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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第一章 大地の洞
16/120

16 受難 中編

いつも通りの時間に間に合わなかった!!

これからはないようにしていきたい……。






 ここ数日で俺は吸血鬼になったことの恩恵を一番に感じていた。


 これまでより明らかに身体が動くのだ。それはもう今までが錆びでガタがきた機械に思えるほどに。


 地を抉る勢いで踏み込み、飛ぶように跳躍する。腕を振り払えば空気がうなりを上げ、動かそうと脳が指令を送ったその瞬間には微細のずれすらなく身体がその命令に従う。


 吸血?いやそれは俺にとってはデメリットでしかない。恩恵であるはずがない。


 だからと言って、俺が人外の動きを出来るわけでは決してなかった。結局は人間の枠の中に当てはまり、なおかつトップレベルの人種には及ばない程度——のはずだった。


 それがどうしたことだろう、数日前からミノットによって強制的に相手をさせられている俺をかたどった影人形は明らかに俺の身体能力のそれを超越していた。


 だって、上段蹴りの衝撃波で身体が少し浮いたんだよ?

 明らかに人を辞めているだろ。

 あれが俺の写し身だなんて百人に聞いても百人が笑うだろう。見た目が似ているだけの別人だ。


「——」


「待って待ってま……おぶッ!?」


 無音の裂帛から繰り出された右ストレートが見事に俺の頬を打ち抜く。


 完璧だ。世界だって狙えるよ。


 あまりの衝撃にちかちかと点滅する視界を気にしている暇もなく、吹っ飛んだ俺に追撃をかける影の気配を感じ取る。


 容赦ないんだよこいつ。


「そう何度もやられ——うひゃっ!? ……話の途中だろうが!!」


 しゃべる暇すら与えてくれず、型もなにもない連続攻撃によって俺は壁際に追い詰められていく。


 避けることが出来ていると言っても間一髪でのことだ。いやそれだときっちり避けているから、布一枚ほどに毎回痛手を抑えているといった方がいいか。


 とにかくがむしゃらな動きが功を成し、今の所は致命傷を受けずに済んでいる。


 最初の訓練から体感的には一週間ほど過ぎている。

 その間ずっとミノットに叩き起こされては自分の影と戦い、終われば気絶するように意識を失うといった生活を繰り返していた。


 幸いな事に吸血鬼というのは生活する上での必須なこと、例えば食事などといったことがほとんど不要だった。


 吸血で事足りるのだ。それも一回の吸血でかなり持つという。


 俺もミノットから賜った以来吸血衝動はまったくと言っていいほどに鳴りを潜めていた。吸血鬼がかつて最強の種族と呼ばれていた一端を垣間見たというわけだ。


「こんだけ血吐いてんのに、まだ魔法使えないなんて笑えてくんなッ——!!」


 そう、俺は未だに魔力の【ま】すら出せない状態のままだった。


 だが、方向は間違っていないはずだった。

 ここ数日の鍛錬の成果なのか、ぼんやりと影人形の内側を渦巻く名状しがたいものが感知出来るようになったのだ。


 ミノットに聞いてみたところ、それは魔法に変換された後の魔力なのだそうだ。それは原則として視認できるものではなく、自らの体内で魔力を目に集める【魔力視】という技術によってのみ認識出来るものなのだという。


 つまり俺は魔力を出すという初歩的な事を出来るようになる前に、その応用である魔力視が出来るようになったというわけなのだ。


 ……ほんとに意味わかんない。どうなってんだ俺の身体。


「あと二分三十二秒で最長記録達成なのよー」


「なんでいちいち数えてんですか!?」


 というか集中乱さないでくれよ、これでも俺は手一杯なんだ。


 恨みを存分に込めた視線をミノットに送るも、彼女は素知らぬ顔で宙に腰かけている。


 文字通りの高みの見物だ。俺が吹っ飛ばされた時なんか押し殺した笑いさえ聞こえる時がある。


 助言を送ってくれることもなく、ただ俺が影にやられているのを楽しみながら観戦しているだけだ。なんという性格の悪さ。だけど怖いから何も言えない。


「ほら、よそ見しない」


「誰の——げほぁ!?」


 誰のせいだぁ!!


 ああ、くそ。確かに身体の動かし方は大分ましになってきたけど、魔力を扱えるイメージがまったくといっていいほど持てない。


 本当にこんなのを繰り返していて使えるようになるのだろうか。


「……今日はもう終わりなのよ」


 吹き飛ばされたまま復帰しない俺を見て、ミノットがそう呟いた。

 さすがに見かねたのだろう。自分でも動きが精彩を欠いているのが分かった。


「……くそっ」

 

 結果の見えない努力というものは何よりも辛いものだ。それは俺自身がよく知っていた。


 だからこそ、俺は努力をしないまま、そこそこの結果を出して満足していたのだ。

 その悪い癖が今なおもって健在していた。


 ——ふとしたときに思ってしまうのだ。ここにずっといる生活も悪くはないんじゃないか、と。


 ミノットとともに鍛錬に使用しているこの部屋は、居住区の入り口から大分奥に来た所にある大部屋だ。

 さらに、ここから奥に行ったところにローズの部屋がある事は既に確認している。そのことから考えると、この居住区はかなり広い空間を占めている事が容易に分かる。


 そんな空間を、今現在ミノットとローズの二人で暮らしているのだ。当然、そこには空き部屋というものが出てくる。


 いつも気絶した俺が運び込まれている部屋にしてもそうだ。部屋の内装の雰囲気からミノットが使っている部屋だと勝手に解釈していたが、他の部屋をさり気なく覗いてみたところ、どれもだいたい同じような内装だったことから、この迷宮を作った人の趣味だと思われる。


 最初にちょっと興奮していたのが馬鹿みたいに思える事実だった。


 ともあれ、ここに永住することをミノットが許してくれるかは別の問題だ。今はこうして身を置かさせてもらえているが、いつ気が変わるかもしれない。


「……やっぱり天理くんや真彩、紗菜、紫葵ちゃんは俺が探さなきゃ、だしな」


 結局は俺の弱さなのだ。嫌な事から逃げて、逃げて、逃げて逃げて逃げて、楽な事だけを刹那的に甘受する。何も変わらない大嫌いな俺自身。


 だけど、だからこそ、こうして自分自身の影と対峙してみて思う事がある。


 これこそが、今までの俺なんじゃないか、と。

 

「——だからこそ、負けるわけには、逃げるわけにはいかないんだよ」


 自分自身に言い聞かせるように、口の中で小さく己を叱咤する。 


 そう、負けるわけにはいかない。大嫌いなこれまでの自分だからこそ、俺は今自分自身を打ち負かせたい。


 人が変わるためには大なり小なりなんらかのきっかけが必要だ。

 だからこそ、俺はそのきっかけとしてこの影との対決を選んだ。


 ここで勝つことが出来れば、今までの自分から変わる事が出来るような気がしたから。だから——、


「出来る、俺はまだやれるよ」


「……ふん、ならせいぜい頑張るがいいのよ。今度だらしない姿を見せたらもう見てやらないかしら」


 それはとても困るなあ。

 ミノットに見捨てられたら本当に俺は為すすべが無くなる。


 俺は深く深呼吸して、今一度自分自身の影を見据えた。


 それから意識して不敵な笑みを張り付ける。


 打破できる方法は見つかっていない。見つかってはいないが、覚悟はいっちょ前に決めた。

 その覚悟に恥じないように、俺は持てる全てを出し切ってこの状況を乗り越えてやる。


「さあ、覚悟はいいか(おれ)。俺はもう準備万端だぞ」


 顔色一つ変える事のない人形のような自分自身に言葉を投げつける。


 これまでの俺に対して、これから変わろうとする俺からの宣戦布告だ。心して受け取ってくれ。


 俺はこれまでになく透き通った気持ちと、軽い身体でもって己の影と対峙した。






 ——俺が影を制することが出来たのは数日後の事だった。






最後まで読んでくださりありがとうございます。


何気にブクマとか評価がされてて私は嬉しい。

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