バレンタインデー
「寒ぃ…」
幸い雪は降っていないものの、積もり積もった雪が冬だというのを実感させてくる。
通学路にはジャンパーやコートを着込んだ生徒がわいわいと談笑しながら歩いている
談笑はしてないとはいえこの俺、地横玲斗も通学しているという点ではその中の一人だった。
今日はついてねぇな…融水のせいで靴の中まで濡れるし、その融水で融けた水を走行中の車にかけれるし…
てか融水のなかで1つだけめちゃくちゃ勢い強いやつなんなの、いつ直んだよこら
まぁでも逆に考えろ…こんだけ朝からついてないのは後々くる幸運のための布石なんじゃないかと…!
そんなことを考えながら俺はここ、我阿奈高校に着いた。
「玲斗!玲斗!どうだった?」
いつも通りに席に着くとこれまたいつも通り友人の友田力が声をかけてきた。
「どうって何がだよ?」
「何がって今日何の日か知ってるだろ?」
「今日って2月14日…あーバレンタインか」
「そそ!何本当に忘れていたわけ?」
「わりぃ、わりぃ俺興味ないものは覚えられないんだよ」
嘘だ、忘れるわけなんてないし、昨日なんて小学生の遠足の前日並みにワクワクが止まらなくて
結局眠れなかったくらい興味がある
「なんだよそれ、まぁでもここにいるってことは下駄箱で靴を履いてから来ているってことだろ?
入ってなかったのかよ?」
「ちゃんと見てないから分かんねーな てか今時そんな古典的なところに入れる女子いんのかよ?」
嘘だ、開けてから5分くらい下駄箱の中を見回してから閉めて
出席番号を最初から数えた後、もしかしてと最後からも数えてちゃんと自分の下駄箱なのかを確認し
もう一度開けて5分くらい見回したくらいちゃんと確認はしたが入ってなかった
そういえば1学年のやつらが指差しながら何か言っているようだったが何言っていたんだろ
「さすがにいないか、なら机の中とかはどうだった?」
「あー俺置き勉してるから入る隙間自体ねぇわ」
嘘だ、今日この日のために前日に全教科の教科書をリュックに詰め込んで肩を痛めながら帰ったというのに
今日来て、空っぽの中の机に手を入れたら埃が入ってたよ
いやー思わず机の中で手をバンバンさせちゃったね
「なんだよ本当に興味ないんだな」
「人に聞いといてお前はどうなんだよ?貰えたのか?」
「実はな…」
そう言って友田はさぞ自慢げに一つの可愛らしい小包を見せてきた。
「後輩の子から貰ったんだ、まぁ義理だろうがね」
「へぇ~良かったじゃん」
くそう!くそう!くそう!!!なんでだよ!なんで俺が貰えないのにこいつが貰えるんだよ!
そりゃ友田はイケメンではないとはいえ、悪くもない普通の顔をしているが
今時名前が力だぜ?なんだよ力ってリキならまだしもチカラってなんだよ!羨ましいなチキショー
まぁ帰宅部の俺に後輩なんていないわけだし仕方ないといえば仕方ないか
「来たぜ来たぜ」「誰かに渡すのかな?」「俺にくれないかな~」
なんだか男子全体が騒がしくなりだした。
「来たみたいだぜ、うちのマドンナが」
「杏田のことか?」
「おお、さすがのお前でも杏田さんのことは知ってるのか!」
「少しだけだけどな、我阿奈高校一の美少女と言われ容姿もさることながら頭脳、スポーツ、性格、女子力 全てにおいてトップクラスで最大1日に8094回告白されたって伝説があるやつだろ」
「す、すげぇ詳しいな…すごい数告白されたことがあるとは聞いていたが正確な数聞いたの始めてだよ…
てか8094回ってうちの生徒そんなにいないんだけど…」
「諦めきれずに同じやつが何度も告白したんだろうな」
「すごいメンタルなんだねその人たち、それよりも玲斗がそんなに詳しいことに驚きだよ」
当然だ、彼女、杏田辺亜美については誰よりも知っている自信がある
そう、簡単に言えば俺は彼女に恋心を抱いているし付き合いたいとも思っている…二つの意味で
だがそんな俺でも彼女について唯一知らないことがある、それは…
「でも杏田さんそれだけ告白されても全部断っているらしいよ、付き合ったこと自体ないらしいし
2、3年生の間では杏田さんに振られたの会が出来てるらしいし」
そう唯一知らないことというのは彼女が好意を寄せる人がいるのかということだ
むしろそれを知らないで何が誰よりも知っているだと笑われるかもしれないが仕方がないのだ
以前女子の話を盗み聞きしたのだが仲良くしている女子たちにも話していないらしい
ただ誰とも付き合っていないということは処女確定であるのは間違いないであろう、うん、断言できる
「単純に好きなやつがいないんじゃねぇの?」
「まぁそうなるよね、でもやっぱ義理でもいいから貰いたいよね~チョコ」
おそらく友田と同じ考えの男子が多いのだろう
ほぼクラス大半の男子が彼女の周りを囲んでくだらない話をしてやがる
だが途中途中『チョコっと』とか『義理人情』とか話に挟んでるからさりげなさが全くなくなっている
それとその大半の中に混ざらず何しているんだがって顔している奴ら、お前らもチョコ欲しいんだろ…
ガン見しているのこっちから見ればもろバレなんだよ
そうこうしているうちに担任が教室に入ってきて、周りを囲んでいた男子らも急いで席に着き
STが始まった。
杏田は無理だとしても他の女子から義理でもいいから貰えないかな
そう期待しながら1時間目の後の休み時間、2時間目の後の休み時間、3時間目の後の休み時間とそわそわしながら待っていた。が、結局何も起こらず放課後を迎え、帰りのSTが始まってしまった。
くそう…今年も何も貰えず母さんからのチョコで我慢する年になってしまうのか…
「起立、礼!」
挨拶が終わりみんなが帰りだす、帰宅部の俺も当然することがないので悲しみに暮れながら
教室を後にしようとした時、自分を追い越し横を通っていく女子生徒からかすかな声が聞こえてきた。
「体育館の裏に来て…誰にもバレないように」
思わず俯いていた顔をあげ、前を行く女子生徒を確認すると、それは間違いなくうちの高校のマドンナ
杏田辺亜美だった。俺は言われた通り最善の注意を払いながら体育館の裏へと向かった。
「や、やぁ地横君」
着くと手をモジモジさせながらマフラーに顔を埋めた彼女が確かにそこにいた。
「お、おう そ、その、な、なんか用かな?」
平然を装うとしても口が上手く回らず早速噛んでしまう、緊張で冬とは思えないほどに体が火照っており
死ぬんじゃないかと思うほどに鼓動が速くなっていた。
この音聞こえてないよな…!顔赤くとかなってねぇよな…!ああもう!めっちゃ緊張する!!!
「そ、その良かったらこれ貰ってくれないかな~って」
恥ずかしそうに彼女は白い袋を差し出してきた。
「あ、ありがとう、も、貰うよ」
差し出された袋を手に取り中身をチラッと見ると可愛らしい小包が見えた。
「えへっ、どういたしまして!」
あ、やっぱ朝の不幸は布石だったのか…
やべぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!この笑顔待ち受けにしてぇぇぇ!!!
滾る衝動を抑えながら俺は軽く会釈をした。
「それじゃ私そろそろ帰るね!じゃあね地横君」
そう言って彼女の姿が見えなくなった後、俺はしばらくその場で悶え苦しんだ。
そして悶え終えた後はいつもの通学路の勢いの強い融水装置や雪が融けて出来た水たまりに感謝しながら帰った。家に到着すると部屋へ直行し袋から小包を取り出す。
本当は冷蔵庫で冷ましてからゆっくりと味わいたいものだが冷蔵庫に入れるということはチョコを貰ったということが家中に知れ渡るということと同義なので却下だ。
ゆっくりと丁寧に小包の梱包を解くと美味しそうなチョコレートクッキーが5つほど入っていた。
やった…今でも信じられないけど俺はあのマドンナからチョコを…多分本命のチョコを貰ったんだ…!
「いただきます…!」
涙を流し喜びを噛み締めながらクッキーを口に運んだ。
美味しい…本当に手作りなのかと疑うレベルに美味しいよ…いや例え手作りじゃなくても嬉しいけどね
さすがの女子力…そういえば調理自習で土瓶蒸し作ってたよな、あれすげぇ上手かったし
そんな人のチョコが食べれるなんて俺はなんて幸せなんだ
喜びの涙で床を濡らしていると口の中に何か違和感を感じた。
この独特な舌に絡みつく感じ…髪の毛かな?俺の手にでも付いていたかな
そう思いながら舌に付く異物を取るとやはりそれは髪の毛らしきものだった。
なんだやっぱり髪の毛か…えっ?
よく見るとその毛はカールを巻くようにくるくると縮れていた。
これって…陰毛?うええ!マジかよ!自分の陰毛食いそうになるとか最悪だよほんと うええ…
「気を取り直してもう一個食べよ…手には何もついてない…な!よし!」
手を念入りに払いもう一度あの幸せを噛み締めようとクッキーを食べた。
やっぱ上手いな~これ、食べてしまうのがもったいないぜ…まぁでもこういうのが贅沢って言うんだろうな
はぁ~やっぱ俺は幸せも…ん?
またあの独特な感じがし口から取り出すとまたもやカールがかった陰毛が舌に張り付いていた。
「どういうことだ…今確かに手を払ったから間違って口に入るわけがない…じゃあ…まさかな…」
そんなことはありえないと思いそれを証明するかのように3つ目を口に運ぶ
だがそれは最も恐れていたほうの証明になってしまった。
俺はそっと小包の蓋を閉じ風呂へと向かい、あらかじめ沸いていたのであろう湯船につかった。
「あのチョコクッキー…陰毛が入ってる…どういうことなんだ」
俺は水面に顔をつけ必死になって考える。
まさか杏田は俺に対する嫌がらせで…いやそんなことする子じゃないし
第一あの恥ずかしそうな態度は本物だ…まぁ陰毛入りチョコなんて渡すのそりゃ恥ずかしいだろうが
いや、待て、これは事故なのかもしれない…たまたまチョコを作っているときに陰毛の手入れをしていて
その毛がチョコの中に…ってなわけあるかぁぁぁッ!!!!!
俺はのぼせるまで風呂の中で思考を巡らせたが納得のいく考えは浮かばず仕舞いだった。
風呂から上がりもう一度小包の蓋を開けクッキーを全部食べてみる
すると想像通りすべてのクッキーの中に陰毛が入っていた。
俺はその5つの陰毛を机の上に並べて鑑賞することにした。
「うん、綺麗だな!キューティクルも痛んでないしさすがの女子力だ!って何言ってんだよ俺…
明日から杏田とどう接していいのか分かんねぇよ…」
そりゃまぁ杏田のことは好きだ、陰毛を入れられたくらいで嫌いになるほど軽い恋なんかじゃない
むしろ陰毛を入れたくなるほどの好意を俺に抱いてくれていたのだと知り、少し喜びもある
これが杏田じゃなければ千年の恋も一瞬で覚めるレベルのことだがな…だが逆を言えば
杏田がやったから困っているんだよな…そういう下ネタから一番遠いやつと思っていた分対応が分からねぇ
これ本人に聞いていいのだろうか…なんで入れたの?って聞いていいのだろうか…分かんねぇ…
ひとつ分かるのはこのまま考えていても答えは絶対に出ないってことだな、諦めて寝るか
そうして俺は悶々としながら寝床についたのだった。
いつも通り俺は学校に登校し席に着いた。
「玲斗、玲斗ー聞いたか?」
「ん?何がだ?」
「振られた会の人達に聞いたんだけど杏田さん結局誰にもチョコあげなかったらしいぜ」
「へ、へぇ~」
「やっぱいないのかね好きな人」
「そう…なんじゃないか」
どうやら誰にもバレてないのか
朝から全男子に袋叩きにされるんじゃないかと思っていたがその心配はいらなそうだな
「おはよ」
「辺亜美おはよ~」
「あ、杏田さん来たみたいだね、まぁなんのせ玲斗もチョコ貰えないで残念だったね」
「お、そうだな…」
4限が終わり昼休憩になったとき俺はさりげなく杏田の傍へ向かった
彼女は少し照れているのか俺が近づいてくるのを見るなり驚き、顔を少し背けた。
「お、玲斗が杏田さんに話しかけるなんて珍しいじゃん」「お前もか~」「まぁそうだわな」
周りの男子がウザいくらいに絡んでくる。
「ま、まぁな、珍しいと思ってくれるならこの時間は俺一人に譲ってくれないか?」
「ん~まぁいいぜ」「せいぜい頑張れよな~」「絶対無理だろうがな」
どうやら俺の頼みを聞いてくれたのか囲いは散り、俺と彼女だけの一廓が出来上がった。
まぁあいつらも絶対に杏田は好きな人がいないと思っているから余裕なのだろう
「…そのありがとな、美味しかったぜ」
「…う、うん…」
一応聞こえたらまずいと思いお互い小声で話すことにした。
「…そ、その隠し味とかってあんのかあれ?」
「…特にはないかな、レシピ通り作ったし」
嘘つけ!どこのレシピ探しても陰毛を少量なんて書いてねぇよ!!!
どうする…聞かないことにしてなかったことにするか…うん…そのほうが…
「なぁこれ見ろよ!」
「ん?Twotterか」
「なんでもバレンタインのチョコの中に経血入れたやつがいるんだって」
「うっそマジかよ!頭イってんだろそいつ」
うおおおおおいいい!!!糞男子共!なんちゅうタイミングで言ってくれんだよ!
まぁ少なからず同感だけどな 最悪だ…杏田あんなこと言われてどんな顔をして…
「…聞いた?す、すごい女の人もいるんだね!」
えぇぇぇぇぇ!あんたも似たようなことやっているんだけど!!!女性にとって血と毛じゃ大分違うの!?
「…そ、そうみたいだな」
「ふふっとりあえず喜んでくれたのなら嬉しいな!」
彼女は満面の笑みを浮かべた。
まさか憧れのあの子から貰ったチョコに陰毛が入っているとはな…まぁでもこの笑顔が見れたんだから
良しとするか…ヘタレの俺には告白なんてまだ先の話だな…
でも両思いなのは多分確実だしタイミングさえあれば…そうだホワイトデーに告白しよう!
俺は一つかたい意思を心に持ち、今はこの瞬間を精一杯楽しむことにした。
ノリで書いたのでホワイトデー編があるか不明です