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王国

「イブ、竜に会いに行こう」


 氷漬けになったお父さんを見た、その日の夜のことです。ベッドにもぐりこみ、イブと額を寄せ合いながらクリスが言いました。


「クリス……どういうこと?」

「お父さんの呪いは、竜のせいなんだ。だから、竜にお願いして呪いをなかったことにしてもらうんだ」

「あなた、そんなことをずっと考えていたのね」


 村に戻るあいだも、戻ってからもずっと、クリスは難しい顔をしていました。

 イブはお父さんのことを思うと、悲しさとさびしさで胸がいっぱいになり、何も言えなくなっていました。なのに、クリスは一人でお父さんを助けることを考えていたのです。


「竜は十年も怒りっぱなしなんだろう? そんなの待つだけじゃ、きっとダメだ。僕たちが父さんを助けるんだ」

「そんなの、無理よ」

「どうして? やってみなくちゃわからないだろ」


 気弱に首を振るイブを、はげますようにクリスは言いました。


「北の山はずっと遠くにあるのよ。森に行くだけでも大変だったのに、どうするつもりなの?」

「それは考えてる。あさって、村に商人がくるんだ。冬をこす準備をするために、いろいろなものを仕入れにくるんだって」

「まさか、商人さんに北の山に連れて行ってくれって頼むの?」

「バカ、そんなことを言っても断られるだけだ。頭を使うんだよ」


 イブにはクリスの言いたいことがわかりませんでした。困った顔をするイブに、クリスは言います。


「積み荷の中にかくれるんだ。そうすれば、商人は町まで行ってくれるし、山はずっと近くなるだろ」

「……うまくいくかな?」

「何もしないよりいいだろ。それに、かくれんぼは得意さ」


 クリスは自信ありげに言いますが、イブは不安でしかたありませんでした。

 ですが、お父さんを助けたいという気持ちにうそはつけません。

 次の日、二人は商人に渡すことになっている荷物を見に行くことにしました。荷物は村長さんの家の納屋に準備されているため、調べるのは簡単でした。



 そうして、そのまた次の日になり、馬に荷台を引かせた商人が村へとやってきました。

 商人は町で仕入れた保存のきく食べ物などを村に渡し、代わりに村で育てている牛のミルクや羊の毛皮などを受け取ります。そして、村で仕入れたものをまた町で売るのです。

 いつものやりとりのことなので、村長さんも商人も、お互いに渡した荷物が正しいことを確かめませんでした。

 なので、商人がいつもよりも荷物が一つ多いことに気付いたのは、村からしばらく進んだときでした。


「なんだ、ミルクのタルが一つ多いじゃないか。だが、むこうが勘違いしている分には問題ないか。こりゃ、もうけたぜ」


 引き返すのもめんどうだと、商人はほくそ笑んで馬を走らせました。

 商人は数日をかけて町までたどり着きました。高い壁に囲まれたとても大きな町で、一番奥には王様がいるお城が見えます。


「止まれ! 荷物を見せてもらうぞ」


 町の入口となる門には見張りのための兵士が立っていました。兵士は危険なものを町に持ち込ませないため、門を通る人の荷物を検査しているのです。


「はいはい、どうぞ。あやしいものはありませんからね」


 商人は答えます。ですが、しばらくすると荷物を調べていた兵士が怒鳴り声を上げました。


「おい! 貴様、これはどういうことだ!」


 兵士は荷物の中にあるタルを指しています。商人は不思議に思い見に行くと、ぎょっと顔を引きつらせました。

 タルの中には、抱き合うようにして眠っている小さな男の子と女の子――クリスとイブがいたからです。


「貴様は子供を商売道具にしているのか!」

「冗談じゃあない! いまどき子供を売るなんてことをしちゃあ、俺の首が飛んでしまう!」

「では、どういうことだ!?」

「俺がききたいですよ! いたずらで忍び込んだんじゃないですか? ともかく、俺は悪くないですよ!」

「はあ……わかった。そこまで言うのなら、この子たちに聞いてみよう」


 兵士は溜息を吐き、荷台からタルを降ろします。商人は乱暴にタルを揺すり、怒鳴りました。


「おい! 起きろ悪ガキども!」


 雷のような大声に、クリスとイブは飛び起きました。怖い顔をした商人は、目を白黒させる二人にかまわずタルを地面に転がし、中から追い出します。


「どこから忍び込んだ! 正直に言わないと、タダじゃおかないぞ!」

「おい、子供相手に乱暴をするんじゃない」


 怒る商人を兵士がなだめますが、兵士の顔には、いかにも面倒なことになったと書いてありました。


「あ、あの、ここはどこですか?」


 おびえるイブを背中に隠し、地面にはうように手足をつきながらクリスはたずねました。商人はまた怒鳴ろうと口を開こうとしましたが、兵士が止めます。


「ここは王国の城下町だ。君たちはどこから来たんだい?」


 ひざをついた兵士は、クリスとイブの服についた泥をはらい、立たせてくれました。

 商人に比べるとやさしそうな兵士に、クリスとイブは自分たちがどこから来たかを話しました。

 それを聞いた兵士は驚きました。ここから村までは数日はかかる距離にあったためです。これでは、とても送り届けることなどできそうにありませんでした。


「兵士さん、これで俺が悪くないってことがわかっただろう。行ってもいいか?」

「そんなわけがないだろう。子供たちも悪いが、きちんと荷物を確認しなかった貴様も悪い。責任をもってなんとかしろ」


 その場を立ち去りたくてうずうずしている商人でしたが、兵士は許しませんでした。商人は目を見開き、また大声を上げ始めました。


「バカを言わないでくれ。ガキ二人を送るために、もう一度往復しろっていうのか? その手間賃は誰が出すっていうんだ?」

「では、次に村に行くときに送ればいい」

「次に行くのは冬を越してからだ。それまで子供二人を養う余裕なんかあるわけないだろう!」

「うるさい! ともかくここで見捨てておくわけにはいかんだろう!」


 言い争う大人二人の顔を、クリスとイブはおろおろと交互に見ます。


「わかったら、さっさと子供を連れて行け。貴様が連れてきたのだから、せいぜい面倒を見てやるんだな」


 兵士はそう言うと、手に持っていた槍を商人へ向けました。

 商人は開きかけた口を、ギラリと光る槍を見てへの字に曲げます。やがて、赤い顔を青くして、諦めたようにクリスとイブを見ました。


「ち……仕方ねえ。ガキども、ついてきな」


 クリスとイブは兵士を見ましたが、兵士はあごをしゃくり、それ以上何も言ってはくれませんでした。

 馬を引いて歩く商人の後を、二人はついて町の門をくぐります。

 町の中は、村とくらべてずっと大勢の人がいました。外と同じで雪が地面に積もっており、みんな服で体を厚くしています。

 北の山の姿は、村から見るよりもずっと近くに見えていました。


「おじさん、隠れていてごめんなさい」


 むすっとした顔で歩き続ける商人に、クリスとイブはいっしょに頭を下げました。すると、商人は歩くのをやめて、振り返ります。


「ここまで連れて来てくれてありがとう。もう、僕たちはだいじょうぶだから……」

「大丈夫なわけがないだろう。それとも、町に誰か頼れる大人がいるってのか?」

「それは……」


 口ごもるクリスに、商人は呆れた顔で舌打ちをしました。


「いいか? 世の中には、謝って許されることと許されないことがあるんだよ」


 クリスとイブは顔を見合わせました。そんな二人に、商人は言います。


「いたずらは謝れば許せるが、お前たちがしでかしたことは許されないことだ。親はどうした? そもそも、目的は何だ?」


 いっきにまくしたてるように言われ、二人は何から言うべきかまよいました。本当のことを言ってもいいのかどうかもです。


「……お母さんはいません。お父さんも……」


 そこまで言って口を閉じるクリスを見て、商人は少しだけ気の毒そうな顔をしましたが、すぐに顔はもとの不機嫌なものに戻りました。


「親もいないのか。それじゃあ、お前たちの面倒を見たとしても、本当に見返りはなさそうだな」


 がしがしと頭をかきながら、商人はふと二人から目をそらします。二人もそちらを見ると、そこには大きな建物がありました。

 屋根の下には立派な看板がかけられていましたが、二人には何と書いてるかわかりません。

 ただ、そこは普通の家ではなく、何かのお店なのだと思いました。


「いいかガキども。よく聞け」


 商人はしゃがんでクリスとイブと目を合わせると、真剣な顔で言いました。


「この金をやるから、この建物でこうお願いするんだ。『僕たちを村へ送ってください』ってな」


 そう言うと、商人はクリスにわずかばかりのお金の入った袋を握らせました。じゃらじゃらと硬い感触のする中身にクリスは戸惑い、商人を見返します。


「許されないことをすると罪になる。お前たち子供に罪は科せられないから、誰かが責任を取らなくちゃいけない。だが、俺はそんなのはごめんなんだよ」

「おじさん、どういうこと?」

「いいか。たしかに俺は言ったぞ。じゃあな!」


 クリスの質問には答えず、商人はさっさと馬を引いてその場から立ち去ってしまいました。

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