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呪い部  作者: 恋熊
神楽木学園呪い部誕生話
6/37

3話 少年少女の恋愛事情

 私立神楽木学園。

 そこはいたって普通の高校だ。


 中高一貫と言うわけでもなく、膨大な生徒数を誇るマンモス校というわけでもない。

 進学校として有名な大学への進学率が高いわけでも、部活や個人活動が有名で将来芸能の道に進む人がいるわけでもない。


 少しばかり生徒が自由にできる学校というだけだ。

 勉強以外の道具を持って来ても見つからなければよく、抜き打ちの持ち物検査などない。

 さらに携帯や財布の様な貴重品はもし見つかっても有事の際必要という理由で没収されたりしない。


 学校の設備はほとんど生徒が使用可能で、昼休みに体育館や屋上まで使える。

 また、昼休みの間の外出も可能で、コンビニやファミレスで昼食を取ってくることも可能だ。


 部活動についても、多少の無理な要望があっても、学校側の融通が利く様になっている。

 部活動を新しく作るという生徒が出ても、部員数と顧問を揃えれば部費を出す様にしているし、部費の増額を希望されても、使い道が申請されていれば、余程の高額でない限りは出す。

 個人で何か活動したいという生徒に対しても、申請すれば学校から支援が受けられ、道具や練習時間が必要なら授業を免除してもらえる制度もある。

 この制度を使っている生徒はほとんどいないが。


 この様に、神楽木学園は、生徒に自由が与えられている場なのである。



 そんな学園に、現在悩んでいる生徒が1人いた。

 神楽木学園1年三組、七瀬文彦ななせふみひこ

 どこにでもいる様なごく平凡な男子高校生である。


「あぁ……どうしよう…………」


 しなければいけないことは彼にも分かっているつもりだ。

 でも、どうしても、やらなきゃいけない理由よりもできない理由を探してしまう。

 やろうと思っても、良くないイメージが頭に浮かんで中々前に踏み出せない。


 要するに、彼は一歩踏み出す勇気が出ないのだ。


「はぁ…………」


 やらなきゃ、やらなきゃ。

 そう思うほど、緊張と恐怖は増していく。


 何かきっかけが欲しい。


 勇気が出せるきっかけが。


 そう思いふと、廊下の掲示板に目をやると、あるポスターが目に付いた。


「……のろい部?」


 これが、自分の悩みを解消するためのきっかけになればいいと、文彦は一歩を踏み出した。

  ■ □ ■ □ ■

「ポスターを拝見して来ました!この部は、悩み事の相談に乗ってくれるんスよね!」


 そんな第一声を発したのは、どこにでもいる様な普通の少年だった。

 身長も体型も普通ぐらいで、髪も短めに切ってはいるが、坊主やスキンヘッドなんかにする気は無いのか中途半端な髪の長さだ。

 制服も変な着崩し方なんてしてなく、普通に着ている。

 ごく平凡な男子高校生だ。


 いや、俺のことじゃないぞ。

 俺も常日頃普通とか影が薄いとか言われるけど決して俺のことじゃない。

 というかそんなこと言ったらこの部には今俺以上に存在感のない先輩がいるし。


 というか、目の前の彼は一応俺と違って、髪にデフォルメされた犬の髪飾り付いてるし。


「キョーヘイが……2人?」

「地の文で十分否定したのに言葉に出さないでもらえますかね!というか顔も体型も髪型も似てないのに雰囲気だけで勝手にドッペルゲンガー生み出すなよ!」

 俺の隣にいる奈月がそんな失礼なことを言ってくるので俺はツッコミを返す。


 良刀さんが来た次の日の放課後。

 それは突然やって来た。


 俺と奈月が部室にやって来ると、もうそこには先客がいたのである。


 そして、俺達より早く部室の前でそわそわとしながら待っていたのが彼だ。

「俺、1年の七瀬文彦って言います!」

 大変緊張した面持ちでハキハキと話している。


 おそらく、彼にとってはとても重大な悩みを抱えているんだろう。


「それで、悩み事があって来たってことでいいか?」

「そうっス!」


 さっきから緊張のし過ぎで声が引きつって無駄に大きく出ている。


 うるせえ。


 でも、いくらうるさくても相手は後輩だし何より相談に来た依頼人だ。

 相手の気分を害する様なことをしたらーーーー。

「さっきからうるさいわね。もうちょっと声抑えなさいよ」

「お前はオブラートに包みなさいよ⁉︎」

 奈月がスパッと言ってしまったので俺はびっくりしてしまっている。


 こいつにはデリカシーというものがないのか?


 いや、俺もよく愛澄に『京平にはデリカシーが足りない』って言われるけども。


「そもそも、悪いのだけど、アンタの依頼を受けるつもりはないわ」

「え⁉︎」


 七瀬くんが驚きの声を上げる。

 俺も正直驚いた。

 そもそも、俺達の活動内容には“生徒の悩み相談”も含まれているはずだ。

 なのになんでそんなことを言い出すのか。


「なッ、なんでっスか⁉︎ここは悩みを聞いてくれるんじゃないんスか⁉︎」

「悪いけど、あたし達の活動は、不思議なことの研究、調査なのよ。その延長線上として、超常的な現象で悩んでる人の相談に乗るの」

「そ、そんな……」


 七瀬くんが明らかに気落ちするのがわかる。

 …………。


「いや、まだ悩みを聞いてないだろ?七瀬くんが不思議体験を解決したいって言うかもしれないじゃないか」

「…………」


 奈月がジロリと俺を睨む。

 まるで、『わかってないなコイツ』みたいな顔だ。


「それで?アンタは何の相談に来たの?」

「……えっと」


 七瀬くんが言いづらそうにしている。

 さっきまでは相談に乗ってほしいと必死だったのに、今の流れでこうなるってことは……。


「普通の悩み相談なんでしょ?」


 奈月はバッサリと切り捨てる。


「そもそも、もし超常的な現象で悩んでるなら、もっと周りを気にするのよ。誰かにバレてしまえばどういう扱いを受けるかわかっているはずだもの。それに、この部は『不思議を調べる』なんて怪しい連中なんだから、最悪寄り付かないか、来てもあたし達を警戒しながら相談するはずよ。超常現象を面白がる様な連中に自分の不思議体験なんて話したらどうなるか目に見えてるんだもの」


 奈月は論拠をつらつらと並べ立てる。

 でもそんなものはあくまで人の心理の推測でしかない。

 そういうことは相手と話してみるまでわからないはずだ。


 でも、七瀬くんはどうやら本当に超常現象とは関係がない様で。


「…………」


 七瀬くんは困った顔でオロオロとしている。

 どうやら相当に悩んでいる様だ。

 このまま奈月に任せてしまうと、今にも帰ってしまいそうだ。


 だから俺はーーー。


「ちょっと来い」

「は?えっ、ちょっと何よっ」

「七瀬くんはここで待ってて」

「え?はい……」


 俺は奈月を廊下に呼び出した。


「それで、何よ?話って」


 どうやら奈月はいきなり引っ張られて来たことに不服らしく、仏頂面をしている。

 ちょっと話しづらいな……。


「えっとだな……」


 俺は上手く言葉を発せない。

 今の奈月に言ってしまうと話がこじれてしまう気もする。


 でも、さっきの七瀬くんの気落ちした様な顔が頭に浮かんだ。


「奈月。今回の相談、受けよう」

「はぁ⁉︎」


 奈月は大きな声で驚く。

 それだけ俺の発言に不快感と意外さを感じたんだろう。


「あのね、キョーヘイ。あたし達はのろいを解く方法を探しているの。何の関係もない様な件に関わってる暇なんてないでしょ?」


 周りに聞こえない様に声は抑えめにしているが、少し言い方がキツめだ。

 どうやら俺の言葉に機嫌を損ねてしまったらしい。


「確かにそうだな。でも、当たりが来るまで断ってたら、当たりの人も来ないだろ」


 もしのろいで困っている人がいるとして、俺がその人の立場なら相談を断り続けてる人なんて自分も断られるんじゃないかと不安になる。


「そういう可能性もあるわ。でもね、考えてみなさいよ。どんな依頼でも引き受けてる方が、普通にボランティアでやってるって思われて来ない可能性はあるでしょ?普通はありえないことの相談なんだから、誰でも相談できる様なところは逆に行きづらくなるわよ」

「あ、なるほど」

「逆に、『不思議なことに関する相談しか受け付けない』って言って他は断るんだから、不思議なことで困ってる人は来やすいでしょう」

「いや、それはどうだろう……」


 普通、そんなことしたらガチのオカルトマニアだと思われて気軽に相談できない気もするんだが。


「第一、あたしはいつ子供になるかわからないんだから、なるべく普通の人と接するのは控えた方がいいでしょうが」

「…………」


 確かにその通りだ。

 授業中でも人に見られない様に秘密を隠すのは大変なんだ。

 なるべくなら、放課後くらいは誰にも見られない方がいいのかもしれない。


 でも。


「言っただろ」

「え?」

「俺は、お前の話し相手くらいにならなってやる」

「ッ」

「困ってるなら助けてやる。お前が子供になっても誤魔化してやる」

「でも!」


 奈月が叫ぶ。


「アイツを助けてやる必要なんかない!」

「…………」

「アイツがどんだけ困ってるか知らないけど、あたしじゃなくても、他の人が助ければいい!」

「…………」

あたしは、アンタとあたしにしか助けられない!」


 奈月は必死の表情だ。


 七瀬くんを助けたいって俺が言うから。


 奈月は見捨てられるんじゃないかって、不安なんだ。


 自分が見捨てられない様に、自分が助けられる様に、奈月は七瀬くんを見捨てる。


 自分のことで手一杯だから。


「……奈月」


 だから俺は。


「七瀬くんの相談を受けないなら、俺はまじない部をやめるよ」

「ッッッ」


 奈月を見捨てる。

 俺は奈月も七瀬くんも、両方拾い上げる。


「もし相談を受けてる間にのろいの効果が出るんだったら、俺が誤魔化す」

「……なんで」

「もし奈月が関わりたくないって言うなら、相談はまじない部の名義で俺1人で受ける」

「……なんで」

「今回が初めての依頼なんだから、別に受けたとしても、のろいに苦しんでる人が来たくなくなるなんてことは多分ないよ」

「なんで!」


 それは悲鳴だ。

 奈月の、精一杯のSOSだ。


「なんでアンタはそうなの⁉︎なんであたしだけを助けてくれないの⁉︎アンタの身の回りに困ってる人なんて沢山いるでしょうが!誰の周りにだって大小はあっても困ってる人で溢れてんのよ!そんな人全員助けるつもりなの⁉︎アンタ何様のつもりよ!神様にでもなったつもり⁉︎アンタに何ができるって言うのよ!何人も何人も何人も何人も助けようとして、それでアンタは何が得られるの?助けられた人が何をくれるの?助けられなかった人はアンタを絶対に責めるのよ⁉︎得られるものはないのに失うものばかり傷付くことばかり増えていくのよ!アンタが、アンタみたいな普通の人が!欲張って誰彼助けようとするんじゃないわよ!」


 奈月が俺の胸を叩く。

 何度も、何度も何度も。

 思いっきり叩く。


 その拳は、その体は震えていて。


 奈月の顔は、もういまにも泣きそうで。


「アンタは、あたしだけを救えばいいのよ!」


 それは、悲鳴だった。


 俺は奈月の腕を取る。

 どこか力強さがあって、でも細くて、女の子の手だ。


「俺は奈月を必ず助ける。でも、七瀬くんも助ける」

「ッッッ!……だからッ!」

「でも、助かるのはお前らだ。俺は救ってやれない」


 俺は普通の人だ。

 特別力があるわけでも頭脳があるわけでもない。


「俺にできることなんて、力を貸すくらいだよ」


 手助けをして、一緒に悩んで。

 そうやって、側にいてやることしかできない。


「苦しんでる人の側にいたいって思うのは強欲か?苦しんでる人の側にいられるって思うのは傲慢か?」

「……」


 確かに傲慢で強欲なのかもしれない。

 でも俺は、したいしできると思っている。


 誰かを救うなんて面倒はしたくない。


 誰かを救えるなんて思い上がってもいない。


 俺はただ、自分にできるはずのことをせずに目を背けたくないだけだ。


「七瀬くんを見捨てれば、俺が苦しむんだ。だから、七瀬くんを助けるのは俺のわがままなんだよ」

「……キョーヘイ」


 俺は奈月を見つめる。


 どこか怯えた様で、泣きそうな顔だ。


 俺は、こんな顔を奈月にさせたくない。

 でも、今はこんな顔をさせてしまっている。


 ーーー大丈夫。見捨てない。


 俺はただ奈月を見つめる。

 伝わらなかったとしても、一生懸命の俺を伝える。


「……わかったわよ」


 奈月がため息を吐く。

 その顔は、どこか安心している様にも見える。


「相談は乗る。それでいいんでしょ?」


 渋々といった感じで、奈月は受け入れてくれた。

  ■ □ ■ □ ■

「ごめん、待たせちゃったな」


 俺と奈月が中に入ると、待っていた七瀬くんはどこか居心地が悪そうな顔をしていた。


「いえ、こちらこそ……お邪魔してしまいすみませんっス」


 七瀬くんはどこか申し訳なさそうな顔をしている。


「……もしかして、聞こえてた?」

「全部じゃないっスけど、割と大きな声だったので」


 どうやら先程の奈月の声がほとんど聞こえてたらしい。

 七瀬くんは『割と』なんて濁してくれたけど、奈月はブチ切れて怒鳴り散らしていたわけで。


 つまり、奈月が七瀬くんに対して言っていた暴言とか奈月が俺に怒鳴った言葉とか聞こえてたわけで。


 気まずい雰囲気が、部室に流れた。


「と、とにかく、相談内容を教えてくれないか?それを教えてもらえないと、何も始まらないし」

「……言っても大丈夫っスか?俺、帰った方がいいんじゃ…………」

「大丈夫だから!相談ウェルカムだから!」


 俺は気まずくて今にも帰りそうな七瀬くんをなだめる。


 まったく、俺は基本的に気遣い屋じゃないんだぞ。


「わかりました。じゃあ言いますね」


 一拍起き、七瀬くんはゆっくりと深呼吸をする。

 そして、七瀬くんが意を決した様に真剣に俺達を見据える。


「俺と、葵……俺の幼馴染の仲を取り持ってほしいんス!」

「帰れ!」

「ど、どーどー!」


 思わず机を跨いで七瀬くんに摑みかかろうとする奈月を俺は必死になだめる。


 いや、言いたいことはわかるが奈月よ。

 暴力はあかんて。


 やがて、必死になだめた結果、奈月は席に着き直してくれた。

 顔はヤバいくらいにキレかかってるけど。


「それで?幼馴染との仲を取り持ってほしいって、喧嘩でもしたの?」

「はい、実は……」


 七瀬くんは1から説明してくれた。



 七瀬くんの幼馴染、三日月葵みかづきあおいさんとは彼が幼稚園に通っていた頃からの仲らしい。

 七瀬くんは昔から騒がしいタチで、三日月さんは大人しい性格らしいが、なぜかいつも一緒にいることが多かったらしい。

 七瀬くんが楽しくスポーツをしている傍らで、三日月さんが読書をしながら七瀬くんを見守る。

 三日月さんが図書館で読書をしている時に七瀬くんが話しかける。

 そんな時間が多く、七瀬くんはそんな時間が大好きだったらしい。


 そうして過ごしていく内に、七瀬くんは三日月さんに恋心を抱く様になったそうだ。


 そして中学の頃、七瀬くんは三日月さんに告白しようとしたらしい。

 結果としては、結局告白できず、誤魔化したらしいけど。

 そうやって、告白しようとしては誤魔化すことが何度も続いて、つい先日、七瀬くんは意を決して、今度こそ告白しようとしたらしい。


 そして、なんだかんだあって、三日月さんと喧嘩してそのまま一週間以上話せてないそうな。


「いやなんで⁉︎」


 なんだかんだあって三日月さんと喧嘩って、なんだかんだの部分話してもらわないと!


 なんで喧嘩になったのか意味がわからないよ!


「いや、違うんスよ!い、言わなきゃいけないのはわかってるんスけど……」


 七瀬くんは慌てた様子で弁明する。


「その日は、2人の記念日でもあったんで、葵にちゃんと告白しようって、学校の図書室に行って、雰囲気も良くなって、コレはイケる!って思って、告白する寸前までいったんス」


 七瀬くんは途端に落ち込む。


「そこで、同じ1年の制服を着た、すごく可愛い女子を見かけたんス」


 …………まさか。


「それで、その女の子に見惚れて、愛想尽かされたってワケ?自業自得じゃない」


 奈月がジト目で七瀬くんを睨む。


 気持ちはわかるが、いくら何でも好きな人の前で別の女の子にデレデレするのはまずいだろ。


「ち、違うんス!」


 七瀬くんが慌てて弁明に入る。


「その女子が、いきなり裸になったもんだから………………」

「なんで⁉︎」


 何その痴女⁉︎

 学校の図書室でいきなり脱ぎ出す女子高生がいるの⁉︎

 何それちょっと見たい!


「ゴホン」


 奈月に凄い目付きで睨まれたので咳払いで誤魔化す俺。


「それで、その女の子の裸を眺めてたから幼馴染の子に愛想を尽かされたと……」


「いや!びっくりして見て固まっちゃっただけっス!なのに葵ってばビンタして……」


 いきなり落ち込んで膝に顔を埋める七瀬くん。


 そんな彼の様子を見て、俺と奈月は目を合わせる。


「……どうする?」

「どうするも何も、コイツが謝ればいいだけじゃない」

「いや確かに、呼び出しておいて他の女の子の裸眺めてデレデレしてた七瀬くんが悪いとは思うけど」

「ひ、人聞きの悪いこと言わないでください!」


 一連のやりとりを聞いていた七瀬くんは顔を真っ赤にして否定する。


「確かに、俺が悪いってことはわかってるんス。だから、何度も謝ろうとしたんスけど、中々話も聞いてもらえなくて、嫌われてるかと思ったら、声も出なくて……」

「それで、ウチに相談を持ちかけに来た、ってことか」

「はいっス」


 七瀬くんも、別に俺達に何から何までやらせて仲直りしようって思っているわけではないだろう。

 自分で考えてもどうにもならないから、何か事態を変えるきっかけが欲しい、と思ってウチを訪ねて来たはずだ。


「何かアドバイスができればいいけど、俺は恋愛に関してはど素人だからなぁ……」

「恋愛に素人も玄人もあるの?」

「いや、あるんじゃないか?恋愛経験豊富な人とか、俺達の学年にもいたはずだぞ?」

「いや、恋愛経験豊富って、別れた経験も豊富ってことじゃない。そういう奴ほど、相手の気持ちとか自分の気持ちとか考えずに付き合って、飽きただのやっぱ違うだのほざいて簡単に別れるのよ」

「ウチの部長の恋愛への偏見が凄い!」

「何よ。あたし、何か間違ったこと言ってる?」

「いや、間違ってるとは思わないけど……。だったら、奈月は何かアドバイスできるのか?」

「……あたしがマトモな恋愛してきたと思う?」


 思わないと答えたら酷い目に合わされそうだ。


 俺はただ無言で目をそらす。


「……とりあえず、俺達じゃアドバイスは無理だな」

「そんな……なら俺はどうすればいいんスか………………」


 項垂れる七瀬くん。

 しかし、まだ望みはある。


「俺に1人、アドバイスができる人の心当たりがあるぞ」

「本当っスか⁉︎」

「えっ誰?」


 七瀬くんと奈月が驚いてこちらを見る。


 というかおい奈月。


「……奈月。俺が言ってる心当たり、わからないの?」

「皆目見当もつかないわ」

「……一応、ここのもう1人の部員なんだけど」

「……」


 顔をしかめながら目をそらす奈月。

 ……おい。

 まさか忘れたのか?


 いや、俺も名前とイケメンだったことしか思い出せないけども。

 どんな顔や体型してたかおぼろげだけども。


「とりあえず、俺は良刀さんを探してくる。あの人ならモテただろうし、いいアドバイスをくれるんじゃないか?」

「わざわざ探す必要はありませんよ」

「「「⁉︎」」」


 良刀さんを探そうと腰を上げた俺の正面、つまり七瀬くんの隣に彼はいた。


 端正な顔立ちに、透き通る肌。

 優しそうな切れ長の目。

 髪は薄い茶色で、毛先は緩いカーブを描いて四方八方に広がっているものの纏まっている様にも見える。


 そんなどこからどう見てもイケメンな見た目なのに、全体的な印象が薄い少年。

 灰岡良刀先輩。


 俺も、今目の前に現れるまで見た目を忘れていた。


「せ、先輩……。こちらの方は……?」


 七瀬くんは隣にいきなり知らない人が現れたというのに、動揺しつつも質問をしてくる。


「こちらは灰岡良刀先輩。3年生でまじない部の部員だ」

「どうぞ、よろしくお願いします」


 良刀さんはニコリと七瀬くんに微笑みかける。


「はぁ、どうも」


 そんな先輩に戸惑いつつも七瀬くんはつられて会釈を返す。


「それで良刀さん。そこにいたなら話は聞いてたと思うけど」

「そうですね。確か、恋愛相談でしたっけ」

「先輩!お願いしますっス!それほどの見た目なら、さぞ恋愛に不自由しなかったはずっス!どうか俺に金言を授けてください!」

「七瀬くん。その言い方微妙に失礼だよ」


 七瀬くんはもはや良刀さんに土下座をする勢いだ。

 しかし、良刀さんはその期待に反して困った様に微笑む。


「すみません。実は僕も、恋愛に関しては経験はないので、アドバイスなんて大層なことは言えませんよ」

「嘘だ!」


 この前モテて困るとか言ってたクセに!


 そんな非モテの俺の叫びに良刀さんは冷静に答える。


「確かに、見ず知らずの人から迫られたことはよくありましたが、僕には意中の女性はいませんでしたし、女性と喧嘩したこともありませんから。僕には仲直りの仕方も告白の仕方もわかりませんよ」

「さらりとモテ自慢してるところが俺の心に傷を残すからやめてくれませんかね!」


 要するに『モテまくってたから女の子に嫌われたことない』って意味だろ!

 嫌味すぎるわ!


 まぁ、それはともかくとして。


「良刀さんも役立たずか……」

「鈴鳴くん?さらりと僕のこと悪く言ってません?」


 俺は良刀さんを無視する。


「七瀬くん。悪いけどマトモなアドバイスはできそうにないや」

「そうっスか…………。いえ!聞いてもらえただけでも気が楽になったっス!ありがとうございます!」

「でも、わざわざ相談に来てもらったのにこんな結果っていうのはこっちが申し訳ないよ」

「………………キョーヘイ?」


 どうやら、俺の言い方を聞いて嫌な予感でもしたのか、奈月は恐る恐るといった感じにこちらを見ている。


 そんな顔をされても、俺の気持ちは変わらないんだけどな。


「ということで、俺達が七瀬くんと三日月さんの仲介を引き受ける」

「キョーヘイ⁉︎」


 こうして、驚き顔の皆さんを置いてけぼりにして俺は気合を入れるのであった。


  ■ □ ■ □ ■

 神楽木学園について、俺は詳しい話を知らない。

 そこそこ融通の利く学校だということは知っている。

 しかし、それだけじゃ学校が回らないのも事実。

 だから、この学校にも生徒会がある。

 普通の学校とは少し勝手が違うらしいけど。


 神楽木学園は基本的に生徒の意思を尊重する学校らしい。

 そのために、基本的に事務作業に近い様な業務は、教員とは別に事務員を多数雇い行わせているらしい。

 事務員は学校内の掃除などだけでなく、学内外の手続きなども行ってくれるらしい。

 例えば、部活動での施設の使用許可や大会参加の手続きや、部費の配分を決めたり、新しい部活動発足のための手回しなども全て事務員の仕事だ。


 いや仕事多過ぎだろ。


 また、生徒が個人の活動をしたいという時に支援を行ってくれるのも事務員らしい。


 そうして、事務員さんが仕事をしてくれているからこそ、生徒が自由に行動できる、ということなのだろう。


 事務員さん、黒子みたいだな……。


 それは別として、そこまでの業務を事務員が行っていると、逆に生徒会の仕事がほぼない様に見える。


 そう、神楽木学園の生徒会は、生徒の指針を決める組織で、裏方作業はしないのだ。


 神楽木学園では生徒会及びその傘下の組織とも言える委員会も生徒の自由な活動の範囲内ということで、生徒会と委員会に生徒を強制的に入れることはなく、自主的に生徒が参加できる様にしている。


 そして、生徒会は学校行事や校則など、学校について変えたい部分を話し合い、決定する組織だ。

 生徒からの要望を集め、その要望を反映させたりもするらしい。

 とはいえ、もちろん限度はあるが。


 そんな生徒会だからか、面白半分で入ろうとする生徒や本気で臨みたいという生徒が殺到することもあれば、人が集まらないこともあるらしい。

 一時期は生徒会自体なかった時もあるそうな。


 そして委員会について。

 委員会は、図書委員会、文化委員会、保健委員会、美化委員会、放送委員会など、全部は覚えてないけどこのくらいの数だったはずだ。

 委員会は部活動みたいに元々あった数以上は増やすことはできないらしいが、その委員会の中でやりたいことはできるだけやらせてもらえるらしい。


 例えば、保健委員は要望を出して保健室のベッドを増やしたり保健室を広くしたりしたらしい。


 いや、自由利きすぎでしょう。


 美化委員は進んでボランティア活動に勤しみ、町内清掃も月に一度行ってるとか。

 普通ならやりたくない行事だが、美化委員はそういったことを率先してやりたいという人がよく集まるらしい。


 そして、図書委員は聞いたままその通り、学校の図書室に入れる本を決めることが基本的な活動だ。

 貸し出しの手続きや本棚の整理は事務員さんがやってくれるから、そういった活動に図書委員が関わるのは、大体は善意からの手伝いくらいで、図書委員は話し合いをしているのが普通らしい。

 まぁ、本が好きでなった人がほとんどだから、話し合いは図書室で行われるらしいけど。


 さて、何故俺がこんなに長々と説明をしていたかというと理由は単純。


 例の彼女、1年六組、三日月葵さんが図書委員であり、今日は図書委員の話し合いもなく、図書室で本を読んでいるらしいからだ。


「…………で、なんであたしまで行かなきゃなんないのよ」


 現在、俺と奈月は図書室に向かって学校の廊下を歩いている。

 元々この相談に乗り気じゃなかった奈月は更にご機嫌ナナメだ。


「男の俺が1人で相手できるわけないだろ?後輩だし女の子だし、女のお前が一緒にいた方が何かと都合がいいんだよ」

あたしはコミュニケーション能力なんてないのよ?どうせあたしとアンタの2人で行ったら下級生をパワハラしてる上級生の図にしかなんないわよ」

「さらっと怖いこと言うなよ」


 そんなことになったらこれからの俺の学校生活は最悪なことになる。


「とにかく、俺が相手だと話しづらいだろうし、奈月が基本的に相手してくれよ」

「なんであたしがそんなことしなきゃいけないのよ。まずあたしはこのはなしにまだなっとくいってないんだから」

「この話って?」

「そうだんのことよ!あたしたちはこいのきゅーぴっどでもなんでもないのよ!いろこいざたなんてかってにやってなさいっていうのよ!」

「悪かったって。確かに俺達には関係ない話かもしれないけどさ、七瀬くんには重要な話なんだよ。ほっとけないだろ」

「そうやってなんでもかんでもくびつっこむんだから。キョーヘイのわるいくせよ!」

「とにかく、今の奈月の容姿なら警戒はそんなにされないだろうし、よろしく頼むよ」

「……は?」


 言われて奈月は自分の格好を見る。


 奈月は今、ダボダボの服を引きずっている状態だった。

 要するに、子供になっていた。


「はやくいいなさいよ!」

「ごめんなさい⁉︎」

「あと、こうこうにこんなこどもがいたらあやしまれるでしょうが!」

「盲点だった!」


  ■ □ ■ □ ■

 図書室に入ると、その女の子はすぐに見つかった。

 窓に近い席で、分厚い本に目を落としている女の子。

 綺麗な銀髪を束ね、右肩から前に流している。

 前髪にはデフォルメされた猫の髪留めがしてある。

 青く澄んだ瞳は黒縁の眼鏡に覆われている。

 七瀬くんから聞いた話だと、彼女は両親共に日本国籍のハーフらしく、綺麗な銀髪と青い瞳は祖父母譲りのものらしい。


「君が、三日月葵さんであってるかな」

「……そうですが、そういうあなた方はどなたですか?」


 彼女、三日月葵さんは怪しむ様に俺と奈月を睨んでいる。

 ちなみに奈月は事前に用意していた子供用の服に着替えている。

 いつ元に戻るかわからないからなるべくなら縮んだサイズぴったりの服は着ない方がいいのだけど、高校生サイズの服を引きずっている姿を見られればそれこそ怪しまれるので、以前2人で買いに行ったものだ。

 その時は奈月に『チョイスがダサい』だの『センスがない』だの屈辱的なことを言われたのを覚えている。

 ちなみに、戻る時でもある程度余裕が持てる様に服のサイズは現在の奈月の一回り大きいサイズだ。


「ごめん、紹介が遅れた。俺は2年の鈴鳴京平。最近できたまじない部っていう、生徒の相談に乗る部活動の部員なんだ」

まじない部……?」


 三日月さんは予想がついたのか、目を鋭く細める。


「それでこっちは………………」

「幼女誘拐ですか。警察沙汰には関わりたくないのでお引き取り願いますか」

「違うよ!なんで幼女連れてるだけで犯罪者扱いされなきゃいけないんだ⁉︎」

「キョーヘイ。そのいいかたはわりとあぶないわよ」

「ほら、幼女からも危ない人扱いされてるじゃないですか。ということでお引き取りください」

「違うから!俺は危ない人じゃないから!」


 散々ツッコミさせられて息が切れる俺。

 俺はゆっくりと息を整えてから改めて三日月さんに説明する。


「こっちはもう1人の部員の妹さん。今日は家に誰もいないらしいから放課後に部室に連れて来たそうなんだけど、連れて来た本人は用事があって今は俺が保護してるんだ」

「さらしきさつきよ。よろしく」


 そういう設定にしてある。

 こう言っておけばある程度は怪しまれずに済むだろうと以前奈月と2人で考えた案だ。


「それで、用件なんだけどーーーー」

「お引き取りください」


 一刀両断である。


「どうせ文彦に頼まれたんでしょう?あいつ、いざという時はヘタれて踏み出せないんだから。全く……」


 何か思うところがあるのか、三日月さんは眉間にしわを寄せる。


「とにかく帰ってください。それと文彦に言っておいてください。誰かに頼んだりせず自分でなんとかしろって」

「確かに、ここに来てるのが俺達なのは不誠実かもしれないけど、別に七瀬くんは俺達に謝らせようって考えてるわけじゃないんだよ」

「わかってますよ」


 三日月さんはため息を吐く。


「どうせあいつのことだから、どうしていいかわからなくて、先輩方の部活に相談に行ったんでしょう?それで、あいつはどうしていいかわからないって言うから、先輩方が私の方から仲直りする様に言いに来たんでしょう?」


 まるで見ていたかの様に語る三日月さん。


「別に仲直りしろなんて言うつもりはないよ。ただ、2人が話す機会を作りたいって思うんだ」

「機会?」

「一度、七瀬くんと会ってくれないか?日時や場所はそっちの都合に合わせるし、もし2人きりが嫌なら俺達だってその場に参加するから」

「ちょっとキョーヘイ。あたしはいまキョーヘイのいんそつでここにいるだけなんだから、そのばにはいけないわよ」

「あ、そっか」


 今、奈月が縮んでて、奈月の妹という設定使ってるの忘れてた。


「……まったく」


 三日月さんは俺達のやり取りを無視し、ため息を吐く。


「先輩方にここまでさせて、あいつは本当にヘタレなんだから。いっつも能天気にはしゃぎ回って、自分が窮地に陥るとワタワタ慌てて、自分が大一番の時は緊張で思う様にいかなくて、そのくせ他人が大変な思いをしてると自分のことの様に真剣に悩んで他人をほっとけなくて、他人が幸せそうだとまるで自分のことの様に喜んで、私のことだって、ほっとけばいいのにいっつも側にいて笑ってて…………」

「「…………」」


 途中から、まったく別の話になってるんだけど。

 七瀬くんがヘタレって話がしたいんじゃなかったっけ?

 困った人をほっとけないみたいな話はヘタレと関係無くないか?


「むこせいなおとこはひとだすけしたくなるせいしつでもあるのかしら」

「誰が無個性だ誰が」


 奈月が失礼な考察をしてくる。


「それにしても、もしかしてこのこ……」


 奈月が何かに気付いたみたいだ。


「この前のことだって、私が何年も待ってるのに、やっぱり言えなくて。いつもいつも、あと一歩ってところでやっぱり何でもないって……待ってる方の身にもなりなさいって言うのよ。何度私から言おうと思ったことか。それでも勇気を出して言おうとしてくれてるから待ってるっていうのに、この前なんて尊島さんの下着姿にデレデレしちゃって……」

「「……」」


 何の話をしているんだろうか。

 さっぱりわからない。


 奈月の方を見ると、呆れた様な顔をしていた。

 奈月にはわかっているんだろうか。


 ふと、奈月の体がビクッと震えた。


「あっ……」


 奈月の顔を覗き込むと、少し顔を歪めている。



 まさか………………。


「どうした?もしかして、トイレか?」

「なっーーー」

「1人だと場所わからないよな。こっちだ」

「ちょっ!」


 俺は抗議する様な奈月の目を無視して奈月を連れ出す。


「えっと…………」


 そして、人気の無さそうな場所を探す。


「こっち来い!」

「いたっ!ひっぱらないでよ!」

「じゃあこうだ!」

「ひゃっ!」


 腕を引いて連れて行くのが不服な様なので、俺は奈月をお姫様抱っこして走る。


「この辺で大丈夫か」


 そして、人がいないことを確認すると、奈月に服を渡し少し離れたところに移動する。


「ほら、待ってるから早く着替えてくれ」

「アンタ!あのばからはなれるためにしてももっとましないいわけあったでしょ⁉︎」

「小学生だし架空の人物だし、問題ないだろ」

「アンタはデリカシーってものをちゃんと覚えろ〜!」


 そう、さっきの震えは、奈月が元に戻る予兆だったのだ。

  ■ □ ■ □ ■

「邪魔するわよ!」


 そう言って図書室に入り、スタスタと迷いのない歩きで三日月さんの目の前まで来たのは、奈月だった。


「あなたは確か…………」


 見覚えがあるのか、三日月さんは何度も瞬きする。


「なるほど。さっきの子がどこかで見た様な気がしてましたけど、あなたの妹さんでしたか」

「三日月さん、奈月のこと知ってるのか?」


 奈月の後ろについて来た俺が尋ねる。


「当たり前でしょう?というのは大袈裟ですね。2年生の間では有名な話ですけど、一応他学年には薄っすらとした噂くらいしか来てないですし」


 よく考えれば、奈月は悪い意味で有名人だ。

 奈月が不良をボコボコにした話は少なくとも同学年の間では誰もが知る話だ。


「妹さんはどうしたんですか?」

「さっき部活の先輩に預けて来たわ。今はその人が面倒を見ているはずよ」

「用事があったんじゃないんですか?」

「さっき終わらせてこっちに合流したのよ」

「そのまま妹さんの面倒を見れば良かったじゃないですか。薄情なお姉さんですね」


 三日月さんの言葉の端々から『帰れ』という気持ちが俺でも透けて見える様だ。

 それくらい、三日月さんは今不機嫌を露わにしている。



 こんな状況で、三日月さんの説得なんてできるのだろうか。



 時は、数分前に遡る。


あたしがあの女のことを説得してみるわ」


 元に戻って早々、奈月がそんなことを言い出したのだ。


「急にどうしたんだよ。さっきまでやる気無かったのに」

「アンタに任せてたら何日掛かっても終わらないでしょうが」

「ひでぇ言われ様」


 まぁ、事実かもしれないけど。


 実際、俺は三日月さんの説得がどうすればできるのか悩んでたところだしな。


あたしに任せなさい。やると言った以上、あたしは必ず結果を出すわ」



 と、そんなことを自信満々で言っていたので任せているんだが、そもそも三日月さんは今取り付く島もない感じだ。

 無視されないだけマシだが、早く帰れと言わんばかりにこちらの痛いところを突いてくる。


「さっき妹から聞いたわ」

「?」


 奈月がいきなり三日月さんの言葉を無視して話し始める。

 流石の三日月さんも眉をひそめている。


「アンタ、あたし達のところに来た相談者のことよっぽど嫌いな様ね」

「…………は?」


 意味がわからないとでも言う様に三日月さんが首を傾げる。


「アンタがひどい言い様してたって妹も言ってたわよ。実際、あたしもアレはひどいと思ったのよ」


 ……おいおい、本当に大丈夫なのか?


 俺達は七瀬くんの仲介役を引き受けたのに、なんで七瀬くんの悪口を伝えてるんだよ。


「声は大きいしガサツだし相手のこと考えないし」

「は?」


「こっちが注意したらいきなり萎縮して申し訳なさそうにするだけで反省の色なんて見えないし」

「あ?」


「アンタも言ってたそうじゃない。普段は能天気なくせにいざとなるとヘタレて動けなくなるって。まさにその通りのダメダメな男だわ」

「…………ぁ?」


「そもそもウチに頼みに来る時点で、度胸がないヘタレダメ男なのよ。わざわざ相談するにしても、あたし達みたいな全く見知らぬ間柄の人間に縋って、本当に恥ずかしくないのかしーーー」

「いい加減にしなさい‼︎」


 机を叩いた様な大きな音と、怒鳴り声の様な大きな声が響き渡る。

 いや、実際、三日月さんが机を叩き、奈月に怒鳴ったのだ。


「……さっきから黙って聞いていれば好き放題言ってくれちゃって………………」


 三日月さんはワナワナと震えている。


「確かに文彦は能天気で何も考えてなくていざ自分がピンチになるとヘタレて一歩踏み出せない様な奴だけどね!あいつは困ってる人がいると見過ごせないし自分のことの様に親身になって一緒に悩んでくれるし自分のことなんて二の次に考えちゃうバカで、でもあいつは苦しい思いする時は絶対に自分のことじゃなく相手のことで辛い気持ちになる様な奴なのよ!あいつのことよく知りもしないで、あいつの表面だけ見てバカにしないでよ!」


 図書室に甲高い声が響き渡り、辺りは一気に静まり返る。


 俺も思わず驚いた。

 この子、こんな風に感情剥き出しになる子なのか。


 いや、さっきブツブツ呟いてた時も不満爆発って感じではあったが。


「なんで?」

「え?」


 奈月はそんな三日月さんに食ってかかる。


「なんでアンタはあんな奴のことそんなに庇うの?」

「は?そんなの、あなたの言い草が気に入らないからーーー」

「アンタはアイツに会いたくないんでしょ?アイツに対して怒ってて、顔も見たくないんでしょ?そんな相手のこと悪く言われたからって、なんでアンタは気に入らないって思うの?」

「ッ」


 ?


 俺はよくわからない。

 いくら自分が嫌いな奴でも、誰かの悪口を聞いて気分悪くならない奴なんているのか?


 悪口自体、聞いていて楽しいもんじゃないだろうに。


 そんな奈月のよくわからない言葉に対し、三日月さんは黙っている。


「…………」


 下を向いてずっと無言だ。


「そう」


 奈月が目を細める。


「そういうことなら、アイツにはアンタが相当嫌っていたって伝えとくわ。何せ顔も合わせたくない相手だものね」

「ッ⁉︎」


 何を言ってるんだ奈月⁉︎

 このままだと余計こじれるぞ⁉︎


 奈月は何食わぬ顔で踵を返し、図書室の扉から出て行こうとーーー。


「待って!」


 したところで、三日月さんに呼び止められる。


 三日月さんは苦虫を噛み潰した様な顔をしている。


「……す」

「え?なんだって?」


 奈月が耳に手を当てよく聞こえないという感じで聞き返す。

 これ煽ってない?


「私は!文彦のことが!大好きです!」


 図書室に響き渡るくらいの大声だ。

 三日月さんは真っ赤な顔でプルプル震えている。


「人と話すのが上手くいかなくてついつい本を読んで1人で過ごしてた私の側に何も言わずにいてくれた文彦が好き!日本人なのに日本人っぽくない身なりなのをからかわれてイジメられてた時に助けてくれた文彦が好き!こんな見た目でイジメられるから嫌いだった私の見た目を綺麗って褒めてくれた文彦が好き!」


 必死の形相で彼女は語る。


「小さい頃から好きです!好きになってもらえる様に色々努力しました!他の女の子と話さない様に極力自分の側から離さない様にしてました!」


 あれ、これ……流石に話しすぎでは?


「向こうから告白してもらえる様さらっとそれっぽいことを会話に混ぜたり、告白しやすい様な場所をセッティングしたりして何年も何年も待ってた様な重い女ですよ!これでいいですか!」


 ぜーぜーと息を切らしている三日月さん。

 流石に俺も驚いた。

 三日月さん、七瀬くんのこと好きだったんだ。


 ーーーーそこで、俺はあることに気付く。


「あ」

「なんですか。何か文句でもあるんですか!」

「いや、文句というか……」


 俺は三日月さんの頭を見る。


 正確には、猫の髪留めを。


「その髪留めと同じ様なの、七瀬くんもしてたなって」


「………………え?」



 三日月さんが驚いた様にこちらを見る。



「文彦が……まだ、この髪留めを?私の前じゃ………………」


 あれ?

 俺、何かマズイこと言ったか?


 そんな俺と三日月さんのやり取りは気にせず、奈月は扉の向こうに目配せする。


「それで?アンタの答えはどうなのよ?な、な…………えーっと…………まぁ、いいや、入って来なさい」

「ここでそのセリフは台無しっスよ!」


 七瀬くんは思わずツッコミしながら図書室に入ってくる。


 そう、俺達は部室に戻り、七瀬くんを図書室の前まで連れて来て待機させていたのだ。


「文彦…………!」

「……葵」


 三日月さんと七瀬くんはお互いに見つめ合ったまま動かない。


「その、髪留め」


 先に口を開いたのは三日月さんの方だ。


「まだ、付けててくれたんだ……」


 少し俯いて様子を伺う様にチラチラと七瀬くんを見る三日月さん。


「当たり前だよ。小学校の頃、2人の友情の証にってくれただろ」


 猫と犬の髪飾り。


 俺や奈月にはわからないけど、2人にとっては大切なものなんだろう。


「でも、最近私といる時に付けてなかったじゃない。中学の時も、授業中付けてなかった」

「それは……大切なものだから」


 七瀬くんは噛み締める様に呟く。


「この髪留めは、俺にとって葵そのものだよ。普段はおいそれと付けられない」

「今日は付けてるじゃない!」


 三日月さんが七瀬くんに近付く。


「いつもいつも!付けてないんだって、もう文彦は忘れちゃったんだって、ずっと思ってた!それでも…………私のこと好きでいてくれるなら、髪留めのことなんていいと思ってたのに」

「忘れるわけないよ!俺にとって、葵以上に大切なものなんて父さんと母さんとサッカーとバスケと野球くらいしかないんだから!」

「結構あるじゃない」

「今日付けて来たのは、今日が、俺と葵にとって大切な日になると思ったから」

「大切な、日……?」


 七瀬くんは、意を決した様に三日月さんを見つめる。


「葵。俺は……」

「文彦…………」


「俺は、ずっと告白していいのか、悩んでた」

「告白『していいのか』?フラれるのが怖かったんじゃないの……?」

「別に、フラれても、それが相手にとっての俺の価値だし、付き合うだけが人生じゃないから」

「じゃあ、なんで告白してくれなかったの⁉︎ずっと待ってたのに!」

「というか、俺が葵の事好きなの、そんなにわかりやすい?」

「わかりやすい」


 七瀬くんはショックを受けたみたいだけど、すぐに持ち直す。


「俺は、俺が葵に告白する事で、葵に迷惑をかけるんじゃないかって、心配だったんだ…………」

「迷惑?」

「俺のこと嫌いだったり、他に好きな人いたら迷惑だろ?」

「そんなこと……」

「それに、たとえ付き合えたとしても、付き合うことで俺が葵に迷惑かけるんじゃないかって」

「迷惑って何よ」

「俺が、葵のためにできることなんてないんじゃないかって、葵の側にいて、役に立てるのかって、悩んでーーー」

「何よそれ!」


 三日月さんが七瀬くんの襟を掴む。


「私は!文彦が好き!今まで言わなかったけど、大好きなの!」

「……うん、そうだとしても、こんな俺じゃあ………………」

「関係ないわよ!」


 三日月さんは叫ぶ。


「たとえどんなに迷惑かけられたって!たとえどんなにひどい目に合わされたって!私は文彦が好きで!付き合いたいの!私があなたを好きって気持ちだけで!これから先どんなに辛いことがあっても乗り越えられるって!私は信じてる!」


 ただひたすらに叫ぶ。


「私はあなたが好き!あなたが遊んでて側にいる時も、私が本を読んでいてあなたが側で話しかけていてくれる時も、ずっと幸せだった!だから、たとえ付き合っても、相手を幸せにできるのかとか考える必要なんてない!私は!あなたがいるだけで!幸せだから!」


 それは、愛の告白で。


 それは、叱咤激励だった。


「葵……」

「うん…………」

「俺が悪かった。結婚しよう」

「それはまだ早い!」


  ■ □ ■ □ ■

 結果として、七瀬くんと三日月さんは付き合うことになった。

 まぁ、大変なこともあるだろうけど、2人の様子を見ていると、なんとかなるだろうとは思った。

 後日、七瀬くんと三日月さんが部室にやって来て、ありがとうと何度もお礼を言ってくれた。

 七瀬くんがお礼にと色々と高価そうな品物を出そうとしたり俺達の手伝いをしようとしたりしてたけど、そんなものもらっても困るだけだし、手伝いに関しても奈月や良刀さんの事情からして迷惑だったからきっぱりと断った。

 それでも食い下がろうとする七瀬くんを三日月さんが引っ張って行ったのは印象的だった。


 七瀬くんは将来尻に敷かれるタイプだな。



「これで任務達成だな」

「任務って……あたし達のやってることは仕事とかじゃないじゃない」

「それもそうなんだけどな」


 現在、来ている依頼は一つもない。


 七瀬くんも、解決してもらったことを学年中に広めようかと思ってたみたいだけど、こちらとしては冷やかしで来られるのは困るし、何より俺達は好きで人助けをしてるわけじゃない。


 俺達は奈月や良刀さんののろいを解きたくて活動しているんだ。


 七瀬くんには極力人に話さないようお願いをしておいた。


「そもそも、あの依頼はあたしのろいと何の関係もないじゃない。そんなもの安請け合いするなんて、大損よ」

「でも、少しはいいことあっただろ?」


 七瀬くんと三日月さんが帰る時、俺は見逃さなかった。



 三日月さんが「ありがとうございました」と、奈月に微笑んでたことを。


 そして、奈月がそれに対してどんな顔をしていたのかを。


「………………フンッ」

「今後も、のろいに関係なさそうな依頼でも受ける。それでいいか?」

「……勝手にしなさいよ」


 まったく、素直じゃない奴だよ。

話の性質上、番外編扱いしようかと思いましたが面倒臭いので普通に本編扱いします

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