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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第四章 燃ゆる聖都
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117 琉伊 vs 第二席

今はまだ時間がとれない……。まだだ、まだ我慢するんだ……。

「やあ、夜の王よ。自己紹介は必要かな?」


 近付けば肌を粉微塵にするほどの勢いの竜巻。その真っ只中で、さも自分が絶対的強者であるように振る舞う少年。


 風の玉を浮かべ、そこに腰掛けながら少年はにこりと無邪気な笑みを浮かべる。


「わざわざ言わずともこれ見よがしに付けているそのシンボルで分かるさ。教会の『粛清官』よ」


「そーか、じゃあやっぱり効果あったんだね、『魔族を粛清する場合、どんな事情があろうと名前と席位を告げよ』っていう教義。その場で殺せれば良し、万が一取り逃がせばそこから魔族にだけ『粛清官』の存在が語り継がれる」


 自慢げにそう告げる眼前の少年。それを聞いたルネが悲しげに目を伏せるのを感じた。


 彼女も――『執行者』もまた、やっている事はそう変わらない。だが、使命に憂うその姿と、そして楽しむ少年。二人が同じであるはずがない。


「……それでアンタらはどれだけの、何の罪もない奴らを殺してきたんだ」


「罪……? 罪がないだって? ハハッ、なんだよそれ、ボクを笑わせでもしたいのかな? ――じゃあボクの父さん母さん、それに村のみんな。あの人たちは罪人だったとでも?」


「そうは言わない。魔族にだってアンタらを憎んでいる奴もいる。その矛先を間違えただけだ」


「だから仕方がないって言うのかい? 傲慢だね、夜の王。その考え方は危険だ、ボクにとっても、人にとっても。――ここで仕留めさせてもらうよ、夜の王、名も知らぬ少女」


 言葉と同時に風が吹き荒れる。


「ボクは『粛清官』の第二席、『風神子』のラフエル・ゼラフレード。教会のため、人のため、お前らはここで死ね」


 そうして人と魔の戦いが始まりを告げた。





※ ※ ※ ※ ※





「ルネは下がっていてくれ」


「一人でやるの? 私も戦える」


「いいから。これ以上()()することもないだろ」


 琉伊の言葉に驚いたようにわずかに目を見張るルネ。それで隠せていたつもりなのだろうか、だとしたら琉伊の事を甘く見すぎだ。


「……分かった」


「――戦いの最中におしゃべりなんて余裕だねっ!」


 不承不承に頷くルネ。そこを、そんなわずかな会話も許さぬとばかりに攻撃する『風神子』――ラフエル。


 可視化されるほどに圧縮された空気の塊が唸りを上げて琉伊とルネを飲み込まんとばかりに肉薄する。その速度はまさに『風』そのもの。

 直撃すれば鋼の身体だろうと拉げ捻じ曲がるほどの一撃。だがそれも当たらなければ意味がない。


 風の弾が直撃するその瞬間、琉伊の身体から『影』が這い出し、そしてそのまま琉伊とルネを飲み込んだ。


 二人を飲み込んだ影は風の弾丸が素通りすることで破裂――したかのように分裂。その一片一片が蝙蝠となって再び集まりだす。


「それが話に聞く影魔法……。なるほど、外法だね」


「そうでもないさ。ルーツは他の魔法と同じだよ」


「戯れ言を聞くつもりはないよ。それにしても、ずいぶんと厳重に守るんだね、あの子」


 ラフエルの視線の先には、同じように蝙蝠が集まり揺らめく陽炎のような薄い膜の壁となって外界を拒絶したルネの姿。


 ――別にあの子からやってもいいんだよ?


 言葉にこそしないものの、ラフエルの目は雄弁にそう告げていた。そして琉伊に動揺があれば、次の瞬間にはルネの方へと襲いかかることに躊躇もしないような雰囲気も、また。


「好きにすればいい。よそ見しながらも俺の相手を出来るだけの自信があるんならな」


「……やってみるかい?」


「『影狼』――」


 琉伊の魔法の発動と同時に、ラフエルは先ほどよりも小規模の――しかし、その一つ一つに込められた魔力は数倍にもなる風弾を無数に生み出す。

 その矛先は琉伊とルネ、ちょうど正反対の方向へと機関銃のように降り注ぐ。


 そのうちの一つを、琉伊の作り出した影の狼がぱくりと飲み込んだ。それにつられたように作られた影狼が我先にと風を飲み込んでいく。


 瞬間、轟く破裂音。影狼は内側を裏返しながら消えていく。そのまま空気中に霧散する魔法と、離れた距離にいながらもラフエルのその薄緑色の髪を強く靡かせるほどの風圧が、そのただの風の弾の威力を物語っていた。


「自分の身は顧みない、か――。あれ程度じゃ防ぐ価値すらないってことかな?」


 全ての風弾が消え去った後、苛立ちを隠そうともせずにラフエルはそう吐き捨てた。


 琉伊を見るその目に浮かぶのははっきりとした嫌悪、これまでに琉伊が何度も見てきた目だった。


「……不死性を持つ魔族を見たのは初めてか?」


「そんなおぞましいモノがそういるはずもないでしょ。神の摂理に反してる」


「俺にとっては目の前の事より、見たこともない奴の摂理とかに心酔している奴の方が異常に思えるがな。おぞましい、ってのは否定はしないけど」


 崩れ落ちた肉を再生しながら、琉伊はちらりとルネへと視線を向ける。


 ルネを囲った魔法は琉伊が今使える中でも最高硬度を誇るもの。そう簡単に破れるものではなく――実際いくつか通してみせたが、影の薄膜にはまったくと言っていいほどに綻びは見当たらなかった。


 ――が、それも確実とは言えないな。


 未だにお互いは様子見状態、琉伊は『執行者』としての任期が近付いてきたルネの負担を最小限にするべく、そしてラフエルはその見た目通り子供が新しいおもちゃでも見つけたかのように自分の力を見せつけようとしている。


 再び琉伊は視線を巡らせる。周囲に張ってある暴風壁、先ほどの弾丸は多少なりとも壁へと届いていたはずだが。


「お前一人で張った結界だと思っていたが、この感じ……。他の魔法使いも構成と放出に関わっているな」


「そっ、共鳴魔法だよ。弱者を弾き、強者を閉じ込める無情の檻。それがボクの『遊び場』なんだ」


 にこりと無邪気な笑みを浮かべるラフエル。これまでも同様の方法で何人もの魔族を屠ってきたのだろう。そのやり方に迷いや躊躇というものが見当たらない。


「別に今まで死んでいった魔族に思入れなどないが、ここから弾かれるべき『弱者(もの)』が誰なのか、俺が教えてやろう」


「……ボクがいつまでも子供らしく(かわいく)してると思うなよ? その言葉、後悔させてやるぞ、夜の王」

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

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