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呪い部  作者: 恋熊
神楽木学園呪い部誕生話
4/37

1話 少年は少女に誓う

 それは1ヶ月ほど前のことだろうか。


 ふと気が付くと、俺はいつも同じものを見てしまっていた。


 俺の視線の先、窓際の席に座っている彼女は、ついこの間、俺達の学年が2年に上がる少し前に転校してきた。

 茶色い髪にリボンがよく似合った美少女。

 それが彼女、更式奈月だ。


「あ〜。京平ってば、また更式さん見てる〜」


 不意に、後ろからそんな声が聞こえる。


「バッカお前、そんなんじゃねーよ」

「誰が馬鹿だ土下座しろお前」


 俺は素早く土下座する。

 周りがドヨッと驚きが伝わる。

 しかしそれも無理のないことだろう。

 同級生女子に土下座する高校生男子の図がそこにはあるのだから。

 しかしそれが俺と彼女だと気付くと、周りは普通に何事もなかった様に俺達を無視する。


「サーセンした!姐さん!」

「フッフッフッ。分かればよろしい」


 必死に土下座する俺と、不敵な笑みを浮かべる少女。


「で、更式さん見てたんでしょ?」

「いやいや、そんなことねーよ」


 俺と彼女は何事もなかったかの様に会話する。


「じゃあ何見てたのよ〜気〜に〜な〜る〜」

「そ、それは………………お前だよ…………」

「え…………それって………………」


 トゥンク。


 俺達は頬を僅かに染め、見つめ合う。


「………………」

「………………」


 まるで時が止まったかの様に見つめ合う俺達。


「いや全くの別方向でしょ見てないの丸分かりでしょ」

「あ〜やっぱりバレたか〜」


 冷めた目を向ける彼女と、しまったと頭に手を置く俺。


 俺は目の前の一緒にバカやっていた少女に目を向ける。


 女の子にしても一際背が低い彼女。

 裸を見たことは一切ないが、肉付きも身長に相応しているが、スタイルはいいと思う。

 とはいえ胸はぺったんこだが。


「おいそこのお前何か失礼なこと考えてるだろ」

「はっはっはっ滅相もない」


 髪は染めているわけでもないが色素が薄く、金色をしているがそこまで目立つ訳ではない。


 顔立ちも整っていて、美人なのに、なぜか学校内で人気がある訳ではないので、俺は内心疑問に思っている。

 彼女の名前は鳥羽愛澄とばあすみ

 俺の中学時代からの友人で、彼女ほど気が合う相手はいないんじゃないかと思う。


「というか、なんで俺が更式見てたと思うんだ?」

「そんなの…………京平のこと見てたからに決まってるじゃん…………」

「え?それって…………」


 トゥンク


「もうホントいつ性犯罪を犯すんじゃないかって気が気じゃなくて」

「わかる〜俺も今目の前のペタンコをどういじめてやろうか悩んでるからな〜」

「ギャー変態!」

「ウェッヘッヘお嬢ちゃんワシの飴をペロペロ舐めんかね?」

「その下ネタはないわ」


 さっきまでテンションの高かった愛澄は一瞬で冷めた目でこちらを見る。


「え?美味いぞ?」

「本物の飴だった⁉︎」


 紙に包まれた飴を1つ頬張り、手に幾つか他の飴を持ってる俺を見て驚く愛澄。


「え?本物の飴じゃなかったら何だと思ってたんだ?」

「え?あの、それは…………」

「ほらほら〜言ってみろよ〜何だと思ってたのお嬢ちゃん〜?」

「セクハラやめい!」


 俺は顔面に愛澄のチョップを受ける。

 中々筋がいいな。


「で?なんで更式さん見てたの?」

「いやぁ、ちょっと気になってな」


 俺は後頭部を少し掻く。


 更式奈月。

 彼女は学年全体での有名人だ。


 とは言えそれは美人だから、ではない。

 むしろ転校当初はそれで有名で、彼女の周りには人集りができていた程だが、今では彼女の周りに人は1人たりともいない。

 誰も彼女と目を合わせようとしないレベルだ。


 まぁ、それも当然だろう。

 あんなことがあったんだから。

  ■ □ ■ □ ■

『黙りなさい。あたしはあなた達の興味を満たすためにここにいるんじゃないの』


 それが、転校してきた彼女を珍しがって群がった周りのみんなにかけた彼女の言葉だった。


 その言葉にクラスメイトは驚いたものの、その一言だけで彼女が孤立した訳ではない。

 それはただのきっかけだ。


 それからも更式に声をかけた人間はいたが更式は全て無視した。

 更に、更式は授業中や集会中所構わず堂々と抜け出しどこかへと消えて、少し時間が経てば戻ってくるを繰り返していた。


 そしてしばらくすれば、そんな更式の態度に反感を買う人が出てくるのも当然だった。


 ある日の朝、更式の机の上には菊の花の入った花瓶が置かれていた。


 俺や他の数人はそれをやったのがクラス1柄の悪いギャルのグループであることもすぐに察したし、そいつらは机を見る更式の様子を見て盛大に笑っていたし隠す気はなかったんだろう。

 それからもギャルのグループは更式に対する陰湿ないじめは続き、エスカレートしていった。

 そしてそれは起こってしまった。


 更式はそのギャルのリーダーの前に立った。

 そのリーダーは「私がやったって証拠があるのか」みたいなことを言っていたと思う。



 そんなギャルの言葉も聞かずに更式はそのリーダーの顔面を何度も殴りつけた。



 周りのギャルが止めに入っても構わず。


 自分が殴られても構わず。


 自分の拳で、または、椅子や机で。

 手元にあった水筒で。

 終いにはカッターナイフまで取り出していた。


 先生に話が伝わって先生が止めに入る頃には、更式は周りのギャルにボロボロにされていたが、それ以上にギャルのリーダーはとんでもない状況になっていた。


 歯は全て折れ、顔はパンパンに腫れ上がり、もはや元の原型をとどめていなかった。

 下手したら失明していた可能性もあったらしいが、幸い全て入れ歯にして整形しなきゃいけないほど歯と顔をボコボコにされた程度で済んだそうだ。


 そんなことをすれば当然更式は停学、下手をすれば退学になる。みんながそう思っていた。


 しかし更式は何の処罰も受けず、逆にギャルのグループ全員が停学処分を受けた。



 それから、更式奈月は周りから恐怖され、誰も彼女に関わろうとしなくなった。

  ■ □ ■ □ ■

「気になったって……まさか恋?」

「あぁ、実は彼女のことを考えると夜も24時間しか寝れなくって」

「えぇ⁉︎本当に⁉︎京平それ本当⁉︎」


 いきなり動揺し出す愛澄。

 いつもはこれくらいの軽口当たり前なのに、いきなりどうしたんだろう。

 ボケをスルーされると意外に堪えるんだが。


「いや、冗談に決まってるだろ。いきなりどうしたんだよ」

「え?…………あ、あはは。そ、そうだよね〜!冗談に決まってるよね〜」


 そんなことを言う割には笑顔が引きつってるが。

 声も若干震えてるし。


「どうしたんだよ一体。何か悩みがあるなら俺に言えよ?俺にはお前がいないといけないんだから」

「え、それって…………」


 いきなり愛澄は赤面する。


「お前がいなきゃ、誰が俺のボケを拾ってくれるんだ!」

「自分で拾え」

「Oh……it's cool……」


 いきなり態度が豹変してしまった。

 これがゆとり世代というやつか。


「で、真面目な話、更式さんのことをどう気になったの?」

「そんなの、別に変な意味じゃねーよ。ただ、孤立してるから、脅してお金をせびるには丁度いいなと思っただけだ」

「十分変な意味だよそれ⁉︎」

「じゃあホテルに連れ込むには丁度いいと思っただけだ」

「よし京平くん拳で語り合おうか。あ、京平は手足使っちゃダメだよ?」

「なんで⁉︎なんでいきなりそんな辛辣な対応⁉︎」


 俺は修羅となった愛澄を全力でなだめる。


「冗談だよ冗談。ただ単につい見ちゃうだけだよ。何か特別な理由があるわけじゃない」

「う〜ん…………なんか納得いかないなぁ…………」


 愛澄は顔をしかめ考え込む。

 まぁ確かに、何の理由もなしについ見る、なんておかしな話だろう。


 俺も何の理由もなく更式を見てるわけじゃない。

 といっても、理由が恥ずかしいとか後ろ暗いというわけではなく。


 単に説明が難しいのだ。


 更式が孤立していることに、得体の知れない何かがある様な気がしてつい見てしまう、なんて、そんなことを言えば俺は電波扱いされるだろう。


  ■ □ ■ □ ■

 放課後、俺は先生から仕事を頼まれ、荷物を教室に置いて職員室までプリントを運んでいた。


 とはいえ、それは俺が学級委員だからとか真面目な生徒だからとかではなく、単に先生に捕まったからだが。


「何も悪いことしてないのに1人だけ居残りってのはキツイなぁ……」


 仕事を終え外を見ると、日も暮れ始め、部活に残っていた生徒も撤収し始めているのが見えた。


「流石にこれ以上残ってたらまずいか」


 俺は教室に向かう足を速めた。

 廊下を走ってもその廊下に生徒も先生ももういない。

 下校時刻もそろそろだ。

 そして俺は慌てて教室の扉を開けた。


 そこには、俺の机の上に座る更式がいるとも知らずに。


 ………………。

 何やってんだ更式?


「来たわね」


 更式はこちらを一瞥すると机から降りる。


「待ってたわよ。そこの…………一般人A」

「鈴鳴京平だよ⁉︎同じクラスだよ⁉︎クラスメイトの名前くらい覚えてろよ⁉︎」


 あまりにもな対応に俺も驚いてしまう。

 流石に一般人A扱いはあんまりだと思う。


あたしは別に他人のことを覚える気なんてないわ一般人S」

「名前が“鈴鳴”だからか?イニシャルにすればいいってもんでもないんだよ⁉︎」

「アンタ、テンション高いわね。もうちょっと落ち着かないと他人に嫌われるわよ」

「俺はクラスでそういうキャラで定着してて皆からも親しまれてるからいいんだよ!」

「そう思ってるのはアンタだけかもね」

「そんな厳しい現実は嫌すぎる!」


 俺は勢いよく頭を抱えるが、更式はジッと俺を見るだけでクスリとも笑わない。

 真顔で無言でただ見られるのは案外キツいものだ。

 ノリが悪いな。


「それよりも、アンタ。今日、あたしの話してたでしょ」

「ねぇ知ってる?そういうの自意識過剰って言うんだよ?」

「ブチ込むわよ」

「何を⁉︎」


 どうやら更式は俺の冗談がお気に召さなかったらしい。

 俺は大人しく白状する。


「話してたよ。それが?」

あたしに関わるのはやめなさい」

「は?」


 突然言われたことに俺はポカンとする。


「もう一度言うわ。あたしに関わるのはやめなさい」


 何か言おうかと思ったが、更式の鋭い眼光に何も言えなくなる。

 やがて、更式は嘆息する。


「そもそも、あたしに誰も関わらない様に見せしめもしたっていうのに」

「見せしめって………………」


 もしかして停学になったギャルのことだろうか。


 もしそうだとするなら、見せしめのためだけに顔の形を変えてしまうのはどうなんだろうか。


 もし友好的に近付いても顔をボコボコにされるんだろうか。


「お前さ、1人になりたいにしてもやり方ってもんがあるだろ」


 俺がそう言うと、更式は唖然とした表情を見せる。


「…………あたしが、1人になりたい?」

「え?違うのか?」


 周りにも話しかけるなみたいなこと言ってたし、周りから嫌われる様なことをわざとしている様な節もあった。

 だから1人になりたいんだと思ってたけど、違うのか?


「じゃあ、何か隠してることがあるんだろうなっていうのも間違いなのか?」

「っ!アンタ……」


 急に表情を厳しくし、俺に掴みかかろうとする更式だが。


「……更式?」


 唐突に、更式の動きが止まり、驚きの表情を見せる。


「なんで……今……」


 更式は苦しそうに声を絞り出しているかと思うと、急に動きが止まる。


 そして。


「あ、あぁ…………」



 体が縮んでしまっていた!




 いや、某名探偵のセリフを意識したところはあるけど、更式は4〜6歳ほどの子供になってしまっていた。

 彼女の着ていた服は、今の更式にはブカブカで、体に引っかからずに下に落ちてしまっている。

 そして彼女自身は立ったままなので、今、更式は全裸だ。

 幼女姿で。


 いや、正確には肩にブラが引っかかっているけれど。


「なにみてるのよへんたい!」

「わ、悪い!」


 いくら幼かろうと女は女。

 マジマジと裸を見るのは最低の行為だろう。

 俺は慌てて後ろを向く。


 一体、何があればこんなことになるんだろうか。

  ■ □ ■ □ ■

 それから少しして、俺は目の前の幼女と話している。


 服は更式が着ていたブカブカなものを、ところどころ縛って、着ているとは言えないが、肌を隠すように羽織っている。


 ちなみに彼女がそうやって服を着るまでちゃんと俺は後ろを向いていた。


「名前と年齢、それとお家の場所、わかる?」

「さらしきなつき、16さい、こじんのじゅうしょをとくていしようなんて、みさげはてたへんたいね」


 どうやら体が子供になった分舌足らずにはなっているが、精神は完全にいつもクラスで孤立している更式そのままの様だ。


「そこまで言われちゃ、別に記憶とかまで子供になったわけじゃないってわかるな」

「なによ。そんなことのためにわざわざじゅうしょをきいたの?まわりくどいわね」


 というか、更式とはきちんと話したことはないが、コイツ中々の毒舌だな。

 辛辣な言葉ばっかりでお兄さん泣いちゃうぞ。


「さて……」

「……ッ」


 本人確認もできたし、本題に入ろうとしたところ、更式が息を飲むのがわかった。

 しかし、何を緊張してるんだ?


「お前、1人で帰れるか?もう暗いし、そのままだと帰るの大変だろ」

「へ?」


 更式が素っ頓狂な声を上げる。


「へ?じゃなくてだな。送ってくって言ってるんだよ。……あ、でも親御さんがその姿見たらびっくりするか……」

「あ、あたしのこのすがたはいっていじかんがたつともとにもどるから、ここでしばらくひとにみられないようにやりすごせばいいわよ」

「あ、そうなの?でも結局、女の子1人で夜道は危ないし、送ってくよ」

「……なんで」

「?」


 何か気に障ったのか、わなわなと震える更式だが、俺は何がまずかったのかわからない。


「あたしのこのすがた、きにならないの?」


 そんなことを訊いてくる更式。

 なるほど。そういうことか。

 そんな、不安そうにしている更式に、俺は当然の様に返す。


「なんで?」

「……?」


 更式は意味がわからない、という様な表情で困惑する。

 いや、そんなに戸惑われても……。


「なんで俺がそんなこと気にしなきゃなんないの?」

「だ、だって……」


 更式は視線を落とす。


 今まで、こうやって小さくなる場面を見られて、色んなことがあったんだろう。

 それらはきっと、辛いことばかりで。

 だけど、そんなことは俺には関係ない。


「正直、そんなことは俺の知ったこっちゃないよ」

「ッ」

「俺は基本、平穏に暮らしたいタイプなんだ。わざわざ面倒事に首を突っ込むわけないだろ」

「…………」


 更式の表情は、乾いた笑みで固められていた。


 わかっていたことなんだろう。


 普通なら気味悪がられる様な現象が自分の体で起きているんだ。

 他人に見られたらどうなるかなんて、更式自身がよくわかっている。


「だから俺はお前の知られたくないことなんてわざわざ訊かない。その代わり……」


 俺は更式の頭の上に手を置く。

 ちょっと犯罪臭いけど、幼女の頭って丁度いい位置にあって撫でるのクセになりそう。


「お前の話し相手くらいになら、なってやるさ」

「え?」


 更式が顔を上げる。


「お前がそうなるのバレるのが怖いなら、俺にならもうバレてるんだから。だから俺と話そう。俺と遊んで、高校生らしく買い食いとか、共通の話題で笑い合ったりとか、しよう」

「…………」


 更式は、1人になりたかった。


 だから他人を突っぱねてたし、他人に嫌われる様な横柄な態度も取っていたし(さっきから話してる感じだと素かもしれないけど)、騒ぎも起こした。

 でも、1人になりたかったのは心の底からじゃないんだ。

 更式は突発的に一定時間、子供の姿になる。

 そんな事になれば、更式はきっと周りから嫌われたり、面白がられたり、見世物にされたり、ロクな事にはならなかっただろう。


 だからそれを隠すために1人になり、他人と接する時間を極端に無くしたんだ。


 授業中なんかに先生にも断りを入れずに抜けたりするのも、きっと子供になる前兆みたいなのがあって、皆の前で子供にならない様にどこかに隠れに行ったんだろう。

 きっと、更式奈月という少女は、本当なら寂しがり屋な女の子なんだろう。

 だから。


「困ったら、俺が助けてやる」

「ッ」

「お前が皆の前で子供になりそうになったら、俺が誤魔化してやる。お前が他に友達が作りたいんなら、協力してやる」

「…………」

「だから、俺はお前の面倒臭い事情なんか聞いてやらない。何も聞かずに友達になる。それが1番簡単で楽だろ」


 俺は更式に笑いかける。

 そんな俺の態度に更式は。


「…………あぅ……」

「へ?」



 更式はいきなり泣き出してしまった。



「ばか…………ばかぁ…………」

「え?ちょっ、何?何なの?」


 まるで子供の様に泣きじゃくる更式に、俺は動揺することしかできない。

 なんで泣くの?


「あたしのことしらないくせに……なんでそういうことするの……」

「なんでって、俺は面倒臭いことは嫌いなの。だから俺がしたい様にする」

「この、おひとよし……」

「ん?」



 更式の動きが急に止まる。


 そして、徐々に身体が大きくなる。

 手足が伸び、子供の姿が元の16歳の体へと成長する。


 そして、体に結んでいた服も解け、下にパサリと落ちる。


 そこにいたのは、完全な全裸の更式だった。



「………………」

「………………」



 ………………うん。


 その後、俺が更式に平手打ちを食らったのは言うまでもない。

  ■ □ ■ □ ■

【更式奈月view】



 結局、あたしは一般人Sに送ってもらうことになり、あたし達は隣に並んで歩いている。


「…………」

「…………」


 流石に、さっきの裸を見られたことは、あたしと相手の間に気まずい雰囲気を流してしまった。


 そんな空気の中、私は考える。




『困ったら、俺が助けてやる』




 そんなこと、今まで言われたこともなかった。


 あたしは、自分で言うのもなんだけど、普通の人よりは裕福な家庭で優秀に育った。

 両親はあたしが何かできれば褒めてくれた。

 あたしとしてはできることをしたまでだったから、あたしはできることをすれば褒めてもらえるのだと勘違いしてしまった。



 小学1年生の段階でもう連立方程式はできていたし、簡単な小説なら10冊くらい読んで簡単な考察も書けた。

 ニュースについても理解していたし、外国語も簡単な文法と慣用句は覚えていた。

 生物の種類や構造についても理解できたし、化学式も一通り覚え、簡単な運動方程式も解いた。

 運動についても、小学1年生の時点で50m走を7秒台で走っていたし、走り幅跳びも2m、走り高跳びも自分の身長より高いバーを超えられていた。


 あたしは、自分ができることが、当たり前の事だと思っていた。


 他の人もできるだろうし、これが普通なんだと思っていた。

 だからどんどん勉強も運動もしていった。


 できるからやった。

 そうすれば褒めてもらえる。

 その一心で。


 気が付けば、あたしの周りには誰もいなかった。

 あたしは、1人だった。


 友達なんて1人もできず、皆があたしから遠ざかっていった。

 あたしの事を褒めてくれた両親すら、あたしの事を化物でも見るかの様な目で見る様になっていた。

 それでもあたしは必死に頑張った。


 勉強や運動だけでなく、行儀や周りへの配慮ができる様に、何でもした。


 それが逆効果だとも知らずに。


『子供のクセに大人ぶっている』


 そんな事を言われたのはいつからだったろう。

 あたしは、小学校を卒業する頃には、遂に子供ですらなくなっていた。

 他人への配慮ができて、言われなくても行動して、相手の意見を聞き入れながら相手にも受け入れられる様自分の意見を相手の耳障りの良い様に説明して。


 そんな風にしてクラスを掌握してしまっていた。


 クラスの皆は私に優しくなり、あたしの言いなりになってしまった。


 それはもはや洗脳に近かった。


 周りの大人からはますます不気味がられ、誰もあたしに子供を関わらせない様にした。



 いつのことだっただろう、あたしは母親に言われてしまった。


『貴女が子供なら良かったのに』


 それと同じくらいの時期から、あたしの体は不定期に子供になる様になった。


 周りからは更に不気味がられ、上履きや教科書を捨てられたりする様になった。


 どんな時も、あたしは1人だった。


 一生懸命勉強して運動していた時も。

 クラスメイトに耳障りのいい言葉をかけ、あたしの言葉に依存する様にしてしまった時も。

 あたしが子供の姿になる様になり、周りからイジメられた時も。


 何をしても1人だった。


 だから、助けてやる、なんて言われたのは初めての事だった。


 普通なら、不気味がって近寄らない様になるのに。

 興味本位であたしの傷付きやすいところにズカズカと踏み込んで来た奴もいるのに。

 彼は、そうしなかった。

 何も聞かずに、あたしの事を受け入れてくれた。


 隣にいる彼を見る。

 彼はあたしより身長も高く、歩幅も大きいのに、あたしの歩く速度に合わせてくれている。


「…………バカ」

「ん?何か言ったか?」

「何でもないわよ。バカ」

「誰がバカだ誰が⁉︎」


 頼んでもないのに合わせてくれて。

 頼んでもないのに送ってくれて。

 それに何より。

 頼んでもないのに、あたしの側にいてくれて。


 これがバカじゃないなら何なのよ。


 彼の名前は、何だったろうか。

 あたしは彼との会話を思い出す。


『鈴鳴京平だよ⁉︎同じクラスだよ⁉︎クラスメイトの名前くらい覚えてろよ⁉︎』


 鈴鳴京平。鈴鳴……。京平……。

 きょうへい……。キョーヘイ。


 うん、キョーヘイ……。覚えた。




  ■ □ ■ □ ■

【鈴鳴京平view】

 翌日の放課後。


「キョーヘイ。こっちに来なさい」

「は?」

「へ?」


 そんな更式の言葉と共に、俺は制服のネクタイを捕まれそのまま連行される。


 そんなあまりの傍若無人っぷりに、俺も、ついさっきまで俺と話してた愛澄も、更にクラスメイト達も呆然としていた。


 てっきり朝から話しかけられると思っていたが結局授業中すら更式の姿が見えず少し拗ね気味だった俺はぶっきらぼうに更式に返す。


「なんだよ。何か用か?」

「当たり前じゃない。用がなくても声をかける人なんているの?」

「そういう関係を友達って言うんだろ」

「友達だからっていう用があるじゃない」


 ああ言えばこう言う。

 押し問答である。

 そもそも、更式が何をしたいのかが俺にはまずわからない。

 ただ、俺のネクタイを引っ張りずんずんと進む更式に着いて行くだけだ。


「なぁ、どこに向かって…………」

「着いたわよ」

「?」


 更式が立ち止まり、俺は何となく更式が向いている方向を見る。


「部室?」

「そう、ここがあたし達の部室よ」


 そんな事を言う更式。

 なるほど。

 更式は新しい部活を立ち上げ、俺は無理矢理連れて来られ、勝手に部員にされた、と。



 いやいや、○宮○ルヒの○鬱じゃないんだから。


「ちなみにもう申請書はアンタの分も出して、顧問も確保しているわ。ちなみにウチの学園は部活動は4人からだけど、2人でも同好会として活動できるし、同好会でも申請すれば部室は用意してもらえるし学校公認の活動として認めてもらえるわ」

「なんという根回しの早さ!」


 なるほど、今日は朝から姿が見えないと思ったら、このために動いていたのか。


「じゃなくて!」

「何よ」

「どうして部活なんてやることになってるんだよ!」

「別にアンタ帰宅部でしょ?テストも毎回もそこそこの成績取ってるし、ちょっとくらい部活しても問題はないでしょ?何なら部室で勉強しててもいいし」

「そうじゃなくてだな!」


 確かに俺は話し相手になるとは言ったが、わざわざ部活まで作ってそれに付き合えるほど、俺も勝手を許してるわけじゃない。


「そう言えば、部活の名前を言ってなかったわね」

「人の話聞けよ!」



「その名も『まじない部』」



 更式のドヤ顔がキマる。



「……まじない、部?」

「そう、超常現象とかを調べたり、超常現象に困ってる人の相談に乗ったりするの」

「よくそんな内容で部活申請通ったな」


 神楽木学園は割と生徒の自由が大きく、生徒の活動の支援をしてくれたり、こうして更式がした様に簡単に部活動設立が可能だが、部活動は一応学校の活動という扱いになるため、活動内容が胡散臭いと弾かれることもある。


「その辺りについては、ちょっとしたコネがあるのよ」

「ふーん?」


 更式は声色的には平静を保っている様に見せているものの、視線をそらしている。

 おそらく深くは聞いて欲しくないのだろう。

 俺もそこはスルーする。


「それで、もうすでにオカルト部があるのになんでこんな部を立ち上げたかについてだけど」

「あるんだオカルト部!」


 胡散臭いとか言ってごめんなさい!

 オカルト研究もちゃんと部として認めてもらえたんだね!


 そんな俺の心の声とは別に、更式は真剣な目でそれを言葉にする。


「私達の活動の本当の目的は、『のろい』の解除だからよ」


 ーーーーー?


のろい?」

「そう、のろい」


 のろいと言えば、藁人形に釘を打ち付けたりするやつだろうか。

 だとすると、誰が呪われているというのか。


「ちなみに、のろいっていうのは私が勝手に呼んでるだけで、昨日キョーヘイも見た幼児退行のことよ」

「⁉︎」


 それでようやくわかった。

 わざわざ俺を部員にしたのは、更式の秘密について知ってる人間が俺しかいないからだ。


 それよりも。


「更式のそれって、なくせるものなのか⁉︎」


 のろいを解く、という言い方がそのままの意味なら、更式の幼児退行がなんとかなるかもしれない、ということだ。


あたしのこれは生まれつきのものじゃなくて、ある時期から突発的になったものなの。今までは1人でなんとかしてたから、原因を探る余裕なんてなかったのよ」


 しかし、更式の秘密を知る俺という存在ができた。

 だから更式は行動に移した、ってことか。


あたしに協力してくれるんでしょう?」


 ニヤリ、と更式はいやらしい笑みを浮かべる。

 言質は取ってある、とでも言いたそうな顔だ。


 言質を取られ、断る理由も潰され、書類上ももう成立してしまっている。

 これはもう、やるしかないか。


「よろしく、更式」


 俺が握手を求めて手を差し出すと、更式は不満そうに首を横に振る。


「奈月、って呼びなさい」

「…………」


 俺は思わず驚く。

 だけどすぐに決意は固まる。


「よろしく、奈月」

「よろしい」


 俺の握手に奈月が応じる。


 こうして、俺と奈月の、のろいを解くための一歩が踏み出された。

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