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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第一章 大地の洞
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12 葉桐の出来損ない 前編

更新しました!

長く続くかと思った体調不良もなんとか持ち直し、更新乱舞といきたいところだったのですが、少し忙しくなり始めた&ストックが本格的に危なくなってきたのでここらでしばらく隔日更新に移行したいと思います。




「お前も何か心当たりがあるんじゃないかしら? (わたし)みたいに魔法が一種類しか使えなかったり、魅了(チャーム)が使えなかったり。まあ何にせよ、難儀な事なのよ」


「——。それって、治らないものなの?」


「無理ね。というより、例が少なすぎてどう扱っていいかわからないのよ。(わたし)は例外にせよ、コレみたいな自然発生は初めて見たわ」


 俺に向けられる二つの視線。反射的に俺はそこに憐れみの色がないかを探してしまった。


 それはもう癖のようなものだ。そんな自分に気付き、さらに嫌悪感が湧き上がる。


 無理やりにでも愛想笑いを顔に張り付け、俺は声を上げる。


「た、たしかにそういわれればそうですね! あはは、いやあ嫌になりますよねえ!」


 これは俺の処世術だ。


 出来損ないの烙印というものは存外に重く、鉄鎖のように身体に巻き付き、締め上げてならない。


 ただ自分の見立てに届かなかったというだけで毒を盛られるのだ。生涯癒えることのない真正の毒を。


 俺は——俺の家である葉桐家は長く連綿と続いてきた名家だ。蓮花寺家の分家筋に当たり、多くの神社を運営する神職の家系でもある。

 お祓いや祈願、祈祷などそういう事業にも手を広げている葉桐家には求められる資質があった。


 この世ならざる超常なものに対する感性、すなわち霊感だ。


 存在するかしないかの話ではない。とにかくその方面での何かが必要なのだ。


 驚いたことに、我が家系には代々一人以上必ずそうした力を宿したものが生まれてきたのだという。


 そういう場合には大概なんらかの兆候があったようで、なんとも不思議なことにその兆候とやらが俺の出産前後に多発したらしいのだ。


 それはもう家の親族は皆狂喜乱舞だ。もう期待しまくりで、蝶よ花よとばかりに甘やかされて俺は育てられた。


 そんな期待を掛けられている事など何も知らない幼き俺は、自分の行い一つで周囲の人間が喜んでくれる事がうれしくてうれしくて言われるがままに様々な事に対して励みに励んだ。


 ある程度の才能のようなものはあったのだろう、大概の事は求められる最低限の基準を満たす事は出来ていた。


 ——これこそが神童。幼き頃でこれならばさぞや将来は。


 そんな事がささやかれ、ようやくその期待の程を自覚できるようになった時俺は蓮花寺の一粒種に出会った。

 こんな事はあまり言いたくはないが、そのころの天理くんはとても将来的に蓮花寺の家紋を背負う事が出来る器ではなかった。幼心にそう感じた事を今でも覚えている。


 だが、曲がりなりにも天理くんは蓮花寺の子供だった。

 周りの大人が天理くんの良き好敵手として俺をあてがい始めてから数か月で既にほころびは見え始めていた。


 天理くんは着実に求められるものをこなし、時にはひそやかな努力によってそれ以上のものを見せつけ、それと対照を描くように俺は芳しくない結果を出し続けた。


 ……そこで俺はようやっと気付いたのだ。俺はただただ他より少しだけ成長が速かっただけなのだと。


 そんなもろい砂上の楼閣の上で、俺は鼻高々に天狗となっていた。そこから転げ落ちて鼻をへし折られるとも知れずに。


 なまじ期待を掛けられていただけに、周囲の落胆の程はすさまじいものだった。


 だからこそ俺は早々に、()()()()()()()()


 そうしてしまえばいくらか楽だったからだ。期待も、羨望も、称賛も今まで積んできたものを全て壊して、俺は物事に対してほどほどで向き合うようになった。


「やっぱ、出来損ないは出来損ないってことかよ」


 葉桐から解放されたと思ったら、結局はまだ出来損ないという檻に捕らわれたままだった。

 そんな事が分かれば悪態も吐きたくなる。


 だが、そんな俺の言葉を聞いたミノットは少し意外そうな表情を浮かべて宣う。


「ふうん? お前、出来損ないってのを馬鹿にしてるのね?」


「え?」


 何を、言っているのだろう。


 出来損ないを馬鹿にしている?


 それはそうだ。出来損ないなんて言葉からして罵倒するものだ。誰がこの言葉を誉め言葉として使うのだろうか。


(わたし)も、お前の馬鹿にする出来損ないなのよ。それに、あまり言いたくはないけど、ローズもまた」


「えへへー」


「ち、ちがう! それ、はただ貴女たちが……!」


「違わないのよ。(わたし)たちはどちらも地を舐め、泥を啜るあの屈辱を味わったことがある」


 その言葉の裏に込められた感情を理解できないほど、俺は鈍くなかった。


 ともすれば俺よりも、いや明らかに俺よりも深い絶望と屈辱をその身にため込んでいたのだろう。


 俺の身を切り裂くように鋭いその言葉は、それだけのものを俺に感じさせた。


「ルイ、そうやって自分を見限るのは簡単だよ? 楽になるよね、何も考えずに済むよね。あたしも一時期そうだったからすごく分かる……でもね、それじゃあだめなんだよ。出来ない事を数えてその多さに不貞腐れるより、たった一つだけでも出来る事を探してそれを伸ばしていく方が遥かにいい」


「たった一つだけでも、出来る事を……」


「そう。あたしはルスプトリコでも結構名のある魔法使いの名家の娘として生まれたんだけどね、そこでは魔法の資質こそが全てみたいな家訓があったんだけど、あたしには生まれつきその素質がまったくといっていいほどなくてね。それでも血筋で魔力だけは有り余るほどあったから力圧しで中級(ミドル)まではすんごい時間を掛ければ使えたりはしたんだけど」


 ルスプトリコというのがどこかは分からないが、恐らくこの世界の国名なのだろう。


 確かに、ローズの仕草にはどことなく上流階級の女性のような気品さが見受けられる。名家の子女というのも納得できる。


 それに魔法、魔法だ。


 中級(ミドル)という言葉から判断するに、どうやらその強さなのか、規模なのかに階級があるのだろう。ミノットが使うやつなんかはどこに位置するんだろうか。たぶんかなり上だな。


 なんというか、魔法の話を聞けただけでちょっと落ちてた気分が上がった気がするよ。なんて単純なんだ。


「でもやっぱり家の人たちからの視線とか、態度とかが気になって気になって仕方なくってね。それで丁度魔道具っていう、魔力さえあれば魔法に似た現象を起こせる道具に興味を持ってたのもあって家を飛び出しちゃったんだよ。それで、魔道具収集するためにある人に師事したり、一人で迷宮を回ったりしてたの。魔道具があれば、魔力の有り余ってるあたしなら中級(ミドル)どころか王級(キング)、もしかしたらその上さえ使えるからね。まあ神級(ゴッデス)なんてほとんど出回っていなかったんだけど」


 朗らかに笑いながら自分の身の上を話すローズの気持ちがどうしようもなく分かってしまった。


 だが、その表情が納得いかない。どうしてそんなに割り切れているのだろうか。


 愛想笑いじゃない、作り笑いじゃない。ただ記録されたことを話すみたいに完全に割り切っている。


 ……俺にはそれが、出来ない。


「そうして魔力だけが取り柄の出来損ないのあたしは出来る事を追い求めて今ここにいるのです。ちなみにさっきのこれも一種の魔道具だよー」


 そう言ってローズは手を仰向けると、そこに収まるように白い杖が現れた。そしてすぐに溶けるように掻き消える。


 まさに魔法だ。ローズは魔法の素質がないらしいので、これも魔道具とやらの力なのか。


「いや、よく考えたら、あたしは運もいいのかも? ミノと会えたし、他にも色々恵まれてた気もするしなー。まあそういうわけで、ルイも自分の駄目な所を探すよりいいところを探すべきだよ。いいところがない人なんて絶対にいないから。いいところが見つからないのは、探すのを諦めちゃったり、駄目な所にしか目がいかなかったり、見つける前に死んじゃったりした人だけだからね。そうならないように気を付ける事!」


「わか、りました。けど、どうすれば……」


 分からないんだ。ただただそのやり方が。


 子供のころは出来ていたように思える。あの時はなんだって出来るような心地でいた。自分が世界の中心いるような途方もない全能感に包まれていたんだ。 


 だけど今はそれも見る影がない。ローズの言うように自分の駄目な所から目を逸らしたくても、磁石のように引力を持つそれに引かれて、目の当たりにして、そうして自分への嫌悪感を募らせていくだけだ。


 それがあの時からずっと続いている習慣だ。そう簡単に変わるとは思えない。


「うーん、あたしは分からないなぁ。そういうのは人それぞれだしね。でも——」


「でも……?」


「ミノなら分かるのです! なんたって同じ吸血鬼、同じ出来損ないだしね。ということで、ミノ、ルイに色々教えてあげてねー。あたしはちょっと疲れたから休んでくるよ」


「ちょっ!? ちょっと待つのよ! ローズ、待って!」


 そう言って立ち去ろうとするローズの背を慌てて追いかけるミノット。


 それを離れたところで一人眺めながら、俺はローズに言われた言葉を深く噛み締めていた。




最後まで読んでくださりありがとうございます。

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