援軍
「終わらせる?」
僕は自分の右手を見下ろした。すると、彼女は頷く。何だか色々見透かされているというか、何でも知られている気がする。
僕は言葉を探した。
「……でも、どうやったら使えるのか解らないんです。訓練する時間があると思いますか?」
「必要な時は使えるわよ」
クリスティアナ様が笑った。
彼女が言うとそうなのかな、と思える。
「一緒だと心強いよね」
彼女が小さく言って、僕はただ頷くだけしかできなかった。
何だか自分自身のことがよく解らない。
「夜が明ける」
父が明るくなってきた空を見上げた。「門に近いのはクランツ王国だ。新月まではまだ時間があるとしても、移動速度を考えれば我々に与えられた時間は少ない」
「門番を使いましょ」
ジーンが言う。「馬よりこの子の背中に乗った方が速い。陛下に会って、必要なものと、援軍を連れて戻ってくる。どう?」
「それがいいな」
父も頷く。
「乗っても大丈夫でしょ?」
ジーンは門番の頭を撫で、言い聞かせるような口調で続けた。「シリウス、クリスティアナ様、私の三人くらいなら大丈夫? 女の子に無理させるのは気が引けるけど」
こんな時でも女の子に対する気配りは忘れない彼。
門番は巨大な頭を降って、大丈夫だと言いたげに嘶いた。
僕が出発前に焚き火を消していると、アイザックが少しだけ情けない表情で声をかけてきた。
「悪いな、あまり俺たちは役に立ててない」
「らしくない……」
僕はつい笑った。「僕だって、化け物の子孫だから役に立ってるだけです。でなきゃ、ただの足手まといだし」
「化け物とは誰も考えてないぜ」
「それは、皆が優しいから」
僕はアイザックを見つめて笑みを消した。「これからがアイザックたちの出番ですよね。頼りにしてます」
「おうよ」
アイザックは笑い、僕の肩を叩く。彼の明るい笑顔には何度も救われている気がする。
「こっちは援軍に期待してる。気をつけて行ってこい」
「はい」
彼の言葉に僕は頷く。自然と僕も笑みがこぼれた。
門番の背中に乗る時、クリスティアナ様が僕に複雑な表情をしてみせた。
「女性に変身するのよね」とか、他にも色々呟いているようだったけれど、最終的には黙って背中に上る。
落ちると危険だから、裂いた布やロープを門番の首に巻き、僕らはそれに命綱をつける。
「じゃあ、いくわよ」
ジーンが言って、僕らはイスガルドへ向かった。そこからは、あらゆることがあっと言う間に過ぎていった。
陛下はクリスティアナ様に再会した瞬間、ただ黙って抱きしめていた。
その後、ジーンの説明を受け、すぐに兵を集める。騎士団はもちろん、国中にお触れを出して出兵できる人間を募る。
こちらの魔術師は少ない。それは陛下が一番心を痛めているようだった。
それでも、陛下のことを慕う民は多く、かなりの兵士が集まった。城の中庭はかなり広かったけれど、人々の姿で埋まる。
兵士たちが集まった場で、陛下は今回の戦いの目的を説明した。儀式をとめないと、世界が終わるかもしれないとか、もしクランツ王国が儀式に成功したら、この国を攻めてくるかもしれないとか。
それらの説明には過大な表現があったし、事実とは違うこともたくさんあった。
しかし、戦わねば後がないと思わせる内容だった。
しかも、志気を高めるためだったとは思うけど――。
「こちらには巨大な守護神と、神の子供がついている!」
と、皆の前に僕と門番が引っ張り出された時には、かなりいっぱいいっぱいだったと言っていい。
皆が門番の姿に驚いていたけれど、その巨大な生き物が我々の味方だと理解すると興奮でざわめく。
陛下は「ハッタリも必要なのだ」とこっそり笑いかけてきたが、皆の熱い視線を受けて表情も強張った。
「お疲れ様、神さま」
やっと皆の視線の届かない場所に引っ込んだ時、近寄ってきたクリスティアナ様にもそう言われて落ち込んだ。
「神様とか……」
「言わせておけばいいじゃない。それに、庭師じゃなくて神さまの子孫ならわたしにだって結婚できるかもしれないし」
「け」
僕は固まる。
どこまで本気だ。
彼女なりの冗談なのか?
「冗談じゃないから」
彼女は僕の考えていることが解るのかもしれない。
「僕は他に何も取り柄とかないですよ?」
僕は必死に言う。それに、料理くらいは取り柄の一つになるかもしれないけど。
「一緒にいて楽しいだけじゃダメなの?」
「それは友だちでも同じでしょう」
「友だちなら……女の子と一緒にいても、嫌だとは思わない。そうじゃないの?」
クリスティアナ様は眉を顰めた。「後で考えればいいわ。今はもう時間がないし」
気づけば、陛下を含む陛下たちは出発の準備を終えていた。
必要な食料や武器を積んだ馬車も次々に城から出ていく。
門番は相変わらず異形の姿のまま、僕に背中に乗れと促していた。
僕はため息をつきながらも、彼女の背中に上った。
父やアイザックたちと合流したのは翌日だった。
移動しながら父は陛下とどう戦うかを相談している。クリスティアナ様は馬車に乗せられていて不満そうだった。
「わたしだけ安全そうなところにいるなんて」
馬車の窓から頭を出してそう嘆く彼女のすぐ脇を、僕は門番の背中に乗って移動している。
「馬で移動は疲れますよ。クリスティアナ様には元気でいてもらわないと困るんです」
「……解ってるわよ」
彼女はしぶしぶ納得したようで、それからはあまり不満を口にすることはなくなった。その代わり、爪を噛んで何か考え込むことが多くなった。
「姫様」
父がやがてクリスティアナ様の馬車の横に自分の馬をつけてきた。「何か感じますか?」
すると、彼女は首を横に振る。
「まだ何も。多分、まだ時間がある。それに、何だか相手のほうが分が悪い感じ」
「どういうことです?」
「よく解らない。全部はっきり見えたらいいのに」
クリスティアナ様は苛立ったように頭を掻く。すると、父が意外なことを口にした。
「全部見えるほうが厄介かもしれません。私は最近、よくそう考えます」
「何故?」
クリスティアナ様が首を傾げ、僕も問いかける視線を父に向ける。
父は苦笑した。
「前の戦いの時……ガラムが世界を襲った時のことです。あなたのお母様は我々と一緒に戦場に立ちました。今のあなた様と同じように」
「お父さまから聞いたわ。母は凄かったって」
「ええ。本当に凄かった。ガラムは正に神か魔物のようで、我々人間を簡単に殺していきました。絶望的な状況を救ったのが彼女です。ガラムが次に攻撃する場所、ガラムの個体の弱いところを的確に指摘しました。我々は彼女の言うままに攻めれば良かった。この世界が滅ぶ未来しかなかったところを、彼女は戦況を五分五分までひっくり返した」
「それなら、やっぱり力があったほうがいいじゃない?」
クリスティアナ様が不思議そうに言うと、父の表情が曇る。
「だからこそ、ガラムも彼女に目を留めた。そして、彼女を渡せと言ってきた。今となっては、何が正しかったのか解らない。ただ、過ぎた力はいい結果をもたらさない」
ふと、父の声に僅かな歯切れの悪さを感じた。クリスティアナ様は気づかなかっただろう。
少ししてから、父は馬車より先に馬を進めた。何だか気になって、僕は父の隣に門番を進ませた。
「父さん」
僕が何て声をかけるか悩んでいると、父は辺りを見回してから僕にだけ聞こえるように言ってきた。
「ガラムが彼女を求めた。何故だと思う?」
「……危険を排除するため? だから戦いは終わったんだろ?」
「彼女の力を自分たちの世界で利用するためだ」
僕は首を傾げた。どういう意味だ?
「彼女の力はガラムにとって、とても魅力的だった。だから、彼女を手に入れた」
父は苦しげに息を吐いた。「彼女は今も、あちら側で生きている。たった一人で、ガラムの中で」




