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1.一日の始まり

日の光が心地よく体を包む。それはまるでお日様の毛布のよう。

このままずっと寝ていようかな、お布団が恋しくて恋しくてたまらない。

さっきまで静かに鳴っていた鐘の音も今は聞こえてこない。

私の眠りを邪魔するものは何もない。うっすらと開いていた瞼もゆっくりと降り始めた。


おやすみなさい…はっ!?


この薫りは…間違いない、“あの”薫りだ!

布団を跳ね除けてベッドから飛び起き、急いで目覚まし時計を確認してみる。


「あ…ああー!!またやっちゃったよー!!」


時刻は10時を回っていた。今日もまた大遅刻だ。

ベッドから降りてすぐにクローゼットの前に立つ。

寝巻きを慌てて脱ぎ捨て、白いブラウスに腕を通し、紺色のスカートを履き、首にオレンジのリボンを巻いて姿見でチェック…

ああーもう、髪の毛がボサボサ!でも直す時間ないし…もうこのままでいいや。

ドタバタと部屋を出て廊下を超え、厨房目指してダッシュだ!


「お、おはよう…ございます…」

「おはよう、お寝坊さん」

「ご、ごめんなさい!プレッツェ、また私やっちゃったよー…」


厨房には既にパンを殆ど焼き終えて、後片付けに移っていたプレッツェが一人いた。

私は両手を合わせて深く頭を下げ、全身全霊の謝罪の意を見せた。


「昨日は遅くまで売上計算してたんだろ?寝坊しても仕方ないさ」

「でも、ほら私いっつも寝坊してばっかだし…」

「…それもそうだな。ま、クロワが朝にすごーく弱いことなんて今更責めはしないさ」

「うぅ…プレッツェはいっつも優しいなー…そんなに優しくされたら…」


私はこちらを見て微笑むプレッツェに駆け寄って、思いっきり彼女に抱きついてみた。

プレッツェの長い金髪がふわりと揺れて、フローラルな甘い薫りが舞いあがった。

さっきシャワーを浴びたのかな、体からは石鹸の薫りもする。


「おいおい、いきなり何だ…?」

「えへへ、ちょっと甘えてみたかっただけー」

「フッ、いつまで子供なんだクロワは。ほら、もうちょっとで昼時だから店のほうの準備をするぞ」

「うん!じゃあ私テーブル拭いて来るねー」


私はプレッツェから離れて厨房の壁に掛かったオレンジ色のチェック柄のエプロンを手に取った。

それを手早くつけて、プレッツェのほうを向いてピースポーズを決める。


「うーむ、服のほうはいいんだが…寝癖が凄いぞ」

「そ、それは…ほ、ほら私癖毛が強いからさー…」

「後、寝る前に歯を磨き忘れたんじゃないか?ココアの匂いがしたぞ」

「うっ…ホント…?流石にそれは良くないねー…」


そういえば昨日はあまりに眠すぎて作業を終わらせて寝室に直行したんだっけ。

手を口元に当てて息を吹き掛けてみると…うう、これじゃとてもお客さんの前には出れない…


「早く歯を磨いて来い、それと顔も洗って少しは化粧をしろ。髪もしっかりセットするんだ、いいな?」

「そんなに言われなくても分かってるよ、もーう!」


私は急いで洗面所に向かって朝の支度を始めた。先客がカーテン越しにシャワーを使っていたが今は気にしている場合じゃない。

まずは私が使っているオレンジの歯ブラシに歯磨き粉をたっぷりつけて歯を磨く。

右手で歯ブラシを動かしつつ左手は寝癖を直すため必死で髪を押さえる。

でもこの程度で直ってくれるほど私の髪の毛は素直ではない。

この癖毛の凄さは自慢できるほどで、何も整髪料をつけなくても「ワックスつけてる?」といわれるほどだ。

特に後ろ髪の外ハネっぷりはもはや芸術的な域に達している。美容室で注文せずとも良い感じにハネてくれるし、別にいいんだけど。


「あーもうー…全然寝癖が直ってくれないよー!」


歯磨きを終わらせて両手で髪の毛と格闘するが勝てる気が全くしない。


「…ちょっと待ってて、櫛でといてあげるから…」


いつの間にかシャワーの音も止まっており、シャワーカーテンが開いた音が聞こえた。

そして私の後ろにさっきまでシャワーを浴びていた子が、バスタオルを体に巻いてやって来た。


「シュトーレ、まずは服着ないと風邪引いちゃうよー!」

「大丈夫、多分…それよりも、髪から手を離して」


シュトーレはそう言ってまず私の後ろ髪を霧吹きで軽く濡らしてから、櫛で優しく髪をとき始めた。

するとすぐに私の後ろ髪は良い感じに整いだし、一分もしないうちにすっかり綺麗になってくれた。


「あ、ありがとうシュトーレ…!」

「寝癖直しは水が効果的だから、これからはそうしてね」


私はシュトーレから霧吹きと櫛を受け取り、前髪の寝癖をササっと直した。

霧吹きって凄いなぁ…そしてこんなことに気づかせてくれたシュトーレはもっと凄いなぁ…

私が鏡の前でボケーッと髪を見つめていたら、後ろでシュトーレが可愛くクシャミをした。


「も、もう私の髪はいいから、早く着替えなよー!」

「え、あ、うんそうだった…」


そう言ってシュトーレはその場でバスタオルを脱ぎ始めた。


「ちょ、ちょいストーップ!私もう出て行くから、それからにしてね?」

「あ、そう…別に女の子同士だし良いと思うんだけど…」

「いや、ほら人としてやっぱお着替えしてるとこ見るのは良くないじゃん!じゃあね!」


シュトーレはしっかり者なんだけど、どこか抜けてるんだよね…

私は洗面所を出て再び寝室に戻り、共用の化粧台の前に座った。

お店では食べ物を扱っているし、お肌が荒れるからお化粧はほんのりとする程度。

軽くファンデーションを置いて、ちょっとだけアイラインを描き描き。

チークも少しだけ乗せて、後は口紅でなくリップクリームを塗って…はい終わり!

そしてこれだけはしっかりと…左側の前髪をヘアピンでまとめて目に髪の毛が入らないようにする。

私は鏡で簡単にチェックし終わらせて急いでお店のほうに向かった。


「早かったな…うん、顔も整ってる」


お店ではプレッツェがパンの陳列作業を行っていた。

私も台拭きを持ってきて食事用のテーブルを拭いていく。


「いつもごめんねー、私ばっかり楽な仕事で」

「楽な仕事か…私にはクロワのほうがずっときつい仕事をやってると思うけどな」


きつい仕事かぁ…思い当たるものが全然ないんだけど。

強いて言えば売上計算かな?でもあれも電卓叩くだけだし。


「うーん、そうかなぁー?」

「…そうか、クロワは仕事をきついと思わないタイプだったな」


確かに、色々と時間に追われたりドタバタすることはあるけど、お仕事はどれも楽しい。


「さて、こっちは終わったから後は客が来るのを待つだけだな」

「そうだねー」


私もテーブルを拭き終わり、台拭きを洗って物干し竿に吊るした。

その時、支度を終わらせたシュトーレも店のほうにやって来た。


「ごめん、遅くなっちゃった」

「お疲れ様、シュトーレ。じゃあ私は厨房に戻るから、接客は頼んだ」

「はーい、よろしくね!」


プレッツェは軽く手を振って厨房のほうへ戻って行った。

私とシュトーレは店にかけてある壁時計を見た。時刻は11時前、もう少ししたらお客さんが来る時間帯だ。

シュトーレのほうを向きなおして、私はちょっと笑ってみた。


「どうかした、クロワ?顔に何かついてる?」

「いやー別にー?何だか、笑ってみたかったから!」

「ふーん、変なの…」


すっかり遅くなっちゃったけど、今日も一日が始まったんだと思うと何だか嬉しくなってくる。

お仕事が楽しいからなのかな、それとも大好きな友達と一緒にいられるからなのかな?

よく分からないけど、嬉しいんだからいいよね!

よーし、今日もお仕事頑張るぞー!

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