表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/57

国王

 『彼』がイスガルド兵たちの中へ突進した。途端に跳ね飛ばされる人間や馬たち、吹き上げる赤い霧。

 まるで、竜巻のようだと思う。

 僕は慌てて辺りを見回し、『彼』を止められるのは門番だけしかいないだろうと考える。

「いかなきゃ皆、死んでしまう」

 僕が呟くと、クリスティアナ様が少しだけ身体を強ばらせた。それに気がついて見下ろすと、彼女は眉間に皺を寄せていた。

「……そうね」

 一瞬の間の後、妙な歯切れの悪さを感じさせつつ、クリスティアナ様が言った。「あのまま放置したら、人が死にすぎる」

「門番、戦える?」

 僕が見下ろしてそう続けると、門番が鋭く嘶いた。そのまま、彼女は暴れる獣に近づき、僕らに背中から降りるよう動きで示した。

 戦いの真ん中からは少し離れた場所で、僕らは降りる。

「怪我する前に戻って。僕には……イスガルドには、君が必要だから」

 そう声をかけると、門番が困惑したように僕を振り返る。それから、小さく鼻を鳴らしてから大地を蹴った。

 竜巻の中央。

 激しい激突音と同時に、土煙が巻き起こる。

 そして、近くにいた人間たちが次々に土煙から逃げていく。

 僕は素早く辺りを見回し、奪える馬がないかと考える。

 その時、クリスティアナ様の呟きが聞こえた。

「……あれはもう、敵じゃない」

「え?」

 クリスティアナ様は門番同士の戦いを見つめていた。とても複雑そうな表情だ。

 彼女はすぐに僕を見上げ、早口で続けた。

「お姉さまのところへいける? 敵は一人だけよ。あの頭のおかしい王子だけ」

「いきましょう」

 僕は彼女を庇いながら、歩き出す。そして、右腕を上げた。有り難いことに、僕の右腕が持つ力を皆が見ていたからか、襲ってくる人間はいない。

 そして、何とか騎手のいない馬を見つけると、僕はクリスティアナ様をその背中に乗せた。その後で僕もその背に同乗し、アストールがいるであろう方向へと馬を走らせた。

 彼の姿はすぐに見つかる。

 隣には、アストールに顔立ちの似た男性の姿があった。痩せていて、酷く顔色の悪い年配の男性。長く使い込まれたらしい甲冑を身につけ、馬の背中に乗っている。

 クランツ国王だ、とすぐに解る。クリスティアナ様から病気らしいと聞いていたから、戦場に出ているとは思わなかった。

 クランツ国王はそこで微動だにせず、戦の状況を見つめていた。

 そこから少し離れた場所には、あまり顔色の優れないイリアスと、ジュリエッタ様。


「お前は魔術師か」

 僕らが近づくとすぐに、アストールが剣を抜きながら大きな声を上げた。彼は僕を興味深そうに見つめ、見かけだけは優しげな笑みを唇に作った。

「ジュリエッタ様を取り戻しにきました」

 僕は彼の質問を無視して言う。

「お前を言い値で雇おう。金のなさそうなイスガルドより、我々は裕福な生活を与えられる」

 彼も僕の言葉を無視した。それから、その視線を僕の背後に向けて目を細めた。

「まさか、そっちも門番を味方につけるとは思わなかった。どうやった」

 彼がそう言うと、僕の後ろからイスガルド国王陛下の声が響いた。

「説明は無意味だ。我々に必要なのは過去に何があったか、ではない。未来をどうするか、だ。クランツの若い王子よ、兵を引いてもらえんか」

「馬鹿馬鹿しいな。私は守りに入る生活は嫌いでね。欲しいものは手に入れる。権力も、財力も、そして優秀な戦力も」

「クランツ国王、あなたもそうか」

 ふと、陛下がクランツ国王へ話を向けた。「昔、我々は共にガラムと戦った。そして、和平を結んだ」

「そうであったな」

 初めて聞くクランツ国王の声は弱く、掠れていた。疲れの滲んだ口調に威厳らしきものはなく、ただ淡々としていた。

「しかし、私はもう王位を退いたのだ。今の戦から、このアストールが国王だ」

「そうだ、私が王だ」

 アストールが言葉を引き継いだ。「だから、全ての決定権は私にある」

「理解できんな」

 陛下は言った。「共に戦ったからこそ、今回のことは全くの無駄な行為だと解るだろうに。何故、ご子息をとめないのだ?」

「失敗から学ぶことも多い」

 クランツの前国王は無表情のまま言った。「だから好きにさせていた。私が今回のことを知ったのも、数日前だ。とめられる段階ではなかった」

「では、今、とめるべきだ。無駄に兵を殺すつもりか」

「……もうすでに兵を無駄に死なせてきた。多少増えても変わらん」

 ふと、クランツ前国王が苦々しく笑った時。

 その喉から血が吹き出した。

 アストールの抜き身の剣が一閃したのだ。

 前国王は信じられない、と言いたげに目を見開き、そして落馬した。

 誰もが息を呑んでいた。

 前国王の動きはすぐにとまった。見開かれていた双眸から光が消える。

「何故」

 陛下がアストールに訊いた。するとアストールは低く笑うと肩をすくめた。

「死人が増えても変わらないというからな」

「父親を……」

「もう病気で長くなかった。このまま衰弱して惨めな死を待つより、楽な死にかただろう? 感謝して欲しいくらいだ」

 陛下は沈黙した。ただ、それが静かな怒りによる沈黙だということは見なくても解る。

 陛下が剣を抜く音が聞こえた。

「下がれ」

 アストールが鋭く言う。「娘を殺すぞ? まあ、逆らわなくても殺すつもりだが」

「やってみるといい」

 陛下が言葉を吐き出す。「その前に我々も動くぞ」

 すると、アストールは急に大声を上げた。

「魔術師! 化け物!」

 彼は今まで、余裕のある表情だった。彼には頼りになる味方がいたからだ。

 しかし、近くにいた白髪の魔術師たちは彼に近寄ろうとせず、遠巻きにこちらを見ているだけだった。

 さらに、遠くで戦っていた門番たちは、いつの間にかある程度の距離を保って動きをとめ、それぞれ見つめ合っている。『彼』は一瞬だけアストールの声に反応したようだったが、その場から動こうとしない。

「化け物! 何をしてる! 早くこい!」

 アストールが苛立ったように叫んでも、『彼』は動かなかった。

 その代わり、僕の頭の中に『彼』の声が響いた。

『私がやったこと全てが意味がなかった……。受け入れられるか?』

 どういうことだろう。

 僕は『彼』の次の声を待った。

『私は仲間を裏切った。そして、クランツの人間に殺させた。父も母も、友人も! それは全て、種族を呪われた運命から解き放つためだ!』

 それは絶望に満ちた声。

 空気が揺れた気がした。『彼』は低く嘶いた。

『苦痛がなかったとは言わん。むしろ、苦痛しかなかった。しかし、ただ終わらせたかった。祖先が起こした過ちのために、子孫が代償を払うなど間違っている。そうだろう?』

 確かに、それはその通りだ。僕だって疑問に思う。間違っていると思う。

『しかし、意味がないと今さら知っても……過去は変わらんのだ……。何故、今さら。何故』

 『彼』はやがて僕を見つめた。遠くにいても、その目が強い輝きを持っているのが解る。

『何故、お前は……』

 突然、彼は身を翻した。そのまま、大地を蹴って遠ざかる。

 戦場から。

 アストールから。

 全ての人間から。

 『彼』は逃げた。


「どういうことだ」

 アストールは呆気に取られたようにそれを見た。

 おそらく、驚いていたのは彼だけではなかった。しかし、アストールは我に返り、すぐに叫んだ。

「兵士たちよ! こい!」

 多分、それは反射的に従うような感じだっただろう。クランツの兵士たちは新国王である彼を守るために、素早く駆け寄ってくる。

 そして、我々とアストールの間にそれぞれの馬をとめ、こちらを睨んできた。

 しかし、こちらにも動きがある。

 我々に寝返った白髪の魔術師たちは少なくない。彼らの先頭に立つのはラースとテオドアで、すぐ横にはジーンも馬を進ませてきていた。

 いつの間にか僕の父も陛下の後ろに立っていたし、アイザックやコンラッドの姿も近くに見えた。

 クランツの兵士たちに僅かな動揺が見えた。

 自分たちの足元に転がった前国王の遺体を見たことも、理由の一つだろうと思う。

 負け戦だ、と理解したのだろうか。もう、一番の戦力であった門番はいない。

 しかし、この場から逃げるのは躊躇っているようだった。

 やがて、我々の味方である門番がゆっくりとこちらに近寄ってくると、さすがにクランツの兵士の誰もが顔色を白くさせたのだった。


「妾腹」

 アストールは低く言った。「王女を殺せ」

 すると、それまで一番後ろに控えていたイリアスが剣を抜いた。

 そして、思い切り背後から突いたのだ。

 自分の兄であるアストールを。

 剣先はアストールの胸からその顔の近くまで突き抜けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ