4話 少女の苦難
基本的に高校の敷地内には自販機がある。
俺が通うこの学園にももちろんあるのだが、あるのは部室棟と教室棟を繋ぐ廊下の1階や、中庭の端、体育館の入り口など、基本的に外と繋がっているところばかりだ。
ちなみに部室棟と教室棟を繋ぐ廊下は1階の部分だけ外壁がない。
俺の教室は3階にあり、休み時間に飲み物を買いに行くには自販機とは微妙に距離がある。
そんなわけで、俺は現在こと昼休みに飲み物を買いに来ているわけだ。
親友である愛澄も来ると言っていたんだが、偶然廊下で会った先生に頼み事をされ、今生の別れの様に別れ、先生が苦笑いをしていたのはつい数分前のこと。
そんなわけで俺は1人で中庭の自販機の前で麦茶を飲んでいる。
コーラみたいな炭酸や、味の濃いジュースなんかもいいが、基本的に俺はお茶をよく飲む。
別に美味しいから飲んでるわけではないが、特別なことがない限りお茶を飲むのが習慣になっているので、特に苦もない。
とはいえ、俺にも好みはある。
お茶の中でも緑茶やほうじ茶は苦味や渋みが強い気がして、俺はどうしても好きになれない。
そんなわけで、俺はいつも麦茶を飲むのである。
「ん?」
そんな風に、昼休みにゆったりとお茶を飲んでいたところ、俺は不思議なものを見かけた。
不思議なもの、というよりも、不審な者、と言った方が良いかもしれない。
それは、中庭に通じる廊下の入り口辺りにいた。
この距離からじゃあまり見えないけど、それは人の頭だった。
出ては引っ込み、出ては引っ込みを繰り返し、たまに動きを止めてはキョロキョロと頭を振っている。
数分もの間そんなことをしているので、俺はついつい興味本位でその頭を見詰めてしまう。
と、意を決したのか、その頭の主が勢いよく飛び出して来た。
それはとても可愛らしい女の子だった。
くりくりとした丸い目に、小さい口。
小さい身長で、顔立ちも背丈もザ……女の子、といった感じだ。
髪はオレンジに近い茶色をしていて、腰辺りまで伸びていてボリュームがある。
唯一、身長に似合わない点があるとしたらその体つきだろうか。
身長で言えば、中学生と言われても納得してしまうくらいの小ささだが、でるところは出ていて引っ込むところは引っ込んでいる。
特に胸は、彼女の顔と同じくらいのサイズはあるんじゃないか、というくらいだ。
そんな彼女は、一目散に廊下を走り抜けて行った。
「…………なんだったんだ?」
意味のわからないまま、俺は麦茶を飲み終えて教室へと戻って行く。
その最中、悲鳴の様なものが聞こえた気がしたけど、きっと気のせいだろう。
■ □ ■ □ ■
「最近、出番が少ない」
「何の話だよ」
愛澄の唐突な言葉に、俺は意味がわからず聞き返す。
ある日の昼休み。
俺と愛澄は教室の俺の席の近くで2人で昼飯を食べていた。
『最近じゃなくて、最初からだろ』という、天から降りて来た言葉はあったが、その返しは泥沼にハマりそうだという直感が働いたので自分の中で却下した。
「違う、そうじゃなくて……」
愛澄は顎に手を当て考える素振りを見せる。
自分が言いたいことに妥当な言葉を探しているのだろう。
「最近、京平と接する機会が少ない!」
愛澄は『閃いた!』とばかりに声を張り上げる。
そんな愛澄の言葉に対して俺はというと。
「何の話だ?」
わけがわからずに聞き返すわけだ。
「お前ふざけんなよ抉るぞ」
「何を⁉︎」
目がすわってしまった愛澄に俺は恐怖する。
「最近京平ってば、放課後は部活で、遊んでくれなくなったじゃん」
「だからその分、こうして昼休みとか休日は構ってやってるだろ?」
「私は犬か!」
「お〜よしよし〜」
「わんっわんっ!くぅ〜ん、って何やらせんの!」
俺が愛澄の頭とか首筋とかを撫でると愛澄はいい声で鳴いてくれた。
少しペットが欲しくなったくらいだ。
「というか、そういうのセクハラだから!」
「なんてこった。俺は犯罪者になってしまった……愛澄よ。俺はこのまま刑務所に入る。俺の夢はお前に託すぞ……」
「京平……わかった。私が京平の『男だらけのハーレムを作る』って夢を叶えてみせる」
「誰がそんな気色悪い夢見るか!」
「え?違うの?」
びっくりした。
まさか俺が同性愛者にされるとは思わなかった。
「というかひどいよ京平。同性愛だって立派な思想だよ?それを否定するなんて差別主義者だよ」
「そ、そうか……そうだよな。確かに俺は差別的な発言をしてしまった。ごめんなさい」
「つまり京平は同性愛者なんだよ!」
「それは違うぞ!」
割と大きな声を出しているせいで周りのクラスメイトがヒソヒソと俺の方を見ながら内緒話をしている。
ちなみに男子が俺から少し遠ざかった位置に席を移しているのは言うまでもないことだろう。
「同性愛についてはそういう人がいるのはいいと思うが、俺自身はちゃんと女の子が好きだ」
「そうなの?じゃあどんな子が好み?」
「…………なんだか話が脱線しまくってないか?」
「そんなことはいいから!どんな子がタイプ?」
「そうだな…………」
愛澄から急かされ、俺は目を閉じて悩んでみる。
よく考えれば、俺は誰が好きなのか、とか、そういう類の話を考えたことがない。
そもそも、人を好きになる、とはどういうことなんだろうか。
「う〜む…………」
「…………京平?」
胸の大きさや顔が可愛いとかで決めればいいのか?
それとも、気遣いをしてくれて、俺のことを優先してくれる様な子がいいのだろうか?
そもそも、そんなものは俺が相手に押し付けてしまってるだけだろう。
そんなもので好き嫌いを判断するのはどうなんだろうか。
「むむむ…………」
「京平?京平。京平!」
「ん?どうした愛澄?」
「悪かった。私が悪かったから、この話はやめよう」
「そうか?」
急に申し訳なさそうな顔をしてそんなことを提案してくる愛澄。
どうしたのだろうか。
「まさかそんなに悩むなんて思わなかった……これは恋愛とかわからないとか言い出しそう」
愛澄がボソッと何事かを言うが、俺には何を言ったのか聞こえなかった。
「で、確か、俺は愛澄とちゃんと時間作って遊んでるだろ?って話だったと思うんだが」
「確かに休日は遊んでくれるけどさ、京平が部活始めてからまだ2、3週間しか経ってないから数える程しか遊べてないし、前は放課後もちょくちょく一緒に帰ったからもっと遊んでたもん」
ぷく〜っと頰を膨らませ拗ねてみせる愛澄。
ちょっと可愛い。
「そうは言うけど仕方ないだろ?お前だって前はずっと俺と遊んでたわけじゃないんだし」
「そうなんだけどさ、そうなんだけどさ」
足をぶらぶらさせて納得いかない様な顔をする愛澄。
「そもそも、京平が始めた部活って……何だっけ?男を侍らせる部活だっけ?」
「同性愛ネタを引っ張るな!」
油断も隙もない愛澄である。
「もちろん冗談だって。不思議な現象を研究する部活でしょ?」
「そう、それ」
「京平ってさ、そんなことに興味持つタイプじゃなかったじゃん」
「そうか?俺は結構不思議なことには興味深々だぞ?今も、愛澄の服を透視できないか考えてる」
「この変態!」
愛澄に頭を叩かれる。
「見たいなら言ってくれればいいのに…………見たいの?」
「いや別に」
愛澄に冷たい目を向けられた。
なぜだ。
「まぁ、とにかく……京平らしくないなって、私は言いたいの」
「そんなにか?」
「そもそも京平って、興味持つことなんてないじゃん」
「そんなことはないけど⁉︎」
心外すぎる。
まさか無趣味で面白味のない人間だと思われていたなんて。
流石の俺にだって、趣味の1つや2つくらい…………。
本は読むけど熱中して読むというほどではないし、スポーツもするけど部活にするほどでもないし、楽器も多少やったけど毎日触れるほどではないし、マイコン買ってちょいちょいいじってプログラム組み途中で終わってるものも家の中に放置してあるし、絵もちょっとくらいは描くけどデッサンとかパースとかそういうのは本格的に学んでるわけじゃないし、食べ歩きもするけど普通の昼食で、プラモ作りも年頃の男の子だしたまにはやるけど年1くらいで………………。
「俺の趣味はジョギングだ」
「どこのお年寄りだ⁉︎」
毎朝の習慣として軽く家周りを走ってるくらいしか継続してることがない俺は愛澄に失礼なことを言われる。
「いや、興味持つことないは言い過ぎだけど、京平って大抵自分より他人優先するんだもん」
「そんなことないけど」
「ないことないの」
愛澄が俺の方に身を乗り出す。
「京平はもっと自分のこと大事にしなきゃ。一度っきりの人生なんだし、京平のこと大事に思ってる人だっているんだから」
「愛澄……」
とても大切なことを教えてくれている友達に、俺は伝えたいことを伝える。
「それと愛澄と遊ぶ時間が減ったことと、何の関係があるんだ?」
「あ」
どうやら話が脱線してたらしい。
■ □ ■ □ ■
「キョーヘイ」
「うぉわっ⁉︎びっくりした〜」
トイレから出て目の前にいきなり女子がいたという体験を初めてした。
昼休み、愛澄との昼食が終わり、授業の前にトイレを済ませ、教室に向かおうと扉を開けたところ、扉の前に奈月がいた。
どうでもいいが、異性用のトイレの前に堂々と立って恥ずかしくないのだろうか。
「悪い、何か用事あったか?」
待たせて悪かった、という意味を込めて俺は訊く。
「誰よあの女」
「そんな修羅場の様に言われても……」
返ってきた返事が意味不明だった。
「さっき、仲良さそうにご飯食べてたじゃない。その、あの…………」
奈月が眉間にしわを寄せて考え込む。
「もしかして愛澄のことか?」
「そう、その……その人」
どうやら愛澄の名前が出て来なくて悩んでたらしい。
というかだな。
「お前、人の名前くらい覚えられないのかよ」
「何よ。人の名前くらい覚えられるに決まってるじゃない。夏目漱石、樋口一葉、福沢諭吉、新渡戸稲造、野口英世ーーー」
「そういう人の名前じゃねえよ⁉︎」
というか何で紙幣に印刷されている人の名前ばかり出すんだ。
変ないやらしさがあるぞ。
「普通にクラスメイトの名前のことだよ。そうでなくても、よく会う人の名前とか」
「?」
奈月が不思議そうに首を傾げる。
「周りの人の名前なんて、覚える必要あるの?」
「現に今名前がわからなくて会話が滞ったんで覚える必要はあると思いますが⁉︎」
奈月の言葉に俺は思わず叫んでしまった。
こいつ、本当に人の名前を覚える気がないな。
「大体、ぼっちの私が人の名前なんて呼ぶ機会ないわよ」
「やめろ!聞いてて切なくなる!」
事情があるとはいえ、奈月は他人との関わりを絶ってきた。
だから、人の名前を覚える必要がなかったんだろう。
「そんなことよりも、あの女は誰よ」
「その言い方やめない?誰って、鳥羽愛澄、俺達のクラスメイトだよ」
「そうじゃなくて、アンタとの関係を聞いてんのよ」
「関係?」
なんでそんなことを気にするんだろう。
「別に、普通の友達だけど」
「あんなに仲良さそうにいつもお昼一緒にしてて?」
「友達なら普通仲良さそうにするだろ」
「休み時間も仲良さそうに話してるけど」
「友達なんだから当たり前だろ」
「休日も一緒に出かけてるとか聞いたけど」
「友達だからな」
何だろう。
俺が質問に答える度に奈月の機嫌が悪くなってる気がする。
というか、奈月の奴、俺と愛澄の会話盗み聞きしてるじゃないか。
そんなに会話に入りたいなら普通に俺に話しかければいいのに。
「わかったわ」
「わかってくれたか」
俺は奈月が何を聞きたがってたのか一切理解してないけどそんな風に答える。
「まさか敵がいるとは思わなかったわ」
「何の話⁉︎」
出てきた言葉が不穏過ぎるよ!
何?敵って!
誰のこと⁉︎
というか何で唐突にそんな話になったの⁉︎
「とにかく、私は負けるつもりないから」
奈月はそんな言葉を残して教室に戻って行った。
…………一体何だったんだ?
■ □ ■ □ ■
その日の放課後。
俺と奈月は一緒に部室に向かっている。
「…………」
「…………」
普段、日直の仕事や、友人とのやり取りなど(主に俺)で、別々に部室に行くことの多い俺達だが、今日は珍しく一緒に行動している。
そもそも、タイミングの合う日でも、奈月は俺の様子などお構いなしで先にスタスタと歩いて行ってしまっているのだ。
基本部室以外では俺に関わろうとしてこないし、むしろ俺から話しかけようとすれば避けられる始末。
おそらく人前で俺と一緒にいるのは避けたいのだろうと思い、俺も必要な時以外は奈月に話しかけない様にしていた。
それが、今日は教室の前で待っていてくれたのだ。
どういう風の吹き回しだろう?
「……ちょっと」
「ん?」
不意に奈月に声を掛けられる。
その声と顔はなんだか不機嫌そうだ。
眉は寄って口はへの字に曲がっている。
若干頰が赤らんでいるのはなぜだろう。
「何か話題振りなさいよ」
とんだ無茶振りもあったものだ。
「なんで俺から話さなきゃいけないんだよ。奈月が話題振ればいいだろ?」
「は?ぼっち歴=年齢の私に話題を振れと言うの?」
「………………すいません」
流石にぼっち歴=年齢は大袈裟だろうが、実際ぼっち歴は長いだろう。
「まぁ、私が今まで培ってきた話術を披露してもいいけど」
「おっ。どんな話だ?」
「披露された人間は気付いたらみんな私の下僕になってたわ。すごい顔をして私に命令をねだってーーー」
「よし奈月。話をしよう」
嘘を言ってる可能性もあるが、そんなヤバい話術、披露されても困る。
俺は自分から話題を振ることにした。
というか、もしかしてこうなる様にわざと話術の話をしたのか?
しかし、俺から話題を振る、と言っても、どんな話をすればいいのか見当もつかない。
そもそも俺は話が得意な方じゃないからな。
愛澄となら、お互いにふざけ合って、その場のテンションで思い付いたことをどんどん言っていればいくらでも会話が続くんだが。
さてーーーー。
と、俺は1つ話題を思い付く。
「呪いについて聞きたいことがある」
「聞きたいこと?」
奈月が首を傾げる。
「奈月が自分の置かれているその状況を『呪い』だって確信したのって、なんでなんだ?」
「なんでって……」
奈月が目を細める。
「そもそも、自分1人の例しかなくて、そうやって確信が持てるなんて思えないんだけど。良刀さんみたいに、同じ状況に陥ってる人に会ったことがあるのか?それとも、一緒にその状況を考えてくれる様な人でもいたのか?」
「…………」
奈月が苦しそうに表情を歪める。
「…………悪い。今のは聞かなかったことにしてくれ」
流石にこれは踏み込み過ぎた。
俺は別に、奈月にとって特別な人間なんかじゃない。
ただ単に、事情を知っているというだけに過ぎない。
そんな俺が、何から何まで全部聞こうなんて虫が良過ぎる話だ。
「別に大丈夫よ。話したくないわけじゃないから」
「そう、なのか?」
さっきの表情を見るととてもそうは思えないが。
「ただ単に、思い出したくないってだけ」
「…………」
だったらやっぱりこの話はここで終わりにするべきだ。
奈月は思い出したくない。
それを無理に思い出させるのはダメだ。
そう思っているのに。
奈月の真剣な表情に、言葉が出なくなる。
「私が自分の『これ』を呪いって呼んでるのはね、実際に敵意を向けられたことがあるからよ」
「敵意?」
奈月の言葉に俺は疑問符を浮かべる。
「敵意を向けられたからって……なんでそれが呪いだなんて思うんだよ?その敵意っていうのと呪いは無関係かもしれないだろ?」
「…………」
奈月が目をつぶって黙る。
まるで思い出したくないことでも思い出すかの様に。
「……言われたのよ。『貴方が子供だったら良かった』って」
「え?」
「それから、子供の姿になる様になってたわ。だから私は、願われたからそうなったんだって、呪われたんだって、考えてる」
「奈月……」
どう言葉をかければいいかわからなかった。
訊かないって言ったのに、訊いてしまって。
全部聞いて、かける言葉が見つからない。
俺は、どれだけ情けない男なんだ。
「ごめん」
「いいわよ。どうせいつか聞いてもらうつもりだったし」
少し意外な言葉を聞いた。
「聞いてもらうつもりって……なんでだよ?」
「アンタが言ったんじゃない。『助けてやる』って」
「それが?」
「助けてくれるんなら、私の事情もちゃんと知っておかないとダメでしょ?」
「そういうものか?」
「そういうもんなの」
笑顔でそんなことを言う奈月に、俺は少し、心が軽くなった気がした。
そうこうしている内に、部室の近くまで来ていた。
「ん?」
だが、何か違和感があった。
そこには先客がいたのだ。
生徒らしき誰かが、部室の前を右往左往している。
そしてたまに立ち止まっては部室の中を覗いたり頭を抱えたりと挙動不振である。
「誰かしら?」
奈月が首を傾げる。
俺も、不審に思い目の前の生徒をよく見ると、気が付くことがあった。
「あれって……」
顔はよく見えないが、オレンジに近い茶色い髪に、小柄なのにスタイルのいい体をしている女の子。
それはどう見ても、この間廊下を走り去った変な女の子だ。
どうしてこんなところにいるのだろうか。
「もしかして、相談かしら」
奈月はスタスタと女の子に近付く。
「ねぇ、そこのアンタ」
「ひぇっ⁉︎」
女の子が飛び上がる。
その際、髪と胸が盛大に揺れる。
「ウチに何か用ーーーー」
「ご、こめんなさい〜!」
奈月が言い切る前に、女の子はすごい勢いで走り去ってしまった。
「…………なんだったんだ?」
■ □ ■ □ ■
「っていうわけなんだけど」
「……」
翌日。
昼休みに、俺は愛澄との昼食を断ってある女の子に会っていた。
「なんで、そんな話を私にするんですか」
そんな、俺が会っている女の子こと、図書室で1人で食事を取っている三日月葵さんはとても嫌そうな顔を俺に向ける。
「七瀬くんは?」
「文彦は友達付き合いもありますから。自分のクラスの友人と食べてますよ」
「折角付き合うことになったのに良かったの?」
俺は彼女のクラスに顔を出し、三日月さんの居場所を聞くとここだと言うので、てっきり七瀬くんと一緒に食べてるのかと思ったんだけど、入ると実際には三日月さんしかいなくてびっくりした。
「だからですよ」
三日月さんは俺に見向きもせず本に目を向けながら弁当を口に運び言葉を紡ぐ。
「私とはいつでもいくらでも時間を作れますから。文彦には友達を大切にしてもらいたいんです」
「…………」
さらっと惚気られ、俺の方が恥ずかしくなる。
「それで、なんで私のところに来たんですか?」
「さっき言わなかったっけ?三日月さんなら昨日部室に来た女の子わかるんじゃないかって思ったからだよ」
昨日、1つ気付いたことがある。
女の子は1年生だ、ということだ。
別に、同学年で見たことないから1年生だろう、という話ではない。
神楽木学園の制服は学年ごとに細部が違うのだ。
そして、昨日の女の子は1年生の制服を着ていた。
だから、同じ1年生である三日月さんなら何か知っているんじゃないか、と思ったのだ。
「それはわかってます。私が言いたいのは、文彦から聞けばいいでしょうってことです」
三日月さんは少し不機嫌だ。
おそらく1人の食事を邪魔されてご立腹なのだろう。
「確かに七瀬くんは交友関係広そうだけど、相手は女子だし、知ってるなら君かなって思ったんだよ」
「…………はぁ」
溜息をつかれる、というのは精神的に中々くるものがあるな。
三日月さんは本を閉じ、こちらに向き合う。
「まぁ、借りもありますし、私の答えられる範囲でなら答えます」
「ありがとう」
「それで、何でしたっけ?その女子の特徴は」
「小柄な割に胸や尻が大きくて、でも腰はくびれてる、オレンジっぽい茶髪の女の子だよ」
「セクハラです訴えますよ」
「今の発言で⁉︎」
冷ややかな目が痛い。
「その子の特徴なんだから言わないわけにはいかないだろ?」
「それでも言い方を考えるくらいはできるでしょう?なのに直接的な言い方をして、そんな風だからモテないんですよ」
「君が俺の何を知ってるのかな⁉︎」
しかし三日月さんの言う通りだからぐうの音も出ない。
俺はその辺りの話を考えない様にして他に特徴があったか考える。
「まぁ、あとは…………引っ込み思案な子なのか、すごく人目を気にしてる様子だったな。オドオドしてるというか、挙動不振というか」
「…………大体わかりました」
一通り話した後、三日月さんは頷く。
「その人はおそらく、尊島詩乃莉さんと言って、私のクラスメイトです」
「えっ。ということはさっき教室にいたの?」
三日月さんを探すのに気をとられて、彼女がいるかどうかを確認するのは忘れていた。
「おそらくいなかったんじゃないでしょうか」
三日月さんが言い切る。
何か根拠があるみたいだ。
「どうしてそう言い切れるの?」
「彼女は人目を避けてますから。休み時間は1人になれる場所にいるみたいです。放課後も、友達と合流したりせずそのまま1人で帰ってるのをよく見ますね」
「ふうん?」
人目を避けている。
言われてみると、俺が見た時も、人目を避けている様子は見られた。
「どんな人なの?」
「どんな人…………ですか」
三日月さんは考え込む様に視線を落とす。
「一言で言えば、不運な人、ですかね」
「不運?」
その言葉に俺は首を傾げる。
「不運って、よく怪我したり、くじ運悪かったり、財布とか大事なものをよく失くしたり、ってこと?」
そんな風には見えなかったけど。
もしかして、彼女はその不運とやらを相談したかったのだろうか。
「まぁ、会えばわかりますよ」
「?」
苦笑いをする三日月さんだが、俺にはその意味がわからなかった。
■ □ ■ □ ■
とりあえず、目当ての女の子の名前と所属はわかった。
彼女は部室を訪れたんだから、向こうから勝手に来るだろう。
と、思ったんだけど、声を掛けたら慌てて逃げていったし、人目を避けているらしいからもう一度来ることはないだろう。
「君、一緒に来てもらえる?」
「ひゃっ⁉︎」
ということで、俺は彼女、尊島詩乃莉さんの手を引いて1年六組の教室から出た。
「なんだアイツ!尊島さんを連れ去ったぞ!」
「殺せ!手段は問わない!尊島さんを連れ去ったあいつを八つ裂きにするんだ!」
「え!え!もしかして詩乃莉ちゃんって彼氏いたの⁉︎」
「強引な男の人かぁ……。私もそんな人欲しいなぁ」
「僕らの尊島さんを返せぇぇええええ!」
なんでやねん。
彼女を連れ去った途端とんでもない騒ぎが聞こえて来たぞ。
彼女は休み時間に1人になる様な子なんじゃないのか?
というか八つ裂きにしろって過激すぎない?
あと男女でテンションの差がすごいんだけど。
「ふぇ?ふぇ?」
当の本人は何が起きたかわかってないという様子で辺りを見回している。
昼休み、三日月さんと話している時に、尊島さんは人目を避けているという話は聞いていた。
しかし、更に聞くところによると、別に一目散に飛び出す、という感じではなく、ただ教室に残らないというだけらしい。
尊島さんは動きは鈍い方らしく、帰り仕度もいつももたついているのをよく見るのだとか。
というわけで。
俺は放課後、一目散に彼女の教室を目指し、彼女が帰る前に確保した、というのが一連の流れだ。
とりあえず、教室で大騒ぎになってたけど今は後ろを見ると騒ぎも起きてないみたいなので巻けたと考えていいだろう。
「あ、あの……これは一体……?」
尊島さんが弱々しい声で俺に尋ねる。
その間も俺は前を向いて進む。
「いきなりごめんね。待ってるよりも強行手段に出た方が早いって思ったから」
「???」
苦笑いを浮かべる俺に尊島さんは疑問符を沢山浮かべる。
「昨日部室に来てたでしょ?俺は呪い部の部員なんだ」
「⁉︎」
俺は尊島さんの姿を見ていないけど、掠れた声が上がってるのを聞いて驚いている様子がなんとなくわかった。
「昨日、君はよくわからない内に帰っちゃったよね?本当は君が自分の意思で訪ねるまで待った方がいいと思ったんだけど、困ってるんなら早めに解決させた方がいいって思ったから」
「…………」
「これは俺のワガママだ。だから、本当に嫌なら、この手を振り解いてほしい。女の子でも解ける様に、力は抜いているから」
手が振り解かれる様子はない。
むしろ、彼女の方から強く握っている様に感じた。
「ありがとう」
そうこうしている内に部室に到着した。
■ □ ■ □ ■
それから数分後。
「ーーーと、いうわけで俺達の部活は超常現象について調べてて、その延長線上として生徒からの相談も受け付けてるんだ」
「はぁ…………」
俺は形式として自己紹介と活動内容の説明を尊島さんにする。
「それで、君は……尊島、詩乃莉さんで合ってるよね?」
「はい、1年六組、尊島詩乃莉と言います」
尊島さんはペコリと頭を下げる。
何か気になることでもあるのか、やたらそわそわと周りを気にする尊島さん。
「…………で?」
俺は隣に座っている奴を一瞥する。
「奈月は何やってんの?」
俺の隣に座っている奈月は妙に挙動不審だった。
なんというか、顔は紅潮し、息は乱れ、一心不乱に尊島さんを見詰め、手はワキワキと変な動きをしている。
…………なんというか、変態みたいだ。
「いや、私って、こう見えて動物とか愛くるしいものとか好きなのよ」
どう見えてかは知らないけど、確かに普段の奈月は周りに当たりがキツくて、とても動物を愛でてるって印象はないな。
「で?」
「あの子、すっっっごく可愛くない?」
手の妙な動きをやめろ。
「私、自分の中の愛でたい衝動抑えるので必死だから任せていい?」
今にも尊島さんに飛び付きそうで怖いが、奈月は必死にプルプルと震えてるので、今の内に相談内容を聞いておこう。
「それで、この前部室の前に来てたよね?」
「はい……」
「その後部室に入らずに行っちゃったけど、相談したくないわけではないんだよね?」
「はい……」
「それで、相談内容を教えてもらえるかな?」
「それは………………」
尊島さんは途端に押し黙る。
言いづらいことなのか、言おうとしてやっぱり黙ってしまうということを何度も繰り返しているのが見える。
それから、数分経っても尊島さんは答えられない。
何度も言おうとしたことはあったが、言葉にはしてくれなかった。
こっちから無理に聞き出す訳にもいかないし、どうするべきか。
と、その時だった。
今まで俺は無理矢理引っ張って来たり説明したりで、尊島さんをきちんと見てはいなかった。
しかし今このタイミングで、尊島さんと目が合った。
彼女は下着姿だった。
「きゃぁああああああ!」
「はぁっ⁉︎」
突然のことで目をそらすこともできずガッツリ見てしまう。
シミ1つない綺麗な白い肌に、薄いピンク色の綺麗な下着。
服の上からでも十分に分かるほどのスタイルの良さだったが、一糸纏わぬ姿だと比べるまでもない。
胸も、腰も、くびれも、服の上から見るよりも格段とすごい。
何がどうすごいかはノーコメントで。
そんな、惜しげも無く披露されてしまった肌を隠そうと必死に手で覆う尊島さん。
……そっちの方がエロい気がするんですが。
「何やってんの!早く後ろ向きなさい!」
「わ、悪い!」
奈月に頭を叩かれ、俺はやっと正気に戻り後ろを向く。
突然の事態に驚いてしまった。
何が起こったのかわからない。
いや、正確には何が起こったのかは見えていた。
尊島さんが一瞬で脱いだわけではない。
たまたま窓が開いていて、そこから鳥が素早く入って来て、そのまま尊島さんの服を掴み、そのままなぜか尊島さんの服が何の抵抗もなく脱げてしまったのだ。
ちなみに鳥は掴んだ服をそのまま部屋の中に置いていってくれた。
一体、何がどうなっているんだ。
■ □ ■ □ ■
「服が勝手に脱げる?」
「はい……」
尊島さんの相談内容。
それはどうやら先ほどの出来事についての様だった。
ちなみに現在は鳥が置いて行った服を着直している。
「ちなみにそれは……さっきみたいに鳥に剥ぎ取られるってこと?」
「いえ、今回はそうでしたけど毎回方法は違うんです」
彼女はどこか憂鬱そうだ。
「猫にスカートを引っ張られて、たまたまスカートと上着がくっついていてそのまま取られたり、急に風が吹いて服が飛んでいったり、ほつれた糸を引っ張られて服がバラバラになったり、水をかけられて、水の重さで下に落ちたり、ちょっと袖を引っ張られただけでそのまま取られたり、たまたま近くにあった火元から着火して服だけ綺麗に燃えてしまったり、突然刃物が降ってきて服だけ切り裂いていったり、なぜか布だけ溶かす化学薬品がかかったり……」
話していく内にどんどん俯いていく尊島さん。
なんか、目に生気が感じられない。
というか、最後の方は割と危険な気がするんだけど。
「本当に、偶然って言うしかない出来事で服を脱がされてしまうんです…………」
声が若干震えている。
というか、尊島さん涙目なんだけど。
でも、これでなんとなくわかった。
三日月さんが言っていた“不運”っていうのはこれのことだろう。
彼女は“偶然服が脱げてしまう”から、運がないってことを言いたかったんだ。
まだ知り合って間も無いけど、三日月さんの性格からして服が脱げてしまう子、なんて言いたくなかったんだろう。
それによくよく思い出すと、三日月さんは尊島という言葉を俺達と初めて会った時に口にしていた。
詳しい内容までは覚えてないけど、確か七瀬くんが尊島さんにどうこうって言ってた気がする。
その前に七瀬くんは、『三日月さんに告白する時に可愛い女の子が突然裸になった』みたいなことを言っていた。
それは自分から脱いだ、という意味ではなく、さっき俺達の目の前で起きたみたいに、尊島さんが何らかの形で服を取られた、ということを指しているのだろう。
それに、どうやら彼女は普段から周りの目を気にして過ごしているみたいだ。
休み時間も1人になりに教室から出て行くくらいだし。
それは、裸になるところを誰にも見られたくないからなんだろう。
それと、尊島さんが男子に人気がある理由もわかった。
ここまで可愛くて、たまに服が脱げるんだから、一部の男子からはそういう目で見られて、熱狂的なファンみたいなものもできているんだろう。
「その出来事が起こるのって生まれた時から?」
奈月は真剣な表情で訊く。
「?」
尊島さんはキョトンとする。
「いえ、小学校から中学校に上がった時くらいからです」
なぜそんな質問をされるんだろうと思っているのだろう。
尊島さんはよくわからないといった表情をしながらも答えてくれる。
「その辺りの時期に、何かなかった?」
「………………」
その沈黙は、わからないというより、話したくない、という様子だった。
つまり、何かがあって彼女は今の様な状態になった、ということだ。
「そう、わかったわ」
「わかったって……何がですか?」
尊島さんは恐る恐るといった様子で訊く。
おそらく、疑われているんだろう。
本当に俺達が相談に乗ってくれるのか。
本当は自分を馬鹿にするためにここに呼んだんじゃないのか。
そんな風に。
しかし、そんな尊島さんの不安を他所に、奈月は堂々と言い放つ。
「アンタが私達と同じ境遇に置かれてるって事が、よ」
「…………え?」
言葉の意味がわからなかったのか、尊島さんは一瞬呆けていたけど、すぐに我に返った。
「そ、それってどういう意味ですか⁉︎」
驚いた様子で尊島さんが訊く。
正直、俺も半信半疑で訊きたいことはいくつかある。
「奈月は、尊島さんの『これ』が呪いだと思ってるのか?」
「の、呪い?」
尊島さんは何を言っているかわからないのか首を傾げる。
「キョーヘイは違うって思うの?あんなの、ただの偶然や不運で起こるわけないじゃない。どう見ても不自然よ」
「それは確かに…………」
彼女の服が脱げてしまった出来事は、『運が悪い』で済ませるには不自然な脱げ方と言って良かったと思う。
普通、鳥に引っ張られたくらいであんな綺麗に手と首から服が抜けるのはいくら何でも出来過ぎなくらいだ。
でも、他の超常現象の類って可能性も残ってるんじゃないか?
「それに……」
奈月は言葉を続けつつ、尊島さんの方を一瞥する。
「その子には心当たりがあるみたいだしね」
「心当たり?」
言われて俺は尊島さんの方を見る。
「ふぇ?ふぇ?」
さっき、尊島さんは奈月に質問された時、一回回答を拒否したことがあった。
それは、彼女に起きてる現象が起き始めた頃に何かあったか、って質問だったけど、それは単に答えたくなかったトラウマがその頃にあった、ってだけじゃないんだろうか。
尊島さんは、彼女を見つめる俺達2人と交互に顔を合わせながら困った表情を浮かべる。
「え、えっと…………」
これから何をされるのか不安なのだろう。
いつの間にか服が風に飛ばされ下着姿になっている。
「見るな!」
「ぎぃぁああああ!」
的確に目に指を突き入れられた俺は床をのたうち回る。
その内に奈月は立ち上がりその辺りにあった布を尊島さんにかける。
ちなみに見ていたわけではなく後から聞いた話だ。
「ねぇ、アンタ」
「は、はいっ」
いきなり声をかけられびっくりする尊島さん。
ようやく視力が回復し見てみると、驚き過ぎたのか背筋をピンと伸ばしている。
「私はアンタと同じ境遇にいるの」
「え?」
キョトンと首を傾げる尊島さん。
何を考えているのか、しばらく彼女はそのまま微動だにしない。
「先輩も友達いないんですか?」
「いやそうじゃなくて」
ズコッ。
と音がしそうなほど大きなリアクションを取る奈月。
まるで芸人の様だ。
というかサラッと重い発言をした気がするんだけど。
「私も、アンタみたいな変な現象に悩まされてるってこと」
「えっ」
「まぁ、私の場合はアンタとは違うことなんだけど……」
奈月は苦笑いをしながら付け加える。
「だから、私もアンタの力になるわ」
「………………ますか?」
ボソッと、尊島さんが小さな声で呟く。
「それって、証明、できますか?」
その表情はとても不安そうな表情だ。
疑っていると言い換えてもいい。
「今まで、そうやって近付いて来て、からかうためだったり悪いことするためだったりする人ばかりだったんです……。先輩も同じ様な目に合ってる証拠、ありますか?」
服が脱げる様になってから、散々ひどい目に遭って来たんだろう。
それは少し前の奈月に似ている気がする。
いや、今も大差ないけど。
他人と距離を置きたいわけじゃないのに他人が信用できなくて、自分から他人を突き放す。
自分の身を守るために、他人を受け入れず自分の殻に閉じ込もる。
そんな奈月にそっくりだ。
それはともかく。
「どうするんだよ?」
俺は奈月に訊く。
「どうするって言われても、証明する手立てはないじゃない。私のはいつ来るかわからないんだから。かと言って来るまで待っててもらうわけにもいかないし」
奈月は突発的に体が子供になる。
しかしそれは自分がしたい時になれるものではなく、いつ子供になるのかは本人にもわからないのだ。
尊島さんが疑いの目を向けて来る。
「やっぱり、嘘だっーーーー」
ぽんっ。
不意に尊島さんの肩に手が置かれる。
そこには、全く印象に残らないイケメンがいた。
「これで、信じてもらえますか?」
良刀さんはそう言ってにっこりと微笑んだ。
「ひゃぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああ‼︎」
学校中に尊島さんの叫び声が響き渡った。
というか、良刀さんはいつからいたんだ…………。
■ □ ■ □ ■
「いくら何でも悪ふざけが過ぎるんじゃない?」
俺は良刀さんに声をかける。
「そうでしょうか?」
良刀さんは笑みを浮かべる。
「もう人を驚かすキャラみたいなので定着しちゃう気がするんだけど」
「それもいいかもしれませんね」
「マジか……」
冗談で言っているのかもしれないけど、良刀さんの笑顔からは冗談か本気か読み取れない。
「ところで、いつから部屋に?」
「つい先程来たばかりですよ。更式さんが、呪いの話をし始めた辺りです」
「ドア開いてなかったと思うけど」
「僕は自分から人に話し掛けたりしないないと相手に気付かれませんからね。気付かせるつもりのない行為は、たとえどんな大きな音が鳴ろうとどんな目を引く動きだろうと気付かれないみたいです」
「それじゃあそのタイミングに来たって証拠は良刀さんの発言だけじゃん」
「そうですね。でも、僕があなた方が来る前からいた証拠もありませんよね」
ニコリと笑みを浮かべる良刀さん。
あくまでも尊島さんの下着姿を見てないと言い張るつもりか……。
しかし証拠がないのも事実。
俺は渋々この話題から手を引いた。
奈月と尊島さんの方を見ると、今は良刀さんについて説明しているところだった。
「じゃあ、本当に…………私と同じ様な目に遭っているんですね………………」
尊島さんが俯く。
「そうよ。でも、私達はそれを解決するためにこの部を作ったの」
そんな尊島さんに奈月は堂々と宣言する。
「私達は同じ境遇で悩んでる。だからそれを解決するために、みんなで協力して呪いを解く。それがこの呪い部なのよ」
全ては呪いを解くために。
そのために奈月はこの部を立ち上げ、俺はそれに協力した。
そこに良刀さんも集まった。
「そして、みんなでこの呪いを調べて、いつか必ず解いてみせる」
奈月のその決意は堅いものだった。
その目には覚悟が見える。
「だから、アンタもこの部に入部しない?そして、一緒に呪いを解きましょう」
奈月が尊島さんに手を差し伸べる。
「えっ」
すると突然尊島さんは固まる。
かと思うと視線を右往左往させ、困った様に表情を歪める。
「えっと……その…………」
俺達が彼女の言葉を待っていると、尊島さんはどんどん小さくなっていく。
「私としては……いつか、じゃなくて………………今すぐ私の状況をなんとかしたいです」
尊島さんの表情はどこか哀愁漂うものだった。
「アッ、ハイ」
奈月は思わず変な返事を返していた。
■ □ ■ □ ■
というわけで。
呪いを解く方法を探す、ではなく、呪いによって起こる悪影響を失くすための方法を検討する、という方向で話が決まった。
「とはいっても、何をすればいいんだ?そもそも尊島さんは服を脱げない様にしてほしいってことだろ?それは呪いをなんとかするってことと何が違うんだ?」
その辺りの違いが上手く飲み込めない。
「呪いを解くのは、まだ解明されてないので取りつく島もないですが、服を取られない様にするということなら、どの様に服が取られるか考えればなんとかなるのでは?」
「あぁ、なるほど」
つまり、偶然服が脱げてしまうのなら、その偶然に対して対策してしまおう、ということか。
地震が来るのに対して耐震工事をしたり家具を固定したりするのと同じだ。
「とりあえず、試せることから試していくわよ!」
・作戦1
『紐とかで縛り付けて服を固定しよう』作戦
その名の通り、服を着た上から紐で体に縛り付けてみた。
みた、ん、だけど…………。
「んんッ。んぅ………………」
尊島さんは頰を紅潮させ、体をモジモジとくねらせている。
「これ……きつい……で、す…………」
しかも、胸の下とか肩とか腰とか、体の至る所を紐で縛られているから、知らない人から見たらそういうプレイをしているのかと誤解しそうだ。
「これ、大丈夫なのか?絵面的に」
「確かにこれは、下着姿になる以上に視線を集めそうですね」
俺は少し魅入ってしまいながら不安げな表情。
いつも余裕そうな態度の良刀さんですら苦笑いだ。
「で、でも!これなら服も脱げようがないでしょ⁉︎」
奈月は焦りながらも自信たっぷりに答える。
でも確かに、これだけきつく縛っていれば脱げる心配は………………。
しゅる。
体をくねらせてたせいか、紐の結び目が緩んできた。
そしてそのまま紐が全て落ちてしまう。
しかもその拍子に落ちた紐が服に引っかかり、紐の重さがかかったせいか一緒に服も下に落ちる。
「ひゃぁぁあ‼︎」
尊島さんは顔を真っ赤にしてその場に蹲る。
「…………失敗か」
・作戦その2
『ボディペイント』作戦
そもそも服じゃなくて体にそのまま描いたら脱げるも何もないんじゃないかという作戦。
「そもそも肌を見られるのが嫌という問題だったんですけど⁉︎」
涙目になりながら尊島さんは抗議する。
「落ち着きなさい。いくら肌を見せてるって言っても、服に見えれば周りも気にしないだろうし、周りが気にしなければ裸だろうと気にならないわよ」
「そ、そうでしょうか……?」
「それに、最低限は着てもらうわよ。下着とか。流石に全裸だと誤魔化せないと思うし。下着にも服を描くから、こっちで用意するけど」
「まぁ、そういうことなら、一応」
というわけで数分後。
そこには服を着た尊島さんがいた。
いや、服は着ていない。
しかし、俺には服を着ている様にしか見えなかった。
流石にスカートとか、立体感が必要な部分に違和感はあるものの、服のしわとか、陰影とか、制服を着ている様にしか見えない。
「この制服は美術部の1番上手いって人に描いてもらったわ」
「お前よくそんなコネあったな」
「コネなんてあるわけないじゃない」
「?」
奈月の言い分に違和感を覚える。
コネも持ってないのに、初対面の相手にこんなふざけた依頼をOKしてもらったのか?
「ちなみに相手は男か?」
「女子よ。3年生らしいわ」
「ソッチの気があったりとか……」
「普通に男が好きな人よ。この前も好きな男の家で舞い上がって反省したらしいわ」
「???」
そんな普通の人がなんで女の子の裸に筆を入れるのをOKしてくれたんだろう。
芸術が好きで何にでも挑戦したがるタイプなのか?
「どうして受けてくれたんだ?」
「キョーヘイ。世の中には知らなくていいことがあるのよ」
「あ、あはは…………」
尊島さんが苦笑いする。
直接描いてもらったため、その相手と奈月のやり取りの現場にいたであろう尊島さんはどうやら事情を知っているみたいだ。
さっぱりわからない。
とりあえずこの件を考えるのはやめておこう。
改めて俺は尊島さんの方を見る。
「それにしても、服にしか見えないな」
「そ、そうですか?」
「あぁ、普通に気付かないよ」
胸の谷間も全く見えない。
なんてことを言えば多分奈月辺りにシバかれるのは目に見えているので控えておく。
「スースーして、服を着てないって自分では分かりきっているんですが……」
尊島さんが自分の体を見る。
「こ、これで…………周りを気にしなくて済みます……」
余程嬉しいのか、尊島さんはスキップする。
「〜♪」
鼻歌まで歌うほどだ。
そして、部室の扉の前まで辿り着いたところで尊島さんがこっちを見る。
ガシャ。
バシャアッ。
扉が開いて突然バケツが尊島さんに襲いかかった。
「すみません!ウチの部活で使うために汲んでたんですが手を滑らせてしまって!大丈夫です……か…………」
唐突に見知らぬ生徒が入って来て。
「………………」
そのまま無言で去って行った。
それはそうだろう。
入ってすぐのところに、下着姿のバケツマンがいたら誰だって逃げる。
女の子だからバケツウーマンだろうか?
どうやらペイントは水彩絵の具だった様で、勢い良くかかった水で流されてしまった。
更に、バケツが廊下から飛んで来た勢いのまま尊島さんの頭にすっぽりと入ってしまった。
「…………」
ひたすら無言の尊島さんだが、その背中にはどこか哀愁漂っていた。
どうやら、人に『肌を露出していない』と認識されれば、肌が露出される様にするのが彼女の呪いみたいだ。
「失敗ね」
「そんな一言で片付けていい光景か……?」
・作戦3
『物理的に脱げない服』作戦
そもそもキツいサイズの服なら人から引っ張られたりした程度では脱げないのではないかという作戦。
正直、今までの作戦を考えるとこれはどういう結果になるか目に見えている気もするんだけど………………。
「制服はサイズを聞いて近くの服屋で買ってきたわ」
「ちなみに費用は?」
「当然部費で落とすわ」
「ですよね〜」
奈月は誰かのために自分の金を使う様なヤツじゃないし、制服って意外と高いもんな。
「あ、あの…………」
どうやら準備ができたらしく、尊島さんが恥ずかしそうに声をかけてくる。
「これ、すごく……きついです」
見ると、そこにはとんでもないものがあった。
前述した通り、尊島さんの服はサイズが小さめのものだ。
そのせいで布がピッチリと伸びてしまい、体のラインをありありと浮かび上がらせる。
特に胸の辺りは、その大きな膨らみがキツキツの服を押し上げ、ギリギリまで布地を引っ張っている。
尊島さんは顔を赤くしつつも、服のサイズが合ってないせいか青ざめている様にも見える。
「なぁ……これは流石に、すぐ着替えさせた方がいいんじゃないか?」
「ここで脱げっての?」
「そう言う意味じゃねぇよ!」
俺は真剣に奈月の方を見る。
「呪いに対して効果があったとしても、尊島さんの体調が悪くなるんだったら意味ないだろ」
「……それもそうね」
俺達は2人揃って尊島さんの方を見る。
尊島さんの服が弾け飛んだ。
「「「「………………」」」」
伸ばされ過ぎて耐え切れなかったんだろう。
まるで風船の様に散り散りに飛んで行った。
「ですよね…………」
キツい服を着る作戦も失敗に終わった。
その後も、何度もの作戦に挑戦した。
効果のありそうなものから、何の意味があるかわからないものまで。
そうして試した結果ーーーー。
「………………ぷすぅ〜…………」
尊島さんは意気消沈していた。
まぁ、作戦全部失敗じゃあそうなるかもね。
とは言っても、収穫がなかったと言えば嘘になる。
それは奈月の言葉をきっかけにわかったことだ。
「そう言えば、美術部に行った時は一回も脱げなかったわね」
自分から脱いだことを除けば、突発的にそういう自体はなかったらしい。
「そういえば、何度か体育の時に大丈夫だった時がありました」
普通は体育でも脱げてしまうらしいけど、中学2年の一年間と、高校に入ってからの何度かは起きなかったのだとか。
「もしかして、男がいるかどうかじゃないかしら」
奈月の証言によると、美術部の部員は全員女生徒だったらしく、先生も女の人だったらしい。
「そういえば、中学2年の時の体育の先生も、今の体育の先生も女の人でした」
先程、作戦の衣装の準備をするために尊島さんが着替えるので外に出ていた時も、別に衣装が持って行かれることはなかったみたいだ。
つまり、尊島さんは男性がいる時だけ脱げる、ということだ。
「うぅ…………」
まぁ、そんなことがわかったところで、尊島さんは部屋の隅で体育座りで落ち込んでるんだけど。
俺は彼女の側に寄る。
「大丈夫?尊島さん」
「先輩…………」
尊島さんは涙目になっていた。
「そんなに落ち込むことないよ。すぐになんとかなることじゃないだけだよ。明日からも、どうすればいいかを俺達と考えて行こう」
「…………うぅ」
尊島さんがふるふると震える。
「わ、私は…………」
突然、尊島さんが立ち上がる。
「こんな生活、もうイヤです〜!」
そして突然、部室から飛び出して行ってしまった。
「…………どうすんのよ?キョーヘイ」
「…………どうしようかな」
■ □ ■ □ ■
【尊島詩乃莉view】
彼女、尊島詩乃莉は普通の女の子だった。
何か特別なものなど1つも持っていなかった。
頭がズバ抜けて良いわけでも、スポーツが得意なわけでもない。
趣味が特殊なわけでも、家庭事情が複雑なわけでもない。
少し気が弱いだけの普通の女の子だった。
少し普通じゃないことがあるとすれば、彼女はクラスでも可愛い方だったことだろうか。
小さい頃は男の子とも女の子とも隔てなく楽しく遊ぶことが出来ていた。
女の子同士でおままごとをしたり、男の子がスポーツをしてる中にもまぜてもらったり。
そうやって、男女を同じものとして扱うのが普通だった。
しかし時が経つにつれて、子供ながらも身体付きは徐々に変わり、考え方も変わっていき、男女で遊ぶことはなくなっていった。
異性を異性として認識し始める、その手前くらいの時期。
その時期が詩乃莉にとって最も辛い時期だったと言える。
詩乃莉は可愛らしく、女の子らしい女の子だった。
更に、時期が時期だけに、胸も膨らみ始めている頃で、男子達は詩乃莉のことを意識する様になっていた。
とはいえ、まだ子供だ。
男女の好き嫌いというものに対してそんな時期の男の子は“恥ずかしい”と思うのが普通だ。
そのために詩乃莉は男子から避けられてしまっていた。
また、女の子はませている時期だ。
好きな子がいるかどうか、好かれているかどうか、恋愛に関して進んでいるかどうか、というものは女の子同士の仲に著しく影響を与える。
男子から人気のあった詩乃莉は女子からも嫌われてしまっていた。
そんな詩乃莉も年頃の女の子だ。
詩乃莉には当時、好きな男の子がいた。
スポーツができて、顔も良くて、女子に人気の男の子だった。
詩乃莉は思い切ってその男の子に告白をした。
詩乃莉は自分の想いを一生懸命伝えたし、相手も詩乃莉に対して好意の様なものはあった。
ただ、場所が問題だった。
クラスメイトも普通にいる、教室の中で告白してしまったのだ。
そのためその男の子は、友人達に茶化され、囃し立てられ、馬鹿にされ、恥ずかしい思いをした。
だからだろう。
『誰がこんな地味な女好きになるか!』
男の子が、そんなことを言ってしまったのは。
その言葉は詩乃莉の心に深く刺さった。
気が弱く、目立つのが苦手な詩乃莉にとって、その言葉は的を射ていた。
それからというものの、詩乃莉は前以上に、男子からも女子からも遠ざけられる様になってしまった。
そして、詩乃莉は思った。
どうして自分は、みんなから嫌われてしまうのだろう。
地味なことがいけないんだろうか。
もっと目立つことができれば、みんなは自分のことを好きになってくれるだろうか。
目立ちたい。
周りの目を引きたい。
みんなに自分を好きになってもらいたい。
彼女の服が脱げてしまう様になったのはその頃からだった。
ーーーーー
ーーーーーーーーーーーー
「はあ……」
現在、詩乃莉は落ち込んでいた。
というのも、部室を勝手に飛び出してしまったことに罪悪感を覚えたからだ。
更に、自分の状況が一切改善されなかったこともショックが大きい。
いくら自分が不遇の身であるとはいえ、勝手に部室を飛び出したことに、京平達には申し訳なさを覚える。
「………………謝りに行こう」
まだ平常心が取り戻せないまでも、詩乃莉は立ち上がり決心を固める。
そこで気付いてしまった。
先程までは走るのに必死で気が付かなかった。
現在、詩乃莉は学校の中庭にいた。
そこには当然、大勢とはいかないまでも、少なくない数の生徒がいた。
その大半は男子生徒だ。
その生徒達は、突然中庭にやって来て只事ならぬ様子の詩乃莉をジッと見ていた。
突如、詩乃莉の服が脱げる。
先程まで何度も着替えをして、慌てたり精神的に大変なこともあったために、詩乃莉は服をきちんと着ていなかったのだ。
肩や腰に引っかかっていた服が、突然ずり落ちたのだ。
「ッ!…………いやッ!」
詩乃莉は慌ててしゃがみ込み、両手で体を隠す。
「君ッ!大丈夫⁉︎」
すぐに男子生徒が駆け寄って来た。
詩乃莉は助かったと思った。
自分を助けてくれるのだと。
突然こんなことになった自分に、服か何かを持って来て肌を隠してくれるのだと。
自分の教室や1年生ばかりがいる棟だと、自分のことを知っている人が何人かいるため、すぐにそういった対応をしてくれるから。
「ひっ……!」
しかし、詩乃莉は寄ってくる男子生徒の顔を見て萎縮してしまう。
その顔は、助けてあげようなんて気のさらさらない、下心丸出しの下卑た表情をしていたから。
いつもクラスの男子や、自分のことを知っているらしい男子生徒達が自分に向けて来る様な顔をしていたから。
「どうかしたのかい?とりあえず僕とあっちの方へ行こうか」
男子生徒が指した方向は人気のない場所だ。
不意に後ろから肩を掴まれる。
「ねえ君。そんな男放っておいて俺といい事しようぜ?」
知らない男がいやらしい笑みを浮かべてそんなことを言う。
見ると、他にも男子生徒が近付いて来ている。
彼らは皆、同じ様に下卑た表情をしている。
「放せよ!僕が先にこの子に声掛けたんだよ!」
「ふざけんな!テメェみてえな童貞はブスとでもやってろ!」
「やめろ!その子嫌がってるだろ!」
「抜け駆けは許さねぇぞ!」
「別に誰がヤろうといいから俺にもヤらせろ!」
それはもう酷い有様だった。
男同士で罵り合って、殴り合って、裸の女の子を取り合うという、とても気色の悪い光景だ。
そんな醜い争いに巻き込まれた詩乃莉は身体中を誰かの腕に掴まれて身動きが取れない。
「や、やめて、下さい!乱暴しない、で!」
詩乃莉は必死に抵抗する。
だが、彼女の力では男達の手を振り解けない。
「あぁ?元はと言えばお前がそんな格好してる方が悪いんだろ⁉︎そんなの誘ってるってことに決まってるだろ!」
「痴女のくせに男を選ぶのか⁉︎俺にもヤらせろよ!」
全くもって言い掛かりも甚だしい、訳のわからない言い分で罵倒される。
詩乃莉は泣きそうになるのを必死で堪える。
自分は好きでこんなことをしているわけじゃない。
本当は人前で裸になんてなりたくない。
こんな乱暴をされることを望んでいたわけじゃない。
嫌だ。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
詩乃莉はただただ必死だった。
自分の力では解けないとわかっていても、ただ助かりたい一心で手足を動かした。
泣きそうになって、苦しくて、それでも必死になった。
「お前が望んだんだろ!抵抗すんな!」
「イヤ!やめて!」
詩乃莉は必死に抵抗した。
そして。
スポッ。
いとも簡単に男達の間から詩乃莉がスッポ抜かれた。
何が起こったのか詩乃莉には理解できない。
1つわかることは、両脇を持たれていて少しくすぐったいということだけだ。
「いやぁ、びっくりするくらい簡単に抜けたな。こっちの方が余程超常現象だよ」
「先、輩?」
詩乃莉が声の方へと振り向くと、そこには京平がいた。
男達の中から詩乃莉を助け出してくれたのは京平だったのだ。
京平は詩乃莉を両手で抱え直す。
お姫様抱っこだ。
そして詩乃莉に囁きかける。
「ごめん、ちょっと我慢して」
京平は男達の方を向くと、声を張り上げて宣言した。
「この子は俺のものだから。悪いけどあげられない」
そして、京平は詩乃莉を抱えたままダッシュしてその場を離れたのだった。
その間、詩乃莉は京平の顔を見ていた。
そこには、今まで自分が向けられていた顔はなかった。
詩乃莉のために一生懸命に頑張る姿があった。
京平はかっこいいとはお世辞にも言えない普通の見た目だけども。
その姿が、詩乃莉には王子様の様にも見えた。
ーーーーー
ーーーーーーーーーーーー
人目の付かない場所に着いたところで、京平は自分の上着を詩乃莉に着せる。
「ごめんな。尊島さんの服はさっき置いて来ちゃったから。今はこれで我慢して」
「いえ、先輩が謝る様な事じゃないです」
詩乃莉の服は大勢の男子生徒が詩乃莉をもみくちゃにしている中にあったために取って来ることが不可能だった。
詩乃莉のことを考えて上着をかけるだけでも、詩乃莉には十分な優しさだった。
「なぁ、尊島さん」
京平は真剣な顔で詩乃莉を見つめる。
「は、はい…………」
状況に呑まれているだけかもしれないが、詩乃莉の心臓の鼓動は速くなる。
この状況はまるで、愛の告白ーーーー。
「もしかして、君は望んでそうなったんじゃないの?」
■ □ ■ □ ■
【鈴鳴京平view】
「もしかして、君は望んでそうなったんじゃないの?」
そう言った時の尊島さんの表情はわかりやすかった。
目を見開いて、口を軽く開いて、まるで信じられないものを見たかの様な表情になっていた。
「なんで……そんなことを言うんですか?」
震えた声で尊島さんが訊く。
「望んでるわけ、ないじゃないですか!さっきだって、怖い目に遭ってるんです!こんな…………こんな呪いなんてなければ………………」
「周りを気にしてオドオドするだけの勇気のない女の子が出来上がるね」
「ッ」
俺の言葉に尊島さんは息を飲む。
おそらくは本人も気にしていたことなのだろう。
俺としては、彼女が傷付くことを口にするのは胸が痛いが、これも彼女のためになるかもしれないのだ。
俺は心を鬼にする。
そもそも、なぜ俺がこんなことを口にしているのか。
それは、奈月達にも言っていない1つの気付きがきっかけだ。
尊島さんの呪いは男が近くにいる時に起こる。
俺達は何度かの作戦からその事実を知ったけれど、これは正確には間違いだと俺は気付いた。
正確には、尊島さんは、彼女が男に見られていると認識した時に裸になるのだ。
なぜそう思ったのか。
それは俺が初めて尊島さんを見た時を思い出したからだ。
尊島さんは俺に気付かず廊下を走って行った。
あの時、確かに距離はあったけど、俺は確かに尊島さんの近くにいたはずだ。
なのに尊島さんは服が脱げたりしていなかった。
つまり、『男が近くにいること』自体は条件じゃないんじゃないかと思った。
更に、俺が尊島さんを引っ張って部室に連れて行く時、別に脱げたりすることはなかった。
これは、俺が尊島さんを見ていなかったからなんじゃないだろうか。
俺は尊島さんを連れて行く時、尊島さん自体に目を向けることは一切なかった。
それに、尊島さんが裸になるタイミングは、大体が俺達と目が合ったタイミングだった。
つまり、『尊島さんが男性に見られていると意識している』間のいつかに、彼女の服は脱げるのだ。
しかし、俺はそれに少し違和感を感じた。
『呪い』なのに、なぜ彼女自身の意識……認識が関与するのか。
別に漫画や小説の世界なら、そういった設定を付けて相手を呪う、ということもあるかもしれない。
しかし、俺達が言っている呪いは、あくまで本人達がそう感じているからそう命名しているだけで、実際には実情のわかっていない超常現象だ。
唯一わかっていることは、呪われた本人達は心当たりがある、ということくらいだ。
そして、奈月の心当たりは『直接言われた』ことだ。
相手にそう願われたことを、奈月は知っているのだ。
少なくとも、呪いは誰かに願われないと起こらない。
尊島さんの場合、『男に見られていると本人が認識したら服が脱げる』だけど、『服が脱げますように』なんて願う奴がいるんだろうか。
ましてや、本人が見られているとわからないと発動しないなんて、そんな面倒なこと願うだろうか。
だとしたら、可能性はいくつかある。
1つは、奈月達に起きている現象と、尊島さんに起きている現象は別物という可能性。
もう1つは、彼女自身が、それを望んでいる可能性だ。
「君は、願ったんじゃないか?『注目されたい』って。だって君は目立たないんだから。気が弱くて、誰かに話し掛けるのにだって怖がる様な子なんだから」
「……ッ」
彼女に呪いが起きた当時に何があったのかは知らない。
でも、彼女は傷付いたのだろう。
その傷付いた自分を変えたいと願ったのだろう。
「でも君自身は変わらなかった。変わったのは、服が脱げる様になっただけだった」
「…………やめて」
尊島さんが苦しそうに声を上げる。
「やめて下さい。それ以上、言わないで下さい」
尊島さんの頰に涙が伝う。
それは、俺の言葉が彼女を傷付けたからだ。
それでも、俺はやめない。
やめるわけにはいかない。
「尊島さん。君は変わりたいんだろ?今の自分が嫌なんだろ?」
「やめて!聞きたくない!」
尊島さんが耳を塞ごうとするのを、俺は彼女の手を掴んで止める。
「なんで聞きたくないんだ?それが君自身の心なんだろ?」
「だって…………だって…………」
「望んで、望んだ結果が、自分が嫌な結果だったからか?」
「…………」
尊島さんは俯く。
その表情は見えない。
「君は変わりたいって望んだ。それは恥ずかしい事なんかじゃ全然ない」
自分が嫌で、変わりたいと思うことは多かれ少なかれ誰にだってあることだ。
「でも、望むだけじゃダメだ。変わりたいって思ったんなら、変われる様に努力しなきゃ」
変わりたいって望んで、努力ができなかったから、彼女は呪いにかかってしまった。
「ダメ、なんです………………どれだけ変わりたいって思っても、怖いんです。……変わろうとしても、前に踏み出せないんです」
震えた声で尊島さんが答える。
「男の人が、みんなが、怖くて、みんなが私を遠ざけて、それでも、変わりたい、みんなに近付きたいって、でも、近付くと、怖いんです。みんなのことがわからなくて、怖くて怖くて、自分から遠ざけちゃうんです」
怖い。
だから望んだ。
望むだけで。
自分が変わることじゃなくて、相手が変わることを待った。
「それが、悪いことなんですか?変わらなきゃ、いけないんですか?」
「変わらなきゃいけないことなんてない。自分の人生なんだから、自分のままでいることに間違いはないよ」
「だったらーーー」
「でも、君は変わりたいんだろう?」
「………………ッ」
「変わりたくて、願ったんだろう?」
「………………」
「じゃあ、変わろうよ」
俺は尊島さんを軽く抱き締める。
「君が変われる様に、俺も協力するから」
「…………私、は」
「君がへこたれない様に、側で見てるから」
「私は……」
尊島さんの口から言葉が溢れる。
「私は、変わりたい、です」
「うん」
「自分の言いたいことを言える様に、なりたいです」
「うん」
「他人を見ても、怯えずに済む様に、なりたいです」
「なろうよ」
「人前で裸になんて、なりたくないです」
「うん、俺は君の呪いが解ける様に、君が変われる様に、協力する」
「約束、ですよ?先輩」
尊島さんは手を出して小指を立てる。
「ああ、約束だ」
俺はそれに答えて、同じ様に小指を立てて、尊島の小指に絡める。
■ □ ■ □ ■
「ということでこちら、新入部員の尊島詩乃莉さん」
「1年六組の尊島詩乃莉です。よろしくお願いします」
ペコリと、丁寧に頭を下げる尊島さん。
尊島さんが部屋を出てから少しして、俺達は帰って来るなりそんな話をする。
奈月はとても驚いた顔をしていたので俺としては少し満足だ。
まぁ、とはいえ俺も驚いているんだけど。
「ちょっとキョーヘイ!」
「痛ッ!痛いって!」
奈月は俺の耳を引っ張って部屋の隅に連れて行く。
「これはどういうことよ?」
「どういうことって、そのままだろ。尊島さんが呪い部に入るんだよ」
「そうじゃなくて!なんでそんなことになったのよ⁉︎」
「なんでって言われても……」
尊島さんと話し合った後、尊島さんは最初は断っていた入部を志願した。
俺としては活動の一環として彼女の元に毎日通うつもりでいたから、なんでそう決意したのか疑問だったんだけど、入部は俺にとっても悪いことじゃなかったのでそのまま入部してもらうことにした。
「奈月は尊島さんが入るのは嫌なのか?」
「嫌ってワケじゃないけど…………」
「そもそも、最初に部に誘ったのは奈月だし、彼女が入部を希望するのは奈月にとっても良いことだろ?」
「それはそうだけど………………」
「それとも奈月は嫌な理由があるのか?」
「わかったわよ!わかりました!ウザイわね!」
「ひどい言われよう!」
奈月は尊島さんの前に立つ。
「アンタ、確か名前は…………」
「み、尊島詩乃莉です」
尊島さんはどこか緊張した面持ちで姿勢を正す。
「詩乃莉……詩乃莉……尊島……」
それに対して奈月は俯いて何事かを呟く。
「よし、わかったわ!」
そしてしばらくして、尊島さんに向き直る。
「しのっちゃん!」
「しのっちゃん?」
「アンタの入部を歓迎するわ!」
「あ、ありがとうございます」
奈月の言葉を聞いて、尊島さんは表情を明るくする。
「良かったね、尊島さん」
「はい、先輩!」
俺が声をかけると、尊島さんはこちらに寄って来る。
「きゃっ」
と、そこで尊島さんが足を何かに引っ掛ける。
「尊島さん!」
「ひゃあっ!」
尊島さんはそのまま俺の方に倒れ込んで来て、凄い音が部室に響いた。
「ら、らいひょうふは、ひほほひははん」
「ひゃあっ!」
気が付くと、周りが暗くなっていた。
それに顔に何か柔らかいものが乗っていて口と鼻が塞がれて少し息が苦しい。
「ちょっとキョーヘイ!何やってんのよ!」
「ひぅっ!」
何が起こったかわからない俺は身をよじるとようやく視界が開け、何が起こったかわかった。
俺の上に尊島さんが倒れ込んでいたのだ。
特に、俺の顔の上には尊島さんの胸が乗っていた。
「〜〜〜〜!」
いきなりのことに、俺は顔を赤くしてしまう。
「ひぁっ!せ、先輩、声を出さないで下さいっ」
「わ、わふい!」
「ひぃんっ!」
「よし、キョーヘイ!大人しく首を差し出しなさい」
「怖っ!差し出さないよ!何する気だよ!」
「ひゃあっ!」
そんな感じで、俺達に尊島さんが加わった。