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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第一章 大地の洞
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17 受難 後編

ここで一区切りで、次回は天理くんサイドになります。






 槍のような速度で全身をしならせ飛んでくる魔法で作られた自身の影を、なんとか見切って同時に最小限の動きで躱していく。


 何度も食らった動きだ。既に目は慣れ、身体は動くようになっていた。


「誰も俺を捉えることは出来ない——」


 だが一度避けたからと言ってここで安堵し、気を抜くようでは最初のころとなんら変わることが出来てはいない。すぐに追撃を許す事となり、瞬く間に意識を刈り取られる事になるだろう。


 捻った身体を戻すことなく、そのままその場で横方向に跳躍。転がりながら俺は影の動向に注視する。影は俺が先ほどまでいた場所に、床を抉った状態で蹲っていた。


「当たったらミンチだな……」


 何度見ても恐ろしい破壊力だ。俺を写し取った影とは思えない。


 これまで影を相手取ってみて、俺の身体能力では到底影のそれには追いつけないということがはっきりと分かっていた。


 正直天と地ほども差があると言っていい。だからこそ、影を打倒するためには正攻法ではまず無理だと判断した。


 そこで俺がとった方法は、自滅を誘うというものだ。身体能力が高いという事は、裏を返せばそれだけのエネルギーが身体にかかるという事だ。


 今のがいい例だろう。自らの突進の速度を殺しきる事が出来ずに思いっきり地面に衝突していた。ある程度のダメージが通っているため、影の身体からはまるで血が流れるように黒い液体が零れている。


「だけど、これだけじゃあ倒せないよなぁ……」


 ゆらゆらと立ち上がった影を見て、俺は呟く。


 影は生身と違い、疲労や怪我による動きの変化は見られない。どれだけ時間がたっても、どれだけ傷を重ねても、一向にその戦闘能力に衰えはなく、初めと同じ速さ、力強さでもって俺を追い詰めるのだ。


 つまるところ、俺には決定打となりえるものがない。


 魔力の感覚は未だつかめないでいた。最後の一歩があまりにも遠いのだ


 なんとなくで出来た魔力視とは違い、魔法というものは自らの意志を明確にもった上で発動しないと発動しないという。


 魔法が使えればお前でも倒せるとのお達しはあったから、なんとか出来ないものかと奮闘しているものの、いくら影の打撃を受けたところでただ痛みだけが募るのみで、いきなり力に目覚めるということは全くなかった。


「————ッ!!」


「今更そんなもん食らうか……よッ!」


 相変わらず猪のように突進をしてくる影。すれ違いざまに繰り出した俺の足蹴りをモロに食らい、俺とは反対方向に吹き飛んでいく。


 俺も影の力に押されるようにして背後へと吹き飛ぶ。


 これなんだよ。いくらカウンターを仕掛けようとも、身体能力の差でこっちまで吹き飛んでしまう。


 しかも……実を言うとこれ、蹴った右足折れてるんだよな。

 すぐ直るけど痛いものは痛い。なるべくやりたくはない。


 足を折ってまで攻撃したにも拘らずけろりと立ち上がってくる影を見ると、倒す事なんか不可能なんじゃないかと思えてくる。


 だけど、何回か鍛錬を終わるためにミノットが首ちょんぱしてるのを見たことがあるからやっぱり倒せることには倒せるんだよなぁ……。


「足りないのは集中だ——あの時の感覚を思い出せば何か掴める。それは分かってるんだけど……」


 この状況であそこまで深く集中できるとは思えない。


 いや、勝つにはやるしかないというのは分かってはいるんだけど。


 そういえば、子供のころ常に冷静でいるための訓練みたいなのをした覚えがある。正直俺は半信半疑すぎてあまり気が乗らなかったが、天理くんなんかはそれはもうノリノリでやっていた。


 今こそあれを使うべきなのに、なんで子供のころの俺は真面目に話を聞いていなかったんだ……!


「——危ね!? ちょっとくらい時間をくれよ、まったく!」


「そう言われて時間をくれるやつなんているのかしら。ましてや影なんて話を聞くわけがないのよ」


「分かってますよぉ!」


 暇だからって独り言に返答しないでほしい。あ、露骨にあくびなんてしてやがる。


 いや、ちょっと待てよ。


 今もミノットはいつも通りに宙に腰かけている。だけど翼もなしに浮けるとは思えない。さすがにファンタジーだから断言は出来ないが、恐らく魔法の一種なんじゃないだろうか。


 今までは影にばっかり意識が持ってかれていて、気にしていなかったが、今ふと魔力視を発動した状態でミノットに目を向けてみて初めて気付いたことがある。


 それは、渦巻く体内の魔力には出所があるという事だ。


「——ふぐぅ!?」


 脇腹に鮮やかなまでの横蹴りを食らう。あばらが何本か折れたが、今はそれどころじゃない。ようやく糸口を掴んだ気がしたからだ。


 影からの連打を受けているにも関わらず、俺は視線をミノットに固定させる。ミノットはそんな俺に嫌悪の表情を浮かべているが、気にしている暇などない。


 魔力を辿れ。根源を探れ。

 どこだ、どこだ、どこだ。


 ——あった。ついに、見つけた。


「かッ……は……」


 同時に身体全体にすさまじいほどの激震が走った。

 身体の内側——その何かを大きく揺さぶられるような、不快感に似た衝撃。


 いや、何かはもう分かっている。俺の身体にも、影の身体にも、ミノットの身体にも絶える事のない水流のように流れているもの、魔力だ。


 今はっきりとミノットの流れを辿ってみて、ようやくその存在を確認することが出来た。


 俺は腹部を貫く影の右腕に、自分の両の腕を絡める。

 抜こうともがく影だが、当然逃がすわけにはいかない。


「なあ、(おれ)よ。もういいだろ? 俺は間違ったんだよ。逃げるべきじゃなかったんだ。受け止めるべきだったんだよ」


 俺は言葉を紡ぎながら、感知した魔力を操る。

 魔力視である程度慣れていたからだろう、思っていたよりも滑らかに、それこそ身体の一部のように操ることが出来る。


「俺は変わるよ。もう間違えないために。天理くんたちを見つけて、元いた場所に変えるために」


 イメージは自然と溢れてきた。

 俺が植物の中で一番好きな部分だからだろうか。それとも自分の一部である名に含まれているからだろうか。


「——今まで俺の逃げ場所になってくれてありがとう。『葉切りの影』」


 口をつくように出てきた言葉をそのまま詠唱する。


 すると俺の影から数えきれないほどの黒い葉が渦を巻いて舞い上がった。

 まるで生き物のようにねじれ動くそれは、獲物を見つけた猛獣の如く獰猛に影を捉えて包み込む。


 耳に響く異音は人体が破壊される音だ。


 叫ぶことの出来ない影の代わりにその身体が悲鳴を上げている。


 だがそれもほんの数秒の事だった。

 波が引くように消えていった葉の渦。しかしその場所にはもう何も残っていなかった。


「一応、おめでとうと言っておくのよ。まさかいきなり上級の魔法を使えるようになるとは思っていなかったかしら」


「上……級……?」


「そうよ、今のは影嵐(ウィ・ムーノ)ね。まあまあの出来なのよ」


 あれ、なんか俺が詠唱したのと違うぞ?


 ……なんか恥ずかしい。忘れよ。


 何にせよ、目標の第一段階だった魔法の発動はクリアした。順調に強くなっているような実感が湧く。

 この調子でいけば、ここから出られるようになるのもそう遠い事ではないのかもしれない。


「やっぱりお前の適性は影魔法だったのよ。(わたし)と一緒でよかったわね。存分に教えられるわ」


 影魔法か。なんか陰気って感じがしてちょっとぴったりかもしれないな。


 これで魔力を出してみるとミノットみたいに真っ黒なのが出てくるのか。


 心の中の厨二魂が疼きそうだ……!


 それらしく姿勢を整え、手のひらを上に向ける。


「せえい! 魔力よ出ろぉ!」


「だから別にそんな掛け声なんていらないのよ」


「こっちの方が気分が上が——ん?」


 魔力が、出ない?

 え、嘘だろ?

 なんでだ?魔法は撃てたのに?


 俺の手のひらからは闇色の球体が出てくることはなく、すっからかんのままだ。

 訳が分からなくなり、助けを求めるようにミノットに視線を向ける。


「驚いたのよ。お前、本当は何者なの?」


「え? ど、どういう……?」


「魔力は確か出ているのよ。しっかり魔力視を使いなさい」


 あ、そうか、魔力視で見てみれば出ているかわかるのか。


 視界を切り替え、手のひらをこれでもかと凝視する。


 で、出てる!

 もやもやと出てるぞ!


「出てはいるけど、これって——」


「そう、お前の魔力透明なのよ。かなり珍しい部類かしら」


「え、じゃあ適性の魔法は……? なんで影魔法が」


「……癪なことだけど、分からないのよ。本当に珍しい色、ということだけは言っておくかしら。適性魔法の事もそうだけど、影魔法が何故使えたのかも分からないわ」


 魔力を出せるようになった。魔力視だって。

 一応魔法も使えるようにもなった。


 だというのに、結局最後には謎が残ってしまった。


 魔力が透明。どういう事なのだろう。

 出来損ないだったり、珍しいだったり、どうやら異世界においての俺の立場はゆらゆらと揺れ動いているようだった。






最後まで読んでくださりありがとうございました。

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