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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第四章 燃ゆる聖都
117/120

116 開戦

頑張って書きました。

「何だ……今のっ……!?」


 何だ、何が起こった。天雷にしがみ付き、錐揉みしながら目まぐるしく乱転する視界の中、必死に手放そうとする意識をなんとか繋ぎ止める。


 ――そうだ、魔方陣。直前の記憶を思い起こす。


 最後に見えた光景は聖ルプストリコの白亜の塔の上空、そこを起点として展開された大魔方陣が光りを放つものだった。


 ちらりと見たその魔方陣、明らかに射角が上を向いていた。つまり、上空からの敵に対する最終兵器。


 上空にだって魔物が湧くことだってある。だが、それにしたってあんな巨大なものである必要がない。だから、あれは最初から上空の、それも超巨大なものと敵対することを想定していたということだ。


「くそっ、調停機関の人たちは最初から戦うことしか考えてなかったっていうのか!」


 甘かった。とことん考えが甘かった。


 いや、その可能性が頭に無かったわけじゃない。実際教会の上層部の人たちと話してみて、彼らの対魔族への思想に触れてみて、その苛烈さを間近で体験してみても、それでもなおどこか心の中で思うことはあった。


 ――それでもわかり合えることが出来る、と。


「そうだっ、『影の国』は……っ!?」


「天理くん、あそこっ!」


 衝撃から立ち直り、そこでようやく『影の国』のことを思い出す。それと同時に煙が晴れ、そこを紫葵が指差す。


 だがその指した遠く先、煙の向こう側には威容を放っていた天空要塞は影も形もなくなってしまっていた。


「まさか……、葉桐たち……!」


 頭をよぎるのは最悪の想像だ。つい先ほどまで和やかに話していたはずの顔見知りの血に塗れた死に顔が脳裏に浮かび上がる。


 そうならないために、誰一人欠かすことなく日本に戻る、そう心に誓っていたにも関わらず、それが目の前で無残にも散ってしまった。


 ――全ては天理が無力であったばかりに。


「……違うよ、天理くん! ほら!」


「紫葵……? いや、あれは――何だ……?」


 消沈する天理とは裏腹に、弾けるような声音で再び紫葵が言葉を投げた。指したのは『影の国』が浮かんでいた場所よりも少し上空。ともすれば目が焼かれてしまいそうになるほどの天辺に()()はあった。


「『影の国』の破片か何かか……? いや、あれは」


 ――影だ。そう理解したと同時に思い浮かべるのは圧倒的な力の権化であるミノットの姿だ。


 だがそれにしては変だ。天理がそう感じたのに呼応するかのように宙に浮かんでいた黒い球が突如としてばらけた。


 そうした個々がそれぞれ天理の見知った形を取っていくことによってようやく安堵の息が零れるのだった。





※ ※ ※ ※ ※





 目を開いた時に最初に入ってきた情報は青、というものだった。そこから情報が細分化され、認知する色彩が増えていき、最終的に目の前に広がっているものを空と結論づける。


 次に感じたのは身体の芯が抜けてしまいそうなほどの浮遊感だ。それらを総合して空に投げ出されたのだと、そう自身の状況を整理する。


「……真彩の式か」


 同時にぱらぱら周囲に響く音。風圧を全身に感じながらも身を捩って下を見れば、少し離れた場所で同様に身体を宙に投げ出している真彩が袖元から取り出した式を皆に向かい放っているところだった。


 そのまま姿勢を保ちながら一時的な足場となった人形に降り立つ。どうやらこれらは上に乗っているものによって自由に操ることが出来るように魔力が込められているようだ。


 きょろきょろと周囲を見渡し、少しばかりおっかなびっくりと式に乗るルネを見つけ、近付いた。


「やられたな。まさか教会がこれほどの規模の魔法を撃つ力があったとは」


「人族を侮るのはよくないってことはあなたもよく知っているはず。それにしてもこれは予想外」


「エリザが魔力を振り絞ってくれたおかげで彼女以外はこうして外に出られたが、『影の国』とエリザは力を使い切って影の向こう側に閉じこもってしまった。別に教会に敵する上で支障はないだろうが、懸念は残るな……」


 人族を侮っているというわけではないが、それでも人と吸血鬼の間には隔絶したと形容出来るほどの差が広がっている。


 魔法なんて便利なものがなかったとはいえ、人から吸血鬼になった琉伊だからこそ、より実感出来るその差を覆し得るとすれば。


「――天理くん」


 ぽつりとかつての友の名前を呼ぶ。


 あの甘ちゃんが今はどんな感情でこちらを見上げているのかが天理にはよく分かった。遅かれ早かれこうなることが分かっていたからこそ天理はこちらに引き込もうとしていたのだが、その道ももう断たれてしまった。


「真彩、和也も無事だったか!!」


「心配性ね! 私がこんなので死ぬわけないでしょ」


「こんなのって……。あれ、たぶん教会の秘密兵器なんだけどね……」


 式を動かし、無事を喜び合っている幼なじみたちの元へと近付く。


 そんな琉伊とルネに気付き、二人は会話を止めて向き直った。それを見て琉伊は問いを投げかける。


「たぶんって言うことは有栖川さんもあれの存在を知らなかったってことか?」


「葉桐くん、えっとそうだね。そもそも聖女は象徴であって意思決定機関なわけじゃないから、そういうものはあんまりわたしには知らされないの」


「そうか、ならやはり調停機関を――引いては教皇をなんとかするしかないってことか」


 そう琉伊が言葉を発したと同時にびくりと反応を見せる紫葵。それに敢えて気付かないように振る舞いながら琉伊は言葉を重ねる。


「国民の避難時間くらいは取りたかったが、どうやら調停機関とやらはずいぶん考えなしのようだ」


「――待て! 待てよ、葉桐、もしかしてこのまま聖都を襲うつもりか!? 言っただろ、あそこには紗菜も、他の子もいるんだぞ!?」


「非常識な先制攻撃を仕掛けてきたのは教会の方だ。こっちにも犠牲が出ている以上引き下がるわけにもいかない」


 予想通りな天理のかみつきに琉伊は冷静にそう答えた。


 明確な殺意を持ってあれだけの大魔法が放たれた以上、既に戦争をするという意思が教会側にあるということだ。そんなことの分からない天理ではないはずだが、度重なる状況の変化に思考が追いついていないのだろう。


 初めからある程度の犠牲も辞さない覚悟を持っていた琉伊に対して、天理と、そして紫葵の考えは犠牲をまったく出さないようにしようとするものだ。


「どちらにせよ、今この場であれこれと言葉を交わしている暇もなくなった。こちらはこちらで勝手に動かせてもらうことにするよ」


「――ああ、それは善き哉」


 突然割り込まれた声。何故気が付かなかった、敵の姿はどこだ。そんな風に状況を分析しながら、身体は半ば無意識に臨戦態勢を取る――取ろうとしたそのときのことだった。


「『風神障壁』」


 魔法名とともに天変地異も斯くやと思えるほどの竜巻が幾本も巻き起こる。咄嗟に自身の魔力を身に纏うも強力な風の流れにその場から強制的に放されることになる。


 ようやく視界も開けてきた頃、そこで真彩や和也たちと分断されたことを確信する。あのときに出来た竜巻は三つ、つまりは琉伊たち『影の国』の戦力を三分割するのが術者の狙い。


「そして俺とルネの相手がお前という訳か」


「やあ、夜の王よ。自己紹介は必要かな?」


 周囲の風を意のままに操るかのように侍らせながら、その少年はにこりと笑みを浮かべた。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

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