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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第三章 揺れる世界
110/120

110 分かたれた道

さて、不定期更新の時間でした。気が付けばこの作品も110話まで来てしまいました。更新は不定期、内容にも粗が目立つ作品ですが、葦原なりの面白さ、異世界観などを出せるようにと試行錯誤しておりまする。

今章の残りも僅かとなりました。今しばらくお付き合いくださるとありがたいです。

「戦争……?! 戦争だって……?!」


 そんな非現実にまみれた単語に天理は思わず瞠目した。戦争なんて天理に、いや多くの日本人にとってテレビの向こう側の出来事だ。個々人によってその関心の程度に差こそあるが、少なくとも学生であった天理たちにとっては、想像の及びもつかないことだ。


 しかし、それを発した和也にも、その隣に立つ真彩にも一切の動揺は見られない。それこそが、彼の言葉の本気の度合いを表していた。


「何でだ……!? 何のためにそんなことをする……!? ここにいたって言うなら、誠二の事を知らないわけじゃないだろ――!?」


「あぁ、もちろん知ってるし、ミノットの姐さんが連れてきた奴とも話したよ」


「だ、だったら、何で――!?」


「――必要だからさ。古今東西、戦争する奴らなんてみんなそうだろ?」


 事も無げに言う和也。しかしその言葉をそう簡単に飲み込める天理ではない。


「必要だから、人を殺すって言うのか?! 教会には紗菜も、もう一人のクラスメイトだっている! 必要だからなんて理由で、彼女たちまで巻き込むのか!? 戦う力すらない、彼女たちのことを!」


「だからこその懐柔って話だよ、天理くん。別に、君があっち側にずっといる理由なんてないだろ? こっちでも数人クラスメイトは保護している。場所だけマーキングしてある奴もいる。天理くんが紗菜ちゃんたちを連れてこっちに来れば話は万事解決。そうだろ?」


 一瞬でも、一瞬でもそうできたらと思ってしまった自分を、天理は殴り倒したかった。どのような理由かは未だに定かではないが、ここでは和也も真彩もそれなりの立場にあるらしい。それはこうした場で好きに振る舞っている事から分かる。


 それは『影の国』での異世界人の立場がある程度保証されている、ということだ。あのミノットがいて、そしてその姉とおぼしきエリザもいる。こと自衛力という観点から見ればこれほど心強い味方はいないだろう。


 ――しかし、しかしだ。天理にとって守るべきもの――守りたいものは、既にクラスメイトだけではなくなってしまっているのだ。


 ()()に来てから関わりを持った人物、特にルーシカやアルマーニ、マルウェロなんかはもはや知人という言葉で片付ける事が出来ないほどに親交を持ってしまっていた。


 もしかしたら、この世界に来たその時だったならば、天理も頷いたかもしれない。しかし、今は、今ばかりはその提案は――。


「――それは認められません」


「……紫葵?」


 天理の代わりにそう答えたのは紫葵だった。まさか反対されるとは思わなかったのか、真彩が驚きを浮かべて彼女を見る。


 そんな真彩に対して紫葵は少しばかり悲しそうに眉を歪ませた。


「真彩ちゃんも、賛成なの……? 話し合いもせず、戦争をして。それで、罪もない人たちを傷付けて。自分たちさえ安全に暮らせればそれでいいって言うの……!?」


 結局のところ、和也たちが言っているのはそういう事なのかもしれない。聖女として過ごしてきた彼女ならば、天理よりも聖ルプストリコの人々とのつながりが深いというのも明白だ。そんな国に対して、目の前で開戦宣言をすれば拒絶反応が出るのも自然な事だった。


 そんな紫葵の言葉に鼻白んだかのように目を瞬いて見せたかと思うと、和也と真彩はお互いに視線を交わし合う。それはどこかお互いがお互いに、なんとか説得しろ、とでも無茶振りを押し付け合っているかのようだった。


「――やれやれ、カズヤも言葉が足りんのぅ。別に絶対戦争を仕掛けて聖ルプストリコの国民共々殲滅しようと言うわけでもない。吸血鬼がこちら側に戻ってきた以上、余にはあ奴らの安住の地を拵える義務があるというだけじゃ。それに教会は邪魔というだけよ」


 そんな二人を見て埒が明かないとでも思ったのか、遠い玉座から幼い声が飛んでくる。視線を向けてみれば、ミノットからいくらか時を巻き取ったかのような顔に呆れのようなものを滲ませ、エリザが赤い飴玉のようなものを口に放り込んでいるところだった。


「それに……、罪もない人たちを傷付けて、と言ったか? ならば、今この瞬間も魔族を迫害し続けている人族はどうなるんじゃ? 確かに魔族は――我らの中には人族に対して非道の限りを尽くした者もおるし、余もしていないとは言い切れぬ。だが、それだけでお主らはどれだけの時を、そしてどれだけの数の同胞を苦しめてきた? ――因果は廻るものじゃ。それが良いものであれ、悪しきものであれ、な」


「――っ! それ、は……、だけど、魔族による被害が出ている事も事実だ! 僕たちは……聖ルプストリコの人たちは、それから人々を守ろうとしているだけだ! それなのに……どうして!?」


「別にお主らを非難するつもりはない。もちろん、善悪なんかの議論をするつもりも、じゃ。……しかし、そうなると余らとお主らは道を違える事となるんじゃが、それを念頭に入れて、その上でもう一度お主らに問おう。余らと手を取るのじゃ。そうすれば無用な血は少なくて済むじゃろう」


 それはある意味、聖ルプストリコの民を人質に取ったような言い方だ。現に天理たちがスパイとして働けば戦争という体を成す前に聖ルプストリコは陥落するだろう。


「――そんなこと、出来るわけが、ないだろっ……!」


 天理は英雄になると誓ったのだ。それはそのまま、この世界ーー理不尽に連れてこられた異世界と正面から向き合うという行為に他ならない。


 クラスメイトたちも大切だ。なにせ天理の失態によってこんなところに身一つで放り投げられたも同然。

 だけど、だからと言ってこの世界の人たちを蔑ろにしていいわけではないのだ。


 どれだけ創作の中のような光景が広がっていようと、この世界の人たちはこの世界で必死に生きているのだ。一日一日を確かなものにしようと、自分の生きた意味を今この瞬間に刻もうと足掻いている。


「――っ! 伝言役が必要って言うなら、僕と紫葵で教皇に話を通す! 別にわざわざ戦う必要なんてない! 人族も、魔族も! まずは話し合いの席について、それでっ! それでっ……!」


 だだ広い空間に、天理の声が虚しく響いていく。


 分かっている。天理だって、分かっているのだ。そんな道など存在しないと言うことを。

 エリザの言う通り、人族は度を越してしまっているのだ。それももう、後戻りが出来ないほどに。


 脳裏に琉伊の最期の姿が浮かぶ。魔族と言われ、悲痛に歪んだ顔。何かを訴えかけるような目。そしてそれを問答無用と『駆逐』した枢機卿。

 結局それが今のこの世界の縮図ということだ。天理もまた頭ごなしに信じ込んで来ていた世界の歪み。それを、古くから続くその悪習を、どうしてたった二人で止めることなんて出来ようか。


「……それしか、道はないんですか?」


「天理くんっ!?」


 天理の諦念に近い感情の乗った言葉に紫葵が反応する。天理もまた紫葵へと視線を向け、そうして交わった視線が、驚きに揺れ、そして彼女は俯いた。


 そう、紫葵だって分かっている。分からないはずがない。魔族から逆襲を防ぎたければ、まずは人族が魔族に対して誠意を見せなければならなかったのだ。だけど、今更後悔してももう遅い。返った水は二度と盆には戻らないのだから。


「戦う事しか、道はないんですか……?」


「お互いがお互いを邪魔と思っておる現状じゃからな。どちらかが折れるまで止まらんよ。そして無論、余は止まるつもりなど毛頭ない」


 そして改めてエリザの口から語られるその未来、覚悟。それはもうどうしようもないもの。


 エリザから視線を外し、知己の友人たちに向けてみるもそれは変わらない。その事実が深い、深い溝のように天理の心へと落ち込んでいく。


 もしかしたら、琉伊の言っていた『逃げろ』、というのはこのことについてだったのかもしれない。未だエリザの側に控える名も知らぬ銀髪の少女。琉伊は彼女に追われているようだった。そしてその手には琉伊の遺灰を凍り付かせたであろうものが未だに握り締められている。


 真彩や、和也はその事実を知っているのだろうか。いや、知っているのだろう。彼らの態度を見れば、元の世界にいた頃と変わりに変わってしまっている事は明白だ。それは悪い方向にでも、いい方向にでも。


 ――そんな彼らと道を共にすることは、今の天理にとってひどく難しい事だった。


 と、そんな風に考え方の齟齬に自覚した時だった。


「――んじゃ、一通り話がまとまった所で、昼飯にでもしようぜ!」


「……は?」


 パンっと唐突に手を鳴らした和也に、天理は思わずそんな反応を返してしまう。和也の提案があまりにも予想外過ぎたからだ。

 天理だけじゃなく、紫葵も、そして真彩でさえ目を丸くして、本気かこいつ、みたいな視線を和也へと送っていた。


 唯一エリザだけは面白がるような表情を浮かべており、身を乗り出そうとしたところを無表情な銀の少女

に抑え込まれていた。


「なんだよ天理くん、水臭いじゃん。堅苦しい話はオレ、苦手なんだよね。あんなのは一旦横に置いておいて、とりあえず再会記念で宴とかどうですかい」


「余らは構わんぞ。交渉が決裂したからと言って、はい開戦は味気が無さ過ぎるからのう。さすがに今かの国にいるだろう同胞たちは諦めてもらう他ないが、今ここにいる者らでならば出来ない事もないじゃろう」


「いや、でも……、そんな……?」


 初めに思ったのは、あまりにも考え方が違うという事だった。魔族特有の文化か何かとも思ったが、エリザが乗り気なのとは反対に真彩は嬉しさのようなものも浮かべてはいるが、その根本には戸惑いの感情の方が強いように感じられる。


 つまりは和也の独断による暴走ということか。


「じゃが、あまり時間はないからのう? カズヤ、あやつが帰ってくれば面倒そうじゃぞ?」


「分かってまず分かってます! ちゃちゃっとやってちゃちゃっと帰れば無問題!」


「分かっておるならば良い。給仕を呼び付けて準備をさせよう。誰ぞ――」


 そうして玉座の傍らに取り付けられた小机の上の白鈴に伸ばしかけた手が、ぴくりと何かを感じ取ったかのように止まった。


「――あぁ、残念じゃが、間に合わなんだようじゃの」


 言葉の通り、惜しむような表情を浮かべ、エリザはそう言った。そして徐にその小さな身体とは釣り合わない大きさの玉座から立ち上がる。


 それと同時の事だった。


 玉座の位置と、天理たちがいた位置のちょうど中間部分に()()()()()


 それはミノットが使っていた移動法とひどく酷似しているもの。ミノットは天理たちを送り届ける直前、何か別の用があるというような事を言っていた。それが終わり、戻って来たのだろうか。


 そんな風に考えて、天理はすぐさま思い至った。――これは、違う、と。


 ミノットの魔法は言うなれば夜を連想させるようなもの。黒く、吸い込まれそうなそれだが、同時にまた特有の魅力のようなものが渦巻き、また、そのひどく大きな存在感は星の浮かぶ夜空を思わせる。


 しかし、今目の前に落ちてきた塊はなんだ。夜と表現すればより禍々しく、黒と表現すればそれよりもなお醜いもの。


 ――やはり、言うなればそれは闇、だった。どろどろとした暗い感情に住み着いた、執着とも取れるもの。


 気が付けば天理は臨戦態勢を取っていた。あのまま連れて来られたわけだから、依然として天理の獲物は儀礼剣だ。元々心もとなかったはずのそれが、今では小枝のようにでも感じるほどの威圧感。それはミノットにも勝るとも劣らないものに感じられる。


 そして、気付く。それが完全な人の形を保っていなかったという事に。


 四肢はもがれ、肉は削げ落ち、無事な箇所を探すのが難しいほど。身体の上に頭がついている、それだけでしか人と認識出来ないほどだった。


 天理も、紫葵も呆然と口を開く事しか出来ない空気の中、それはずるりずるりとナメクジが這うようにしてエリザのもとへと近付いていく。

 奇妙な事は、その一歩を踏み出すごとに逆再生の動画でも見ているかのように欠損していた身体の部位に肉が戻り始めている事だ。


「――――っ」


 肉塊から、人型へ。そんな悍ましい光景を目の当たりにし、その役割を放棄していた天理の脳だったが、やがて思い出したかのように息を呑んだ。


 それと同時に、いや彼女の方が早かったのか、隣に立つ紫葵からは抑えきれない嗚咽のようなものが聞こえてきた。


 玉座の前に立った人型の姿は、ほとんど完全と言っていいほどに復元されていた。ちらりと彼は視線を横にずらした。いつの間にか自分のサイズに調整したミニ玉座を出現させていたエリザがそこに腰を下ろしていた。銀の少女はエリザの側から彼の側へ。


 そして彼はくるりと身を翻し、当然のように玉座へと腰掛けた。


「――久しぶりだな、天理くん、紫葵ちゃん」


 彼は——目の前で確かに首を落とされて命を落としたはずの琉伊は、昏い瞳で天理たちを見据えながらそう言った。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

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