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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第四章 燃ゆる聖都
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119 琉伊 vs 第二席 ③

短いです。

 神威――それは遙か昔、人々がまだ庇護を受けていた、神代と呼ばれる時代、その時代の主である神族の用いた魔法とは別のルートによってこの世界に干渉する手法だ。


 神威と魔法、そのどちらもこの世界に対して働きかけ、自らの思うがままの現象を発現させる術。しかしその課程には大きな隔たりがあった。

 魔法とは魔力と呼ばれる、この世界を構成する要素の一つを伝達物質としている。魔力はこの世界のあらゆる生命活動によって生じ、また消費されていくという、世界の循環構造の一つだ。


 それとは対照的に、神威というものは何かを伝導するという事はなく、無理矢理現象をねじ曲げる。


 だからこそ強制力が強く、そして『世界』への負担もそれだけ大きい。


「気をつけて、ルイ。()()()執行者(ルネ)』の生んだ吸血鬼たちが、何人も神族の神威に呑まれて死んでいった。彼らはこの世界の何よりも『管理者』に近いところに、理の外側にいる」


 それは即ち、吸血鬼の不死性すらもねじ曲げてしまうという事。


 暴風の檻の内側、ただ一人だけ魔法によって強固に守られているルネ。だがそれも今このときまでだ。しかし、ルネの胸中に浮かぶ不安の源は自身が危険にさらされてしまうという事実ではなく、琉伊がその身を削ってしまわないかという事。


 粛清官第二席、ラフエルが神威の一端、『祝福』を解放した。





※ ※ ※ ※ ※





 ラフエルがその言葉を発したその瞬間、ぞわりと背筋を冷たいものが過ぎるのを自覚する。


 力の本質は『執行者』のものと同等。違いがあるとすれば『執り行う者』は『世界』から与えられた権能であるのに対し、神威は世界を根本からねじ曲げるもの。


 そう思考を巡らし、ふと琉伊は自身の後方に閉じ込めているルネの顔を思い浮かべる。この状況を招いたのは偏に自身の心の未熟さ故だが、それでも彼女は琉伊を心配し、その眉を下げているのだろう。それが簡単に想像出来てしまう事に若干の申し訳なさを感じながらも、琉伊はラフエルに相対する。


「この力が、神族からの啓示が君たちを滅せよと囁いているよ。君も吸血鬼、古き存在なのだろう。なればこそその身で神たちの威を経験してるだろう?」


 圧倒的存在感、目の前に突如として壁でも聳え立ったかのような圧迫感に琉伊は小さく笑みを浮かべながらも冷や汗を垂らす。


 『祝福』の解放。その変化は劇的なものだった。


 現実をねじ曲げ、自身の思うがままに上書きする。


 修道服をきっちりと着こなした少年、それがほんの少し前のラフエルだった。しかし、今目の前で琉伊を睥睨する青年――ラフエルの面影を残したその男を表すとするならば、『龍人』だった。


 風を纏っていると錯覚させるような軽装から所々除くのは翡翠色に輝く生命力に溢れた鱗。竜という種族はその齢を重ねるごとに鱗は強く、深く輝いていく。彼らを退けるべく矛を交えた琉伊だからこそ分かる。『今』のラフエルは古龍の如き力を持つ。


 その超越的な雰囲気に否が応でも思い起こされるのは遙か過去、この世界へと転移したての頃に『大地の洞』の最下層でミノットによっておつかいと称され無理矢理討伐させられたある『老爺』との死闘の記憶。


 今だから分かる、アレは神族の名残、『狭間』からこぼれ落ちた一柱だったのだろう。


 あの時、鎖に塗れたあの男はその時点で絞りかすのようなもの、ミノットの助けもあってなんとか討つ事こそ出来たものの、理解不能の力の動き――彼の神威は正に命すら脅かされるほどの脅威だった。


「……ほんの力の一端であの爺以上かよ。まあそりゃそうか」


 だが琉伊だってあの頃の、それこそ吸血鬼としての戦い方を覚え始めたばかりの雛ではない。


「だが、それでもまだ俺の方が強い」


「面白いことを言う。その口ぶりだとさっきまでも君の方がボクの上に立っていたという風に聞こえるな。いや、仮にそれを譲ったとしても馬鹿げた勘違いだ。君の魔法は確かに柔軟性に富むのだろう、しかし決定打に欠ける。それじゃボクの風は――」


「ごちゃごちゃとうるさいな。いいからとっとと来いよ。こちとらアンタの言ったとおり時間がないんだ」


「……つくづく口が立つ」


 苛つきを隠そうとせずに吐き捨てるラフエル。だがすぐに琉伊のそれを強がりだと判断、同時に笑みを浮かべる。


「――ッ!?」


 その攻撃に琉伊が反応出来たのは偶然に過ぎない。膜のように周囲に張り巡らせていた魔法に生じた小さな揺らぎ、違和感を覚え身体を少しずらしたのと同時に膨れあがった殺気。


 ――気が付けば一瞬前に自らの身体があったその場所にラフエルがいた。


「ふん、勘のいいやつ。だけどこれは避けられないだろう?」


 息吐く暇も与えずにラフエルはいつの間にか右手に持っていた風の大剣を横凪に振るう。


 まるで線をなぞるかのような正確さ、そして目を見張るほどの速さで迫り来る刃に琉伊が出来たのは周囲に漂わせている影魔法――『宵闇の帳』を身体の周囲に集中させる事だけだった。


 風の魔法と影の魔法、本来なら魔法同士に優劣などないが、今のラフエルの魔法は神威を纏っている。


 しかし、それでも琉伊の魔法の密度はトップレベル。単体の戦闘力では世界最高峰であるミノットに師事し、そしてその後ルイと様々な『歪み』を消していく事三十年。


 それだけの時間を欠けて培った技術は決して目の前の少年――今は見た目こそ変わりすれ、劣るはずもなかった。


 ――神威はそんな現実すらも嘲笑うかのようにねじ曲げる。


「そんな柔い盾で防げるとでも思った?」


 囁くような声、風に乗って耳に届く。


 球状に琉伊を覆う泥のような闇、そこに差し込まれた大剣の下へと渦を巻くようにして風が集っていく。


 危険を察し、身を引こうとしたその瞬間圧縮された空気が空間ごとはじけ飛んだ。


「ルイっ――!」


 ルネの悲痛な叫び声が聞こえた気がした。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

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