15 受難 前編
更新しましたー。
何事を行うにも、一番大切な事とはイメージすることだと俺は思う。
誰かとコミュニケーションを取る時だってそうだし、スポーツや勉強の時だってそうだ。大きな結果を求めるには大なり小なり、その結果を得た時に自分をイメージする。そうすることで必ず成功につながると俺は思っている。
だからこそ、俺は今まさに成功する自らを思い浮かべる。
上向きにした右手首そっと左手を添え、足は肩幅、視線は手のひらの中心に一直線。
意識を集中し、雑音を排し、最後にもう一度成功のイメージを思い浮かべて——、
「ふぅぅ……よし。——せぇぇぇい!!」
意気軒昂に掛け声まで上げて、俺は魔力を練り上げた。
イメージは完璧だ。加えてミノット謹製の魔法に無謀にも身を投じてさえいる。
それらが合わされば失敗することなど考えられない!
「お前が立派なのはその掛け声だけね……」
「なぁぜ出来ないぃぃぃいいい!!」
ミノットの憐みの十分に籠った視線を受けながら、俺は頭を抱えて絶叫した。
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「お前、絶海から出てきて、『掴んだ!』とか言ってなかったかしら……」
「はい……、返す言葉もございません……」
そう、俺は本当に何かを掴んだと思ってたのだ。
絶海という物騒な名前の魔法をこの身で受け、一寸先も見通せないような無理解の闇の中で、四肢の先から腐っていくというようなこの先絶対に体験しないだろう状況に耐えながら、俺はその極限の先で天啓にも似た光明を見出したはずだったのだ。
さすがにそのままの状況では続行は難しく、その場はお開きになった。
しかし、気絶するように意識を失ったと思ったら、ミノットにたたき起こされた衝撃で無理やり目覚めさせられた。そのままの勢いで広い部屋に連行された後、『やってみるのよ』との仰せに従ってそれ来たと意気込んでやってみたのだ。
結果は見事に失敗。
ごみを見るような目で見下ろされながら、なんとか感覚を思い出しながらあらゆる方法で試してみたけれど、結局はすべて徒労に終わった。
そうしてそれが数度続き、今に至るというわけだ。
ミノットが呆れた表情を浮かべるのも当然というものである。
想像ではもっとこう、簡単に出来るはずだったんだけど、やはり現実はままならない。
というか元々こういう感覚的なものは苦手なんだよな。理論的に組み立てられるものが好きです、はい。
「魔力を出せなかったら魔法を使うのは無理なのよ。強いやつなんかは自然と垂れ流れるからそれ自体が鎧の役割をしたりするのよ。剣士や戦士なんかの気力と同じかしら。もしかしたら戦士の方が向いてるんじゃないかしら。吸血鬼の不死性と戦士は結構相性がいいから少なくはないのよ」
「肉弾戦はちょっと……別に運動神経とかよくないし」
「ふうん? まあ、吸血鬼の身体能力でもって負けるとしたらそれは相当な強者なのよ。やばいやつは不死性概念ごと断ってきたりするからお前も慢心しないようにね」
不死性の概念ごとってなんじゃそりゃ!?
どうしようもないじゃないか!
近接職は化け物って覚えとこう。
「ともあれ、少なくともお前に影魔法の適性がある事はほぼ確かなのよ。それなのになんで魔法が使えないの。こんな事でローズを起こすのも嫌だし、なんとか魔力を出せるようになるのよ!」
そうは言うものの、とっかかりがまるでないのは問題だ。
どうにかしてもう一度あの感覚を思い出せないものか。
「お前、もう一回魔法食らってみる?」
「え、いや、え」
「だってお前それで何か掴んだんでしょ。なら出来るようになるまでそれを繰り返すしかないのよ」
理屈は分かる。正直俺もその結論に到達しておきながら、わざと目を逸らしていたところもある。
だって、魔法を食らうんだよ?
正直絶海は想像を絶していた。
最初はただの目くらまし的な魔法かなと思っていたのだ。さすがに攻撃要素のあるものは使ってこないなと。
完全な間違いだった。あれは一歩間違えれば死んでもおかしくない。
後からミノットから聞いたところ、四肢が腐ったりするのは幻覚だったらしいが、それでもやばい。精神が持たない。
「えっと、こう、あまり身体に悪くないのってないんですかね……」
「そんなもの使えるわけないのよ」
なんて脳筋!
もしかしたらミノットって教えるのとかめちゃくちゃ下手くそなんじゃないか?
いや、俺はまだ教わる前の段階で止まっているけど。
「やるしかないのかぁ……。確かに魔法は使ってみたいし」
「こっちの準備は万端なのよ。いつでもいけるわ」
「なんでそんなやる気満々なんですか……。分かりましたよ、お願いしますよ……」
「よしっ、じゃあ行くのよ。——写し身は、己を穿つ」
「えっ、ちょ、詠唱っ……!?」
「——影身」
俺はミノットが魔法を唱えたと同時に身構えた。影魔法というのは基本的に影を媒介として発動するという。だから影に気を付けていればある程度の魔法には対応出来るというのはミノットの談だ。
だから俺は何が来てもいいようにミノットの影に注視する。それだけで少なくとも奇襲のような魔法は防げるというわけだ。
だからこそ俺はミノットの動きに何より早く気付くことが出来た。
ふと思い立ったかのように指先を目の前に、つまり俺に向けてぴんと張るミノット。
なんの魔法だったんだ?
もしかしたら身体強化系とか?
だとしたら指先からビームでも出るのか?
殊更身構える。
だがそんな俺の杞憂をそっちのけで、ミノットは何をするでもなく、ただ一言告げる。
「後ろよ、ばか」
「——ぇ?」
その声に釣られるように振り返り、俺はようやくそこで自分が盛大に間違っていたことに気が付いた。
注意するべきはミノットの影ではなく、俺自身の影だったのだ。
弾けるように俺の影から飛び出した黒い塊。
それは俺から少し離れたところに音もなく着地した。と思うと、見る間にその形を人のものへと変えていく。
現れたのは、俺だった。
少し癖のある髪をだらしなく垂らし、眠そうな目をこちらに向けている。
平均的な身長ではあるが、少しの猫背のため、小さめに見られる事が結構コンプレックスだったりする。
服もミノットがどこからか調達してきた今着ているものと細部までまったくといっていいほどに同じだ。
だが、影ゆえなのか全体的に浅黒い感じはする。
「これで魔法は食らえるし、身体の動かし方も分かる。一石二鳥なのよ」
俺がその言葉に反応する前に影は力強く地を蹴った。
途端に弾丸のように迫りくる影。俺は反応すらすることが出来ずに、思い切り腹部に頭突きを食らった。
「ん? なんか予想より強いかしら?」
壁に激突し、酸素を求めてあえぐ暇もなく、影が肉薄する。
それを見て取った俺は慌てて転がるように横転した。瞬間、壁を大きく抉りながら影が着弾した。
「ちょ、ちょお!? ミノットさん!? なんですかあれ!?」
「おかしいのよ。普通は対象者と同じか少し弱いくらいの影が現れるはず。まあ、死にそうになったらさすがに止めるのよ」
「理不尽!」
そこからしばらく俺は自分自身との鬼ごっこを楽しんだ。
そりゃあもう必死に。命がかかっているので。
何しろ身体能力が桁外れだ。魔法はやはり使ってはこないものの、もうその肉体が魔法のようなものだ。
結局なんども死にかけては再生しを繰り返して、俺がろくに動けなくなった頃合いを見計らってミノットが影を首ちょんぱした。自分がされたみたいでつい首元をさすってしまうくらいの鮮やかさだった。
聞いたところ影だし気力や魔力を纏っていないそうなので、柔らかいのだという。意味不明だ。
結局その日もバテバテになって何も得る事がないまま終わっていった。
帰りがけにミノットが、これ、いい修行なのよ、とか言ってたのが不思議と耳に残った一日だった。
最後まで読んでくださりありがとうございます。