるほどだが、蓮花寺家のすごいところは弓道に留まらず、その他数々の方面にも才を伸ばしている。


 そして、真彩の家、篠枝家はその分家筋でありこちらは華道を得手としている。

 分家は篠枝家の他にも多数あり紗菜の家もその一つだ。そしてそれぞれがまた異なった方面での特出者のため、全ての分家含めた蓮花寺家で見ると、その影響力は計り知れない。


 長いものに巻かれろ精神というのは怖いもので、そんな家柄よし、見た目よし、成績よしの天理くんに目をつけられたとあれば周囲の人間は対象が誰であれ、その牙を剥く。

 あんまり大きくなっていないのは、天理くんが直接俺に対して何かを仕掛けてくることがないからに過ぎない。


 正直天理くんに対して何かをした覚えなんかさらさらないが、今の状況を何とかしようとする気は早々に消えた。出来る気がまったくしなかったからだ。だから放置した。

 それでも和也みたいなお人好しや紫葵ちゃんのような天使に救われた部分もあったが。


「うん、天理くんや真綾、紗菜はともかく紫葵ちゃんが置いてくってことはないな!よし、とにかく第一目標は紫葵ちゃんと合流することにしよう!」


 雑念に思考を沈めながらも、警戒に満ちた足取りをゆっくりと進めていく。

 先の失敗から学んだことはしっかりと生かしていくのです。死にたくないので。


 一息ついたところからゆっくりと歩いて数分の場所。

 今現在たどり着いたその場所に現れたのは。


「嘘だろッ……!これフラグびんびんなやつじゃんッ……!」


 またしても悪夢のような分かれ道だった。




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