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BEAST DAMP  作者: 遊獅
12/18

人喰い狼

 アルフォンソはかつて【怪物モストロ】と呼ばれる暗殺組織に所属していた。

 売られたのか、拾われたのか、攫われて来たのかはわからない。周りに居る者が全員孤児出身だったため、自分もそうなのだろうと察しはついた。

 当時のアルフォンソには暗殺という行為の意味などわからなかったし、罪悪感も無かった。自分の命を繋ぐために生き物を殺めるのは当然のことだ。動物は勿論、野菜や果物にも命はある。殺人で金を稼ぐのと、家畜や農産物を殺して喰らうのと、なにが違うというのだろう。

『人喰いの怪物』に成り果てた者が、人間の世界で生きられるはずはない。そのことにアルフォンソが気付いたのは【怪物】が崩壊してからだった。


 車の振動が腹の傷に障る。追っ手を巻くために急いでいるのか、それとも単に運転が荒い性分なのかはわからないが、迷惑なものである。

 それにしてもこのギーゼラという女、ヒースターで名乗った『医者』という肩書きは伊達ではなかったようだ。アルフォンソが腹にナイフを刺したとき、それが自殺目的ではないことを一瞬にして見破った。施した縫合も、立ったり座ったりする分には支障はないが、少しでも無理な動きをすれば傷口が開くよう加減されている。敵ながら舌を巻かずにはいられない。

 目的地である港に到着したのは午後二時を回った頃だった。沿岸に出た漁師が戻って来るには早い時間帯だが、港には三、四艘の船が繋がれており、人の姿もある。車を降りたギーゼラが姿を見せると、船でなにやら作業をしていた体格のいい男が顔を上げた。

「姐さん! 準備できましたぜ。今夜にでも決行できまさあ」

「ご苦労様。では予定通り、零時に決行する。今の内に休息をとっておくよう皆に伝えてくれ」

 ギーゼラの指示に小気味よい返事をして走り去って行った男の顔には見覚えがあった。それは港ででも魚市場ででもない。以前マルクと共にベッペ・パローラに会いに行ったことがあるが、そのときベッペの側近として控えていた男とそっくりだったのだ。改めて見渡してみれば、周りに居る人間の中に【ビアンコステラ】の構成員らしき者の姿がちらほら見える。

「まさか港を丸ごとアジトにしているとはね……。それで、今夜なにを『決行』するんです? まさか釣りに出掛けるってわけじゃないでしょう」

「まいったな、聞こえてたのか……」彼女は頭を掻きながらさらりと言う。「君たちのボスをね、殺そうと思って」

「はっ、冗談でしょう? そんなこと」

「できるさ。今の私には充分な仲間と武器がある。君を巻き添えにする心配もない。不安があるとすれば……そうだね。アメリア親子が余計なことをしなければいいんだけど」

 違和感を感じて、激昂しかけたアルフォンソは平静を取り戻す。何故僕は今、『アメリア』と聞いてマルクさんではなくニーノの顔を浮かべたんだ?


 ギーゼラはアルフォンソに軽い食事と毛布を与え、近くの物置に監禁した。

 若い男が二人、ギーゼラに指名されて見張りを任されたが、辺りが暗くなる頃になって片方が不満を露にする。

「なあ。他の連中はこれから派手に暴れられるってのに、なんでおれたちは犬っころの面倒なんか見てなきゃならないんだ?」

「座ってるだけで報酬もらえるってんだから、楽な仕事じゃねえか。外の連中なんか見てみろ。冷たい海風が直撃してるってのに、船の見張りでずっと突っ立ってんだぜ」

「おれらは室内なだけマシか……。ところで、あの船ってそんなに大事なのか?」

「今回の作戦で使う武器が積んであるんだとさ。火薬も乗せてるから、煙草も吸えねえって話だ」

 手負いのアルフォンソにたいしたことはできまいと侮っていたのだろう。ましてや、『猟犬』が縄を抜け忍び寄っていることなど、彼らは思いもしなかったはずだ。

 相方が急に静かになったので、男は訝しげに振り返った。

「ひっ……」

 男の目の前には血塗られた切っ先があった。

「武器を積んだ船と見張りの数、それから火薬の量を言え。嘘を吐いたら殺す」

 鋭い『猟犬』の双眸が男を射竦める。

「み、見張りの数は……五人、いや、六人だ。船は二艘……いや、三艘だったっけ……?」

「どっちなんですか」

「さ、三艘だ! たぶん。……いや間違いない! 三艘だってば!」

 アルフォンソは溜息を吐き、ナイフを下ろした。

 ほっと表情を緩ませたのも束の間、男の下腹部を鋭い痛みが襲う。生温い液体が滲み、ナイフの柄を伝って滴った。男はよろめき、尻餅をつくように倒れ込む。奇声をあげながら這いずるように逃げる男の首に、アルフォンソは躊躇い無くナイフを突き刺した。が、使い慣れたものではないので、上手く刺さらない。何度か急所を突き刺したところで、ようやく相手は動かなくなった。

「時間の無駄だったな……。くそ、少し傷口が開いた」

 外した間接を直し、刺さったナイフを回収して、ついでに男達が暖を取るために使っていたマッチを拝借する。一通りの準備を整え、アルフォンソは港へ向かった。

 船の周りには銃を持った人間が五人うろついていた。港は街灯に照らされ、隠れる場所も少ない。一応ナイフを持って来てはいるが、乱暴に扱ったせいで刃こぼれを起こしている。使い物にならないので、アルフォンソはナイフを捨てた。勿論、ただ捨てたのではない。手前の船に向かって投げたのである。回転しながら飛んで行ったナイフは、船の外壁に当たり水面に落下した。物音を聞きつけ、見張りにあたっていた人間が船に集まる。彼らがその周囲を調べている隙に、アルフォンソは別の船に忍び込んだ。

 船内にあったシートを捲ると、その下には火薬が詰まった箱と、大量の武器が隠されていた。他の船にも同様の膨らみが確認できる。三、四本纏めてマッチを擦り、ばら撒いてすぐ船を降りる。直後爆音と共に火柱が上がった。突然の爆発に見張りが慌てふためく中、同様の方法で次の船も爆破する。あと一艘というところで、遂にアルフォンソは捕らえられた。


「まだ仲間を信じているのかい、君は」

 二体の死体が転がる物置で傷の縫合を終え、ギーゼラはアルフォンソを見る。彼女の仲間は消火作業や残った武器の確認、乱れた計画の修正にあたっており、この場に居るのはアルフォンソとギーゼラの二人だけだ。

「……」

「私も君も、所詮は『人喰い』なんだよ。今はよくとも、いずれ彼らも君の正体を知ることになる。そうすれば彼らは怯え、君を排除しようとするだろう。【怪物】は人間とは相容れないんだよ」

「くく……ふふふ……」

 アルフォンソが急に笑い出したので、ギーゼラは訝しげに眉をひそめた。

「なにがおかしい?」

「『怪物は人間とは相容れない』? アンタはただ、自分を『怪物』だと思い込んだまま、人間と関わるのを諦めただけの性根の腐った『人間』でしかない。【怪物】なんて過去の肩書きに捕らわれて、かつての同胞を取り戻すためにマフィアに喧嘩を吹っ掛けるような馬鹿をする生き物なんて、人間以外になにが居るっていうんですか」

「ふ……なにを言い出すかと思えば、君が私に説教をするとはね」

「本当の『人喰い』って言うのはね」

 肉食獣が牙を突き立てるかのごとく、アルフォンソの手がギーゼラの喉を捉えた。叩きつけるように地面に押さえつけ、彼女の上に圧し掛かる。縫ったばかりの傷口が開き血が滴ったが、痛みはない。

「こういうのを言うんですよ……」

 アルフォンソは全体重をかけてギーゼラの首を締め付ける。うっ血し、青ざめていく顔を見ながら、彼は興奮していた。彼は快楽殺人鬼ではない。彼が楽しんでいるのはあくまで『狩り』である。喰うか喰われるかの緊張感、先の読めないサバイバル。そこは常に『死』と隣り合わせの世界である。窮地を乗り越え、獲物を仕留めたとき、彼は『生』を実感することができる。

 今の彼は『猟犬』などではない。血に飢えた『人喰い狼』だ。

「姐さん!」

 ドアが開く音と叫び声、そして数発の銃声が聞こえ、自分の肩から血が噴き出すのをアルフォンソは見た。集中が切れたことで痛覚が蘇り、思わずギーゼラの首から手を離す。突進して来るのはギーゼラと港で会話していた男だ。体当たりをまともに喰らい、アルフォンソの身体が弾き飛ばされる。

「この野郎……ッ!」

「待てッ……!」

 男が銃を抜くのを、擦れた声が止めた。ギーゼラはよろよろと立ち上がり、動かないアルフォンソへと歩み寄る。

「姐さん! そいつは危険です! 下がってくだせえ!」

「すまない。この子は殺さないでくれ……。頼む……」

 男はそわそわと落ち着かない様子だったが、アルフォンソが動かないことを察すると渋々銃をしまった。

「外の様子は?」

「へえ、一通り落ち着きやした。今バゼーヌが武器の補充に走ってるとこです」

「そうか、よかった……。作戦に支障は無いな」

「姐さん、顔色が悪いですぜ。病院に行ったほうが……」

「私は医者だ。自分の体調はわかる。……それより、あの件はどうなった?」

「あの件……?」

「手紙を送っただろう。それだよ。今夜私は用事があるから、君に任せると言っただろう」

「ああ、昼間捕まえたガキどもっすね。うちのモンから連絡がありましたよ。『ニーノ・アメリア』と『シルヴェリオ・アニスシード』で間違いないそうですぜ」

 なんだって? 手放しかけた意識のなかで、アルフォンソは驚いた。何故こんなところで、あの二人の名前を聞くことになるんだ?

「アルフォンソをそこに連れて行ってやってくれ」ギーゼラはアルフォンソの髪を愛おしげに撫でながら、微笑みを浮かべる。「友達の最期くらい、見届けさせてやらなきゃ可哀想だもの」

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