108 揺れる世界 ⑦
更新しました。次回ちょっくら過去に戻ります。
「――久しぶりね、天理」
投げ掛けられた言葉は凛としながら、その根底にあるのはやはり安堵。
いくら真彩が心の強い女性であっても、やはり堪えるものがあったのだろう。
再会を喜べたのはいい。『影の国』にいることも分かった。クラスメイトの和也といるのは、彼女なりにクラスメイトを探そうとした結果なのだろうか。
他にも色々と聞きたいことがあった。今までどうしてきたのか、だとかどうして真彩は『影の国』に身を置いているのか、だとか。
彼女の方も聞きたいことがあるのだろう。あの魔響石の相手はやはり真彩だった。だとするならば、この再会を望んだのは真彩だ、何かしらの思惑のようなものがあると言っていいだろう。
しかし、しかしだ。それよりもまず天理には聞きたいこと――聞かなければならないことがあった。
隣で先程から呆けている紫葵もまた、同じ思いにあるのだろう。先程から視線が真彩のある一点へと釘付けにされていた。
「私が紫葵たちをここに呼んだのは――」
「あぁあぁ、待て待て真彩さんよ。そう話を急かすこともないだろ? 折角のクラスメイト同士の再会なんだ、もっと水入らずの楽しい話をするとかさ」
「……私が紫葵たちを呼んだのは、そんな話をするためじゃないわ」
「だとしてもだよ! ほら、見てみなよ真彩さん! 彼らのあんなに疑問に満ちた顔を! このままにしておくにはちょっとばかし可哀想ってもんじゃないかな。何しろ顔を見た感じ、何も分からないままここに連れてこられたんだろうし」
いつの間にか真彩と和也はそれなりに仲を深めたようだった。学校にいた頃は話すことすらしなかっただろう彼らが、だ。そうなるだけの何かしらを潜り抜けてきたのだろう、どことなく雰囲気が違って見える。
いや、どことなく、所ではないか。天理とて、あの頃のままではとてもじゃないがいられなかった。恐らく種族自体がケンタウロスになっていること関係していたのだろう。髪の色や、体格なんかにも差異が表れている。
和也の言葉にぶすっとしたようにそっぽを向く真彩。話を急いている自覚はあったのだろう。その態度を了承だと判断し、天理はちらりと紫葵を見た。そうすると同じように天理の様子を伺っていたであろう彼女と目が合う。
お互いに困惑の色が強い苦笑を浮かべる。思いは同じだろう。ならばと天理は一歩足を引く。それで紫葵に話を任せることを伝える。
「――それで、どうして真彩ちゃんには狐の耳が生えてるの?」
任された紫葵の最初の言葉がそれだった。
※※※※※※※
「妖狐族?」
天理と紫葵の声が見事なまでにハモりを見せる。そんな様子に小さく苦笑を浮かべて見せて、そう、と真彩は話を続ける。
「そちら側――神聖管理教会側からすれば魔族、ってやつね。今はそうじゃないけど、昔は人族と敵対していたこともあったらしいわ」
「それ、は……」
天理も、そして紫葵もそれ以上の言葉を紡げずにいた。何しろ、天理や紫葵は魔族滅ぼすべしを信条とした教会に付いていたのだ。その認識がどうだったにしろ、親しい間柄の人がその迫害を受ける立場であったことを知らされたのだ、その胸中には複雑な感情が渦巻く。
「ああ、別に天理たちを責めてるわけじゃないわ。だって見たところ明らかに先祖の妖孤族が悪いしね。色々やってたみたいよ。詳細はちょっと……口には出したくないけど」
そう言って口をもにょもにょと動かす真彩。顔が赤くなっているのはどうした理由か。それほどまでの事が過去にあったのか。
何にせよ、真彩はそう言った。それが気遣いだとかではなく、本心からの言葉であることが分かるだけに、天理も紫葵も幾分か心が安らいだような気がした。
「……オホン。そろそろよいか? 余とてお主たちの立場を知っておる手前、再会に水を差すような真似などしたくはないのじゃが、こうも反応されなんだらさすがにそろそろ寂しくなってきたぞ」
そうして一時の交流の温かさに身を委ねていた時に、唐突に第三者の声が差し込まれる。それは今は天理たちの下へと降りてきた真彩と和也が元々いた場所、その更に一段高い場所から放たれたもの。そしてそこにあるのは豪華絢爛なまでに彩られた空の玉座――のみのはずだった。
「子供……?」
いつの間にか、その空席は一人の人物によって埋められていた。座っているために正確な所は分からないが、背丈は天理が思わず呟いた通り、精々が天理の胸のにすら届くかどうか。いや、それを鑑みずとも顔立ちの幼さで既に一目瞭然だ。
その隣には若干呆れたような冷めた視線をその少女――いや幼女と言った方が正確かもしれない彼女へと送っている。
と、そこまで考えたところで、唐突に真彩と和也が膝を付く。驚いてそちらを見れば訴えかけるような視線をした二人が王族に対する礼とみられるものを示していた。
「……悪い事は言わないから、真似しておいた方がいいぜ?」
「よい、カズヤ。余は気にせん」
「エリザ様は気にしなくとも、他の人で気にする人がいてですね。その人たちにどれだけオレがボロクソ言われた事か……。本当はこうやって気ままにオレたちが話す事だって渋い顔されるんだぜ」
その口調に真に迫るものを感じ、天理と紫葵も二人に習い膝をつき、頭を下げる。
懐かしい面々に再会したということで和気藹々としていたが、黒い少女ーーミノットによって送られた先は『影の国』だったはずだ。
では、そこにいる真彩と和也が頭を下げる相手とは、一体誰なのか。そんなもの、深く考えずとも分かる。
「今は余だけが統治者と言うわけでもないんじゃがな。まぁ、よい。では、改めて名乗ろう。余はエリザベート・フォガット、この国で王をしていた者じゃ。気軽にエリザと呼んでくれ」
推測が彼女自身の口によって確信へと変えられる。『影の国』の王。それはすなわち、吸血鬼の王であることも意味する。
古く、神様さえも存在した時代に生命の頂点に立ち、神と熾烈な争いを繰り広げたという伝説の存在。
天理の額をじわりと汗が浮く。彼女が、かつて調停機関に謁見したときに告げられた、討つべき相手なのだろう。教会の前身となるものが発足したのが、そもそもの話神代戦争時に吸血鬼に立ち向かった人族の英雄たちによるものだと言うことは既に知っていることだ。
「テンリにチナ、と言ったか。お主らには妹が世話をかけたな」
「妹……?」
妹と言ってもそれらしいものと交流を築いた覚えはない、とそう言葉を繫げようとして思い至る。そう言えば天理たちの前に姿を現した二人の女性は『影の国』と何らかの繋がりがあるんじゃなかったか、と。
そうして改めて視線を目の前の玉座に座る少女に向かわせる。それに気付いたエリザがにっと口角を上げる。それが記憶にある面影と一致した。
「そう、エリザベートとミノットは姉妹のような関係にある」
「そして驚くほどに母親はこの余の横におる年若い女子じゃ! なんとも見事な家族構成よ――ふぐぅ!?」
「いらない事まで言わない」
「……ふん、何を年甲斐もなく恥じ入っておるんじゃ。そんな歳でも——ぐへぇ!?」
口を開く側から隣に立つ少女からいいボディブローを貰うエリザ。しかも捻りを加えた熟練ものだ。そんな光景にちょっとした怖気を覚えていると、隣で礼の姿勢を取っていた和也が、「もういいか」と呟き、じりじりと近寄って天理の耳元へと口を寄せる。
「あの人、『執行者』だか何だからしいんだけど、何でも憑依みたいなことしてるらしいんだよ。だから色々と話がややこしくなっていて……おっと、大丈夫ですって。変な事まで言いませんから」
「……はぁ、好きにして。でもそろそろ話も先に進めて」
「そうですね、じゃあそこはオレから。……真彩さんもそれでいい?」
「不服だけどまあいいわ。その代わり少しでも詰まったら私が代わるわよ」
そんなやり取りの後、和也は「ひぇ~~」と腕をさすった後天理たちに姿勢を楽にするように促す。それに応えながらも、天理はその前に言わなければならない事がある、と話に割り込んだ。
真彩も最近の琉伊との付き合いは少なくなってきていたとはいえ、それでも幼少の頃はよく遊んだ仲だ。和也の方は琉伊と親友と言ってもいいくらいの関係だった。伝えずに済ます事は出来ないだろう。
「――葉桐が……、琉伊が、死んだ。ごめん、僕は……、守れなかった……」
「天理くん……」
唇を噛み締めながら、天理は血を吐くようにそう言った。混乱していた、立場があった、突然過ぎた、理由を上げればいくらでも積み上げられる。しかし、それでも天理があの場で動けなかった事は事実でしかない。
罵られてもいい、そんな覚悟で頭を下げ、琉伊の死を伝えた天理だったが、どうも思っていたような反応が飛んでこない。言葉が出ないほどに呆れられたのか、と思いそれもそうだな、と自己完結しそうになったところで複雑な感情を滲ませた声が頭上を転げ落ちてきた。
「あ~、うん、それについても色々話さなきゃな……」
「え……?」
「とにかく、まずはオレたちの話を聞いてくれ。それから天理くんたち自身の答えを聞かせて欲しいんだ」
いつものひょうきんな様子は鳴りを潜めて、和也は表情を硬くしてそう言った。
「じゃあ、オレの話からするかな。オレがこっちで目覚めたのは魔族たちが暮らす集落でな――」
最初らへんで銀色の少女がいないのは、本当は玉座に座って待っていたはずのエリザ様の姿が見当たらなかったため部屋から引っ張り出して来たからです。
次元の狭間に引き籠っていた『影の国』の住民たちは文化的に遅れている所もあり、特に食文化が著しく遅れていたので、現代に戻ってきてエリザ様は食道楽となっておりまする。かわいいね。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。