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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第三章 揺れる世界
100/120

100 揺れる世界 ①

はい、遅くなりました。これから週一で土曜日か日曜日(調子が良ければ週二)で更新を再開していきたいと思います。

ついでに祝百話ですね!

 魔王を討伐――――実際には撃退した事による褒賞、それが凱旋式という形によって天理へと与えられるその当日。授与式は恙なく行われていた――――はずだった。


 魔王討伐隊の代表者として天理、そして紫葵の名が挙げられ、定められた通りに式場の壇上へと上がった。そこは元々聖ルプストリコの中心に聳え立つ白亜の塔の真ん前に広がる空間であり、紫葵に聞いたところによると、このような式典を行うためのスペースであり、かつての世界大戦――――神々と悪しきものたちとの戦いにおいては悪しきものたちに虐げられていた人族が発起した場所なのだという。


 その時にはこの広場一帯を覆いつくすほどの人々が集まった、と伝えられているらしいが、まさに今眼前の光景を見れば、その時の景観が瞼の裏に浮かび上がるというもの。今白亜の塔の前にはそれこそ日本でいうスクランブル交差点を優に超えるほどが集まっている、と言えば伝わりやすいか。


 そんな衆人環視に視線を向けられる経験など普通の男児にあるわけもなく、天理も日本にいた頃に表彰を数多くされたとは言え、それでもこれほどの経験はなかった。そんな中、天理はこの世界における自分の立ち位置を確かなものとした。具体的には、褒賞として与えられた『英雄』としての称号の他、聖女チナ・アリスガワの筆頭近衛騎士という立場を手に入れた。


 やるべき事は変わらない。クラスメイトを探し出し、元の世界――――日本に戻る。それは思い立ったその時から今までずっと掲げている絶対目標だ。それも今回の一件を境にかなり楽になると天理は見ていた。

 天理たちがいる四大大陸は広い。そんな中、拠点をどこに据える事もなく、むやみやたらに人を探し回っていても、見つかるものも見つからない。それこそ今までの天理がいい例だ。


 反対に、確たる地位を持っていればどうか。それは紫葵を見ていればすぐに答えがある。その地位に見合うだけの責任と義務は生じこそすれ、それでも自分で自由に動かせる手駒、地位による信頼度などなど、その恩恵は計り知れない。事実、天理もまたそのようにして惜しみなく使った権力の果てに紫葵との再会が叶ったのだ。


 そのための第一歩。それは決して小さいものなんかではなく、大きなものとなる。そんな確信をもって臨んだはずの凱旋式において。


 ――――――その異物は突如として姿を現した。



♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦



「――――おい、なんだおめぇ! 横入りしてんじゃ……」


「天理くんっ! 天理くんだろ!? 俺だ、葉桐だっ……!」


 聞こえてくるその声はこの場にあるはずのないもの。ほとんど他人に等しいほどとはいえ、親族であることに変わりはなく、幼い頃から親交もあったのだ、見紛うはずもない。

 壇上に立つ天理と紫葵を見上げながら、声の主――――琉伊は人混みを両手で掻き分けながらステージ円形の台場へと歩み寄る。その顔に浮かぶのは見た事のないほどの必至な形相。その事を訝し気に思ったのは一瞬、次いで脳裏に浮かんだのはどのような対応をすればいいか、という事だった。


 嬉しくはある。喜ばしくもある、のだろう。

 魔法というものが存在するこの世界は、それだけに非常に死が近い。それは物部 誠二と矛を交えた事でより確かな実感として心に刻まれている。あの戦いで多くの死人が出た。その亡骸をなかった事に出来るほど、天理の心は冷めきっていない。


 だからこそ、一クラスメイトである琉伊が生きて目の前に現れた事は本来喜ばしい事だ。しかし、胸の内にそのような感情とはまた別のものが蠢いている。それが自覚出来ているからこその天理の逡巡だった。


 ――――――なぜ、琉伊は誰も連れていないのか。


 それはともすれば八つ当たりのようなものなのだろう。それでも心のどこかでは、きっと琉伊に期待を向けていたのだ。

 琉伊なら、もっとできる。琉伊なら、もっと救える。琉伊なら――――――。


 それは子供の頃の憧憬の残りかすのようなものだ。

 自分より優れたもの、自分がこうなりたいもの、こうでありたいもの、その幻想の一欠片。心の奥底で砕け散ったはずのそれは、依然として突き刺さったままだった。


「なんでだよ……」


 知らず、歯を食いしばる。そんな自分を噛み殺すように。そんな幻想を忘れ去るように。

 そうして琉伊は縋るような視線を向けたまま、天理は複雑な感情を瞳に入り混じらせたまま、互いの視線が交錯する。一瞬のようにも、永遠のようにも思える時間の中、そんな二人を意にも介さず紫葵が動いた。


 それを感じて、ようやく天理は琉伊から視線を外し、今しがた動きを見せた紫葵へと向ける。そうすることで平静を取り戻す様に。

 そう、平静、平静だ。琉伊の体たらくは知っていたはずではないか。今更そんなものに一喜一憂している場合じゃない。

 

「葉桐くん、わたし、有栖川だよ。分かるかな……?」


「あ、ああ……。分かる、分かるよもちろん! ほんとうは飛び上がって喜びたいところだけど、今はそれどころじゃないんだ……!」


 そういう意味では、この場において最も冷静だったのは紫葵だろう。彼女はそのまま壇の淵まで歩み出て、そこから見上げる琉伊へと視線を合わせるように屈みこむ。そうした事で衣服であったり、装飾であったりが壇の表面と擦れ、澄んだ音を響かせた。


 紫葵がわざわざ名前を告げたのは、琉伊の注意を天理から自分へと向けるためだろう。それも琉伊の状態を見ていれば納得するというもの。明らかに平静を失っている。肩で息をし、時折何かを怯えるように背後へと視線を向けている。

 纏う衣服もどこか襤褸切れのようでところどころほつれが目立っていた。


「それどころじゃないって……。それに葉桐くんのその様子、一体……?」


「俺の事はいい! 一から説明してる時間は、たぶんないから。だから、とにかく今はここからいち早くにげ――――――ぁ?」


 壇に手を付き、身を乗り出す琉伊。その尋常ではない様子に天理と紫葵は身を固くする。

 琉伊がここまで取り乱すほどの何かがあり、そこから逃げ出した後にここまでたどり着いたという事なのだろうか。しかし、それにしては疑問も残る。確かに凱旋式を行うに当たって、天理の名前は世界に大々的に発表されていた。それはこの先の捜索を楽なものにするための一種の布石のつもりではあったが、そうだとしても、その発表からこうして琉伊が現れるまでの時間が短すぎる。


 元々ここの近くにいて、そこで何かを目撃した。そうして逃げ込んだ先に、天理と紫葵がいた。もしそうだとしても、都合が良すぎるのではないか。

 何にせよ、話を聞かない事には判断のしようがない。式を中断する事は難しいが、凱旋式の大トリ――――国を一周するパレードが始まる前にでも少しくらいならば時間は取れるだろう。

 そう結論付けて、琉伊の言葉を遮ろうとして、その前に別の何かによって琉伊は疑問とともに息を吐きだした。


「なん……? なん、だこれ――――?」


 壇についた手を中心として、そこから目を焼くような光が発せられていた。周囲の観客がどよめき、琉伊から距離を取っていく。

 それを見た琉伊が同じように光を放つ壇から離れようとして。


「手がっ、離れ――——――!?」


「琉伊くんっ!」


 その言葉を聞いた紫葵が慌てて琉伊の下へと駆け寄ろうとしたところで、ひと際眩く、手をついた場所が輝いた。

 質量さえも持っていそうな白が天理の視界一面を覆う。翳した手は何の意味も持たず、無駄な抵抗と嘲笑うかのように光は突き抜ける。


「きゃぁ――――――!?」


「紫葵っ!?」


 その光をもろに浴びたのか、前方で紫葵の悲鳴が上がった。次いで響いた鈍い音は、光に驚いた紫葵が尻もちをついた音だろうか。

 その音を頼りに足を踏み出そうとして、そこで天理は光が収まっているという事に気が付いた。

 次第に視界が色を取り戻していく。その速さから考えると、光が発せられたのは一瞬だったのだろう。同じように眩んだ視界を取り戻した人々のどよめきがこの場を伝播していく。


 何が起こった。それはこの場にいる全員に共通する思いで、天理も同様に、少しでもはやく状況の理解に努めようと周囲に視線を巡らせようとして。


「――――――は?」


 それは誰の言葉だったのか。恐らく、天理を含めた全ての人が同様に息を零したに違いない。

 意図するところは純粋な疑問。


 ――――――何故、だ。


 先ほどまで琉伊がいた場所、そこが光の中心になったと皆が理解していたのだろう。ぽっかりと空いた穴の中心に孤立するように琉伊が佇んでいた。

 その恰好は目がくらんだ一瞬前とほぼ同じようなもの。だが、明らかに違うところがあった。その一つが、琉伊の手――――壇上についていたはずのそれは、光の杭のようなもので壇の表面へと打ち付けられていた。

 

 手ばかりではない。足もまた同様に、それぞれが光の杭でもって地面に縫い付けられている。それは見れば誰もが分かる魔法――――教会に属する聖職者たちが主に使用する、光魔法によって成されたものだった。


 だが、このどよめきはそれだけで起こったものではない。そのぽっかりと空いた空間で、琉伊を囲むようにして数人の姿が現れていた。


「――――――嘆かわしい事だ」


「は、ぁ……?」


「まさかこの聖域に、貴様のようなゴミの侵入を許してしまうとは。あぁ、神よ。我が罪は自らの手で雪がせていただきたい」


 その中でまるで詩でも詠うかのように朗々と声を張り上げる人物に、天理は見覚えがあった。

 それはこの国を訪れた時、呼び出された白亜の塔の頂点に座していた一人。六つある枢機卿の位を戴く教会の最高権威。その名は、確か――――。


「――――――アレクセイ・ボルダン枢機卿」


 天理の思考をなぞるように、紫葵の声が響いた。そうしてみて彼から漂う不穏な気配を感じ取ったのだろう、紫葵は一度ぐっと息を呑みこむように気を引き締めたかと思うと、一歩前に進み出る。


「ボルダン枢機卿。手早い対応、お見事と言いたいところですが、あまりにも手荒ではないでしょうか。確かに彼は栄えある聖ルプストリコの授与式を汚す行いをしましたが、裁くにしても話を聞いてからでも——————」


「話を、聞いてから、ですか……。お言葉ですが、麗しき星の聖女よ。貴女ほどのお方が彼のものから発せられる醜悪な魔力に、まさかお気付きになられていないわけではあるまいに」


 たなびく金糸のような長髪をかき上げながらボルダンはそう指摘した。長身な彼からしてみれば、紫葵との身長差は頭二つ分ほどにもなる。向かい合うだけでも威圧感を覚えるだろうに、それでも気丈に紫葵は言葉を紡ぐ。


「醜悪とは、物騒ですね。彼には個人的に聞きたい事があります。この場は一旦私に預けてはいただけないでしょうか?」


「……自分の方からも、是非に。それに自分が言うのもなんですが、今は晴れの舞台。それをそのように枢機卿の手によって中断させられてしまえば、民衆も困惑するでしょう」


 紫葵の三歩後ろ、そこであえて跪かずに天理はそう口にした。本来ならば、あり得ないほどの無作法。だが、天理の立ち位置は先ほどに宣言した通り、紫葵の行く先を開く近衛騎士。なればこそ、天理が支持する意見はどちらか、それは明白だった。


 そんな天理を見て、ボルダンは一つふんっと息を吐き捨て、未だに地面に縫い付けられている琉伊へと指先を向けた。


「何を――――――」


「――――――『光輝の箱庭』」


 再び紫葵が口を開くのを待つ事もせず、魔法が使用される。それはボルダンの得意とする光魔法だ。琉伊の立つ場所を起点にして正方形の光の壁が立ち上がる。

 前後左右、そしてその頭上までも完全に覆い隠す光の壁。傍目から見ても分かるほどの魔力が込められたそれは、ちょっとやそっとでは破れそうにはないほどだ。


「これ、は……? 天理くん、どういう、ことだよ、これはっ……!」


 状況が分からずに呆けていた琉伊だったが、さすがに許容量を突破したのだろう。怒りに顔を染めて天理にそう詰め寄った――――詰め寄ろうとして、縫い付けられた光の杭が震え、そして琉伊が顔を顰めた。どういう原理なのか、出血は一切していないが、縫い付けられたその場から一歩でも動こうとすれば痛みが走るのだろうか。


 光魔法、と一くくりにいっても、その数は膨大だ。枢機卿ともなればその極致にもなるものを使えてもおかしくはない。

 紫葵も天理と同じように魔法の効果が分からないのか、四肢を縫い留める光の杭と、監禁と言える新たな光魔法を見て、少しばかり焦ったような表情を浮かべる。


「葉桐くん、今は、お願いだから、大人しくしていて。わたしが、わたしたちが何とかするから」


「有栖川、さん……だけど、これは……」


「お願い」


 神妙な表情を浮かべる紫葵に何らかの思うところがあったのだろう。琉伊はそれ以上何かを言う事なく口を噤んだ。

 だけど、だからといって状況が改善の兆しを見せたわけではない。精々、最悪が最悪の一歩手前まで持ち直した、というくらいだ。


 大人しくしていれば痛みが走る事はないのだろう、痛みに顰めた顔を、今度は困惑に彩らせている琉伊から視線を外し、今一度、天理はボルダンに相対する。


「……話はこちらの方で付けたいと思います。世間では『星の雨』事件と呼ばれている件に関しては、聖女様が教皇様より採決を任せられているはずです」


「これも、その一つだとでも言うのかね、レンゲジ卿」


「その通りです、ボルダン枢機卿」


「麗しき星の聖女まで、そのような」


「枢機卿、貴方のその姿勢は素晴らしいものですが、少しばかり行きすぎなのでは。人には対話という術があります。それを無くしてしまえばそれは――――――」


「貴女のお言葉を遮る事は酷く心苦しいのですが、これを見ればそうも言っておられますまい」



 その言葉の通り、一度沈痛そうな表情を浮かべ、胸に手を当てたかと思うと、そのままその手を琉伊へと向ける。

 促されるままに視線を向けた天理たちが見たのは、今まさに甲高い音を立てて砕け散る光の壁の残骸だった。


「なっ――――――!?」


 天理と紫葵、お互いの驚愕が音となって交わる。ボルダン枢機卿という人物の光魔法の腕前、それは目の前で繰り広げられた光魔法によって確かなものであると確信したばかりだ。

 その強固さは、天理でも今のように目を離した一瞬の隙に全壊させるというのは難しい、というほど。


 ぱらぱらと砕け落ちる光の欠片の中、琉伊は自分が何をしたのか分かっていないような顔で佇んでいる。その手足を見れば、先ほどまで地面にしっかりと縫い付けられていたはずの光の杭もまた、跡形もなく消え去ってしまっていた。


「古来から光と闇は争いを続けてきた。それは神もまた。だとするならば、彼らに授けられた叡智――――――魔法もまた、光と闇は相いれないものとなる」


「それ、は……?」


「光魔法をこうも容易く破る事が出来る。それこそまさに、アレが闇のもの――――――魔族であるという事に他ならないのですよ、麗しの星の聖女よ」


 その言葉を聞いた琉伊が、ひどく痛々し気に顔を歪めた。それが、ボルダンの言葉を強く裏付けている事の何よりの証左となっていた。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

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