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BEAST DAMP  作者: 遊獅
16/18

月下の舞台

 一際大きな爆音が聞こえ、そして静かになった。

「……終わったようだな」

 勝者はどちらか。それはディーノの表情を見れば予想がつく。

 ディーノ・ビアンキーニに先導されて辿り着いたバルコニーは、大きな満月によって銀色に照らされていた。聞こえるのは打ち寄せる波の音だけだ。さながらライトアップされた舞台である。舞台の中央には影があった。影は長い髪をたなびかせ、静かに立っていた。

「ここに来ると思っていたよ」

 ギーゼラ・ハインは穏やかに微笑みを浮かべた。その顔色は、月明かりのせいか少し青白く見える。

「アルは……?」ニーノはアルフォンソの別れ際の言葉を思い出し、声を上げていた。「アルフォンソはどうした……!?」

 ギーゼラは首を傾げる。そして少し考える素振りを見せた後、心底残念だと言わんばかりに溜息を吐いた。

「君はまだそうやって、性懲りも無くあの子を縛りつけようとするんだね」

「なんだって……?」

「あの子がどうして君を置いて行ったのか、まだわからないのかい」

 ニーノはこのとき二つの失敗をした。ひとつは、ギーゼラの言葉に耳を傾けてしまったこと。もうひとつは、同行者の助けがあることを期待してしまったことだ。

 気付いたときには、ニーノは床に叩き伏せられていた。視界の端に光る物が映る。反射的に身体が動き、振り下ろされたダガーを受け止めた。しかし刃は止まることなく、じわじわと鼻先に迫り来る。畜生、女のくせになんて力だ!

「かわいそうだから? 友達だから? そんな軽い気持ちで、あの子に関わらないで欲しいな。君たちみたいな普通の人間に、あの子の気持ちがわかる訳ないだろ。あの子の孤独が! あの子の痛みが! あの子の苦しみが! 君たちになにがわかるって言うんだ!」

「くっ……そんな……もん……!」なんだか無性に腹が立ってきた。なんだっておれが偽善者みたいに言われなきゃならないんだ? 元はといえばアルフォンソの野郎が勝手に一人で突っ走ってったのが悪いんだろうが! あいつは周りを巻き込まないように気を使ってるつもりなんだろうが、その結果はどうだ。港を爆破して大騒ぎ、ボスの屋敷はしっちゃかめっちゃかだし、おれは命の危機に瀕してる。『あの子の気持ちがわかる訳ない』? そりゃあそうだ。おれにはあいつの気持ちなんてこれっぽっちも「わかる訳ねーだろうが!」

 ニーノは首をひねって刃をかわし、ギーゼラの鳩尾目掛けて拳を見舞った。女を殴るのは気が引けるものの、こっちは二度も殺されかけてるんだからおあいこということにして欲しい。力んだせいで右手と腿の傷が開いて血が滴る。痛い。滅茶苦茶痛い。

「勘違いしてるみたいだから教えてやるぜ、シニョリーナ」乱れた呼吸を整えながら、ニーノはギーゼラを睨みつける。「おれがくだらねえ同情心なんかであいつに付き合ってると思ったら大間違いだ。あいつはもう【怪物モストロ】とやらなんかじゃねえ。【ビアンコステラ】の一員だ。マフィアなんだよ。おれは先輩として、あいつの面倒を見る義務がある。それだけだ」

「本当にそれだけなのかい? あの子が君に面倒を見て欲しいなんて、一言でも言ったのか? 君は自分の身可愛さにあの子を縛りつけようとしてるだけなんじゃないのか?」

「そうさ。あいつはおれの助けなんか必要としちゃいない。そんなこと百も承知だ。だがそれがどうした? あいつはおれの後輩だ。あんたがあいつをどうしようが知ったこっちゃないが、それで迷惑被るのはおれなんだ。放っておけるわけねーだろうが!」

 相手は腕利きの殺し屋だ。まともに戦っては勝算が無いことはわかりきっている。普段なら迷わず尻尾を巻いて逃げ出すところだが、妙な勘違いをされたままでは気持ちが悪い。

「あいつと付き合ったことがあるならあんたもわかるだろ。あいつは狼なんだ、犬じゃねえ。あいつを飼い慣らすことなんて誰にもできやしないんだ。逃げるのを無理に追いかけたって、噛み付かれるだけだぜ」

「飼い慣らそうとするからいけないのさ。あの子の本来の居場所は【怪物】だ。あの子には私が必要なんだ。これ以上あの子を惑わすのはやめてくれないか」

「まるで母親みたいな口ぶりだな。どうしてそこまであいつにこだわるんだ?」

「だから君はわかってないって言ってるんだよ」ニーノの言葉を鼻で笑い、ギーゼラはとつとつと語り出す。「【怪物】であの子がなにをしてきたのか、君は知っているか? 君たちマフィアのくだらない喧嘩や撃ち合いとは訳が違うんだ。罪の無い人間もたくさん殺した。それが仕事だったからだ。人の命の重みも、その死に伴う悲しみも、私たちにはもうわからない。私たちはもう『人』ではないんだ。【怪物】は私たちが唯一存在を許された居場所だった。アルフォンソは私に残された唯一の『同族』なんだ。噛み付かれたっていい。殺されたっていい。あの子が私の元に返って来てくれれば……」

「まったく羨ましいね。こんな美人にそこまで想ってもらって」

「黙れ!」ギーゼラは叫び、落としたダガーを拾う。「おまえたちが、あの子を唆すから……あの子は私の元から逃げてしまったんだ。マルク・アメリア……ニーノ・アメリア……おまえたちさえ居なければ、あの子は……」

 言葉を間違えたようだ。女を怒らせるのは人喰い狼の口に飛び込むより危険なことだということを、ニーノは失念していた。

 ダガーを構えて走り出したギーゼラの狙いはニーノではなかった。その切っ先が向かう先にはマルクの姿があった。

「親父……!」

 ニーノは銃を抜いたが、引き金を引くことはできなかった。撃てばマルクかディーノに当たってしまう。マルクにとっても同じことだ。ギーゼラの動線はニーノとマルクが向かい合うよう計算されている。銃を封じたことで勝利を確信したのだろう、ギーゼラは口元を僅かに吊り上げ、月光に煌く牙を振り下ろす。

 金属同士がぶつかる音がして、ギーゼラの姿勢が崩れた。忌々しげにねめつけるその視線の先には、それまで不動を保っていたディーノ・ビアンキーニの不敵な笑みがあった。

「この私を盾に使うとはな、マルク・アメリア」

「いやあ申し訳ない。銃を使うのは久しぶりでしてね」

「ふん、まあいい。参加型の劇というのも一興か」

「また邪魔をするのか、ビアンキーニ……」

「暗殺者が正面から突っ込むとは、ヤキが回ったか? ピエトロ・オーロ。私は貴様になどもう興味は無い。好きにするがいい。だがこれ以上私の手駒を減らされては困るな」ディーノは手首を回し、ギーゼラのダガーを取り上げた。ダガーはくるくると煌きながら彼女の背後へと落ちる。「貴様の舞台はあっちだ。劇を続けたまえ」

 ギーゼラはディーノへの警戒を露にしながら、ゆっくりと振り向いた。ニーノの居る方向を見た瞬間、彼女の目は大きく見開かれた。正確に言うならば、彼女が見ていたのはニーノ自身ではなく、その後ろである。ギーゼラの表情が変わったのを見て、ニーノも思わず振り向いた。

 バルコニーの手摺の上に人影が見える。いつの間にそこに居たのだろう。月光を背に蹲るその人影は白い息を吐き、肩を上下させていた。体格に合わないぶかぶかの上着を羽織ったその姿は、月夜に舞い降りた巨大なコウモリのようだ。まさか、今のひと悶着の間にこの崖を上って来たというのか? もっとも、そのくらいの無茶は今更驚くようなことじゃない。あの『猟犬』ならやりかねない。

「この度は私事に巻き込んでしまい、申し訳ありません。マルクさん。それからボスも」

 アルフォンソ・ビガットは淡々と、いつも通りの事務的な口調でそう言った。

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