3.5話 少年少女の約束
三日月葵、小学1年生。
彼女は今、街の雑踏の中、1人立ち止まってぼんやりとある店のショーウィンドウを眺めていた。
彼女は1人でいることが多く、友達も、大親友と呼べるハイテンションな男の子を含め、片手で数えられるほどしかなく、普段は流行に乗った様なファッションをして楽しそうに話してたり遊んだりしてる女の子達から離れ1人で本を黙々と読んでいることが多い。
そんな彼女もどうやら女の子な様で、お気に入りの品を店の外から眺めている。
それはアクセサリーショップのショーウィンドウにならんだ、デフォルメされた猫と犬の髪留めだ。
「可愛い…………」
ほう、と息を詰まらせ見入る葵。
葵は動物がとても好きなので、アクセサリーに惚れたのではなく、犬と猫に見入ったのかもしれない。
葵は髪留めの側にある値札に目を落とす。
「高い…………」
その値段は千円。
毎月もらっているお小遣いが100円の葵にとっては、お小遣い10ヶ月分の代物だ。
小学1年生にとっては1ヶ月でも十分に長い日数だ。
10ヶ月も待つなんて難しいことだろう。
とはいえ、葵はこれといった趣味があるわけでもなく、無駄遣いをする方でもないので、買おうと思えば買えないこともない。
実際、現在葵の財布の中には1万円が入っている。
ちなみにこれは初めてもらったお年玉を未だに使ってないせいで財布に入ったままなだけなのだが。
しかし、小学1年生としては千円は高額と言って過言ではない。
買えるとしても買うのに悩んでしまうのは仕方のないことだ。
それにーーー。
「一緒に付ける相手が……」
髪留めは猫のデザインと犬のデザインの2つある。
1人で2つとも付けてもいいが、オシャレに興味のない葵にとっては1つでも十分に多い。
誰かと一緒に付けるということは、つまり誰かとペアルックするということだ。
もう一度言うが、葵は1人でいることが多く、友達も片手で数えられるほどしかいない。
髪留めを買ってしまっても、無駄遣いに終わってしまう可能性が高いのだ。
「むぅ…………」
どうするべきかと悩んでしまう。
どうせ使うことがないと割り切れれば簡単だろう。
しかし、実際には、葵には一緒に付けたい相手はいる。
「…………」
相手が一緒に付けてくれるかどうか。
それが葵の悩み事だった。
「あれ?ミカちゃんどうしたの?」
いきなり声をかけられドキッとする。
恐る恐る振り返ると、そこには見知った顔があった。
七瀬文彦、小学1年生。
葵の大親友だ。
この頃は男女の区別や恋愛感情といったものはほぼ持ち合わせてなかったため、葵と文彦は互いに『ナナくん』、『ミカちゃん』と呼び合う仲だった。
「な、何でもないわよ…………」
葵は思わずそっぽを向き俯く。
葵としては、是非とも文彦と一緒にこの髪留めを付けたい。
しかし、もし断られたら。
そんな不安が拭えない。
葵はチラチラと髪留めと文彦を交互に見る。
「…………よしっ」
そんな葵の様子を見た文彦は何を思ったのか、葵から唐突に財布を奪って店内へ駆け込む。
「えっ?ちょっ!」
葵が慌てて中に入ると、文彦はもう会計を済ませていた。
文彦はおもむろに葵に近付き、それを渡す。
「はいコレ!」
「…………これ」
それは、葵が欲しがっていた髪留めの、猫の方だった。
「僕、この犬のヤツ気に入ったから、2人で一緒に付けよ!俺金ないから、葵がちょーだい!」
大きな声でそんなことを言ってくる文彦。
「でも、私と一緒なんて……ナナくんが嫌なんじゃ……」
「なんで?」
「えっ」
文彦がキョトンとする。
「僕はミカちゃん好きだから、僕がミカちゃんとお揃いしたいの。いい?」
ニコリと。
そんなことをサラリと言う文彦に。
葵はもうぐうの音も出なかった。
葵の方が一緒に付けたかったのだ。
こんなことを言われて、嫌などと言えるはずもない。
店から出て、文彦が唐突に犬の髪飾りを自分の髪に付け出す。
「へっへー、似合う?」
男の子で髪も短いため、もちろん似合わない。
そもそもこのアクセサリーショップは女の子のための装飾品の方が多い店だ。
文彦が似合うものの方が少ないだろう。
そして、文彦は葵の手から猫の髪飾りを奪い去り、葵の髪に付ける。
「えっ?えっ?」
「へへっ」
文彦は笑いながら葵に向き合う。
「ミカちゃんっ」
「はっ、はいっ」
「この髪飾りにちかいますっ。僕はっ、ミカちゃんと一生仲良しでいます!」
「!」
上手く声が出なかった。
思わず、涙が出るかと思った。
文彦は、自分に偏見を持たずに接してくれる数少ない友人の1人だ。
いつも辛かった周りの目の中で、唯一と言っていいほどの拠り所だった。
そんな文彦が自分にそんなことを言ってくれることが、葵にとってどれだけのことか……。
「わ…………私も!」
思わず叫んでいた。
「私も、誓います!ずっと、ずっとずっとナナくんと仲良しでいますっ!」
葵にとって、とても大切な約束。
この約束だけは、絶対に破らない。
そう胸に誓う。
「ありがとう!」
そんな風に笑いながら礼を言ってくれる文彦がとても大切に感じた。
そんなことがあって、もう約8年が経った。
「私があげた、大切なもの…………ね」
クスリと葵が笑う。
「忘れる訳ない、って言ってたクセに」
「?何か言った?」
葵がポツリと呟いた言葉に、聞こえなかったらしい文彦が聞き返す。
2人は、付き合って初めてのデートをしている。
葵は愛しいものを見つめる様に、文彦に笑いかける。
「なんでもないわよ、バカ」