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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第三章 揺れる世界
101/120

101 揺れる世界 ②

27時はまだ日曜。

「まぞ、く……? それって、確か……」


 ――――魔族、その名前を聞くのはもう何度目になるだろうか。もちろんいい意味なんかでは決してない。曰く、魔族とは人族の宿敵である、と。


 魔族と人族の敵対関係はもとを辿れば神話の時代まで遡る。

 かつて人々が『神』の庇護のもとにあった頃。人々がまだ、魔法という牙を持っていない頃。その頃にはまだ魔物というものが存在せず、人々は神々によって定められた領域にさえいれば安寧を保てていた。


 ――――その時までは。


 魔族が現れ始めたのは、神代の後期だ。いや、現れたというのは語弊があるかもしれない。天理は凱旋式までの空いた時間を使って、教会に内蔵されている書庫を閲覧していた。そこには古くから伝わっているという書物が数多くあり、中には権限が足りずに閲覧できないものもあったが、それでも過去の大戦について知るには十分だった。


 元々魔族という種族は存在していた。その種には様々なものがあり、外見が人族と変わらないものから、人族のものから遠くかけ離れているものまで多岐に渡っていたという。魔法という武器を元々持っていた魔族は人族と反対に神々からの庇護を不必要だと拒絶し、神々の目の届かない場所で小さなコミュニティーを築き上げていた。


 魔法とは異なる法によって発現する特有の技法『神威』を持つ神々を畏れる魔族たち。そんな魔族たちを眼中に入れる事なく、営みを繰り返す神々たちとその庇護を受け細々と暮らす人族。長い間神代はそのような関係図を描きながら、平穏を保ってきていた。たまにあるとすれば、神々同士の小さな諍いが精々だ。と言っても、人族からしてみれば超常の相手だ、小さなと言っても当時の人族にとっては世界を揺るがすほどの出来事だったに違いない。


 そんな神々を頂点とする神代に揺らぎが生じたのは、ある種族が表に出てきてからだった。

 それまで魔族というものは神々と、そして人族にとっても脅威となり得ない存在。むしろ人族にしてみれば、精霊や霊獣などと言ったものの方を警戒していたくらいだっという。それらが何を指すのかは資料として残されていなかったが、神々の庇護のもとにあった、とあるくらいだから、そうしたものたちが当時の人族たちを脅かしていたのだろう。


 だが、その種族は明確に、神々とそしてその庇護下にある人族に対して敵対行動を取り始めた。


 ――――――それが吸血鬼だった。


「それもかなり上位の種のようだ。ここで討ち取る事が出来れば、此度の対『影の国』においてこれ以上もない狼煙となるだろう」


「討ち取る……!? 待ってください、彼は――――!」


「残念ながら、その意味は見出せないよ、麗しの星の聖女。――――――囲え。先の程度ではすぐに破られるようだ。次で確実に葬り去るぞ」


「ボルダン枢機卿!!」


 紫葵の静止を意にも介さず、ボルダンは金糸の長髪をたなびかせながら手駒に指示を飛ばす。その表情は普段のような人受けの良さそうなものではなく、一つの感情によって張り詰められていた。


 ――――――そう、正義を執行するという、そんな感情によって。


 天理は情けのない事に、目の前の状況にまったくもって対応出来ないでいた。こうして聖ルプストリコに呼ばれてから、魔族を、ひいてはその統率者、魔王を討ち滅ぼさんとする事が教会の掲げる理念の一つだと聞かされていた。そしてそれに必要になるだろう、と書庫の閲覧権限も与えられた。


 ある程度の本は持ち出しも許可されていたため、アルマーニやマルウェロとの稽古の合間にも時間が出来れば目を通していた。

 それほど一心不乱に貪っていたのは、どこか予感があったからなのかもしれない。


 既に一人、物部誠二というクラスメイトが教会によって魔王として認定されてしまっているのだ。外見は人族とそう変わらなかったが、もしかしたら彼もまた天理と同じように種族が変えられてしまい、魔族となってしまっているのかもしれなかった。

 転移したクラスメイトが、魔族となってしまっているという可能性が皆無であるはずがなかったのだ。


「俺、は……。っ、だとしても、今は、俺の話を、天理くん……!」


 状況の渦中にいる琉伊が平静であるはずがない。それでもなお、自分の状況を後回しにしてでも伝えたい事というのは、一体何なのか。

 依然として、天理は壇上で、琉伊は壇下にいる。拘束は琉伊によって既に外されてしまっており、今はもう琉伊の行動を縛るものは何もない。式に参列していた者たちも、琉伊が魔族と知るや否や、少なくない人がこの場を後にしてしまっていた。


 敬虔な信者たちはなおも残って、その身を壁として琉伊の逃げ道を防ごうとしていたようだが、それも教会の修道士たちの手によって大部分の避難が終わろうとしていた。


 天理は一度歯を食いしばる。手を出す事は簡単だ。そうしてしまった先の言い訳もなんとか用意出来るだろう。だけど、そこまで考えてしまって、はたと思い至る事があった。それは、今得たこの地位が、無くなってしまうのではないか、というような危惧だ。

 考えて、そしてすぐに自分の浅ましさに気が付く。何のために地位を欲したのか、と。全ては、転移してしまったクラスメイトを見つけるためだ。それは、今この瞬間と何の違いがある。

 ボルダン枢機卿と合わせて、琉伊に跳びかからんとしているのは総勢七人だ。天理は額に冷や汗を浮かび上がらせ、頭を巡らせる。この場には弓も矢も持ち込めていない。儀礼剣は刃こそ潰してあるが、鈍器としては使える。アルマーニには身体の使い方も教わった。全員をやり込めるとは思えないが、それでも琉伊を逃がす隙くらいは作れるだろう。存在が分かってしまえば探すのは簡単だ。紫葵には大きな迷惑をかけるかもしれない。紗菜だってここにはおいておけなくなるかもしれない。それでも目の前の状況を思えば飛び出さずにはいられない。直立したまま、軸足に力を籠める。チャンスは一度きりだ。ボルダンを抜きにしてもこの場には他の枢機卿もいる。厄介ごとはごめんだと姿を消した者もいるようだが、それら全員を相手に出来ると思えるほど天理はうぬぼれていない。僅かに身体に緊張を走らせたまま、すばやく左右に視線を走らせる。そこから見える範囲で、他の枢機卿に動きは見えない。全員がボルダンと、そして琉伊に注目していた。背後にいる教皇の動向は分からないが、あれだけ離れていれば一息の間に干渉することは容易ではない。静かに息を吸い、そして吐く。覚悟は決まった。ならば、後は今にも飛び出そうとしている紫葵よりも早く状況に介入しなければならない。気付かれない程度に姿勢を低くし、今こそ込めた力を爆発させんと身体を動かそうとして――――――。


「――――――悪いな。教皇(じいさん)命令だ」


 背後から首元に添えられた殺意の存在を、声によって気付かされる。ここ数日で嫌という程聞いた声。ニヒルな笑みが目に浮かぶようだ。


「マル、ウェロさん……、どうして、貴方が……」


「どうしてってのはこっちの台詞だ。なんで魔族なんかがこんな所にいやがる? こんな時に限ってあの若作りはどっかに行っちまったし」


 その姿勢は稽古をつけてもらった時となんら変わりがない。それは、この状況が彼にとって気を入れるようなものですらないという事に他ならない。

 しかし、それでいて天理はマルウェロを退け琉伊の下へと駆け寄る事の出来るビジョンがまるで思い浮かばなかった。


 隣で息を呑む紫葵も同様の事を思ったのだろう。一度身を固くしたかと思うと、小さく深呼吸をした。


「マルウェロ粛清官。手をどけてください。これは……、命令です」


「そうすごむな、嬢ちゃん。だいたいあんたには俺たち粛清官への命令権は持っていないぜ? 俺たちに命令出来るのは教皇や、第一席くらいだ」


「っ――――。お願い、行かせて……! そうじゃないと、琉伊くんがっ……!」


 鬼気迫るような紫葵の様子に、マルウェロは片眉をぴくりと動かしたが、見せた反応はそれだけで依然として天理と紫葵をこの場に拘束するように首元に添えられた短剣はそのままだ。


 歯噛みしながら、天理は今一度琉伊へと視線を向けた。琉伊に能動的に抵抗するような様子は見られない。自身を囲むボルダン枢機卿の子飼いの修道士たちに一通り訝し気な視線を向けた後は、今にも排除されようとしている自分の事など、まるでどうでもいいとでも言うかのように一貫して無視という態度を貫いていた。


「……魔族を発見した際には、その関係者について色々吐いてもらうのがしきたりではあるが、その様子では口を割る事もあるまい。滅せられるのが望みならばすぐにでも葬ってやろう」


「くそっ、俺は別に戦いたいわけじゃないのにっ……! 頼むから、そこをどいてくれっ……!」


「ふんっ、薄汚い魔族が何を言う。貴様のその存在がこの聖域を汚すその前に二度と物を言えぬ身体にしてやる」


 そんな琉伊の仕草がボルダンの勘に触ったのだろう、居丈高にそう言い、ボルダンは腰に帯びた長剣を抜き放ち、足元に突き刺した。

 同じように、琉伊を取り囲んでいる修道士たちもまた、長剣を足元へと突き刺していく。琉伊からしてみれば、何が何だか分からない状況だろう、怪訝な表情を浮かべるのみだ。


「――――降り注ぐは陽光。帳を払い、燦然とその威を示す」


「な、なんだ……?」


「導きはここに。彼方より照らされる我が忠誠をもって、其の罪人の悉くを暴かん。光在れ。――――――『光輝神の威光』」




 ――――――光が、琉伊の身体を飲み込んだ。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

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