14 魔力修行
このくらいのペースがかなり楽なんですけど、自堕落な作者だとだれてしまってストックが溜まらない……。
「ぐっ……あぁああぁああ!?」
それはするどく突き刺すような痛みというよりは、身体の奥底からジクジクと湧き上がる鈍い痛みだった。
胸から始まり、四肢に、そして頭までにその痛みは広がっていく。継続的に、まるで内側から木づちでこじ開けられるようなそれは、俺の身体を知らず暴れさせる。
——だが、拘束された俺の両腕両足はびくともしない。
まだ動かす事が出来てればよかった。そうすることでいくらかの気を紛らわすことが出来るからだ。
しかし拘束されていればそうすることすら出来ない。俺に出来る事はただただ僅かに身をすくませ、襲い来る鈍痛を耐え忍ぶことだけだった。
「我慢するのよ。言っとくけど、これはお前を救うために仕方なくしていることだから、妾を責めるのはお門違いかしら」
そんな事を宣うミノットに返答している余裕すらない。
痛みに呻き、砕けるほど歯を食いしばるのみだ。
そんな俺をミノットは無感情に眺める。少々苛立たしい。
程なくして、痛みは嘘のようにすっと抜けていった。
それを見て取ったのか、するりとミノットの影に吸い込まれるようにして、四肢を拘束していた影は消えていった。
「ミノット、さん……今のは……?」
「禁忌の代償なのよ」
「禁忌……?」
息も絶え絶えな俺に、ミノットはそっけなく答える。
その言葉の不吉さに思わず背筋がぞっとした。
「そう、禁忌よ。吸血鬼というのは血を操る種族。血というのは生命の源よ。それが特に吸血鬼では顕著なのよ。だから吸血鬼がもし同族の血を吸ってしまえば、体内でお互いの血が喰い合うのよ」
「血が喰い合う……」
「それがさっきの痛みの正体よ。妾の神祖の血だから、さぞかし痛かったはずよ」
痛いのはミノットのせいもあるのかよ。
というか神祖ってなんだ。字面がやばいんだが。
「それに、禁忌って言うからにはほかにも副作用があるのよ。まあ、一時的に吸血鬼の能力が使えなくなるだけだけど」
「え、それやばくないですかね」
「そうなのよ。これで妾はいつでもお前を殺せるのよ」
うっそだろ!?
ちょっと待ってくださいよ。なんでそんな大事な事先に言ってくれないの?
絶対わざとだよね?殺意全開すぎんよお。
「冗談なのよ」
そういう冗談はよくないって言ってるだろぉ!?
♦
「お前を強くしてやるのよ。具体的にはここから出られるくらいに」
吸血騒動から少ししたところで、ミノットが唐突にそう言った。
「えっと、具体的にはどうやって……?」
「——? 何を言っているの。強くなるには死にかけるしかないのよ」
そんな事はない。絶対にそんな事はないんだ。
どこの戦闘民族がそんな考えを持っているんだよ。
しかも、今俺吸血鬼の能力なくなってるんじゃないの?
普通に死にかけたらだめだって。
「何なの。不満がありそうな顔ね」
「ふ、不満というか。あんまり意味もなく死ぬのはどうかなって...」
「ローズが言うからお前はちゃんと妾が死なせないのよ。それに今日の所はまだ迷宮に箱詰めしてやるのはしないのよ。今日はお前に魔法を教えるわ」
ついに俺も魔法を使う時が来たぞ!
この瞬間をどれだけ待ったことか。
魔法を使えばなんだって出来るんじゃないかって気持ちになってくる。絶対期待しすぎだけど。
「まずお前の適性を見たいのだけど、ローズもいないし原始的なやり方で判別するのよ。お前、半分ほど魔力を手のひらに出してみるのよ」
こうよ、と言ってミノットは手のひらを仰向けにし、俺の目の前に持ってきた。
その手のひらの上にみるみるうちに黒い影のようなものが集まり、球体を成す。
恐らくこれが魔力なのだろう。ミノットは影魔法しか使えないと言っていたし、自分の属性が魔力として出るという事だろうか。
やり方は分からないが、見た感じとても簡単そうだ。
ミノット曰く俺にも影魔法の適性があるようだし、他にも適性があったりして。
「ふんっ……! あれ? ふんんッ……!」
出ないすわ。なにこれ。
「……お前、まじめにやるのよ」
「いや、待ってください! やってるんですって! これ、大真面目です!」
「なんで魔力も出せないのよ……。ローズみたいに先天的に魔孔がおかしくなってたりするのかしら? それとも単にコレが馬鹿なだけ?」
いや出来ると思ったんですって。簡単そうにするのが悪い。
というかやっぱ魔法関係無理なのかな。魔法みたいなのは無いと言ってもいい所から来たんだし。魔力を出せとか言われてもさっぱりわからん。
それともミノットが言うようにどこか悪かったりするのか?
やっぱ出来損ないってだけあって欠陥はあってもおかしくはない。自分で言ってて悲しくなるけど。
「こう、どんな感じで出すのかを教えてもらえれば、なんとかなりそうなんですけど……」
「どんな感じって言われても、普通は赤子から成長するにつれて自然と身に着けていくものなのよ。ローズでさえ最初から出来ていたのに、お前はどうしてこう……」
「えへへ~」
「お前ぶっ殺すのよ」
うーん、聞いた感じ母国語みたいなものか?
あれだって赤ちゃんのうちに自然と身に着けていくしなあ。それも親がしゃべるからこそなんだけどな。
そんな感じで魔力出すのを見るか、むしろ魔力をあえて受けてみたら何かひらめいたりして。
「ちょっともう一回魔力出してもらってもいいですか?」
「見てもたぶん分からないなら分からないのよ」
「ふむふむ」
なるほど——分からん。
そもそも俺に魔力なんてあるのか?
でもステータスには一応MPみたいな欄があったし……。
いや、そういえば俺のステータスバグってたんだっけ。信用ならねえ!
「ちょっと俺に向かって魔力ぶつけてみてもらっても?」
「はぁ? お前、こんな初歩的な事も出来ない自分に絶望してとうとう頭までおかしくなったの?」
「ちょっ、違いますって! 見てみたり、受けてみれば何か分かるかなって思ったんですよ!」
「……そ、ならいいけど。でも魔力だけじゃ何もならないのよ。これは力の根源みたいなものだし、単体では何も意味ないかしら。何なら魔法を撃ってあげるのよ」
魔法を撃つぅ!?
何を言っているんだこの人は。
貴女の使う魔法ってあのどこでもちょんぱ出来るソニックブームみたいなやつとかですよね?
死なないですか。
「いや、不死性今ないらしいのでそういう殺伐としたのはちょっと...」
「大丈夫なのよ。これで身体が死ぬことはないかしら」
「待って。身体が……?」
「——絶海」
疑問を呈したときには既に遅く、ミノットは俺に手をかざしてその魔法を発動した後だった。
そこからあふれ出した霧とも靄とも知れないものが、問答無用に俺に襲い掛かる。
なんとか抵抗しようと手で振り払うことを試みるも、暖簾に腕押しとばかりに空を切るばかりだ。
なんて厄介なものを……!
どうあってもぶつける気か!
「ちょっ、まっ!?」
無駄な抵抗もあえなく失敗に終わり、俺は当然のようにミノットの使う影魔法の中に。呑まれていった。
♦
「痛く……はない。確かに肉体的にはこれは何にもダメージはないけど、先に精神がやられるわ」
俺は途方もなく続く闇の中にいた。
感覚的にはミノットにやられたアルマ・トワイスに近い。あれは途中で発動が中断されていたにもかかわらず、この世の絶望を煮詰めたような果てなき黒い渦の中に強制的に押し込められたようなものだった。それに比べればこれはまだいくらかましか。
「って、そんな甘いわけはないか」
俺の甘ったるい思考を責めるように、周りの空間を形作っていた黒い靄が俺の身体にまとわりついてくる。
それ自身は何の痛みもかゆみもない。
——だが、それが何より恐ろしい。
触れられた部分から黒いしみが広がっていくのだ。まるでカビのように急速に範囲を広げるそのシミに、恐怖を抱く。
だが、痛くはないのだ。
明らかに身体を害する類のものなのに、まったくといっていいほどに身体的な訴えを引き起こさない。
それがまたさらに恐怖を煽る要因となっていた。
「いや、大丈夫、大丈夫だ。ミノットは殺さないと言っていた。それに身体的に死にはしないとも。なら今はそれを信じよう。だから、俺がすべきことは——」
——ここから魔法の使用におけるとっかかりを見つける事だ。
俺は恐怖と不安を無理やり飲み込んで、その場で目を瞑った。
こういう時に大切な事は、精神を集中させ、落ち着き、思考を研ぎ澄まし、感覚を開くことだ。
俺はそう叔父から教わった。古い記憶だが、俺は確かにその記憶をもとにして生きてきた。
だから、俺は死が迫っているかもしれない状況下の中でも、馬鹿の一つ覚えのように目を瞑る。
次に目を開いた時に、その先に道を見出すために。
全身の神経を開くんだ。五感全てから情報を引き出せ。
自分を苛むものがある。自我を吸い取ろうとする死者の呼び声が聞こえる。
そこから素を辿ればいい。
幾重にも絡まった糸の基幹を探るかのように、緻密に、繊細に。
脳があまりの負担に熱暴走を起こしているかのようだった。
意識が白濁し、視界が明滅する。
そのうち自分が立っているのか、座っているのか、寝転がっているのかそれすらも分からなくなって。
それでも未だ、素を見つける事は出来ていなかった。
もう少しだという感覚はある。あと一歩という確信すらある。
だけど、その最後の詰めがあまりにも遠い。
「無理、なのか……」
そうして諦めの吐息が零れた時、ふっと俺の中を何かが駆け抜けた。
それが天啓にも似たひらめきなのか、隠された才能だったのか。俺には判別は付かなかったが、確かな確信を感じながら、俺はゆっくりとその場に倒れていった。
最後まで読んでくださりありがとうございます。