18 水面の花、英雄の星 ③
更新しましたー。天理くんサイドです。
——兆候はあったのだろう。
ケンタウロスの集落で魔物の間引きをしていた時に言われた言葉があった。
ここ数年魔物の出現数が右肩上がりになっているという発表が【教会】本山から出されたというのだ。
天理には過去の事は分からない。だが地球で言うところの野生動物のようなものと考えると、確かに数人がかりで一日かけて間引かなければ生活が脅かされてしまうほどというのは異常事態と判断せざるを得ない。
だからこそ、天理が今足止めを食らっているのも無理のない事だった。
「本当に魔物狩りの登録はしていないんだな? わざわざ隠すだけもったいないぞ?」
「本当ですよ。これは道中で襲われただけですので」
「そうかー。だがこれだけの腕前があるなら登録しておいた方がいいぞ? 色々便宜を図ってくれるからな」
「確かにそれは便利そうで……。身分証とかにもなったり?」
「そうだな。北に向かうとここより全然警備が厳しくなるからな。さすがに魔族との戦線近くの国だと無理かもしれないが、ある程度なら身分が保証されるから、出国や入国が楽になるところもあるな」
ありがとうございました、と律儀に頭を下げ、天理は仰々しく開け放たれた大扉をくぐり王都へと足を踏み入れた。
ケンタウルを出た天理は数日の時間をかけて【トルケーン王国】の王都へと辿り着いていた。だが、その道中には何事も起きなかったわけではなく、何度も魔物に襲撃を掛けられていた。
魔物は金になる。そう教えてくれた集落の人たちの言葉に従い、安物の紐と布袋で持てる分だけ運んできたのだが、それでもそこそこの量だったようで、王都に入る際に検閲にあったというわけだった。
「ようやく……ここが、王都か……」
外門をくぐり抜けた先で天理は感慨深げにそう呟いた。
何しろクラスメイトを探し出すことを決起した時からもうすでに何日も時が過ぎている。
天理の気が逸るのも無理はない事だった。
だが、それを抜きにして天理は目の前の王都の街並みを、驚愕と感嘆に彩られた表情で眺めていた。
そこには日本の街には及ばないものの、それほど遠く離れていない街並みが広がっていた。背の高い建物が数個奥の方に鎮座していたり、道行く人々が忙しなく歩き回っていたりと、だ。
そうした文明力を感じさせる街並みの中、調和しつつも一層目を引く巨大な建造物——王城が王都に入るものを歓迎するかのように聳え立っていた。
「おい、あんた。こんな所で突っ立ってんなよな!」
「あっ、すみません!」
声をかけられてようやく天理は自分が入り口の大扉を抜けたすぐ先で棒立ちをしていることに気がついた。
慌てて横に避けるも、その男は軽く舌打ちをして何も言うことはなくその場を足早に去っていく。
その後に続くように何人も天理の目の前を通り過ぎていく。
王都というのはよほど人の集まる場所なのだろう。
それもそのはずで、ここトルケーン王国は周辺国において屈指の列強国という事で名をはせていると天理は聞き及んでいた。そのような国の王都となれば人も集まるというものだ。
だが、人が多いという事は今の天理にとってはありがたいことでしかない。
なにしろ天理がはるばる王都まで来たのは、転移事件による星の雨の目撃者に話を聞くためなのだから。
「とりあえず、言われた通り魔物狩りの登録にでも行こうか。そこでも何か話を聞けるかもしれないし」
場所は親切にも守衛の人が教えてくれていた。
人混みを掻き分けながら、聞いていた道や建物を目印に幾ばくか歩いたところで目的の建物が見えてきた。
「ほ、本当にここか……?」
思わず呻き声が漏れ出る。
天理の目前、でかでかと【魔物狩り募集中】との看板が提げられたその建物だったが、なんというか、奇抜な外観をしていた。
王城が見事なまでに近代化した街並みと調和の取れた外観をしていたなら、この建物はそれと相反する方向性を持っていた。つまるところ、場違いなまでにファンタジー色を出していたのだ。
その筆頭が、入り口近くに鎮座している竜と思われるものの首のはく製だろう。
物語に出てくる竜そのままのような風貌で、鱗は一つ一つが鋼のような光沢を放ち、少し開けられた口からは短剣のような鋭い牙がその身をのぞかせている。
恐らくはこれも魔物なのだろう。それも今まで天理が狩ったものとはまるで桁の違うかなりの上位な。
首だけでこれほどまでの威圧感なのだ、本物と相対した時には恐らく震えで身を動かす事すらままならない。
だが、気圧されたようにいつまでも突っ立ったままではいられない。天理はクラスメイトを探しに来たのだ。
魔物のような危険因子が闊歩するこの世界では、時間はほとんど残されていない。一刻も早く見つけ出し、保護しなければ目も当てられない結果になってしまうのは明らかだった。
ゆえに、意を決して天理は魔境のようなその建物に足を踏み入れた。
「————」
建物の中には思いのほか多くの人であふれていた。それほど魔物狩りというのは需要がある職だということだ。
端にあるテーブルを囲み話し合いをしている者、壁に貼り付けられた紙に手を伸ばす者、大声で喚き散らす者、そしてぶしつけな視線を送ってくる物など、ざっと視線を巡らせただけでも様々な人がいる事が見て取れた。
登録が行えると教えて貰った受付は簡単に見つかった。入り口から入ってすぐ目の前のカウンターだ。そこには数人の受付員が担当する窓口にてそれぞれ対応を行っていた。
窓口にはバレーボール大の球体が取り付けられ、それが謎の輝きを放っている。
そこに立つ受付員も女性が多くを占めるようで、なおかつ見目麗しいものばかりだった。
「どういうシステムなんだ? そこまで聞けばよかったか……」
後悔を口にしても遅い。
とにかく人のを見て判断しようと、奥に取り付けられているテーブルの元に向かった。
どうやらその場所は小さいバーのような役割を果たしているようで、大柄な男たちや、簡単な鎧に身を包んだ女性なんかがちびちびと酒に浸っている。
さすがに酒を嗜むのはまずいと判断した天理は、テーブルに着くと備え付けのメニューに目を走らせ、酒以外のメニューを探した。
「おう、あんちゃん。ここは初めてかい?」
そんな天理に声をかける者がいた。
メニューから目を離し、声の元に目を向ける。
一目見た印象は、小者というものだった。
男にしては華奢な体つきに、骨ばった顔。ぎょろついた目は愛嬌の欠片もなく、一点を見つめるのではなく絶えず視線をさまよわせている。
愛想笑いのようなものを張り付けてはいるがどこか胡散臭い印象をぬぐい切れない。
まさに小悪党のような男だった。
「初めて、ですが。あなたは……?」
「こりゃすまねえ。礼儀ってもんを生まれた時に母ちゃんの腹の中に置いてきちまってな。俺はルイドってんだ、よろしくな」
「……テンリと言います」
「ん? この辺の出身じゃねえな。東らへんの響きか? まあそれはいい。……あんちゃん、魔物狩りになろうってんならいい話があるんだが、どうだい?」
わざとらしく声を潜め、手で口元を覆い隠しながら、ルイドは天理にそう告げた。
明らかに怪しい。天理は直感的にそう判断した。
この手の話はたいていろくでもないものばかりだ。こういう手合いは相手をせずに即刻話を断ち切ってこの場を去るのが賢明だろう。
「あぁ、待て待て! あんちゃん、絶対誤解しているぜ? 別に何も後ろ暗い事をさせようってんじゃねえ。ただ見たところ、あんちゃんの狙いは星の雨、だろ?」
探るように覗き込んでくるルイドの言葉に、天理は自身の心臓が一拍大きく高鳴ったのを自覚した。
それを見て取ったのか、我が意を得たりとばかりに得意げな表情となったルイドはそのまま言葉をつなげる。
「なあに、難しいことじゃねえよ。ここ最近あんちゃんみたいなのが増えてるんだよ。魔物が急増してるって声明が出されて、それを後押しするようにSランクの魔物狩りが何人か行方不明となった。そこに加えてあの不可解な星の雨だ。あの中から終焉を告げる魔物が舞い降りるって言ってるやつもいる。魔族側だって怪しい動きをしてるんだ、どうあれ魔物狩りになって自衛したい輩も出てくるもんよ」
「星の雨から、魔物が……? そんなばかな……」
星の雨は転移されたクラスメイトたちという天理の推測は間違っていたのだろうか。
だとしたならば、探し出すための導が無くなってしまう。
星の雨という分かりやすい指標があったからこそ天理はクラスメイトとはそう遠くないうちに会えるものだと思っていた。
しかしその前提が間違っていたとすればどうだ。楽観的な天理の思考は根本から覆ってしまう。
「あんちゃんはそこらの輩より星の雨について思い入れがありそうだな。そこで、話は戻るんだが、あんちゃん。星の雨についてのいい話、聞きたくないかい?」
その問いに、天理は一も二も無く頷いた。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
次の更新は恐らく四日後の火曜日になると思います。読んでくださる方、本当に申し訳ございません。