白い双子
ここはまわりをぐるりと山に囲まれた、とある雪国。
国のはずれにある、白い森の中、三角屋根の小屋に、三人の親子が暮らしていました。
お父さんと、双子の兄妹。
兄はクリス、妹はイブ。兄妹はちょうど十歳になったばかりです。
「二人とも、良い子にしているんだよ」
朝になればお父さんは森へと狩りに出かけ、日が暮れるまで帰ってきません。
その間、二人はお留守番です。
「イブ、外で遊ぼう」
ですが、暖炉の前で大人しく絵本を読んでいるイブに、いつも決まってそうクリスが誘います。
「また? どうせ、かくれんぼなんでしょ?」
また始まったと、イブはうんざりした顔で言います。
イブは、かくれんぼがあまり好きではありませんでした。
なぜなら、決まって鬼はイブがやることになっているからです。
クリスを探すのはたいへんで、その一番の理由は、クリスの髪の毛が雪のように真っ白だったことです。
そして、イブの髪の色も同じように真っ白でした。
黒い髪のお父さんとは反対で、よく雪のようだと言って、お父さんは二人をなでてくれます。
どうしてお父さんの色とちがうの? とたずねると、二人の髪はお母さんの髪の色なのだと教えてくれました。
お母さんは、おとぎ話に出てくる雪の精霊のようにきれいで、きらきらと光る白い髪だったそうです。
だから、二人にとって白い髪は自慢でした。
くせっ毛のクリスは短く男の子らしく、イブは長く伸ばしてかわいく三つ編みを二つ作っています。
「今日は晴れているんだ。行こう!」
絵本を取り上げたクリスが、イブの手を引きます。こうなると止まらないため、結局この日も、仕方なくイブはクリスに付き合うことになりました。
そうしてひとしきり遊び、昼になり、日暮れ近くなったところで二人は小屋の前でお父さんの帰りを待ちます。
夕日の赤さの中に、森の木々が黒く長い影を伸ばす景色がイブは少し苦手でしたが、クリスと手をつないでいれば平気です。
「今日も北の山は、真っ暗だな」
クリスが遠くに見える山を指さします。その山は、森を抜けた先にある村を越え、王様が暮らす町よりも、さらに先にある大きな山でした。
いつ見ても北の山には色の強い灰色の雲がかかっていました。お父さんが言うには、山はずっと吹雪が続いていて、誰も登ることができないのだそうです。
「十年も前から、雪がやまないんだっけ」
「ああ。『白い竜』がいるんだって、村長さんが言ってた」
森の外には小さな村があり、そこの村長さんはお父さんと知り合いです。お父さんが狩りで手に入れたお肉は、村でとれた野菜などと交換していました。
ときどき、村長さんは小屋にやってきて、二人を相手におとぎ話をしてくれます。
そこで決まって話されるのが、山に住むという『白い竜』の話でした。
雪よりも美しく、太陽の光よりも鮮やかに輝く白い鱗をまとう竜。
竜はいつからか山に住みついており、年中雪を降らせて誰も山に近付けないようにしたのだとか。
何のためにそんなところに住んでいるのかとたずねると、それは人々が清く正しく生きているかを見張るためだそうです。
だから、良い子にしていないと、竜の力で氷漬けにされてしまうぞと、よく村長さんは二人をおどかしていました。
「クリスは、本当に竜がいると思う?」
「わからない。でも、いつか自分の目で見てみたいな。僕たちの髪と、どっちがきれいか勝負したい」
目をきらきらと光らせるクリスに、イブはひやひやとした気持ちになります。調子に乗って危ないことをするのは、クリスの悪いくせでした。
「あ、父さんだ!」
と、お父さんの影を見つけて一目散に走り出すクリスの背中を、あわててイブも追いかけます。二人のお出迎えにお父さんも笑顔になり、三人はいっしょに小屋へと戻りました。
それから、晩ご飯を食べた後は、暖炉の前で温まりながらお父さんから物語を聞くのが決まりです。
お父さんは、じつに多くの物語を知っており、その話は尽きることはありません。
人々が自由に空を飛び回る魔法の国の話。
清らかな人間にしか訪れることができないという可憐な妖精の国の話。
人に生まれかわった竜の話。
そして、海と呼ばれる場所の先にあるという、世界の果ての国の話。
お父さんの膝の上で、眠くなるまで二人は物語に夢中になります。そして、仲良くベッドお父さんに運ばれ、次の朝を迎える。
それが親子のおだやかで、やさしい時間でした。
ですが、幸せな時間は、突然に終わることになってしまいます。
それは、ある日三人が朝ご飯を食べているときでした。
「クリス、イブ。よく聞きなさい。明日からは、村長さんの家で暮らすんだ」
お父さんの言うことに、クリスはかじりかけたパンをお皿に置いて首をかしげました。
クリスのとなりに座っているイブも、同じような仕草をしています。
「父さん、どういうこと?」
「近ごろ、森の動物たちの様子がおかしい。危険だから、お前たちは村に行くんだ」
「私たちだけ? お父さんはどうするの?」
「父さんは狩りをしなくてはいけない。ここに残ることになる」
クリスとイブは顔を見合わせます。どちらの顔にも、困り果てたものになっていました。
「午後には村長さんが迎えにくる。それまでに、準備をすませなさい」
「でも……!」
「クリス、父さんの言うことがきけないのか?」
お父さんはいつもの笑顔をひっこめて、クリスをじっと見つめました。やさしいお父さんも、怒るときはとても怖いのです。
「イブも、いいね?」
「……はい、お父さん」
「……わかったよ」
「よし、いい子だ」
うなずく子供たちに、お父さんは安心したように笑うと、二人を抱き寄せました。
「大丈夫。何もなければ、冬が明ければ迎えに行く。それまでのがまんだ」
二人は、お父さんの声が少しだけいつもと違う気がしましたが、それがどうしてなのかはわかりませんでした。
それから準備が終わり、お父さんは二人に羊の毛で編んだ帽子をかぶせ、三つのいいつけをしました。
一つ目は、人前でむやみに髪を見せないようにすること。
二つ目は、お父さんが迎えに来るまで、この森へは近づかないこと。
三つ目は、辛いことがあっても兄妹で助け合って、泣かないこと。
「約束できるな?」
強く言われて、クリスとイブはうなずき、お父さんと指切りをしました。
「では、これを持っていなさい」
そう言うと、お父さんは二人の首にペンダントをかけてくれました。
小石ほどの大きさのペンダントは、お日様をあびた積もりたての雪のように、白くまぶしく光っていました。
「お守りだよ。きっと、お前たちを助けてくれる」
お別れをするとき、二人はお父さんのすがたが見えなくなるまで手を振り続けました。
◆
小さな村にやってきたクリスとイブのことは、すぐにうわさになります。
ですが、それは決して二人にとって良いことにはなりませんでした。
村の人たちは、二人の髪の色を気味が悪いと言い、近寄ろうとしなかったのです。
「気にすることはないよ。二人の髪はとてもきれいなのだから」
村長さんはなぐさめて頭をなでてくれますが、二人はとても落ち込みました。
「村長さん。僕たちは呪われているの?」
「クリス……だれかに言われたのかい?」
「村の人たちは、みんな言ってるよ。この前も、水くみにいったイブがいじめられてた。おっぱらってやったけどね」
自慢げに腕を回すクリスでしたが、村長さんは悲しい顔をしてクリスの目を見つめました。
「クリス、妹を助けることは良いことだ。だが、相手を叩いてはいけない」
「どうして? あいつら、嫌がるイブの髪をひっぱったんだよ? 父さんも言ってた。助け合いなさいって」
「叩き返すやり方では、誤解をうむからだ」
「ごかい?」
「本当は良い子なのに、悪い子だと思われてしまうということだよ」
「悪いのはあいつらだ! 僕は悪くないよ!」
村長さんの言うことがわからず、クリスはむくれて口をきかなくなってしまいました。
なるべく二人がはやく村になじめるよう、村長さんも努力はしていましたが、村の人たちには受け入れられないものだったのです。
「ねえ、村長さん。竜の呪いは、本当なの?」
クリスと同じことを、今度はイブがたずねます。イブは村に来てからというもの、あまり笑わなくなっていました。
「わたしたちには、呪いがかけられているから髪が白いの? だから、お父さんは髪を見せてはいけないと言っていたの? お母さんは呪いのせいで、いなくなってしまったの?」
この髪の色は呪いなんかではない。お母さんのものだと言うと、村の子供たちは、「ならお前のお母さんも呪われているのだ」と言ったのです。
呪われた母親から生まれたから、子供であるクリスとイブにも呪いがかかっている。
その証拠が、髪の色なのだと。
クリスとイブはお母さんのことを知りません。二人を産んで、すぐにどこかへ旅立ってしまったのだと、一度だけお父さんが教えてくれただけでした。
「それは違う。お前たちのお母さんは、決して呪われなんかいない。村の者たちの言うことは、信じてはいけないよ」
ですが、それ以上は何をたずねても村長さんは答えてくれませんでした。
村長さんはやさしいけれど、クリスとイブは、村長さんの言うことさえも信じられなくなっていました。




