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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第四章 燃ゆる聖都
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118 琉伊 vs 第二席 ②

遅ればせながら。

「――後悔させてやるぞ、夜の王」


 それまで絶えず浮かべていた無邪気な子供のような笑みはなりを潜め、遊びは終わりだとばかりにじろりと睨み付けるラフエル。


 そこに見えるのはただただ深い憎悪だ。粛清官という者にあったのはこれが初めての事だったが、その行いは幾度となく耳にしていた。

 曰く、奴らは殺戮者である、と。彼らが襲撃した後に残るのは壊滅した村々や、ごく少数の住人たち。


 彼らの根底にあるのは魔族に対しての並々ならぬ昏い感情である事は分かっていた。


 ――だが、これほどとは。


 今一度目の前に目を向ける。第二席と名乗ったラフエルはまだ大人になりきっていない少年。


「……魔族が憎いのは分かる。確かに一部の奴らはその欲望のままに人族に仇為している。魔族には『上』に立つ者がいなかった。居たのは肥大した欲望の塊の『魔王』だけ。だがそれももう終わりだ。魔族は『影の国』の下――吸血鬼の下に統治される。これまでのような悲劇は……もう起こらない」


 琉伊が選んだのは説得という手段だった。いや、説得というには中途半端な、ただの自己満足の押し付け。


 この世界における自分の役目を規定したとき、甘さというものは捨てたはずだった。クラスメイトを救う事が出来ればそれでいい。後はどうなろうが、『この世界の人間たちにどれだけの被害が及ぼう』が、それでよかったはずだった。


 でもそれももう違う。ミノットとローズにこの世界での生き方を教えてもらい、イレイヤと過ごして、そしてルネと出会って。そこから三十年の時をこの世界で過ごしてきた。


 もはやこの世界は琉伊にとって異世界ではなくなってしまっていた。


「はは、そんなもので終わるような連鎖ならとっくの昔に終わってるって。終わらなかったからこその今だし、このボクだよ」


「終わらせてみせる。そのためには『教会』という存在を否定しなければならない。人の庇護、そして魔族の排他を主とするここは、()()()()()()()()()世界を歪ませる」


「……そうか、夜の王。君の狙いはここの地下にある()()か」


 知っていた、と驚く事もない。粛清官の第二席ともなれば教会についてそれだけの背景を知っていてもおかしくはない。


 影の国を墜としたあの極限魔法も龍脈を用いての秘奥だ。


「龍脈、大地に脈打つ『世界』の息吹。それは世界のものであって、人のものではない。それが分からないわけじゃないだろう」


「だから世界のために、教会が保有している。今やこの世界のどこに人の手の入っていないところがある? この世界のどこに、人よりも技術を持ったものがいる? ……いないんだよ、そうでしょ? 世界は人によって導かれ、そして統制されていくべきだ。そう考えたからこそ、古き神々もこうしてボクらに『祝福』を与えた」


 詠唱も、特別な魔力操作もない、単純な魔力の移動。たったそれだけの事で世界の秩序(ルール)が書き換えられる。


 これを神の御業と言わずして何と言う。


「神威の一端を扱うアンタらがいるのもまずい。気付いていないのか? 『世界』が悲鳴を上げているという事に」


 だが、その御技――神威(カムイ)は魔法とは違い、強制力で以て現象を発現させる力だ。


 『世界』が疲弊すればそれだけ歪みが生じる。歪みが歪みを呼び、そして歪んだ世界は、世界間の膜にまで及ぶ『跳ね返り』を起こす。


 その結果を嫌と言うほど知っている。そして『世界』はもう一度でもそれに耐える事は出来ないということも。


「知らないね」


 短く一言。同時にラフエルは風を圧縮し、長大な剣を幾振も作り出す。


 どんっ、と大砲でも放ったかのような音と共に射出されたそれは唸りを上げながら琉伊の身体を貫かんと肉薄。しかし、琉伊は紙一重でそれらを避けながらそのまま姿勢を低くし、中空で手のひらを下へと翳した。


 そこからあふれ出るのは濃厚な闇。真昼の上空を、まるで夜が来たかのように覆い尽くしていく。


「何、そんなに警戒するな、ただの足場だよ」


 別にそんなものなくとも琉伊は飛べるし、ラフエルもうまく風を操って自由自在に動ける。


 琉伊の言葉を「ほざけ」と切り捨て、ラフエルは距離を取りつつ再び風の弾を射出。先ほど防がれた手前、特に有効打になるとも思っていないが。


「……ほんと、何が足場だよ。ただの攻守兼用の面倒な魔法じゃないか」


 足場と言い張るその闇の上に立つ琉伊。そこに向かい性格に放たれた風弾は身体に届く前に一つずつ丁寧に闇に絡み取られていく。


 そうやって凌いだかと思えば次の瞬間には闇の雲から生み出されるのはまるでラフエルの弾丸を模倣したかのような影の弾。


 それらはラフエルのものとは違い、一つ一つはかなりの小粒。しかし極限まで加えられた捻りという力が空気を裂く推進力を与え、爆発的にその火力を増幅する。


 が、それもラフエルの眼前で不可解な動きをしてその身体の横へと逸れていく。


 並の人物ならそれだけで死を想起するほどの魔法。それらをお互いに交わしてなお、決定打となり得ない状況。そんな今の状況に小さく舌打ちをするラフエル。


「そうやって悠長にしてるけどさ、分かってるの? 確かに『影の国』の神出鬼没さには肝を冷やされるけどさ、結局ボクらみたいに迎撃するだけならどこも準備なんて出来てるんだよ。だからどれだけそっちが自信があろうと、時間をかければかけるほどこっちに戦力が集まるって訳。しかも相手は仇敵である吸血鬼。今まさに四大陸全てからこっちに援軍が差し向けられてるとこだよ」


「おしゃべりな上に親切なんだな」


「別にこれを聞いてもどうにか出来るわけでもないでしょ? どうせ君はボクに滅せられるんだから」


「驕るほどの実力があるのかどうか。所詮二番だろ、アンタ」


「……口の減らないゴミが!」


「おっと、危ないな。澄ましてる顔よりそっちの方がよほどニンゲンらしい」


 煽りは十分。しかし見た目は子供に見えてもさすがは粛清官。さすがはその第二席。この程度では揺さぶりにもならないらしい。


 圧縮された空気の壁が四方から押し潰さんと迫り来るも、琉伊の影魔法もまた伊達じゃない。先ほどの魔法――『覆い尽くす闇の帳』。今は足場代わりとして使っているそれが使用者の意を汲み、琉伊を包み込む。


 これが影魔法の、というよりかは琉伊の特異性。三十年の研鑽の終着点。元々汎用性においてその他の魔法よりも突出していた影という系統。加えて吸血鬼の特性である血液操作も相まって、その柔軟性は群を抜く。


 他の使い手――ミノットは技というよりも力。柔というよりも剛だ、この領域に関してはミノットすら凌駕していると自覚していた。


 一端の会話による仕切り直し。琉伊も分かっていた事だが、ラフエルの言の通り時間が経過すればするほど状況は琉伊たちに不利になる事は折り込み済み。


 降って湧いたかのように開いたこの戦端。その準備の差が如実に出てくるだろう。


「このままなぁなぁで時間稼ぎするのもいいけどね。せっかく吸血鬼の、それも王とやり合えるんだ、そういうのはもったいない」


 いくらかの技の応酬、どれもこれも致命打にならないそれらの後にラフエルは凄絶な笑みを浮かべながらそう言う。


 ただただ歪んだ感情を湛えながら、ラフエルは口をつり上げた。


「――祝福解放(ギフト・リリース)、神威兵装『災禍嵐領(エアリアル)


 神威の体現者、風神の現し身来る。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

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