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形だけの再会

 耳を澄ますと、話し声が聞こえる。

 近づくのは危険だろうか。

 僕はもう一度廊下を覗いた。廊下の奥に、いくつもの扉が並んでいるのが見えた。重々しい金属製の扉。鉄格子の小さな窓。

 その一つの窓から明かりが漏れている。

 ――無事かな。

 僕は唇だけを動かしながら、イリアスを振り返る。

 イリアスの表情は動かない。隣にいたラースはしばらく無言でいたけれど、やがてそっと頷いた。

「無事です」

 彼は囁いた。「なかなかの度胸ですね。こんな状況なのに」

 ラースには牢の中の会話が聞こえているようだ。少しだけ感心したように言った後、その表情を引き締めて僕の肩に手を置いた。

「出てきます」

「廊下に見張りがいないのは変か?」

 アイザックが素早く言い、イリアスが頷くのを確認すると、彼はクランツの装備をつけた身で部屋から出た。その後に続くコンラッド。

 緊張のせいで、僕の心臓が激しく高鳴る。すると、門番が僕を気遣うようにその手を僕の腕に置いた。

 よし、落ち着こう。

 呼吸を整えてから、身じろぎ一つしないように息を詰める。

 部屋の扉は閉じていたが、廊下を歩く足音が聞こえていた。

 多分、遠ざかる足音がアイザックたち、近づいてくるのが魔術師か。

 扉の前を通り過ぎる足音、そして階段を上がっていく気配。

 それが消えた時、僕らは部屋から廊下へと出た。

 廊下の先にいるアイザックたちがほっとしたようにこちらを見て、手招きする。

「何か、ヤバかったぞ」

 僕らが足音に気をつけながら近づくと、アイザックが顔をしかめて囁いた。

「バレそうだった?」

 こちらも囁き返すと、彼は首を横に振る。

「そういう意味じゃない。さっきの魔術師? 何かヤバい」

「それについては後で」

 イリアスが短く言い、目の前にある扉に手を置いた。ラースが何か呟いた後、がちり、と音がして鍵が開いたのが解った。

「俺たちは見張る」

 アイザックが囁くのを聞きながら、僕と門番、イリアスとラースが部屋の中に身を滑り込ませた。

 部屋は広くはなかったが、狭くもなかった。

 ベッドが二つ、小さめのテーブルに椅子、一応隣に続く扉がつけられていて、そっちはトイレか風呂場らしく水滴が垂れる音がしている。

 そして、椅子に座っていたクリスティアナ様、ベッドにぐったりと倒れ込んでいるジュリエッタ様の姿が目に飛び込んできた。

「シリウス!」

 椅子から飛び上がるようにして、クリスティアナ様が僕の胸の中に飛びついてきた。「待ってた!」

「すみません、遅くなって」

 震える肩。腕まで青ざめているように見える。自分の手のやり場に困りつつ、僕はそっと彼女の細い肩に手を置いた。

「でもきてくれたから嬉しい。ありがとう」

 彼女は必死に言った。そして顔を上げて僕を見つめたが、今にも泣き出しそうだった。

 僕はつい、彼女をちょっとだけ抱きしめた。

「助けにきてくれたの?」

 ベッドから起き上がってジュリエッタ様が口を開く。その声は疲れ切っていて、震えている。

「状況によっては、少し待っていただくかもしれません」

 イリアスが苦しげに応えた。

 ジュリエッタ様がそれを聞いた途端、肩を落とした。

「何となく解るわ、この国はおかしいもの。すぐに逃げたら危険よね」

「申し訳ありません」

 イリアスが静かに言うと、ジュリエッタ様はベッドに座り直して背筋を伸ばした。

「あなたはこの国の二番目の王子よね」

 ジュリエッタ様の目が少しだけ平静を取り戻したように輝く。「ここにいる間に、やってくる人間から色々情報を聞き出したの。単刀直入に聞くわ。あなたはこの国の政権を奪う気はある?」

 イリアスは驚いたように息を呑み、まじまじと彼女を見つめた。

 やがて、彼は何の感情も感じさせない声で応えた。

「いえ、考えたこともありません」

「じゃあお手上げだわ」

 ジュリエッタ様が深いため息をついた。「次の国王になるのは、アストール王子よりあなたのほうがマシだと言う人間もいるのに」

「マシ……」

 さすがにイリアスが困惑した声を上げる。

「でも仕方ないわね、あなたの人生だもの。酷い目に遭ってきたと聞いたし、逃げる権利もある」

「……情報収集がお得意のようだ」

 彼は苦笑して見せた。「ただ、色々終わらせようと思っています。もう私には後がないですから」

「そう」

 ジュリエッタ様は真剣な目で空を見つめていた。その細い指で自分の唇を撫で、何事か考え込んでいる。

「何か?」

 そんな彼女にイリアスは興味を惹かれたのか、不思議そうに声をかける。

「いえ。何でも」

 ジュリエッタ様はすぐに首を振り、その視線を僕に向けた。

 クリスティアナ様がやっと僕から離れたものの、それでも僕の腕を掴んで放さないでいる様子に何か感じたらしいが、結局何も言わなかった。

「ところで、その人、誰?」

 クリスティアナ様が急に訊いた。その視線の先には門番がいる。そして、明らかに警戒している。

「危険はありません」

 僕は慌てて言った。『野生の勘』とやらが、発動したのかもしれないと思ったからだ。

「彼女は僕を守るために一緒にきてくれていて」

「守る?」

 途端、彼女の口調が鋭くなった。

「あの、彼女はこう見えても」

 ――門番で。しかも、僕はガラムの子供とかいう話で。

 なんて、説明したらいいのか。

「恋人?」

「は?」

 クリスティアナ様の目が門番の整った顔立ちを見つめ、その表情を強ばらせた。

「どういう関係? 付き合ってるの?」

「関係って」

 僕は彼女がとんでもない勘違いをしていると気がついて慌てた。

 クリスティアナ様の目線が門番の胸元に落ちて、少し泣きそうな表情になる。

「あの!」

 僕は必死に否定の言葉を探した。「僕はその、巨乳じゃないほうが好みで!」

「あ、そう?」

 一瞬、彼女はほっとしたようにそう言ったが、すぐに目尻を吊り上げた。

「悪かったわね、ちっちゃくて!」

「いて、すみませんすみません」

 彼女に鼻をぎゅうっとつままれて、僕は必死に謝罪した。

 とんでもない失言!

「私、嫌い?」

 門番が背後からぽつりと呟くのが聞こえ、さらに僕は慌てた。

「それはないよ」

 と、大きな墓穴を掘った気がする。クリスティアナ様の表情がさらに険しくなる。

 大失態!

「説明……釈明は後に。時間がない」

 イリアスが呆れたように言い、ため息をついた。「私は、少しやらねばならないことがあります」

 ふと、それを聞いてクリスティアナ様が変な顔をした。僕を攻撃しようという気も削がれたらしい。

「どこにいくの?」

 クリスティアナ様がイリアスに訊いた。イリアスはそれに応えず、僕に言った。

「すぐ戻る。何かあったら先に逃げろ」

「イリアス様」

 ラースが何か感じたように眉を顰めたが、部屋を出ていく彼の後を追った。

「ダメ」

 クリスティアナ様が鋭く言う。僕の腕を掴んで続けた。

「彼を止めて。殺させないで」

 ――誰を?

 僕はそう訊きたかったけれど、イリアスの姿が消えることを恐れて、すぐに部屋を出た。

 彼は階段を上がり、階上へと向かう。

 門番が僕の後をついてくる気配を感じつつ、不安に駆られていた。

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