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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第三章 揺れる世界
114/120

114 幕間 死闘の先の決断 ③

短く、しようとはしたんです……。とはいえ、ここまで読んでくださっている方には中々面白い感じにはなっているんじゃないかなと思いますので、ご容赦を。

何も感じなかったら作者の力量不足です。精進します。

「まあ、いい。それならば、苦しんで、そして死ぬがいい」


 『執行者』から一切の油断が消え去ったのを肌で感じる。ぴりぴりと鑢掛けでもされているかのような空気感、いや、実際に『執行者』から溢れ出る魔力がいやに密度が高い事で、摩擦でも生じてるのだろう。


 ここまで来る道中、魔物から血を摂取した事である程度は魔力が補充出来た。その後遺症なのか、少しばかり魔力の操作に違和感が残るが、もうここまで来たらそんな繊細な技術は必要ないだろう。ありったけをぶつける、それだけだ。


「――行くぞ」


 その言葉を最後に、『執行者』の姿が掻き消えた。





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※





 どれだけ時間が経っただろう。時間感覚などとうに消え去り、思考を占めるのは常に望む盤面に近づけているかどうか、という事だった。


 権能を受けた傷跡は数知れない。致命傷だけは避ける事は出来てはいるが、出血は止まらないわ、痛みは引かないわで満身創痍も極まれりだ。


 なんとか魔力を纏わせて応急治療はしているが、それもいつまで持つか。


「影に溺れろ――『影牢大蛇』」


 そんな俺を気にすら留めず、『執行者』は空から大きく鎌を振るった。空間が縦に割れ、そこかた夥しいはずの黒塗りの大蛇があふれ出す。うなりを上げながら纏わりつこうとするそれを急造の魔法剣をいくつも消費しながら切り払っていく。


 やっとの事で凌いだかと思えば次は『執行者』自身による突貫だ。『瞬絶』を織り混ぜた戦闘方法は素直に神域と言えるほど。


 いかに目が、勘がよくてもそれ以上の戦闘センスによって真正面から叩きのめされる。


 切り払い、袈裟懸け、柄での突き上げ、それ以外にも体術までも混ぜて俺を追い詰める。ここまでなんとか捌けているだけでも奇跡みたいなもんだ。


 右手に長剣、左手に小盾を引っ提げて魔力を言わせて壊される度に精製して、またそれを壊していく。一度のミスがその先の命運を決めると言ってもいいその綱渡りじみた作業は徐々に、徐々に俺の精神を苛んでいくのを感じていた。


「――何故だ。何故抗うッ!?」


 そんないつ終わるとも知れない、しかしいつまでも続く戦いで次第に顔を歪ませていく『執行者』。ついには感情を爆発させたかのようにそう咆哮した。


 歯を食いしばり、心底理解出来ないものを見るような視線を俺に向ける。目に映るのは満身創痍になりながら、勝てもしないだろう相手に何度でも立ち向かう愚かな男の姿だろう。


「勝てると思っているのか!? このワタシに! 吸血鬼を産み出した、ワタシにッ――!!」


「そんなの関係ないね。まあ強いていうなら、それが男ってやつだからだよ」


「――ッ。 意味が、分からない。何故だ、どうして、分からない。エリザも、ミノットも、世界有っての『今』だと言うのに……! オマエまで……ッ!!」


 感情の袋小路に閉じ込められ、行き場を失ったかのようにくしゃりと前髪を掴む『執行者』。


 吸血鬼を産み出した、ということは『執行者』が母親みたいな存在なのだろうか。だからミノットに影魔法を教えた、なんて言っていたのか。


 苛立ちを隠さないままにこちらを睨むその目には俺だけじゃなく、遥か過去をも重ねて見ているようだった。俺がミノットから魔法を教わったというのが分かったように、俺にミノットを重ねているのかもしれない。


 ミノットもまた同じように『執行者』と道を違えたのなら、なんというか、それだけで背中を押されているような気分だ。俺の中でミノットはなかなか頼りがいのある相手らしい。初めて会った時に首ちょんぱされたのは一生忘れないけどな。


「世界があるからこその『今』。確かにアンタら管理者側からすればそうなんだろうな。だけど、その『今』を生きている俺たちに取ってみれば、『今』があるからこその世界なんだよ。『今』がないなら……そんな世界なら、俺はいらないね。だから――返してもらうぜ、あいつは……ルネは俺の『今』に必要な人なんだよ」


「理解、出来ない……そんなもの……。ワタシは……。いや、ワタシのすることに、変わりはない……。そう、オマエさえ、殺せれば、それでいい……」


 ゆらりと身体を揺らし、鬼気すら漂わせながら、再び鎌を構える『執行者』。先ほどまでに百面相のように表情を入れ替えていた面影は既にない。


 刺すような殺気だけが、俺の全身を這いずり回っていく。


 どちらからともなく、その場から駆け出した。再び手に持つ武器が交錯し、そして俺のものだけが一方的に壊されていく。


 もはや会話はない。ただお互いの意思だけがぶつかり合い、削り合い弾けあっていく。


 幾百、幾千の剣激、そしてそれを埋めるように飛び交う魔法。実力差は分かっていた。技量差も一目瞭然だ。


 俺は仰向けに倒れ込みながら、それでもたぶん満足気な表情を浮かべた。


 もう身体はボロボロだ。怪我のない部分なんてくまなく探してもないだろうし、権能が働いているから再生もしない。残った手足も千切れかけだ、このままじゃ起き上がることすら出来ないだろう。


 俺ばっかりじゃない。周りの光景もがらりと変わってしまっていた。緑が溢れていた樹海だったが、俺たちが戦ったところを中心にして土が捲れ返り、地層が露出してしまっている。元通りに直すのに魔法を使ったとしてもかなりの時間がかかるだろう。


 そんな中でも、空を仰ぐように倒れた俺の前に立つ『執行者』にはほとんど外傷は見られなかった。まさしく孤高の女王、手がかする事で精一杯だった。


「――満足したか?」


 『執行者』が聞く。そう問い掛ける彼女の表情こそ、どこか納得がいかない何かを抱えているようだった。それが不思議とおかしい。


 俺のそんな笑みを答えと取ったのか、無言のままちゃきり、と鎌を構えた。存在ごと掻き消す権能だ、切り裂かれただけでも頭がおかしくなるほどの痛みだ、それで命を断たれでもすれば、どれだけの痛みが襲いかかるのだろうか。


「死ね」


 短く一言。直後、倒れ伏す俺の首元目掛けて鎌が振り下ろされた。ただただ綺麗な一撃。彼女の技量を持ってすればそれだけで首と胴が断たれるだろう。


 だからこそ、その一撃を予測していた俺は()()()()()()()()()()()()()()()


「――なっ!?」


 予想外の出来事に『執行者』が声を上げる。彼女ほどの実力ならば、俺の中にはもうほとんど力がない――精々首を動かすくらいしか出来ないという事が分かっていただろう。


 そんなことをしても一瞬命が延びるだけ。その先に続く手段がないのだから、することはない。そう考えていたのだろう。――だからこそ、俺から出た物にまで気を配っていなかった。


 鎌倉の刃を受け止めた口元と、そこら中に散らばった俺の血液が周囲の影と同化しながら蛇のように宙を這い、『執行者』へと伸びていく。


 茨のように複雑に巻き付き、彼女の身体を固定していく。だが、『執行者』は最初こそ驚きを浮かべたものの、魔法の正体を目にしてからはつまらなさそうに息を吐いた。


「こんなものが、奥の手か。ワタシには一瞬の足止めにしか――」


「その一瞬を作るためだけに、俺は今のこの盤面を作ったんだよッ――!!」


「オマエ――ッ!?」


 一瞬、されど一瞬だ。その刹那の瞬間で、俺はバネのように身体を跳ねさせ、『執行者』へと突貫する。


 影魔法が効かないのなら、俺に『執行者』をどうにかする術はない。いや、そもそも俺は『執行者』を殺したいのではなく、ルネを『執行者』から取り戻したいだけだ。


 そう考えて、俺にははたと思い至ることがあった。何故『執行者』は肉体を必要とするのか、ということだ。


 それは当然、『執行者』に生身の肉体がないからに他ならない。彼女の言葉が正しければかなりの時間を生きている。もう権能自体が本体と言ってもいいような状態になっているのだろう。


 そんな彼女が懸念していること、それはルネに宿った『執行者』の権能の力を使い果たしてしまうことだ。どれくらいで代替わりするのかは分からないが、そう近くになることはない、それは『執行者』の話しぶりから分かる。


 俺の狙いは最初から、ここに戻って来たときからそれだった。権能を使わせ、なるべく戦いを長引かせる。少しでも『執行者』の力を削ることが出来ればそれでいい。もしできなければ――。


「こうするだけだ」


 『執行者』の首元に、血に濡れた俺の口が近付いていく。そこまで来て『執行者』は俺の思惑に気付いたのだろう、焦ったように声を上げ始める。


「バカかッ……!? 適性のない者が管理者の力を身に入れると身体にどれだけの負担がかかるか、分からんのか――!?」


 負担なんか知るか。どうせもう身体はボロボロだ。ここから悪くなったところで誤差の範囲内だろう。


 首筋に食い付き、そして吸血する。


 そこでようやく俺の魔法から抜け出した『執行者』が引き剥がそうとするも、離すわけがない。より深くに食い込み、より多くを吸い取るように顎に力を込めていく。


「んぐッ、ゥ――!?」


 一滴が劇薬のように、喉を通っていく度に身体を内側から破壊していく。内臓が一つ一つ潰れていくような音が感覚とともに脳を揺らす。


 それでも俺は止めることはなかった。


「く……そッ……!」


 血を急速に吸われたせいか、力を失いつつあるからか、あるいは両方か。虚脱感に見舞われたように『執行者』は俺ごと倒れ込んだ。


 今度は彼女が上向きに、その上に俺が乗る形だ。手足がボロボロだからかかなり不恰好だが、これでようやく交渉の席に付かせることが出来る。


「……これで、形勢逆転、だな」


 かなりの量を吸ったところで俺は口を離し、『執行者』に語りかけた。それを感じ取った『執行者』は俺を上から撥ね飛ばし、鎌を杖かわりにするようにして立ち上がった。


「よくも、やってくれたな……」


「そう、怒るなよ……。こっちだって……。いっぱいいっぱいなんだ……」


「ふざけるなッ!! こんな……あれだけあった力が、こんなにも……!」


 よろよろと歩きながら、動くことも出来ない俺の元へと近付いてくる。今にも俺へと切りかかってきそうだ。


 そうなる前に俺は口を開いた。


「どれだけ取ったか分からないけど、もう、残ってるのは権能の核の部分だけ、ってとこか……」


「オマエ……何をしたのか、分かっているのかッ――!!」


「知ったこっちゃないね」


「オマエ――!!」


 激昂しながら『執行者』は俺の襟元を掴み、目線の高さまで持ち上げた。


「これから何十年までの先の分だぞッ!! 『観測者』が姿を眩ましている今、ワタシの力だけを頼りに『歪み』を探し出し、消し去らなければならない! そのための力だ! そのためのワタシだ! それなのに――!」


 『観測者』め。胡散臭いやつだとは思ったけど、やっぱりだな。だからこその『これ』ってわけかよ。予想通りと言えば予想通りだけど、掌の上って感じでなんとなく嫌な感じがするな。


 だけど、俺にはこれしか――こうするしか、やり方が分からなかった。


「だからこその俺だ」


「何……?」


 訝しむ『執行者』に、俺はほんの僅かに残っていた魔力を動かすことによって応える。一瞬警戒心からか身を強張らせた『執行者』だったが、俺の意図を察したのか、口を震わせる。


「オマエ、それ、は……」


「アンタなら分かるだろ。これが何か」


「馬鹿な!! 『観測者』が代替わりしたなど聞いていない。だが、オマエの、それはっ、奴の……!」


 魔力を込めたことによって、俺の左目が眩く輝きを放つ。そして視界に浮き上がる幾つもの光点。


 この時点で俺はようやく賭けに勝ったのだと確信出来た。


「やっぱり、そうなのか」


「オマエは……いや、『観測者(やつ)』は、何を考えている……? いや、それよりも、それは()()能力だ……?」


「察しが早くて、助かるよ。これは、恐らく『歪み』を、見る能力。アンタが、最も欲する能力、だよ」


 どこまで『()』えていたのか俺には分からない。だけど、これが必要な力だと、『観測者』は俺にそう念押しした。


「そこで、提案だ。俺を、アンタの、目にしないか?」


「目、だと?」


「ああ、あらかたの力を吸ったんだ、アンタには最初の半分も力は残っていないだろう。だから俺はアンタの目になるよ。場合によっては手足になってもいい。だから」


 ――ルネを返してくれ。


 俺が求めるのはそれだけだ。


 ここまでは細い綱を走って渡ってきたようなもの。一つ間違えばそれ以降先は足場ですらない。そんな中、奇跡的に上手くいって今がある。


 これから先は『執行者』の気分次第。必要ないと言われれば、それで終わりだ。


「……オマエが、その通りにする保証がどこにある。それに、ルネに身体を返す事が出来るかは、ワタシにも分からない」


「それでもいい。アンタが、手伝ってくれるだけで。それに、保証がいる、というなら、契約を、結ぼう」


「契約?」


「血の契約だよ。俺は、アンタのを飲んだから、アンタにも俺のを、飲んで貰うことになる、けど」


 どれだけ考えを巡らせたのだろうか。俺の言葉にしばらく顔を俯かせていたかと思うと、ふと顔を上げて、そして雰囲気を和らげた。


 そして初めて見るような柔らかい笑みを浮かべたかと思うと、俺を持ち上げたままさらに顔を近づけ。


「『血の契約』……懐かしいな、今にやるやつなんていないとは思うが、いいだろう」


「――」


 そしてそのまま俺の口を塞ぐ。口の中で何かが動いた感触のあと、熱が糸を引いて離れていく。


「これで、契約完了だ。ワタシはルネに身体を返す方法を探し、オマエは『歪み』を消し去る手伝いをする。そして」


「そして?」


「全てが終わってから、最後の『歪み』として、ワタシがオマエを殺す。だから、それまで死ぬなよ」


「ははっ」


 無茶なことを言うなぁ。今だってこんなにもボロボロなのに。というかボロボロにしたの、アンタだろ。


「そう変な目で見るな。オマエの中で暴れている力には応急措置程度は施しておいた。ワタシは吸血は出来ないから、取り戻すことは出来ないがな」


 確かに、さっきと比べれば心なしか楽になったような、なってないような。


 ここで俺に死なれれば意味がないからな。『執行者』も必死なんだろう。


 とにかく、俺はようやく一息ついた。暫定ではあるけど、これでこの先の目処が立った。


 ルネに関しては時間が出来たし、クラスメイトも『観測者』から教わった方法がある。


 一先ずは、ゆっくり、休んで……。


 安心したことで意識を繋ぎ止める緊張の糸が切れたのか、急速に重くなっていく瞼に抗おうとするものの、視界は徐々に帳を下ろしていく。


 一瞬『執行者』に対して恐怖心と警戒心が鎌首をもたげたが、ふと入った視界の隅、そこで俺を見る目から負の感情が読み取れない――精々やってくれたな、くらいのもの――事でようやく俺は意識を手放した。




 ――そうして俺は三十年先の未来へと進んでいく。たった一つ、年月によって削り取られていった信念を心に。

これで、何もなければ三章が終わりです。四章はついに始まる神聖管理教会vs影の国の全面対決となります。三月中には投稿を始めたいかなと思う所存です。


それはそれとして、新作を昨日から投稿しています!

タイトルは「神竝摯冠のエピテイル~生意気な相棒と一緒にはちゃめちゃ学院生活!~」です!urlはこちら!マイページからでも飛べます!

https://ncode.syosetu.com/n6069ga/


タイトル通り、ハイファンタジーのバディものとなっていますので、気になった方は是非とも!しばらく毎日投稿するのでいいな!なんて思ってくださればブクマや評価、感想なども送り付けてくださればモチベもだだあがりでごぜえやす。


長くなりましたが、最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

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