大会までのひととき
「ほら、もう行くわよ!」
「ああ、分かってる、いっぱい写真撮れたし」
ゴールデンウィークも最終日、今日は母と一緒に市内のとある芝桜の名所へ写真を撮りに出掛けていた。
園内の緩やかな丘にカラフルな絨毯のように咲き乱れた芝桜はそれはそれは圧巻の眺めだった。
うねり波打った芝桜の模様は、織姫が置き忘れた桜色の羽衣をイメージしたものらしい。
青空と赤や白、ピンク色の芝桜とのコントラストは美しすぎてシャッターを切り続ける指を止めることはできなかった。
観光客はかなり多く一面に広がる芝桜だけを写すことは難しかったものの、撮ったあと写り込んだ人々を確認すると、子供も大人も笑っていてこれはこれで良い写真になっていた。
今まで僕は人のいない風景写真ばかり美しいと思って撮ってきたのだが、このように人を写した写真もこれからは撮っていこうと思ってしまった。
笑顔は美しい。見ているこちらも笑顔になってしまう。
芝桜を見に行こうと提案したのは母だ。父はゴールデンウィークにも関わらず今日は仕事で家にいない。そうでなくとも父は家にいないことが多い。
芝桜を十分堪能して今は帰ろうかとしていた所だ。
母が駐車場の方にどんどん行ってしまうので僕もそれについて行った。
来たときよりも空きの目立ってきた駐車場に停めてある車のドアを開けて、助手席に乗り込んだ。
母の運転する車に揺られ、夏が近くなってきたことを感じさせる空を眺めながら一人の世界に入っていった。
ゴールデンウィーク中は特に部活からの呼び出しもなく、昨日は学校の友達とカラオケに行っていた。
友達とは例のオタクのいる奴らのことだ。
みんな暇なのか、僕の他にも三人集まった。
ゴールデンウィーク中にどこか旅行に行ったりしないのだろうか。
暇なのだろう。
あのメンバーで初めてのカラオケだったのだが、みんなよくこんなにも多くのアニソンを知っているんだな、と感心してしまった。
特に学園アイドルもののアニメの歌が多く、どれだけ歌えば気が済むんだと飽きてしまったのも正直なところだ。
僕もたまにはアニメも見る、しかしみんなが歌っていたのは僕の知らない曲ばかりだった。
山岳部に入部してからはアニメを見る時間も少なくなってしまったのだが。
そんなことを考えていると、不意に母が思わぬ提案を振ってきた。
「そうだ、久しぶりに少林山に行ってみない?ほら、涼太もうすぐ大会でしょ?願掛け、願掛け!」
もう疲れたから家に帰りたいのだが、
「今から?家に帰ろうよ」
「今から行かなくていつ行くのよ!ちょっとだけだから」
「僕は特に競技しないんだけど」
「先輩たちに優勝して欲しくないの?」
母が眉間にしわを寄せ、強めの口調で言ってきた。
「ああ、そういうことか」
僕たちはそのまま車で少林山に向かうことになった。
少林山には県外でも有名な大量のだるまを納めるお寺がある、通称だるま寺。
丘の中腹に建てられているため本堂までは長い階段を登って行かなくてはならない。
下の駐車場に車を停め、百何十段もある石段を登って行った。ここは木々に囲まれていてまだ新しい緑色の葉が美しかった。
ここには有名な建築家の別荘があったらしい。
階段を上り終え、頭上に設置された大きな鐘を越えると縁側に大量のだるまが納めてある本堂が見えてきた。
「はあ、はあ、涼太は速いねえ、筋肉ついたでしょ」
母は先に着いた僕にそう言った。
母はここまで登ってくるだけでも息が上がっていたが、僕は余裕で上りきっていた。
山岳部のトレーニングのおかげだろうか。
賽銭箱まで進むと三箇所鐘をつく場所があり、僕が真ん中で母は隣に立って鐘を鳴らし、手を合わせた。
…先輩たちがインターハイに行けますように、と。
「ちゃんと願った?」
「お願いしたよ、それで母さんは何を願ったの?」
「ひみつ、言ったら叶いにくくなっちゃうでしょ」
そう言って母はお守りや絵馬などが売っている販売所の方に行ってしまった。
僕は販売所の壁に大量に掛かっていた絵馬を何気なく眺めた。驚いたことにほとんどの絵馬が県外から来た方々が書いたものだった。海外の方もいる。
こんなにこのお寺が人気だったとは知らなかった。
販売所では自分で学業成就のお守りを買った。高校の授業で置いて行かれないようにと。
参拝が終わると今度こそ家に帰るようだ。
同じ階段を下って車に乗り、夕日に染まった街を帰って行った。
家に帰ると玄関の鍵は閉まっていてまだ父は帰って来ていないようだった。
夕飯までの時間ゴールデンウィーク初日の部活のとき、帰る間際に渡された山の資料を使って勉強をすることにした。
僕たち2部は順位はつかないものの、審査はあって優秀だった高校は表彰されるらしい。
審査には紙で解答するテストはもちろん、持ち物やコンパスワークも審査される。
渡されたファイルには地図記号や登山用語、植物の名前、天気図記号の資料が綴じられていた。
見たことない天気図記号や地図記号もあった。
砂塵嵐とか地吹雪って日本で起こるものなのか?
地図記号は量が多いし…。
やっぱり普通の運動部の大会とはワケが違うな。
山岳部ってかなり覚えることがありそう。
でも表彰してもらえるならされてみたい、
そう思い、資料の中身を頭の中に叩き込んでいった。




