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 クリスたちを乗せた白竜は北の山の頂上へと着きました。そして、真下に広がる景色に、クリスたちは口を揃えて叫びました。


「穴だ……!」


 山頂には、とても大きな穴がありました。底は深く真っ暗で見えず、今にも吸い込まれそうでした。


「ここが、私たちの暮らす竜の巣穴です。降りますよ」


 白竜は言うと、ゆっくりと穴の中へと降りて行きます。すると、ぽつりぽつりと、岩肌から白い光が灯り、穴の中を照らし始めました。

 まるで光る雪のような、美しい光景でした。ですが、目が慣れ始めると、それがただの光でないことがわかりました。

 穴の壁には多くの横穴が開いており、そこを巣穴とする多くの白竜たちがいたのです。

 光の正体は、白竜がまとう光り輝く鱗でした。

 気が付けば、クリスたちを乗せる白竜と、白竜の子供の鱗も光を灯していました。

 多くの仲間たちの光に導かれるように、白竜は穴の底を目指します。


「見えてきました」


 穴の底には氷でできた、白竜の身体よりも大きな神殿がありました。神殿の周りの空気は白く色づき、とても冷たいものになっています。

 白竜は神殿の前に降りると、首を持ち上げて鳴き声をあげました。


「王よ。ただいま戻りました」


 白竜の声に答えるように、どすんと大きな足音が神殿の入口から聞こえました。そして、現れたのは穴にいるどの白竜よりも巨大な身体を持つ、銀色のたてがみとひげを生やした竜でした。

 顔には深いしわがいくつも刻まれており、かなり年老いているようでしたが、氷のような瞳は鋭く、開かれた口から漏れる白い吐息は冷たく空気を凍えさせるものでした。


「ご苦労だった。しかし、なぜ人間を連れて来た?」


 老いた白竜の王は、白竜の手に乗るクリスたちをじろりと睨みつけて言いました。低く唸るその声から、怒っていることはすぐにわかります。


「我が子を救ってもらいました。その礼として、この子らの願いを聞き届けたのです。王よ、あなたにお話しがあると」


 白竜は言うと、クリスたちを降ろしました。


「さあ、あとは自分たちの口でお言いなさい。私にできることは、ここまでです」


 クリスとイブは白竜を振り返り、頭を下げました。そして、王の前に進みます。


「竜の王様。僕たちのお父さんを助けてあげてください」

「お父さんを許してあげて」


 二人の子供のうったえに、王は眉間のしわを深くしました。


「人の子よ。順番に話しなさい。どういうことだ?」


 二人はこれまでの経緯を王に話しました。それで王も納得がいったのか、深い頷きを見せました。


「そうか。お前たち、あの男の子供か。しかし、わしにはどうすることもできない」

「そんな! どうしてですか?」

「宝を盗んだ。それは罪だ。罪には罰を……いくら幼いと言えど、それくらいはわかるだろう?」

「でも、お父さんは宝を返したはずよ。謝ったんでしょう? だったら……」

「取り返しのつかないこともあるのだ。それで罪が消えるわけではない。ゆえに、呪いが消えることはない」

「……王よ。あなたの宝とは、いったい何なのですか?」


 かたくなな王に、見兼ねたアッシュがたずねました。


「この子たちの言う通り、宝を盗んだことが罪なら、宝が無事に返されたのであればもういいでしょう。あんがい、竜と言うのも心が狭いのですね」

「なんだと……」


 王の目があやしく光り、アッシュをにらみました。ですが、アッシュは物怖じせずに立ち向かいます。


「返された宝が無事ではなかった。だから罪は消えず、呪いも消えない。そういうことですね?」

「そうだ」

「なら、その証拠を見せてもらえまえんか?」

「証拠だと?」

「宝が無事ではなく、子供たちの父親の罪が消えていないという証拠です。あなたの守っている、その神殿の中にあるのではないのですか?」


 王は沈黙しました。アッシュは、たたみかけるように続けます。


「見せていただけませんか。でなければ、この子たちも納得はできないでしょう」

「ならん。それが、その子たちのためだ」

「……? この子たちのためとは、どういうことですか?」

「見れば後悔することになる」


 かたくなに拒む竜の王でしたが、ここまで来て引き下がるわけにもいきません。クリスとイブは、竜の王の前に進み、その大きな顔を見上げました。


「お願いです! お父さんの罪がまだ消えていないなら、どうすればいいのか教えてください!」

「わたしたち、なんでもします! どうか、教えてください!」


 クリスとイブの懸命な言葉に、白竜の王は言葉を返すことができずに悩みました。そのときです。二人が首にかけていたペンダントが、突然光りはじめました。


「それは……」


 白竜の王はうなりました。お父さんが二人に持たせたペンダントを見て、何かに気付いたのでしょう。その顔は、厳しい表情から一転して寂しげなものへと変わりました。


「……ついて来るがいい」


 王は背を向け、足音を立てながら神殿の中へと入って行きました。三人は一度顔を見合わせた後、ついていきます。

 そして、王が放つ光を頼りに神殿の奥までたどりつきました。

 そこは竜の巨体をもってしても余りある大きな広間でした。そして、広間の真ん中に、氷で閉ざされた祭壇がありました。

 クリスとイブにはその光景に見覚えがあります。お父さんが閉じ込められた、小屋と同じだったのです。

 祭壇の周りの地面には、薄い氷が張り巡らされていました。竜の王は、氷を踏み割りながら、祭壇へと近づきます。


「女の人だ……」


 クリスは気付きました。祭壇の上には、胸の上で両手を組み、まるで時間が止まっているかのように眠る女の人がいたのです。

 透き通るような白い肌。きらびやかな純白のドレスはおとぎ話のお姫様のよう。

 ですが、それよりも何より、三人が目を奪われたのは、女の人の髪の色でした。

 眠る女の人の背中に広がる、きらきらと輝く白い髪。それは、クリスとイブの髪と同じ色でした。


「わしの娘だ。そして、お前たちの母親だ」


 王は祭壇を囲むように胴体を回して伏せると、クリスとイブに顔を寄せて言いました。


「もう十年、眠りについている」


 王は、ゆっくりと語り始めました。

 それは、この北の山にたどりつき、行き倒れとなりかけた冒険者と、一匹の白竜の娘の話でした。

 竜の娘はまだ若く、臆病でしたが好奇心だけは一人前でした。はじめて見る人間を、ふとした気紛れから彼女は助けました。

 冒険者は竜の姿に驚きましたが、すぐに打ち解けて仲良くなりました。しかし、それを見ていた他の竜たちは、そのことを良くは思っていませんでした。

 その当時は、まだ山も吹雪に閉ざされておらず、人間はときおり山で竜を狩ろうとしていたためです。


「わしらの皮や鱗、肉や血は、人間たちの間では高値で取り引きされるそうだな。多くの冒険者が名を上げるために挑んできたものだ」


 この冒険者も、その一人に違いない。娘は騙されているのだと言われましたが、冒険者のやさしさを疑うことはできませんでした。

 このままでは冒険者が酷い目にあわされてしまう。娘は冒険者を助けるため竜の姿を捨て、人として冒険者と山を下りることを選んだのです。


「そんなことが可能だったんですか?」

「ああ。しかし、娘は未熟だった。人となる術は、完全ではなかった」


 娘は人になることはできました。しかし、竜の力を捨てることができませんでした。

 竜の力はとても大きく、人の小さな身体には収まりきるものではなかったのです。

 娘は自分の身体が壊れてしまわないよう、懸命に耐えていましたが、あることを切っ掛けにそれも限界となりました。

 娘は双子を産みました。出産という大仕事を終えて弱った体に、これ以上耐えることはできなかったのです。

 冒険者はそのときになって、はじめて娘の体のことを知り、嘆き悲しみました。

 そして、冒険者は娘を助けるため、故郷である北の山に連れ帰ったのです。


「やつは言った。自分はどうなってもかまわないと」


 王は娘が抑え切れなくなった力の一部を、冒険者に分け与えました。娘の負担を少しでも軽くするためです。


「それがお前たちの言う呪いだ。人の身でありながら、いままでよく保ったものだよ」

「じゃあ、山が吹雪で閉ざされているのも、彼女の竜の力が原因なのですね?」

「その通りだ。抑えきれなくなった力は、外に出す他はないからな」


 これでわかっただろうと、王は嘆きました。


「宝とは、ここに眠るわしの娘だ。宝は返されたが、それがどうしたというのだ。このようなありさまでは、死んでいるも同じだ。罪が消えるはずはない……」


 クリスとイブは眠る女の人を見つめました。お父さんの話の通りの、自分たちと同じ髪の色。彼女が母親であることは、二人には疑うことなどできませんでした。

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