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BEAST DAMP  作者: 遊獅
13/18

最初で最後の

 手紙に同封されていた地図を頼りに、ニーノとシルヴェリオは西地区の廃工場へと向かった。錆び付いた扉の前には男が一人立っている。大柄な男だが、見る限り武器の類は持っていないようだ。

「ニーノ・アメリアだな?」

 男はにやりと笑い、そう言った。

「犬を返してもらいに来たぜ」ニーノも不敵な笑みを浮かべる。「アルフォンソはどこだ?」

 男は答えない。いや、それが答えだった。

 後頭部に強い衝撃を受け、ニーノはよろける。意識を失うまではいかなかったものの、目から火花が出た。シルヴェリオが銃を抜くが、後ろから来た男に取り上げられてしまう。二人は既に取り囲まれていた。あっという間に手を縛られ、ニーノとシルヴェリオは廃工場の物置に放り込まれることになった。

 手を後ろに縛られていて腕時計を見ることはできないが、腹の具合からしてそろそろ夕飯時だろうか。最初の内は扉の向こうに居る見張りに罵声を浴びせたり、世間話を持ちかけたりしていたのだが、それも飽きてしまった。

「……ニーノさん、死んだふりしててもバレてますよ」

 横になってじっとしていたら、シルヴェリオが呆れた声をかけてきた。

「うっせえ。死体に話しかけるな」

「答えてるし……」

「だいたい、おまえがボサっとしてるからこんなことになったんだろうが。なんのために連れて来たと思ってんだよ間抜け」

 この言葉には流石のシルヴェリオもカチンと来たようで、僅かに語気を強めて言い返す。

「……いくらなんでもそれはないでしょう。酔っ払いの喧嘩を止めるのとは訳が違うんだから」

「おいガキども、さっきからうるせえぞ」

 痺れを切らしたような声が、扉の向こうから二人の言い合いを咎める。

「へーいすんませーん。ったく、怒られたじゃねえか。役立たずは口だけは立派で困っちゃうぜ」

「なんだと!」

 シルヴェリオが立ち上がり、横たわっているニーノを蹴飛ばす。爪先が脇腹に刺さりニーノは呻き声をあげたものの、負けじと相手の膝裏を蹴った。勿論負傷していないほうの足でだ。シルヴェリオはバランスを崩し尻餅をつく。

「おい、なにおっぱじめてんだてめえら!」

 見張りの男が扉を開け、ニーノに殴りかかろうとしていたシルヴェリオを押さえつける。シルヴェリオは抵抗するが、気迫で体格差が埋まることは無かった。更に上目の前にナイフを突きつけられれば黙るしかない。

「いいか、次に騒ぎを起こしたらぶっ殺してやるからな!」

 男は吐き捨て、乱暴に扉を閉める。錆びた扉が軋み、剥がれた塗装がパラパラと落ちた。

「……どうだった、外の様子は?」

 ニーノは芋虫のようにシルヴェリオに這い寄り、耳打ちする。

「見張りは一人みたいです。結構騒いだ割には誰も来なかったんで、少なくともこのフロアには他に人は居ないっぽいですね」

 夜になって食事にでも出掛けたのだろうか。いや、ギーゼラと名乗った女の目的がアルフォンソを連れ戻すことなら、目的が達成された今、【ビアンコステラ】に対してなにかしら仕掛けて来てもおかしくはない。彼女自身のことをニーノはよく知らないが、ああいう女性は敵に回すとしつこいということは経験上知っていた。

 なんにせよ、人が居ないのであれば好都合である。拘束から抜け出すこと自体はたいして難しいことではない。

「よし、よくやったぜシルヴェリオ。さっきは酷いこと言って悪かったな」

「気にしないでください。それより、身体は大丈夫ですか? おれ、思ったより強く蹴っちゃって……」

「ああ、まあちっとは堪えたけどな……」

 これがアルフォンソだったら、サッカーボールのように容赦無く蹴飛ばされていたことだろう。どさくさにトドメを刺されていたかもしれない。こんな作戦、彼には絶対に提案できない。

「手紙の場所に居たってことは、奴らもギーゼラとかいう女の仲間のはずだ。アルの安否とか居場所とか、なにかしら聞き出せるかも知れねえ。シルヴェリオ、手ェ貸せ」

 靴底に貼り付けておいた剃刀の刃をシルヴェリオに取って貰い、縄の切断を試みる。しかし、作業は近付いて来た車の音によって遮られた。音からして普通の乗用車のようで、二、三人の足音が聞こえる。話している内容までは聞き取れないが、どうやら【ビアンコステラ】のことを話しているようだ。

 耳をそばだてていると、唐突に物置の扉が開かれた。

「ほらよ。お友達だ。せいぜい短い間仲良くしてるんだな」

 男がそう言って放り込んだのは、両手足を厳重に縛られたアルフォンソだった。案の定かなり抵抗したらしい。腹に巻かれた包帯はまだ新しそうなのに、赤黒い染みができている。

「アル! 生きてたのか!」

 アルフォンソはこちらを一瞥し、フンと鼻を鳴らした。相変わらずのようで安心する。

 扉が閉められ、足音が遠ざかっていくのを確認してから、縄を切る作業を再開する。シルヴェリオとアルフォンソの拘束も解いてやった。

「なんであっさり捕まってんですか。シルヴェリオ君まで巻き込んで」

「他人に心配させといて開口一番それかよ。ってかなんで半裸なんだ寒々しい」

「……マルクさんは?」

 ニーノはどう答えたものか、僅かに逡巡した。親父は来ない。おまえは見捨てられたんだ。そう正直に答えてしまうのは躊躇われた。だが、表情が答えてしまったのだろう。アルフォンソは少し寂しそうに笑った。

「そうですか。よかった」

「なんでだよ。おまえ、なんであんな奴にそこまで……」

「『あんな奴』なんて言わないでください。いくらアンタがあの人の息子でも、そんなふうに呼ぶのは許さない」

 鋭い目で睨まれて、ニーノは黙るしかなかった。

「ふ、二人とも、今は喧嘩してる場合じゃ……」

 シルヴェリオの声でニーノははっとする。

「そうだな。用は済んだしとっととずらかるか」

 ドアノブにかけた手を、アルフォンソが無言で止めた。

「なんだよ」

「アンタたちが今夜殺されることはない。生きていたいなら、今は出ないほうがいい」

「は? なに言って……」

「ニーノ。時間が無いから、口答えも質問もしないで聞いて欲しい」

「なんだよ、急にかしこまって……」

「お願いだ。黙って聞いてくれ」

 驚いた。いつもなにかにつけ牙をむいてきた『猟犬』が、おれに『お願い』をするなんて。

 なにかよからぬことが起きるのではないかと身構えるニーノをよそに、アルフォンソは静かに語り始めた。

「アンタの母親を殺したのは、僕だ」

 忠告など必要無かった。アルフォンソの口から告げられた言葉に、ニーノは絶句するしかなかった。あまりにも突然過ぎて、頭が真っ白になる。

「僕はかつて【怪物モストロ】の一員だった。ディーノ・ビアンキーニが【ビアンコステラ】を立ち上げたときに【怪物】は壊滅したけれど、その残党が【ビアンコステラ】を攻撃したことがあったんだ」

 当時十代半ばだったアルフォンソもその戦争に駆り出されたという。そのときの標的がマルク・アメリアだった。マルクは【ビアンコステラ】創立時の抗争で膝を負傷していたので、若いアルフォンソでも容易に始末できるはずだった。

「でも思わぬ邪魔が入った。僕がマルクさんの喉を掻き切ろうとしたとき、彼女が目覚めたんだ。……怖かった。彼女の目を見たとき、僕はもう自分が『人間』には戻れないことを悟ってしまったんだ。だから僕は……彼女を殺した」

 アルフォンソは一通り話し終えた様子だったが、ニーノは混乱してなにも言えなかった。父親の話では、母は事故死ということになっていた。当時ニーノはくだらない理由で家出をしていて、母の死を知ったのはその翌日だった。マルクの知り合いだという男から「君のお母さんが亡くなったから、葬式に出て欲しい。マルクは仕事で来れない」と言伝されてはじめて知ったのだ。

「そしてマルクさんは、僕を恨むより哀れむことを選んだんだ。きっとそれが罰なんだと思う。あのとき憎しみに任せて殺してくれれば、僕は」

 気が付いたとき、ニーノはアルフォンソを壁に叩きつけていた。外で見張りが咎める声が聞こえたが、構っている余裕は無い。

「ふざけんじゃねえ! 人の命奪っておいて『殺してくれ』なんて、勝手なこと言ってんじゃねえぞ!」

「ニーノさん……!」

「黙ってろシルヴェリオ。くそ、なんだってんだ! くそッ!」

「すみません、ニーノ」アルフォンソは静かに言った。「マルクさんが真実を言わなかったのは、あなたを責めてしまうことになるからです。自分が居ればなにか変わったかもしれないと、あなたが後悔するのを避けたかっただけなんです。どうかあの人を恨まないでください。恨むならどうか、僕を恨んでください。あなたの気が済むまで」

「……ああ、恨むさ。できることならここでぶっ殺してやりたいところだ」

「……残念ですけど、それは駄目です」

 そう言うと、アルフォンソは壁を蹴り、わざと大きな音を立てた。扉が開き、怒りの形相を浮かべた男が怒鳴り込む。

「てめえら! 騒ぐなと言って……」

 男の言葉が途切れ、首筋から血が噴き出す。アルフォンソの手にはニーノから奪った剃刀の刃があった。

「僕の役目はまだ終わってない。【怪物】にトドメを刺すまでは」

 獲物を見据えて舌なめずりする獣の如きその表情に、ニーノは薄ら寒いものを感じて息を飲む。

「ギーゼラ・ハイン……彼女は僕が連れて行く」

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