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再会

 竜の王の話を聞いたクリスとイブは、どうしてよいのかわかりませんでした。

 ただ、なんとかしなければ、という気持ちばかりがつのるばかりで、眠りについた母親を見つめることしかできません。


「王よ。この子たちの母親はまだ生きているんですよね?」

「むろんだ。その子たちの持つ石は、我が娘の鱗を削ってつくられたもの。それが光を灯しているということは、まだ娘の命はあるということだ」


 たずねるアッシュに王が答えます。

 クリスとイブはペンダントを、ぎゅっと握りしめました。弱いけれど、触れると胸が温かくなるような光がしっかりと宿っています。


「……なら、心配はいらないな。なんとかできるかもしれない」


 アッシュの言葉にクリスとイブは振り返りました。王もまた、聞き捨てならないとアッシュをにらみます。


「王よ。彼女が人になるために不完全となった術を、完成させましょう。そうすれば、力はなくなり、呪いも解けるはずです」

「術を完成させるだと? お前は、完成に必要なものが何かわかっているのか?」

「もちろんです。あふれてしまった力を引き受ける誰かがいればいいわけですよね」

「アッシュ、それはどういうこと?」


 たずねるクリスに、アッシュはやさしげな笑みを浮かべました。


「今、君たちのお母さんは持ち切れない力を抱えて苦しんでいる。それを代わりに持ってあげようって話さ」

「それをお前が行おうというのか? 話を聞いていればわかるだろう。人の身で竜の力をえようなど、無理な話だと」

「ええ。だから、俺は人であることをやめます」


 アッシュは肩をすくめ、まるで何でもないことのように言いました。


「クリス、イブ。お父さんから聞いたことはないかい? 人に生まれ変わった、竜の話を」

「え?」


 アッシュにたずねられ、二人は夜ごとお父さんがしてくれた話の中の一つに、そんな話があったことを思い出しました。

 その話は、親を失った竜の子供が人となり、冒険者に拾われるという話でした。ただ、その話には変わったところがありました。

 それは、結末がまだなかったということです。冒険者に拾われた子どもが、果たして幸せになったのか、その後のことは語られてはいませんでした。 


「実を言うと、その話を教えたのは俺なんだ。最後まで、正体は明かさなかったけどね」


 アッシュは王を仰ぎ見ます。


「俺の親は人間に殺されました。親は俺を逃がすために人の姿にしたのです。そのときの俺は、まだ幼く力も弱かったから、竜の力を捨てることも簡単だったんでしょう」

「まさか……そんなことが」


 アッシュの告白に王は言葉を失いました。それは、クリスとイブも同じでした。


「すでに人の身である俺には、竜の術は使えません。だから、王よ。あなたの娘の力を俺に授けて下さい。そうすれば、俺は再び竜へともどることができる」

「いや、待つのだ。仮にお前の話が本当だとしても、それはならん。我が娘の力は、王の力。並の竜に……ましてや、既に人の身であるお前一人が受け切れるものではない」


 今や娘の力を抑えられるのは、王だけでした。王も年老いているため、全てを抑えきることができないから、山が吹雪で閉ざされているのです。


「なら、この子たちにも手伝ってもらいましょう」


 そう言うと、アッシュはクリスとイブの肩に手を置きました。


「この子たちは、あなたの娘の血をついでいる。資格は十分あると思います」

「それこそ、バカな! そのような幼い体に耐えきれるものではない!」

「もちろん、力のほとんどを受け継ぐのは俺です。あくまで、補助をしてもらおうという話です」

「王様! やらせてください!」

「わたしたちに、お父さんとお母さんを助けさせて!」


 アッシュの提案を後押しするように、クリスとイブは王に向かって叫びます。王はまゆ毛の間のしわを深く深くして、しばらくの間考え込んでしまいました。

 ですが、やがて王は大きく白い息を吐きだすと、三人に真剣なまなざしを向けました。


「失敗すれば命を落とすことになる。お前たちは、二度と父親にも、母親にも会えなくなるぞ」

「はい」

「例え成功したとしても、お前たちが人であり続けられる保証はない。父親と母親を助けられたとしても、共に暮らすことはできなくなるぞ」

「はい」

「……わかった。お前たちの覚悟を認めよう」


 王は言うと銀のたてがみを震わせて立ち上がり、祭壇で眠る娘を見下ろしました。


「娘よ。お前も子供たちの覚悟を聞いたな。ならば、受け入れよ。そして、信じてやりなさい」


 王の声に答えるように、クリスとイブのペンダントが強い光を灯しました。見守られているような心強さを感じた二人は微笑み合い、アッシュと手を繋ぎます。


「大丈夫。必ず成功させよう」

「うん!」

「ええ!」

「……では、はじめるぞ」


 ずしりと王が床を踏みしめると、祭壇を中心に周りの空気が集まり渦を巻きだしました。

 白く、白く、王とクリスたちを飲みこまんばかりに祭壇を覆う氷の量が大きくなります。

 アッシュ、クリス、イブは互いに手を握る力を強くしました。三人の足元にはすでに氷が伝い、動かすことができません。ですが、歯を食いしばって耐え続けます。


「行くぞ……受け止めるがいい……!」


 王が高らかに吼えると、祭壇に集まった空気が光り輝かい、神殿を飲みこみました。

 アッシュは全身に駆け巡る熱さに声を上げそうになりましたが、堪えました。手を繋いだクリスとイブは、小さい体を震わせながらも懸命に耐えていたからです。自分だけが弱音を吐くわけにはいきません。

 一瞬とも、とても長い時間のようでもありました。三人の意識はいつしか途切れ、凍える空気に飲まれていました。


 そして、クリスとイブが目を覚ましたときです。

 床に倒れた二人は、大きな白い翼の中に包まれていました。目の前には、優しげな眼差しを向ける白い竜の顔がありました。


「アッシュ、なの?」

「ああ、ありがとう。君たちのおかげで、術は成功したよ」


 竜となったアッシュが翼を広げると、祭壇を覆っていた氷は滴となって弾けました。クリスとイブは立ち上がり、眠る母親の姿を見つめます。王もまた、かたずを飲んで娘の様子を見守っていました。


「おぉ……」


 王は震える声で息を吐きました。娘のまぶたが、ゆっくりと開かれたのです。

 王と同じく、氷のように透き通る青い瞳。ですが、いまや氷は溶け、彼女の瞳からは温かな滴が流れ落ちていました。


「お父様……申し訳ありません……」

「もうよい。お前の声を聞くことができて、わしは満足だ」


 王は静かに語りかけると、長い首を伏せて娘に頬を寄せます。娘は腕を伸ばし、王の首を優しく抱き締めました。

 そして、王の首から手を離れた娘は、祭壇を降り、クリスとイブにやさしく微笑みかけました。


「クリス、イブ……本当に、あなたたちなのですね」


 涙を拭いもせず、娘は二人に駆け寄り、ひざをつくと胸に抱き寄せました。


「まさか、もう一度あなたたちをこの手に抱けるとは思いませんでした……」


 ふわりと、甘く懐かしい香りを二人は感じました。このとき、ペンダントを握ると感じていた胸の温かさの正体を、ようやく二人は知ることができたのです。


「よかったね。クリス、イブ」


 アッシュは親子の再会を心から祝福しました。クリスとイブも、ようやくそのことを実感できたのか、顔をくしゃくしゃにして母の胸にしがみ付き始めました。


「お母さん!」


 わっ、と神殿に二人の泣き声が響きます。娘は我が子たちが泣きやむまで、愛しそうに二人の髪をなで続けるのでした。

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